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キミとの約束  作者: 蒼野 棗
第二章
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#9-2 転生組


「……転生組の退鬼師は本当に厄介なんですよ。家系組と違い、退鬼師とは何の関わりもない家に突然産まれる。だから、学園も把握しきれない。本来なら、この学園に通ってもらわないといけないのにどうしたって後手に回ってしまいます」

「昔は巫女様が見つけていたみたいだけど。今の巫女様は体も力も弱すぎて、遠視すらできなくて転生組を見つける事ができないもの。まあ、未来視も過去視も出来ない巫女様だから仕方ないのかしらねぇ」

「文月」

「はぁい、ごめんなさーい」


 秀也に窘められ、言葉では謝罪するが、その口振りからは反省の色は見えない。

 そんな麗香の様子に彰人が何故か笑っており、二人の態度に秀也が呆れたようにため息をつく。


「とにかく、彼は丁重に埋葬しました。他に質問はありますか?」

「……大河はどうして鬼と戦ってたんでしょう。誰にも何も言わず、たった一人で」


 こんな事を秀也達に問うた所で答えなんて返って来るはずもない。そう分かっていても聞かずにはいられなかった。

 どうして大河は、何も話してくれなかったのか。

 どうして大河は、一人で鬼と戦う道を選んだのか。

 どうして大河は、誰かに助けを求めなかったのか。


 大河に前世の記憶があるとしたら、自分の他にも退鬼師がいる事を知っていたはずだ。調べれば、学園の事だって分かったはずだ。

 それなのに大河は誰の助けを求める事なく、たった一人で鬼と戦う道を選んだ。

 毎日傷だらけになって、普通の人に気味悪がられながらもいつも笑って、ふざけた言動で怪我の理由を誤魔化していた。


 何故彼がそこまでしていたのか。

 何が彼を突き動かしていたのか。

 優斗には何も分からない。

 あれだけ近かった筈の親友が別人のように思えた。


「彼が何を考えていたのかなんて分かりません。単純に話しても信じてもらえないと思っていたのかもしれません」

「そんなことっ!」


 ない、とは言い切れなかった。

 もし大河が話してくれたとして自分が本当にその話を信じる事ができたか確信が持てなかったのだ。 

 いつもの大河の冗談として聞き流していたかもしれない。

 そんな考えが脳裏に過ぎり、優斗は黙り込んでしまう。


「……まあ、そうやって危険な事にも首を突っ込んでくるお節介な親友を巻き込みたくなかっただけって考えもありますけどね」

「え?」


 落ち込んでしまった優斗を慰めるかのような言葉。

 驚いて秀也の顔を見れば、彼は既に視線を逸らしている。そんな彼を麗香がニヤニヤしながら小突いている。


「お前に譲れないものがあるようにアイツにも譲れないもんがあったんだろ」


 いつの間にか傍に立っていた彰人が優斗の頭に手を置いた。

 無骨な大きな手は軽く優斗の頭を叩いただけで、すぐに離れていく。

 顔を上げた優斗の視界に入ってくるのは仏頂面の彰人。

 不機嫌そうな顔は先程と変わらないが、それでも優斗は先程まで彼に感じていた畏怖が薄れているのを感じた。


「あ、そうそう優斗くん。一つ良いことを教えてあげるわ」

「なんですか?」

「転生組ってね、学園に……いえ、瀧石嶺家に危険視されているの」

「文月!」


 軽い口調で言われた言葉の意味を優斗が理解するより早く、秀也が声をあげた。

 その声の厳しさに麗香は、言ってはいけない事を口にしたのだと伝わってくる。


「どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ。彼等が持つ記憶を怖がっているのよ。ふふ、知られたくないことでもあるのかしらね。英雄様は」


