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キミとの約束  作者: 蒼野 棗
第二章
19/47

#11-1 光の貴公子


 あの合同訓練から一週間。

 一命を取り留めた嵐は、二週間は絶対安静という事で未だに入院中だが、優斗達がお見舞いに行った時には既に元気そうだった。どうやって病院を抜け出すか画策中だった為、厳重に注意をしたが本人がそれを素直に聞くかはまた別問題だ。


 一方で嵐と共に病院に運ばれた空は、後から事情を知った壱伽の説教に反省どころか喧嘩を吹っ掛けたらしい。その結果、二日程の入院で済む筈が壱伽の戦闘により更に入院期間が伸びた。

 もっとも空は負傷していたとはいえ、お互いに一歩も引かない戦いぶりだったという話だ。

 二人の戦闘という名の殺し合いを止める為に白を含めた教師陣が駆り出されたという事から、その凄まじさは相当なものだったのだろう。


 その話を聞いた時、優斗はその様子を全く想像する事が出来なかった。

 嵐と空の戦闘すら優斗には、まともに見る事が出来なかったからだ。見なかったのではない。見えなかったのだ。

 二人の動きが速すぎて、優斗には彼等が瞬間移動でもしているようにしか見えなかった。

 あれ以上の戦いと言われても優斗には想像する事も出来ない。出来る筈がないのだ。

 何も知らない一般人だからという逃げ口を作っている限り。



「なあ、花音」

「どうしたの?」


 優斗の呼びかけに花音はモニターから視線を外して、優斗を見た。

 モニターに映し出されているのは、七隊任命式の様子だ。

 この瀧石嶺学園全生徒の頂点に立つ七人の選ばれし天才達。それが『七隊』。

 その七隊に新しく生徒が任命され、その任命式の中継をモニターで見る事が全校生徒に義務づけられており、優斗達はその中継を見ていたのだ。


「七隊って、こんなに突然選ばれるものなのか?」


 モニターに映っているのは、優斗も知っている人物だった。

 透き通った空色の髪をツーサイドアップに結んだ小柄な少女。それは、一週間前に出会った少女──水無月珠洲だ。

 彼女は現在、千里の前に跪き、千里からの言葉を受けている。


「……現七隊の序列第六位の生徒が死亡したから、急遽新しく任命されたみたい」

「死亡したって……」

「別に驚く事じゃない。退鬼師はそれだけ危険の伴うものだから」


 淡々とした花音の言葉に優斗は何も言えなくなる。

 退鬼師が危ないものだという事は分かっていた。優斗自身、何度も死にかけたし、実際に死んでしまった人達も見た。それでも、人が死んだという事実を淡々と告げる花音に優斗は悲しくなった。


