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キミとの約束  作者: 蒼野 棗
第一章
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#2-1 瀧石嶺学園


 時雨町を騒がせた通り魔事件から月日は流れ、季節は春。

 真新しい白い詰襟に身を包み、月舘優斗は『私立瀧石嶺(たきいし)学園』の前に立っていた。

 春の穏やかな風に揺れる黒髪も中肉中背の平均的な体型もあの頃から何も変わっていない。ただ平凡な日常を映し出していた黒の瞳だけがあの頃とは違い、何か強い意志を宿したモノへと変化していた。


(大河は怒るかもしれないな。平和に暮らせと言っていたアイツの願いを俺は叶えてやれなかったから。けど、それでも俺は……。何も知らないままでいたくない。大河が抱えていたものを知りたい。あの日、あの場所で起こった事が何なのかを知りたい)


 そんな強い思いを抱いて、優斗は此処に立っていた。


 私立瀧石嶺学園。

 優斗の住んでいた時雨町から約二時間半の電車を乗り継いだ先にある寂れた無人駅。そこからバスで一時間以上かかる辺鄙な場所にその学園はあった。


 四方を山に囲まれた不便な場所に人目を避けるように立てられた学園。地元の人にもあまり知られておらず、この学園の場所を尋ねたら首を傾げられる。

 あまりにも知名度が低い学園だが、敷地は驚くほど広大で正門から校舎にたどり着くまでにかなりの距離を歩かされる。優斗が前に訪れた時、その長さに体力をつけようと決意したほどだ。


 何故わざわざ優斗が地元から離れ、こんな遠い町の知名度の低い学園に入学したのか。理由は簡単だ。

 優斗が身に纏っている白い制服。

 白を基調とした水色のラインが引かれた詰襟。右腕につけられた水色の腕章には白い線が一本引かれている。


 それは三ヶ月前、彼の前に現れた三人の男女が着ていたものと全く同じデザインのものだ。

 あれから、優斗は必死で調べた。自分が見たものはなんだったのか。彼らは誰だったのか。あの場所で何が起こっていたのか。

 調べて調べて、調べ尽くして、たどり着いたのがこの学園だったのだ。

 優斗はまだ何も知らない。だからこそ、最後の希望に縋るようにこの学園にやってきたのだ。

 全てを知る為に。

 優斗は自ら足を踏み入れたのだ。

 大河が決して来てほしくなかった領域へと──。


 決意を新たに優斗は歩き始めた。

 そんな彼の前に一枚の桜の花びらが舞い散る。それを見た優斗は僅かに眉を寄せて俯く。

 決して上を見ないように。


 前を見ずに俯いて歩いていれば当然の結果というべきか……いや、この場合は前を見ていたとしても結果は同じだったかもしれない。

 突然、空から女の子が降ってくるなんてアニメの中だけの出来事だと思っていたことが実際に起こるなんて夢にも思わなかっただろうから。

 もちろん華麗に女の子をキャッチなんてどこぞのヒーローのようにできるわけもなく、優斗は見事に空から降ってきた女の子に押しつぶされたのであった。


「…………?」

「いってぇ、何なんだ。一体……」


 突然自分に襲った衝撃の原因を探ろうと視線を動かそうとしたが優斗の体は少女の下にあり、なおかつうつ伏せ状態の為、状況を把握できない。ただ自分の上に何かが乗っていることだけは理解していた。


「……ごめんなさい」


 感情の込められていない抑揚のない声が響いたかと思えば、優斗の上に乗っていた重みが消えた。

 優斗は立ち上がり、制服についた汚れを払いながら、少女へと視線を向けて……息を呑んだ。


 綺麗な少女だった。

 腰まで伸ばされた髪は太陽の光を受けて金色に輝く黄金色。その髪の一房を三つ編みにしており、前面に垂らしている。吸い込まれてしまいそうなほど透き通った翡翠の瞳からは感情を読むことが出来ない。

