模擬戦
そして数週間はこれといった大きな問題もなく、一般科目やマナと行使者のことに対する授業や、実技が進んでいきマナは始めは数人だけが使えた遠当ても全員が問題なく発現できるようになり、行使者もマナの発する独特の光を目で追うことに慣れ始めた頃。
「いい加減にしテ」
その叫ぶような声は実技の授業が終わった後で、焔真達がグラウンドから教室に帰ろうとしたところで聞こえて来た。声を上げたのは学級委員である、赤羽エミリーだった。
「なんだよ」
そして、言われたのは龍馬だった。本人はそんな事を言われるいわれはないと不機嫌そうな声をだす。
「もっト、周りの事も考えといいヨ」
そんな龍馬にエミリーは、周りの事も考えて行動するべきだと言った。これまでの龍馬の自由奔放とした行動に我慢が出来なくなったのだろう。周りにいる他の生徒も似たようなことを思っていたのか面倒ごとにかかわる気がないのか誰も口をだそうともせずにその様子を傍観しており、焔真達は昔から龍馬の小競り合いを見慣れてきているので大きな問題に発展しないない限りは口を挟む気が起きは起きなかった。
「俺がなにをしたっていうんだ」
龍馬自身には心辺りがないのかとぼけている様子もなく素直に心からの言葉のようだった。
「まズ、その態度。それニ、いつも好き勝手に動くからみんなあなたに邪魔されるノ」
エミリーが言っているのは龍馬達は零士の父親から習って知っているが他の星領高校で学ぶ一年生の生徒達にとっては初めてとなるので、龍馬は当たり前のようにやれても他の生徒は当然ながらうまくできない。そんな中龍馬は自由気ままにマナの力を使うので辺りにいる生徒に悪影響を及ぼすということだ。マナの力は集中することも大事だが、自分のことを信じる力もいるのだ。そこで龍馬が自由にマナの力を使い続けていると他の生徒もそれができて当然だと思ってしまい、龍馬と同じようにマナの力を使えない現実に直面してしまうと自分に才能がないのではないかと、自身をなくしてしまうのだ。それでも遠当てのような簡単なものなら壁に当たる事も無く直ぐにできるようになるのだが、今新たにやっていることは少し難易度が高く初動でつまずいてしまう生徒が多数いるのだ。そんな中龍馬の様子を見てしまうとどうなるか考えてほしいとエミリーは言っているのだ。
「そうは言っても、御生憎様だが手を抜くのは性分じゃなくてな。無理なものは無理」
「手を抜けといってる訳じゃなヨ、九鬼くんは周りに合わせて行動をしてって言ってるんだヨ」
「一緒だろ」
エミリーの注意も龍馬にとっては、手を抜けと言われているようにしか聞こえなく元々周囲に合わせて行動するということが苦手でもあるため素直に従う気はないようだった。
「なんで言っても分からないカ」
「あー、えーと。エミリー……ちゃん? 龍馬くんも別に悪気がある訳じゃないからさ……」
龍馬を責め立てるエミリーに対して恋が焔真達のそばから飛び出てフォローに入る。龍馬の歯に衣着せない言い方や態度でトラブルを招くことが昔から多々あった。 本人も悪気があるわけでなく素直に思った事を言っているだけなのだが、他の人が良く思う以外も言ってしまうためトラブルの種になってしまうのだ。
「大徳寺さんは関係ないんだから、ちょっと黙ってテ。これハ、」
エミリーの四の五の言わせないはっきりとした拒絶にシュンとなってしまう恋。
「そうだ、恋は口を挟むな」
エミリーに拒絶されて尚も龍馬を庇おうとする恋だったがその本人からも否定され、その場はしぶしぶとしながら焔真達の元へと帰ることにした。
「あとで、絶対一言いうんだから」
そう焔真達の元に戻ると、怒りながら龍馬に視線を向けて愚痴るように恋が言い、焔真はその様子を苦笑しながら眺めるのだった。
「どうしても直す気はないノ?」
「ああ、これが俺の生き方だ」