「ですが、確かにおかしな話ですよね。何故三年でも二年でもなく、一年を選んだのでしょうね」

「な、七隊の任命は巫女様が一任しているから。き、きっと水無月さんが相応しいと判断したんじゃないかな?」

「巫女様、ね。……くだらない」

「こ、幸太郎くん!」


 退鬼師にとって絶対である巫女をくだらないと一蹴した幸太郎の発言に聡は慌てて周囲を見渡す。そして、いまの発言が誰にも聞かれていないと確認して安堵の息をこぼした。


「タロウよ。あまり滅多な事を口にするものではない。誰に聞かれているか分からぬからな」


 咎めるような晴の言葉に幸太郎は溜息をつくだけで、それ以上は何も言わなかった。

 そんな会話を聞きながら、優斗は考える。

 嵐が怪我をするのは二回目だ。二回とも優斗は何も出来なかった。強くなると誓った所で、結局は何をすればいいか分からず、立ち往生。

 晴に稽古をつけてもらってはいるが、それも中々捗らず、実践では到底使えない。つまり、何度強くなろうと誓っても優斗はあの頃と何一つ変わっていないのだ。


「どうかした?」


 よほど深刻な顔をしていたのだろう。

 心配そうな顔をした花音が顔をのぞき込んでくる。その顔の近さに優斗は動揺して、顔を赤くさせながら距離を取る。


「あ、いや、その……」

「顔が赤い。熱でもあるの?」

「ない! ないから!」


 更に顔を近づけてこようとする花音を阻止するように優斗は両手で顔を隠す。


「なんでそんな慌ててるの? やっぱり何か隠してる?」

「……花音よ。優斗は照れているだけだ」

「ちょ、晴!?」

「照れる?」


 晴の言葉の意味を理解できないのか花音は怪訝そうな顔をして、優斗を見ている。その距離は依然として近い。

 普段から一緒にいるとあまり気にしなくなるが、それでもやはり花音は美少女なのだ。しかも、相当の。

 そんな美少女に至近距離から見つめられ、照れるなという方が無理があるだろう。

 優斗は気まずそうに視線を逸らし、花音は怪訝な顔で優斗を見ていたが、やがてその近さに気付いたのか、ハッと距離を取り、それから恥じらった様子で俯く。


「……ごめん」

「い、いや、こちらこそ」


 珍しい花音の反応に優斗も照れくさくなってしまい、二人の間に甘酸っぱい雰囲気が流れる。


「そ、それよりも、強くなる為にはどうしたらいいと思う?」


 妙な沈黙に耐えきれなくなって、優斗は空気を変えるようにそんな言葉を口にした。


「強く……? 優斗君は晴ちゃんに稽古してもらってる。それじゃ駄目なの?」

「それはそうだけど……まだ全然実践では役に立たないというか……」

「優斗よ、それでも稽古を始める前よりはお主は強くなっている」

「そ、そうだよ。最初は晴の一撃を避けられなくて一発で気絶してたけど、いまは避けられるし、一発で気絶しなくなったよ!」


 晴と聡が慰めの言葉を口にしてくれるが、それでも優斗の心は晴れない。

 優斗だって一朝一夕で強くなれるとは思っていない。ましてや、優斗は格闘技を習っていたわけでもない本当の意味での一般人なのだ。

 そんな人間がすぐに強くなれる訳がない。それは分かっているのだが、どうしても我慢できなかったのだ。


「二人の言葉は嬉しいよ。確かにこのまま晴に稽古し続けてもらえば、俺は少しは役に立てるようになるかもしれない。けど、俺が強くなる前にこの間のような事が起きたら、また俺は何も出来ない。俺はもう嫌なんだよ。友達がいなくなるのはさ」


 優斗の言葉に花音達は何も言えなくなった。彼女達も優斗と同じ気持ちだったからだ。

 弱かったから仲間が傷付いていくのを見ている事しか出来なかった。強くなりたいという気持ちは彼女達の誰もが抱いていたもので、優斗の言葉を否定する事は出来なかったのだ。


