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キミとの約束  作者: 蒼野 棗
第一章
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#2-2 瀧石嶺学園


「やばっ! もうそんな時間か! 二人とも早く行こうぜ!」

「入学式から遅刻は良くない」


 まだ聞きたいことは山ほどあったが、二人の言葉はもっともなので優斗は大人しく頷いた。

 そうして、三人が講堂に入れば、中には既に大勢の人がいた。

 全員新入生なのだろう。

 真新しい白い制服に身を包み、各々が好きなように座っている。


「好きなとこ座っていいみたいだな。こっち座ろうぜ!」


 優斗達が止める間もなく、嵐が勝手に先導してしまい、二人も仕方なく後に続く。

 その途中、優斗は周囲から視線を感じて振り返るが、その視線が自分ではなく花音に向けられているのに気付いて、やはり彼女は目立つのだと改めて思い知る。そして、ふと気付く。

 花音の肩に先程の猫が乗ったままであることに。


「猫、連れてきていいの?」

「多分。ここ、そういうのにうるさくないから」

「二人とも、何してんだよー! こっちこっち!」


 既に椅子に座って大声をあげる嵐に呼ばれたことにより周囲から好奇の視線を向けられ、優斗はその視線から逃げるように嵐の元へと急ぐ。そして、優斗と花音が椅子に座ると同時に周囲がざわついた。

 見れば、中央のステージに一人の少女が立っていた。


「あれ?」


 その顔を優斗は見覚えがあった。


 優斗がこの学園のことを知って尋ねに来た時、守衛の人に門前払いされてしまったのだが、そんな時、彼女に出会ったのだ。



「どうかされましたか?」


 美しい少女だった。

 腰まで伸びた艶のある濡れ羽色の髪に髪と同じ濡れ羽色の瞳。今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気の美少女。

 その美しさに優斗は一瞬、人外の何かに話しかけられたのかと思った。

 それでも、いまの優斗には彼女の儚げな美しさよりも大事なことがあった。

 学園の中から出てきた彼女なら何かを知っているかもしれないと口を開く。


「ここって何の学校なんですか?」

「……それは、どういう意味でしょうか?」


 優斗の言葉に少女は警戒するように僅かに瞳を細める。

 考えを見透かされるような瞳に優斗は一瞬だけ気圧されるが、すぐに気を強く持ち直して、少女を真っ向から見返す。


「信じてもらえないかもしれませんけど、前に化け物を見た事があるんです。そして、この学校の制服を着た人達がその化け物を倒す所も」 

「そうですか。それで、何故この学園に?」

「知りたいからです。あの化け物が何なのか。大河が……友達が何に巻き込まれていたのか。俺は知りたい。知らないといけない気がするんです」


 何故、初対面の少女にこんな事を話しているのかと優斗は思う。けれど、眼前の少女の不思議な雰囲気に嘘をつくのは無理な気がした。

 少女は優斗の真意を探るような視線を向けてくる。

 全てを見透かすような瞳に居心地の悪さを感じて目を逸らしたくなるが、ここで目を逸らしてはいけない気がして、優斗は真っ直ぐ少女を見返した。


「……なら、この学園に入学してみますか?」

「は?」


 少女のあまりにも唐突な申し出に優斗は敬語をつかうのも忘れて目を丸くさせた。

 優斗の反応に少女は薄く笑みを浮かべている。


「貴方にはその資格があります。貴方が望むならこの学園への入学を許可しましょう」

「えーと……」


 あきらかに怪しい。

 怪しすぎる申し出に優斗は警戒するように少女から距離をとる。


 何故こんな優斗と年が変わらなさそうな少女が優斗の入学を許可できるというのだ。

 あまり知名度がない学園とはいえ、警備は厳重で正面突破しようにも門前払いだったのだ。学園の周囲は高い鉄柵で覆われており、忍び込むのも不可能だった。


 そんなやたらと厳重な警備の学園に入学できるという少女はあきらかに怪しく、優斗は胡乱気な眼差しを少女に向ける。

 少女は優斗の警戒を見透かしたように小さく笑う。


「貴方は何かを知りたくて此処に来たのでしょう? 虎穴に入らずんば虎児を得ずという言葉もあります。……少々怪しくても貴方はこの申し出を受けるべきだと思いますよ。もっとも貴方がこの先も平穏な日々を過ごしたいと願うなら、今日のことは忘れて平和に過ごすといいでしょう。決めるのは貴方です」