 雪のように白い肌に整った顔立ちの人形のように綺麗な少女だった。

 もっとも優斗が人形のようだと思ったのはその美貌もさることながら、彼女の表情が全く変わらない無表情だったからというのも理由の一つだ。


 彼女の服装はこの学園の女子制服である白いセーラー服タイプのワンピース。右腕にある水色の腕章に引かれている白い線は一本。それは優斗と同じ一年だという事を示していた。

 優斗が少女に目を奪われていると、少女は無表情を崩して僅かに困惑した表情を浮かべる。


「あ、ご、ごめん!」


 少女の表情の変化に気付いた優斗は慌てて彼女から目を離して謝罪した。しかし、少女は優斗が謝る意味が分からないようで、不思議そうに首を傾げてから口を開いた。


「謝るのは私の方。ごめんなさい。怪我はないですか?」

「だ、大丈夫。君は平気?」

「平気です」

「そ、そう」


 完全な無表情ではないが、あまり表情が変わらない少女に優斗はどんな対応をしていいのか分からず言葉に詰まってしまう。

 気まずい空気が流れて、優斗がどうしたものかと考えあぐねていると不意に猫の鳴き声が聞こえた。思わず視線を動かせば、少女の腕の中に一匹の茶トラ模様の猫がいた。


「その猫……」

「この子、木の上にいたの。降りられなくなってたみたいだから、上に登って助けたんだけど……」

「ああ、それでバランス崩して俺の上に落ちてきたのか」

「ごめんなさい」


 優斗としては、ようやく彼女が空から降ってきた理由を理解して、つい口から零れ出た言葉だったのだが、少女には責めているように聞こえたのだろう。バツが悪そうに謝罪される。