 くすくすと楽しそうに笑う麗香に優斗は何も言えない。

 退鬼師にとっては絶対の存在である瀧石嶺家を嘲笑うように……いや、嫌悪するような表情を見せた麗香。

 そんな彼女の心中を出会ったばかりの優斗が察するのは不可能だった。


「ねえ、優斗くん。瀧石嶺家を……この学園の連中を信用したら駄目だからね」

「文月先輩は何か知っているんですか?」

「そりゃあ、序列的には一番下とはいえ、七隊のメンバーだからね。君が知らない事を沢山知っているわ。けど、教えない。それが彼との約束だから」

「彼?」


 一体誰の事を言っているのだろうと優斗が首を傾げると同時に麗香の頭を彰人が掴んだ。


「おい、文月。喋りすぎだ」

「痛いわね、野蛮人。離してちょうだい」


 挑発するように彰人を睨みつける麗香と不愉快そうに彼女を見下ろす彰人。

 険悪な雰囲気で睨み合う二人を止めたのは、秀也の溜め息だった。


「そこまでです。……文月、最近の貴方は暴走が目立ちます。これ以上、踏み込むのは双方の為にになりませんよ。協定違反を起こして皆を敵に回す気ですか?」

「…………分かったわよ」


 長い沈黙の後、渋々といった様子で麗香が頷くと彰人も彼女の頭から手を離す。

 優斗としては麗香の言葉の意味をきちんと知りたかったのだが、この険悪な雰囲気の中でそれを聞ける程の図々しさは持ち合わせていなかった。

 口を開く事も息をする事すら躊躇われる重苦しい沈黙が室内を満たす。

 そんな空気を壊すように言葉を発したのは秀也だ。


「さて、そろそろ最終門限時刻になりますよ。また妙菊先生考案の罰を受けたくないなら、もう寮に帰るべきだと思いますよ」

「え!?」


 その言葉に優斗は慌てて腕時計に視線を移す。

 時計が示す時刻は、二十二時五十分。門限まで、あと十分しかない。

 優斗の脳裏に浮かぶのは、目が全く笑っていない笑顔で大量の課題を渡してきた白の姿。

 まだ渡された課題すら終わっていないのにこれ以上増やされたら堪らない。


「す、すみません! 俺、帰ります! あ、えっと……今日はありがとうございました」

「お礼は必要ありません。その代わり、今日ここで聞いた話は他言無用でお願いします。特に文月が言っていた事を学園に知られたら処分されてしまいますから」

「しょ、処分って……」

「冗談ですよ。まあ、仮にも七隊の一員が瀧石嶺家を軽んじる発言をすること事態は、罰則ものでしょうけど」


 口調自体は軽いものだが、その声音には真剣さが見え隠れしていた。

 退鬼師にとって、瀧石嶺家は絶対なものだと改めて思い知らされる。


「だ、大丈夫です。俺、誰にも言いませんから」

「ありがとうございます。帰りは弥生に送らせましょう。弥生、構いませんね?」

「おう」

「え、ちょっと待ってよ。私が送ってくわよ。連れてきたの私なんだから」

「文月」


 名を呼ばれただけで秀也が言わんとする事を理解したのだろう。

 麗香は暫く秀也を見つめた後、小さく肩を竦めた。


「話はついたな。……行くぞ」

「あ、は、はい。お邪魔しました」


 背を向けて歩き出した彰人を見て、優斗も慌てた様子で頭を下げてから、彼を追いかけて、部屋を出て行く。

 二人が出て行き、扉が完全に閉まった事を確認してから、秀也は口を開いた。


「文月」

「なに? 説教なら帰るわよ」

「……量は増えていませんよね?」


 何の量かと尋ねなくとも麗香はその言葉を理解する。

 彼が──如月秀也が、自分を疑っているのだと理解する。

 だからこそ、麗香は笑う。冷徹そうに見えて心配してくれているだけの友人に自分の心を見透かされないように笑う。


「心配いらないわ。鬼になんて負けないから。……もう二度と」


 強い覚悟を宿した瞳に秀也は、もう何も言わなかった。



◇◆



 彰人に案内されて、寮の中を歩く優斗。

 先程、麗香に案内された時もおそらく通った筈の道なのだが、似たような造りなので自信は持てない。

 帰り道を案内してくれる彰人に感謝しながら、優斗は彼の後をついていく。

 その時の事だ。ずっと優斗の肩に乗っていたムツキが突然飛び降りて、駆けだしたのは──。


「ムツキ!?」

「……むつき?」


 突然の事に驚き、優斗は慌ててムツキを追いかける。

 廊下の角を二度ほど曲がり、駆け込んだ通路の先。そこで優斗が見たのは、壁に寄りかかって座り込んでいる一人の少年と彼の足元に擦り寄っているムツキの姿だった。


 窓から差し込む月の光に照らされて光り輝く灰の髪。陶器のように傷一つない滑らかな白い肌。目を閉じていても分かる程、整った顔立ち。

 その少年の姿を見て、優斗は一瞬だけ夢でも見ているのかと思った。


 それ程までに眼前の少年は同じ人間とは思えない程、現実味がなかった。整いすぎた顔立ちも透き通った存在感も彼が人外の何かではないかと勘違いしてしまいそうになる。

 自分が見ているのは本当に人間か、それとも妖かしの類か考えあぐねてしまった優斗だが、そんな彼を現実に引き戻したのは優斗を追いかけてきた彰人だ。


 彰人は壁に寄りかかって座り込んでいる少年の姿を見るなり、常に深い皺が刻まれている眉間に更に皺を増やす。そして、大股で少年に近寄ると一切の容赦なく彼を蹴り飛ばした。