エミリーと龍馬の言い争いも止められるものは誰もおらず悪化の一途をたどり、今にも爆発しそうな勢いだった。それを近くに居ながら今まで一言も発せずに見ていた丹波が口を開いた。
「そこまで言うのなら、二人で模擬戦をすればいい」
「模擬戦!」
「模擬戦ですカ?」
二人が言った言葉は同じだったが、その反応は反対であり龍馬は模擬戦という単語にとても嬉しそうな表情を浮かべ、エミリーは初めて聞く単語に不思議そうな表情をしていた。
「このことを話すのは、マナの扱いに慣れてからにしようと思っていたのだがお前ら二人ならもうある程度は使えるしな。大丈夫だろう」
星領高校ではマナの使い方の向上のために生徒同士での模擬戦が特別に教師が一人以上が監督についた場合に限り許可されていた。本来は生徒がマナの扱いに慣れた五月の上旬辺りに担任の教師から伝えられるのだが、龍馬とエミリーはこの時点までのマナの扱いが評価され早めに模擬戦の許可が丹波から出たのだ。
「流石に実技の後に模擬戦は辛いだろう。だから、明日の朝、ホームルームの時間を使って模擬戦を開催することにする。他の生徒はその見学だ。二人がどのように戦うか見てみるのも、勉強になるだろう」
そう丹波が言い、この場を丸く収めると龍馬もエミリーも今どうこうしようとは思わなかったようで、素直に教室へと戻っていった。
「龍馬くん?」
龍馬とエミリーに断われてからも、先ほどの様子を陰から見守っていた恋が一息つけたことで龍馬に抗議の声を上げる。エミリーとの言い争いも終わり頭が冷めたと判断してのことだ。
「なんだよ。俺は別に悪くねえぞ」
龍馬は文句を言われたことに不服そうに目線を恋に向ける。龍馬としてはただ言われたことに本音で答えただけであり、文句を言われる筋合いはないと抗議する。裏表のない性格といえば聞こえはいいが、どんなことでも言ってしまうため問題を起こす原因となることが多かった。
「龍馬くんも澪ちゃんのことで成長したと思ってたんだけどな……」
「その、俺がこいつのことを特別視してる。みたいな言い方はやめろ」
横で何気ない風を装って聞き耳を立てていた澪に聞こえるように、わざと声量を上げて話す。そのおかげで、恋の話を聞いた時には嬉しそうな表情をしていた澪だったが龍馬の声にテンションを落とし、一喜一憂とした態度をみせた。
「龍馬くん、言い方」
澪の味方である恋はその龍馬の言いぐさを注意する。龍馬の気持ちもわからないではなかったが、やはり同性の恋路のほうが気になってしまう年頃なのであった。
「恋、論点ずれてるぞ」
これ以上話がそれて、龍馬と澪の話に完全に切り替わる前に焔真はその事実を指摘し、話がそれることを防ぐ。龍馬に対する手助けでもあった。
「あ、そうそう。龍馬くん、自分が正しいと思ってることだからって何でも言っていいわけじゃ無いんだよ」
昔から、幾度となく言っていることで恋も聞いている龍馬や焔真達も耳にタコになる程だが、それでも言わないと気が済まない恋であった。
「あーはいはい」
そのため、龍馬の返事も適当なものとなる。
「恋、模擬戦の話聞いて浮かれている龍馬にそんなこと言っても無駄だ」
普段の時に言っても聞いてもらえるとは思えない、と言いながらも焔真は感じていた。
「分かったよ……」
焔真の言うことも一理あると聞いていて感じた恋は、この場でこれ以上のことを言うことをやめた。そして、今までの言い合いで忘れていた実技での疲れが熱がなくなった龍馬にやってきて休憩をとるためにも教室へと戻っていった。
◇◇◇
翌日。
「よっしゃあ!やってきたぜ、模擬戦!」
朝、模擬戦を始めるためにグラウンドにやってきた龍馬。模擬戦の相手となるエミリーは龍馬の来る前から来ており、その様子を冷ややかな目で見ていた。そして、どこからか情報が流れていたのか一組の生徒だけでなく、二組の生徒もちらほらと見られた。その中には茜、彪雅、義次の三人の姿もあった。