「……それなら、属性強化をした方が良いんじゃないですか?」

「属性強化?」

「属性に頼りすぎるのは危険ですが、少なくとも雨宮のように支援くらいは出来るようになると思いますよ?」


 幸太郎の言う通りだ。確かに優斗は自らの属性を引き出す事は出来るが、それ以上の事は何も出来ない。そもそもどんな事が出来るのかすら分からないのだ。

 属性の事を知って鍛える事が出来るなら、未だに出す事が出来ない武器も出せるようになるかもしれない。


「そうか。それじゃあ、その属性強化ってどうしたらいいんだ?」


 優斗の言葉に花音達は再び黙り込んでしまう。お互いに顔を見合わせて、どう言うべきか悩んでいるようだ。


「何かあるのか?」

「う、ううん! 多分優斗くんが想像してるような事はないよ。ただ……」

「属性を鍛えるには、同じ属性を持つ者に教えてもらうのが一番良い」

「同じ属性?」


 そこで、ふと優斗は気付く。彼のチームメンバーの中に彼と同じ光属性が居ない事に。だから、花音達は困惑していたのだ。


「け、けど、ここは退鬼師の学校なんだろ? 他の生徒ならいるだろ?」

「う、うん。探せばいるだろうけど……多分、探すの大変だよ?」

「どういう意味だ?」

「ゆ、優斗くんと同じ光属性って人数が少ないんだ。退鬼師全体でも5%ぐらいって言われてるぐらいだから」


 聡の言葉は初耳だ。だが、言われてみれば今まで優斗と同じ光属性の退鬼師は会った事がない。


「それに、光属性持ちは変わり者が多い。見つかったとしても簡単に修行を付けてくれるとは思えない」


 花音の言葉も初耳だった。そもそも変わり者が多いという事は、自分も変わり者だと思われていたのかと優斗はひっそり落ち込んだ。

 花音は何故優斗が落ち込んだのか分からないのか不思議そうな顔をしている。


「……そういえば、あの人は光属性じゃなかったですか?」

「え?」


 幸太郎の言葉に誰もが彼の方を見る。肝心の幸太郎はモニターに視線を向けている為、彼等の視線も自然とモニターに向けられた。

 そこには今も七隊任命式の中継が映し出されている。

 今は現七隊の面々が千里を守るように椅子に座っている様子が映っていた。その様子を見て、幸太郎が誰の事を言っているのか分からずに優斗が首を傾げていると幸太郎の言葉の意味に気付いた聡が声を上げた。


