#0 プロローグ
季節は桜の蕾が顔を見せ始めたばかりの頃。
まだ春と言えるほど暖かくもなく、冬と呼べるほど寒くもない中途半端な気候の中、二人の男女が向かい合っていた。
青年と呼ぶには些か幼い顔立ちの少年は優しく微笑んでいる。だが、彼と向き合っている少女は今にも泣き出してしまいそうだった。
瞳いっぱいに涙を溜めて、けれども決してソレを流すことはない。
彼女は分かっていたからだ。
いまは泣いてはいけないと。
笑って送り出さなければいけないのだと。
そんな彼女の様子に少年は困ったように軽く頬を掻いて、彼女を慰めるように頭を撫でた。そして、彼は告げる。
「約束する。俺は必ず戻ってくる」
少年の言葉に少女は何も言わない。
頷くことも行かないでと縋ることもできない。ただ彼女に出来たのは瞳に貯まった涙を溢れさせないようにすることと、彼を引き留めようとする言葉しか吐こうとしない口を堅く閉ざすことだけだった。
少年も少女の心情をよく理解しているのだろう。
彼は悲しそうに笑うだけで、何も言わない彼女を責めようとはしなかった。
彼自身もよく分かっていた。
これは決して守れない約束だということを。
少女には辛い思いをさせてしまうことを。
それでも彼は約束をしたかったのだ。
もしかしたら、彼自身も言葉にすることでその願いが叶うかもしれないと考えたのかもしれない。
だからこそ、彼はもう一度言葉を紡ぐ。それが言霊になると信じて。
「約束する。俺は必ず君の元に戻ってくるから。そしたら──」
少年の言葉に少女は思いがけない提案をされたことに驚き、大きく目を見開き……それから、ようやく彼が大好きな笑顔で笑った。
「約束、だよ?」
小さな声。けれども少年の耳にはしっかりと届く。
少年も顔を綻ばせて大きく頷いた。
「ああ、約束だ」