「やあ、焔真くん」
龍馬の様子を見に来た焔真達の姿を発見した茜達が声をかけに近寄ってきた。
「茜も龍馬達の模擬戦見に来たのか」
「昨日授業が終わって帰ろうとしてたら、話が回ってきてね」
誰が話を回したのかは定かではないが、昨日模擬戦が決まってから直ぐに広まっていることを考えると一組の生徒だろう。
「これは、面白そうだと思って」
「えーと」
茜と初めて出会った恋は少し困惑してしまうが、焔真が恋と茜の間に入ってお互いを紹介する。
「よろしくね、茜ちゃん」
「よろしく、恋ちゃん」
お互いに挨拶を交わしお互いの性格からか、直ぐに打ち解けた雰囲気を作り出す二人。
「それにしても、龍馬のやつテンション上がってるな」
「ずっと退屈してただろうしね」
「龍馬くんと……エミリーちゃん? の模擬戦かあ。エミリーちゃんってどういう子なの」
二組の為、エミリーの事を全く知らない茜が焔真達からみた印象を聞く。彪雅や義次も気になっているらしく、視線を向けてきていた。
「俺達も別に親しいわけじゃ無いけどな。第一印象としては真面目で責任感のあるタイプかな」
「それは私も同意」
焔真が学級委員を決めるときに、エミリーが自ら進んで手を挙げていたことを思い出してそう言うと恋も同じような印象を抱いていたらしく焔真に同意した。
「あと面倒見もいい」
琴里が言うにはエミリーは自身が遠当てを起こすことに成功した後、自らが学んだコツや感覚といったことを他の生徒に教え回る姿を見たとのことだった。
「へえー。それじゃあ龍馬くんとは逆の感じかな」
「そうだな。龍馬は自分が前に出て周りを引っ張っていくタイプだけど、は周りと一緒になって進んで行くタイプだな」
「二人ともリーダー向きな性格だし、二人ともこれを機に仲良くなってくれるといいね」
「そうだね」
龍馬もエミリーも仲良くなれば、クラスをまとめるのにいい方向に作用すると焔真は考えていた。
「二人とも準備はいいか」
焔真達が話していると丹波がやってきて、辺りを見回し龍馬とエミリーの様子を確認する。
「ああ。いつでもいいぜ」
「私も、だいじょうブ」
当人である二人の言葉を確認すると、丹波は模擬戦のルール説明に入る。
「模擬戦はこの、グラウンドのトラックの中で行うものとする。一撃先に相手に入れた方が勝ちで、重い怪我を負わせるような行為は禁止だ。制限時間は授業が始まる二十分前……つまり長くてもあと三十分ということだ」
丹波はルールを言い終わると周りの見学に来ていた生徒を下がらせ、自らも下がると模擬戦開始の音頭をとると試合が始まる。
「っしゃあ、行くぜ」
龍馬は開始と同時にそう叫び全身にマナの力を巡らせると、エミリーに向かって真っすぐに走り出す。
それを見たエミリーは自身の右手にマナの力を込め遠当てを放つ。それを見た龍馬は避ける素振りも見せずにそのまま前進し、利き腕である右腕でエミリーの放った遠当てを払い飛ばした。エミリーは考えもしなかったその光景を目のあたりにし、度肝を抜かれるが足を止めない龍馬を見ると直ぐに立ち直り再度遠当てを放つ。龍馬はそれを見て再度反射的に払いのけようとし、先ほどよりも感じ取る違和感が強いことを察して最小の動きで避ける。
その自信に満ち、煽るようにも見える動きにエミリーは腹を立てるも、頭は冷静なまま次の一手を考える。
先ほどまでは片手にだけ集中させていたマナの力を両手に発現し、少し無理して三回連続で遠当てを放つ。最初の一発目は素直に龍馬の正面に。龍馬はそれを少し身体をひねることで回避する。しかしそれを予期していたエミリーは二発目を龍馬が避けた位置に先に放っていた。龍馬はそれを見ると舌打ちをすると、左腕で防ぐ。そして次に飛来してくるであろう三発目を警戒して目線を向ける。すると、エミリーの放っていた三発目は龍馬の足元へと飛んで来ていた。それを何とか足を止め、後ろに飛ぶことで龍馬は避けることに成功する。