「そ、そっか。卯月さんは光属性だったね」

「卯月?」


 卯月。その名は聞き覚えがあった。

 麗香に呼び出されて第一寮に忍び込んだ時に出会った人だ。それもすごく独特なテンポを持った。

 優斗の反応に聡は意外そうに目を見張る。


「あ、あれ? もしかして優斗くん知ってるの?」

「あ、いや、知ってるというか……前にちょっと挨拶しただけというか……」


 第一寮に忍び込んだ事を言うわけにいかなくて、優斗は気まずそうにモニターに視線を移す。

 モニターに映る卯月朔は、退屈そうに欠伸をして、隣に座っていた少女に高速で頭を叩かれていた。


「けど、七隊の人が修行をつけてくれるとは思わない。別の人の方が良いと思う」

「そ、そうだね。流石に七隊の人は無理だよね。ぼ、ぼく、少し探してみるね」

「ありがとう、聡」


 聡の提案にお礼を告げれば、彼は嬉しそうに笑う。だが、それは難しいのだろう。先程の花音達の反応でそれぐらいは分かる。

 もう一度モニターに視線を戻す。

 卯月朔。確かに独特なテンポの人だったが、話が通じない人ではない。何とかして話をすることが出来ないだろうか。

 そんな事を考えながら、じっとモニターを見つめていた優斗はある事に気付く。

 七隊の面々が座っている椅子。その数は七個。しかし、座っている人数は六人だけ。


「なあ、七隊って七人いるんだよな? なんで、いまは六人だけなんだ?」

「え? あ、うん。空席なのは序列第一位だね」

「第一位?」


 それはつまり七隊の頂点に立つ人というわけだ。それが空席とはどういう事なのだろうか。


「そういえば、第一位も光属性であったな」

「た、確かにそうだけど、晴。それは無理があるよ。というか、恐れ多いよ」

「まあ、第一位に教えを請うなど不敬だと下手したら打ち首でしょうね」

「打ち首って、まさか……」


 幸太郎達の言葉に嫌な予感がして、優斗は顔をひきつらせる。そんな彼の考えを肯定するように頷いたのは花音だ。


「七隊序列第一位は、瀧石嶺家の退鬼師」

「しかも、あの瀧石嶺千里の婚約者だそうですよ」


 告げられた言葉に優斗は、その人と関わるのは止めておこうと考えるのだった。





 七隊任命式があった翌日。

 優斗一人で嵐の見舞いに行ってきた帰り道。

 考え事をしながら歩いていたせいで足下を全く見ておらず、何かに躓いてしまったのだ。

 危うく転び掛けたが、なんとか踏ん張って転ばずに済んだのだが、自らが躓いた原因を見て、目を見張る。


 舗装されたアスファルトの上に横たわっていたいたのは、七隊の一人でもある卯月朔。

 倒れているのかと思って、優斗が慌てて起こそうとした所で、彼は先程の衝撃で目を覚ましたのか、ゆっくりと目を開いた。


「…………カンナ、さん?」


 未だに微睡んでいるのか眠たげな灰の瞳で優斗を映し出した朔は、小さな声で見知らぬ名を呟く。

 誰かと勘違いされているようだと判断した優斗は自らの名を名乗る事にする。


「あの、俺は月舘優斗です」


 優斗の言葉に朔は、ぼーっとした様子で優斗を見つめ、それから思い出したように頷いた。


「……ああ、久しぶり。ユウ君」

「覚えててくれたんですね」

「当然。俺がユウ君を忘れる事はないから」

「はぁ」


 朔の言葉の意味がよく分からなくて、曖昧な返答を返す優斗だが、朔はそんな優斗の反応は気にしていないようだ。


「あの、なんでこんな所で倒れてたんですか? どこか具合でも悪いんですか?」

「……んー、別に。眠かったから、寝ただけ」

「道の真ん中で?」

「関係ない。眠い時に寝るのが俺の信条だから」

「危ないですよ。いくら車が走ってる事が少ないとはいえ、絶対に走らないという保証はないんですから」

「まあ、どうにだってなるよ」


 ふわぁ、と軽く欠伸をする朔。相変わらず独特なテンポを持っている人だった。

 あの時は、夜だったから月に照らされる彼の姿があまりにも人間離れしていて人外の何かに思えたが、日の光の下の彼は何処か光を帯びていて、神々しいという言葉がぴったりと当てはまりそうだった。

 そこで優斗は彼も優斗と同じ光属性だという事を思い出す。


「あ、あの、卯月さん。お願いがある──」

「朔」

「え?」

「朔で良い。名字で呼ばれるのは好きじゃない」

「あ、は、はい。分かりました。朔さん」

「ん、いいこ。牛乳飲む?」


 軽く頭を撫でられて、紙パックの牛乳を差し出される。

 戸惑いながらもそれを受け取ると、朔は懐からもう一つ牛乳を取り出して、それにストローを刺して飲み始める。

 その様子を見て、優斗も牛乳を口にする。意外にもそれは、たったいま冷蔵庫から取り出したかのように冷えていた。


「……冷えてるのが不思議?」

「は、はい。何でですか?」

「……スズちゃんにお願いして、常に牛乳を冷やしてもらってるから」

「スズちゃん?」

「あれ? まだ会ってない? 水無月珠洲。昨日七隊に入った子」

「あ、いや、この間会いました。知り合いだったんですね」

「うん、昔からの知り合い」


 そう頷いた朔の顔がどこか寂しそうに見えたのは、優斗の考えすぎだろうか。

 その表情の意味を優斗が考えていると、朔が口を開いた。


「……それで? お願いって何?」

「え? あ、そうだ。実は、朔さんが光属性だという事を友達に聞いたんです」

「うん」

「俺も同じ光属性なんですけど、うまく使えないんです。武器も出せなくて……」

「君に武器は必要ないと思うけど」

「え?」

「武器が出せないんじゃない。君に武器はいらない。だから、出ないだけ」


 随分ハッキリと切り捨てられてしまった。

 朔の言葉に嘘はないだろう。真っ直ぐ優斗を見つめてくる目は嘘をついているようには見えなかったから。

 だが、それでは優斗が納得できないのだ。


「け、けど、俺は強くなりたいんです。友達が傷付く姿を見てるだけなんて、もう嫌なんです」

「……だから、俺に教えて欲しいの?」

「は、はい! 七隊の人に教えを請うのは厚かましいと思うんですけど、他に教えてくれそうな人がいなくて……」


 眠たげな灰の双眸が優斗を射抜く。彼の覚悟を、信念を見定めるような視線に優斗は目を逸らしたくなるが、ここで逸らしたら彼は決して頷いてくれないと判断して、黙って見据え返した。

 やがて、朔は小さく溜息をつく。


「……ユウ君の頼みなら聞いてあげたいけど、その頼みだけは受けられない」

「ど、どうしてですか?」

「面倒だから」

「ええ!?」

「……それに協定違反になるから。例外を除いて俺達はユウ君に近付けない。だから、ごめんな」


 意味が分からなかった。協定違反とは何だ。何故自分に近付いてはいけないのか。そもそも俺達とは誰の事だ。

 優斗の中に浮かぶ幾つもの疑問。

 怪訝な顔をした優斗に朔は悲しげな笑みで笑う。


「……意味が分からないって顔してる。けど、ごめん。これ以上は何も言えない。俺もまだやるべき事があるから」

「あ、あの、俺達どこかで会った事ありましたか?」

「……ないよ。月舘優斗とはこの間、君が第一寮に忍び込んだ時に会ったのが初めてだ」

「そ、そうですよね。変な事を聞いてごめんなさい」


 それならば、何故彼は以前から優斗を知っているような口振りをしているのだろうか。疑問は募るばかりだが、彼は決して教えてくれないだろう。



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