「ちょ、や、弥生さん!?」


 彰人の行動に目を丸くさせて、優斗は声を上げる。しかし、彰人は優斗の反応など気にした様子なく、たったいま自分が蹴り飛ばした少年を見ている。

 視線の先には、彰人に蹴られた事により床に倒れ込んだ少年の姿。勢いよく床に倒れた少年は、もぞもぞと動きだし、緩慢な動作で起きあがる。


「……あー、何か痛い……かも?」

「おい、卯月うづき。廊下で寝るなって何回言えば分かるんだ。てめぇはよ」


 床に倒れた時に打ったであろう頭を押さえながら、起きあがった少年に謝罪どころか説教を始める彰人。

 今にも人を殺しそうなほど殺気を滲ませる彰人を少年は気怠げな眼差しを向けて、それからのんびりと口を開いた。


「……あー、アキ先輩。相変わらず不機嫌そうっすねー。カルシウム足りてないんですかねー。……あ、牛乳飲みます?」

「いらねえよ」


 どこから取り出したのか紙パックの牛乳を差し出した少年の言葉を一蹴する彰人。

 そんな彰人に少年は、そうっすかと呟いた後、ストローを紙パックに差して自ら牛乳を飲み始めた。

 ストローで牛乳を飲みながら、足元のムツキを優しく撫でる。

 ホッと一息ついた後、思い出したように口を開いた。


「……あれ? そういや、何でアキ先輩がいるんすか? 俺に用でも?」

「チッ。相変わらず人の話を聞かねえ野郎だな。そもそもてめぇも何でいんだよ。今日はお前等が当番だろ」

「……あー、ちゃんとパトロールはしましたよー。アサちゃん厳しいからサボると怒るし、終わったから休んでただけっす」

「そうかよ。寝るなら部屋で寝ろ。廊下で寝るな」

「あー……検討しとくっす。……それより、いいんすか?」


 ふっと、灰の双眸が優斗を射抜く。

 おそらく部外者の優斗を第一寮に入れていいのかと尋ねているのだろう。


「あ、お、俺は……」


 第一寮にいる理由を考えようとするが、咄嗟の事で何も浮かばず、言葉を詰まらせてしまう優斗。

 そんな優斗を少年は感情の読めない瞳で見つめている。


「てめぇには関係ない。関わるんじゃねえ」

「……ふーん。関係ないですか。まあ、アキ先輩がそう言うなら、そういう事にしとくっすよ。今は」


 何か言いたい事がありそうだったが、それ以上少年は何も言わない。その事に優斗は安堵の息を吐き出す。


「おい、帰るぞ。その猫もちゃんと回収しとけ」

「え? あ、は、はい。ほら、ムツキ。行くぞ」

「ミャー」


 少年の足下にすり寄っていたムツキの姿を見て、優斗は声を掛けた。ムツキは小さく鳴くと、優斗の元に駆け寄ってくる。

 駆け寄ってきたムツキを抱き上げると、ふと眼前の少年と目が合った。

 目があったのに何も言わないで去るのは失礼だと思い、軽く会釈をしようとした優斗だが、それより早く相手が口を開いた。


「……卯月さく

「え?」

「俺の名前。卯月朔。二年」

「え? あ、お、俺は、一年の月舘優斗です」

「……そう。綾乃あやのに会ったら仲良くしてあげてね」

「は?」


 綾乃とは一体誰の事だと尋ねる前に朔と名乗った少年は踵を返す。そして、肩越しに一度だけ振り返り、

「またね、ユウ君」

 そう軽く挨拶をして、そのまま歩き出してしまう。

 本当に捕らえ所のない人だった。

 まるで風のようだと思い、優斗は暫しの間、その背中を見送っていたが、すぐに我に返って、彰人に連れられて朔とは反対方向に歩き出した。


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