 またその言葉だ。

 平和に過ごせ。

 優斗だって出来るならそうしたい。けれど、彼は知ってしまったのだ。

 自分達が平穏に暮らしている生活の陰で蠢く化け物の存在を。そして、ソレと戦っていた親友のことを。


 優斗は知りたいのだ。

 自分の知らないところで何が起こっているのか。大河が何に巻き込まれていたのか。


(真実を知る。その為なら……)


「覚悟は出来たようですね」

千里せんり様! ようやく見つけましたよ! 勝手に出歩かないでくださいと何度も言ってるじゃないですか!」


 一人の少年が駆け寄ってくるなり、優斗の姿など見えていないかのように千里と呼ばれた少女に詰め寄る。


「大丈夫よ、今日は体調が良いの。それよりもシロ。彼の入学手続きの準備をしてあげて」


 千里はバツが悪そうに視線を逸らした後、話題を変えるように優斗に視線を向けた。そこで、シロと呼ばれた少年もようやく優斗の存在に気付いたようで、怪訝そうな眼差しを向けてくる。


「誰ですか?」

「春からの新入生よ」

「……ふぅん。まあ、千里様が許可するなら素質はあるんでしょう。分かりました。話を通しておきます。それより、千里様は早く部屋に戻ってください! お体にさわるといけません!」

「大丈夫だって言っているのに。シロは心配性ね。まあ良いわ。春にまた会いましょう。……月舘優斗君」


 シロに背中を押されながら歩き出す千里の後ろ姿を優斗は呆然と見つめる。

(俺、名前言ったっけ?)

 結局、優斗にはあの少女が何者なのか分からなかった。けれど、彼女達がいなくなったあと、守衛の人から話がきて優斗の入学が決まったのだった。



 あの時の少女が壇上にいた。

 彼女がスピーチ台に立つと騒がしかった講堂内が水を打ったように静まりかえる。


「新入生の皆さん、初めまして。私がこの瀧石嶺学園学園長の瀧石嶺たきいし千里です。この度は入学まことにおめでとうございます。ご存じの通り、我が学園は優秀な退鬼師を養成する事を目的に建てられた学園であり、皆さんは優秀な退鬼師の血を引く方々です。この学園で様々な事を学び、互いに切磋琢磨しあい、一人でも多くの方が無事にこの学園を卒業して立派な退鬼師になってくれることを願っています」


 マイク越しに聞こえる軽やかな声。それはあの時と変わらない涼やかなものだ。だが、優斗は千里の挨拶の言葉よりも彼女が言っていた学園長という言葉に耳を疑う。

 何故なら壇上に立っている少女は優斗とそう年が変わらなさそうな容姿をしているのだ。自分と同じぐらいの年の少女が学園長だと言われても信じられないのも無理はないだろう。


 千里の挨拶が終わり、彼女が頭を下げると同時に講堂内に拍手喝采が巻き起こる。

 その異様さに優斗は薄気味悪さを感じた。

 そんな彼の隣に座っていた嵐は他の人達とは違い、熱心に拍手をすることはなく適当に手を叩きながら、感心したように息を吐き出す。


「はー、あれが噂のミコサマか。初めて見たけど、本当に若いんだなー」

「ミコ?」


 嵐の言葉が気にかかり、優斗は思わず尋ね返していた。

 優斗の反応に嵐は一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、すぐに優斗が何も知らないという事実を思い出して、一人で納得したように頷く。


「あー、ツッキーはミコサマのことを知らなくても変じゃないのか。けど、それあまり人に言わない方がいいぞ。ミコサマを……えーと、あれだ。ヨイショしてる連中が多いからな。退鬼師には」