「き、気にしなくていいから! お互い怪我なかったんだし……それにお前も無事で良かったな」


 優斗が少女の腕の中にいる猫の頭を撫でれば、猫は小さく鳴いた。それを見て、優斗は優しく笑う。


「貴方……」

「ん? あ、そういえば自己紹介がまだだったよな。俺は月舘優斗。今日からここの一年なんだ。君は?」

「……日宮花音ひのみや かのん。私も一年」

「そっか。それなら、同級生だな。よろしく、日宮」

「うん」


 花音と名乗った少女は僅かに戸惑った様子で、けれどどこか嬉しそうに小さく頷いた。


「どいたどいたー!」


 不意に第三者の声が響く。

 背後から聞こえてきた声に二人が振り返ると猛スピードで駆けてくる少年の姿が目に入った。

 優斗達と同じ白い制服に身を包んだ緑髪の少年はそのまま優斗達を通り過ぎていくのかと思われたが、すれ違いざまに何故か腕を掴まれ、そのまま一緒に駆け出す羽目になる。


「お、おい、何するんだよ!?」

「何ってお前らも新入生だろ? こんな所でのんびり話し込んでたら遅刻しちゃうじゃん! 急げ急げー! 時は数なりってばあちゃんも言ってたからな!」

「……それを言うなら時は金なりだと思います」


 突然現れた緑髪の少年に手を引かれながらも花音は表情を崩すことなく、冷静にツッコミを入れる。

 その様子を見て、突然の事態に困惑していた優斗も冷静さを取り戻したようで、呆れた様子で口を開いた。


「それにまだ始業まで三十分以上あるぞ?」

「へ?」


 ピタリ、と少年が足を止める。

 急に動きを止めるものだから、彼に引っ張られる形になっていた優斗と花音はバランスを崩しそうになるが、何とか倒れるような事態は防いだようだ。

 ようやく落ち着いて話せると分かった優斗は自らの腕にしていた腕時計を少年へと向ける。


 時計の針が指しているのは八時二十七分。

 入学式は九時からなので、ここから校舎までの距離を考えてもまだまだ余裕がある時間帯だ。

 少年は時計をじっと見つめたあと、豪快に笑った。


「あっはっはっ、まあそんな事もあるよな! 犬も歩けば馬に当たるってやつだな!」

「棒だろ。そもそも使い方間違ってるし」

「細かいことは気にするな……って、んん?」


 豪快に笑っていた少年だが、何かに気付いたかのように優斗と花音の顔を交互に見比べている。

 そこで優斗は改めて少年の顔を真正面から見つめた。


 新緑を思わせる明るい緑色の髪を無造作に跳ねさせた少年は、髪と同じ緑色の瞳を細めている。怪訝そうな顔をしているが目鼻立ちは整っており、中々に美形と言っていい外見をしていた。


 優斗と同じ制服を着ており、腕章に引かれた一本の白い線が彼も優斗達と同級生なのだと分かる。

 少年は何も言う事なく、ジロジロと顔を見てくるので、居心地が悪くなった優斗は仕方なしに口を開く。


「なに?」

「お前ら、誰だ?」

「それはこっちの台詞だ!」

「貴方がいきなり引っ張ってきたんですけど」

「そうだっけ?」


 二人の言葉に少年は、しきりに首を傾げた後、また晴れやかに笑う。


「まあ、過ぎたことを気にするな! 俺は過去は振り返らない趣味だ!」

「趣味? 主義の間違いじゃ……」

「それよりもあんたらも新入生だろ? オレ、石動嵐いするぎ あらし! 石が動かないって書いて石動な! 気軽に嵐って呼んでくれ!」


 名は体を表すとはまさにこの事だろう。

 嵐と名乗った少年はその名に負ける事なく、嵐のように騒がしく話題が変わっていく。

 その饒舌さに圧倒されながらも優斗と花音も自らの名を口にした。


「月舘優斗だ」

「日宮花音」

「おっけーおっけー! ツッキーとひののんだな! よし、覚えた!」


 しきりに頷いてから、晴れやかに笑う嵐に優斗と花音は僅かに表情を引き攣らせる。


「待て、ツッキーって俺の事か?」

「ひののん?」

「おう! 月舘だからツッキー。んで、日宮だからひののん! 可愛いだろ?」


 悪気なく笑う嵐に二人はそれ以上何かを言う気にはなれず、脱力したように頷くだけだった。

 結局、三人で校舎へ向かうことになり、雑談を交わしながら歩くこと数分。

 ひたすらマシンガントークで話し続けていた嵐が不意に何かを思い出したように話題を変えた。


「そういや、ツッキーとひののんはどっちだ?」


 唐突にどっちと聞かれても優斗には彼が何を尋ねたいのか理解できなかった。

 首を傾げた優斗とは違い、花音はしっかりと嵐が言いたかったことが伝わったようだ。


「……家系」


 その答えにさらに優斗の中で混乱が生まれる。一体、彼らは何を言っているのかと怪訝そうな眼差しで花音と嵐を見ていた。


「ああ、やっぱそうだよなぁ。オレもそうだし! まあ、転生組のが珍しいもんな。……はぁ、この学園なら珍しい転生組に会えるかと思ったんだけどなぁ。んで、ツッキーは? やっぱ家系組?」


 何を言っているのか分からなかった。

 何を聞かれているのか理解できなかった。

 何も言うことができず、言葉に詰まってしまう優斗に今度は嵐が首を傾げる番だった。


「んん? どしたん?」

「……どうしたも何も……何の話をしてるんだ?」

「へ? 何って、家系組か転生組か聞いてるだけだぞ?」


 さも当たり前のように言葉を紡ぐ嵐だが、その言葉は優斗を混乱させるだけだった。

(家系組? 転生組? 一体何のことだ? 何かの暗号か?)