「ヨイショ?」

「たぶん崇拝してるって言いたかったんだと思う」

「おお、それだ! ナイスアジアンだ! ひののん!」

「ナイスアジアン?」

「……ナイスアシストかな」


 嵐の言葉の意味をくみ取れず、首を傾げる優斗とは違い、花音は恐らくそう言いたかったのであろうという言葉で訂正する。

 花音の訂正に嵐は豪快に笑うだけ。

 優斗が嵐に説明を求めたことを後悔し始めた時、花音が助け船を出してくれた。


「石動君の言うとおり、あまりこの学園で巫女様をないがしろにするような発言はしない方がいい。退鬼師にとって巫女様は絶対の存在だから」

「絶対の存在って何でだ?」


 どうやら嵐に代わって花音が説明してくれるようで、優斗はこれ幸いとばかりに疑問を口にする。

 花音はその言葉に少しだけ黙り込む。答えをというよりは言い方を考えているようだ。


「……理由は二つ。巫女様は退鬼師としての素質を持つ人間を見抜く千里眼の持ち主だから」

「千里眼?」

「そう。瀧石嶺家はそういう特殊な力を持った一族。そして、千里眼を持った子が生まれたら、その子は『千里』を襲名して瀧石嶺家の当主となる。さっき、壇上で挨拶していたのが今代の千里を襲名した巫女様。この学園に入学できるのは巫女様が認めた者のみ。月舘君も巫女様に認められたからこの学園に入学できたんだと思う」


 そこでようやく優斗は何故自分がこの学園に入学できたかを理解する。

 優斗がいま此処にいることが出来ているのはひとえに巫女である千里が許可したからなのだ。しかし、それは同時に優斗に退鬼師としての素質があるということに他ならない。


「じゃ、じゃあ、俺も退鬼師としてあの化け物と……鬼ってやつと戦える力があるってことか?」

「……恐らく」


 戸惑った様子で小さく頷いた花音に優斗は背筋が寒くなるのを感じた。

(鬼と戦う? 俺が?)

 いくら想像しようと思ったところで、優斗は自分が鬼と戦えるなど到底思えなかった。


 彼の脳裏に浮かぶのはあの時に見た鬼の姿。

 人でも動物でもない異形。

 あの巨大な腕が大河の腹部を貫いた光景を今でも鮮明に思い出せる。

 そんな化け物と自分が戦うことになるなどと考えてもいなかったのだ。

 優斗は別に鬼に復讐をしようと思っていたわけではない。恐怖を感じるが憎しみは抱いていない。


 ただ彼は知りたかっただけなのだ。

 いつも隣で笑っていた大河が何を抱えていたのか。何故、あんなにも彼は優斗が鬼と関わらないことを望んでいたのか。

 何も知らないから知りたかっただけなのだ。まさか、その結果が自らも鬼と戦う事になるとは思っていなかった。だが、もし事前に知っていたとしても優斗は結局この道を選んでいただろう。


 自分の親友が──星野大河という人間が鬼と関わっていることを知ったら、確実に首を突っ込んでくるお節介な性格をしているのを大河はよく知っていたから優斗を巻き込まないようにしていたのかもしれない。


「まあ仮にツッキーが戦えなくても俺が守ってやるぜ! 泥船に乗った気で安心しろよな!」


 顔を青ざめさせて黙り込んでしまった優斗を心配に思ったのか、嵐が胸を張りながらそう告げた。

 その言葉を聞いて優斗は自らの中に渦巻いていた恐怖が少し和らぐのを感じて、小さく笑う。


「泥船じゃ沈むな」

「ん?」

「正確には大船。……月舘君は私が守る。大船に乗った気で任せて……こう使う」

「あーっ! ひののんがオレの台詞とった! しかも、やたらと格好良く見える……くっ、これがオレ達の実力差か」


 何故か落ち込んでいる嵐と無表情だが少しだけ楽しそうな花音。そんな二人に挟まれた優斗は今度こそ声をあげて笑う。

 優斗自身気付いていないが、それはあの事件以来の出来事であった。


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