 必死で考えても答えは分からない。


「……月舘君。この学園がどういう所か知らない?」

「えー!? ひののん、流石にそれはないっしょ! だってこの学園一般人は入学出来ないんだろ?」


 二人の会話がやけに遠く聞こえる。

 自分の心臓が早鐘を打つのを感じながら、じっとりと背筋に冷や汗が流れるのが分かった。

 優斗は全てを知る為にこの学園に来た。

 ネット上の噂など信じていなかったが、一縷の希望を託して此処にやってきたのだ。


「……俺は何も知らない。けど、だからこそ知る為に此処に来た。頼む! 何か知ってるなら教えてくれ! 此処は一体何なんだ!? 君達はあの化け物が何なのか知ってるのか!?」


 優斗の言葉に二人は何も言わない。

 何も知らない一般人の優斗がいることに困惑しているのかもしれない。二人は互いに顔を見合わせて黙り込んでしまう。

 重苦しい空気が周囲を包む。

 そんな空気に耐えかねたのか真っ先に口を開いたのは嵐だった。


「ツッキーが本当に何も知らない一般人なら今すぐミコサマに報告しないといけないんだろうけど……でも、ツッキーはこの学園の新入生で……でも、何も知らなくて……ああ、頭がこんがらがってきた! つまり、どういうこと!?」


 どういうことか聞きたいのは優斗の方だ。けれど、頭を乱暴に掻いて、苦渋に満ちた表情を浮かべる嵐に何かを問うのは酷な気がした。だからこそ、優斗は助けを求めるように冷静そうな花音へと視線を移す。だが、花音もまた何かを思案するように難しい表情を浮かべていた。


 優斗が花音を見つめていれば、その視線に気付いたのか翡翠の双眸と目があう。

 やがて、花音は何かを決意したように口を開く。


「……月舘君が新入生だというなら、巫女様が彼の素質を認めたということ」

「でも、ひののん。ツッキーは何も知らないって……」

「可能性はある。彼の祖先に退鬼師たいきしがいたのかもしれない。長い時間、力を持った子が現れなかった為、子孫の人間すら退鬼師の血族であることを知らずにいたのかもしれない」


 花音が何を言っているのか優斗には理解できなかった。だが、聞き覚えのある単語を耳にして目を見開く。


「んん? でも、そんな長い間、力を持たない子が現れないのに急に現れるものか?」

「先祖返りの例は少ないけれど、ないわけじゃない」

「んー。でも、そんなのより転生組って考えた方が楽じゃない?」

「転生組なら記憶がないのは不自然」

「うー、そういうもんか。はぁ、せっかく珍しい転生組に会えたかとおもったのになぁ」


 なんて会話を繰り広げて、二人だけで勝手に納得しかけていた時、声をあげたのは勿論優斗だ。


「ま、待ってくれ! 納得しかけてるところ悪いけど、俺は全く理解できてないぞ! そもそも退鬼師って何だ?」


 退鬼師。

 その単語は三ヶ月前、あの三人組が言っていたものだ。そして、優斗がこの学園にたどり着くことができた重要なキーワードである。


「……退鬼師は『鬼』を退治する事ができる力を持ったもの。そして、ここは……瀧石嶺学園は退鬼師を養成する為の学園」

「鬼?」


 その単語で思い浮かぶのはあの時に見た化け物のこと。

 明らかに人間でも野生動物でもない、この世に存在している生物の何者でもない異形の化け物。

 まさしく、アレは鬼と呼んでも相違ない存在だった。


「じゃ、じゃあ、家系組と転生組って?」

「ツッキーって本当に何も知らないんだな。家系組は先祖に退鬼師がいて、その血を引き継いで力を持った子孫……つまり、オレ達のことだな。そんで転生組は──」

「そこの新入生! もうじき入学式が始まるぞ! 早く講堂に入りなさい!」


 嵐の言葉を遮って聞こえてきた声は、その場にいた誰のものでもなかった。思わず視線を移せば、そこには教師と思わしきスーツ姿の青年の姿がある。

 優斗が慌てて時計を見れば、いつのまにか時間はかなり進んでおり、時刻は九時前を示していた。


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