が、エミリーの狙いは龍馬に攻撃を当てることではなく、三発目を地面に当てることで砂煙を発生させ、龍馬の視界を奪うことが目的だ。遠当ての初弾を直接地面に放ったのでは狙いが露見する可能性があり、少しでも龍馬の余裕を奪ってからと考えてのことだ。
龍馬はその狙いに遅まきながら気付き、自身が思いもよらなかった発想をしたエミリーに感嘆する。それでも、動きを止めることはせずに動き続ける。エミリーが視界を封じてからマナを発した時に生じるオーラの色を感じる事も無く、何をするつもりか見当もつかないためだ。少しの間これといった出来事もなく、少しだけだが龍馬の気が緩む。そのことは姿を隠していたエミリーにも伝わる。龍馬の身体にまとっていたマナの違和感が少しだけ揺らいだことが原因だ。エミリーはそれを感じ取ると息を殺し頭の中にイメージする。
固め終わるとエミリーはマナの力を固め、上空に浮かべる。すると龍馬はそれを感じ取ったのか視線を少しだけ上に向ける。エミリーの狙いはそこにあった。龍馬が視線を動かすかどうかは賭けであり、実際に確認した訳ではなかったエミリーは不安の中行動を開始する。
龍馬の後方から遠当てを放つ。それは威力よりも速度を重視したもので、龍馬との距離も合わせて反応しようとした龍馬だったが回避も腕で防御もすることができず直撃したように見えた。それを見たその場にいた生徒はエミリーの勝ちを確信するが、幼馴染のメンバーと澪や茜達、そして丹波はまだ模擬戦が終わっていないことを理解していた。丹波が模擬戦の終了の合図をとらなかったことに気付き、龍馬が居た場所に目線を向けると遠当ては龍馬の目の前で破裂してなくなっていた。龍馬は腕で防御することが出来なかったが、ギリギリのところでマナの力で盾を作って防いでいたのだ。そして龍馬はエミリーの攻撃を防ぐと反対に攻勢に出た。エミリーの姿は確認できていなかったが、遠当ての飛んできた方向にいるだろうと見当をつけその方向へと走って向かう。
ほどなくして龍馬は遠当ての発生した場所へとたどり着き目を凝らして辺りを見回すが、そこには誰の姿もなかった。
「くそっ」
エミリーの姿がないことに苛立ちながらも気を抜くことはせずに辺りを警戒する。……少しの間の静寂が訪れる。
しかし、そんな静寂もエミリーの手によって砕かれた。エミリーはこの一撃にすべてをかけるつもりで力を込め始めた。その影響で地面から独特の違和感が湧き上がる。あくまでも試合開始前に丹波に言われたルールに抵触しないようにだが。
龍馬はそれを回避しようと、地面から漏れでるオーラの色の範囲から抜けだそうとするが横からの遠当ての攻撃も継続して行われているため、思うように逃れられない。そうこうしている間にエミリーの準備も終わりに近づき地面から発せられるオーラの量が増大する。龍馬はそれを感じ取ると、そのエミリーの攻撃を食らうのは不味いと判断しこの状況を打破するために全身にまとっているマナを厚くする。そうすることで遠当てを無理やり攻略し、その場から離脱しようという算段だ。
エミリーはそのことを予期しており、直ぐに対応策を講じる。エミリーは放った遠当てにも意識をさき、ただ直進するしかなかった遠当ての軌道をコントロールし、龍馬に当たることなく通過していってしまった遠当てを一列に並べ再度龍馬の元へと向かわせる。エミリーは、同じ一部分に遠当てを連続させて当てて龍馬のマナで作られた鎧を突破させようとするのが狙いだ。龍馬はそれを見て防御を厚くするより逃げ回ったほうが賢明だと判断し、マナを自身の足に集中させた。左右に動き回る龍馬だったが、まるでその直ぐ後ろを蛇がうねりながら追ってくるように見間違えてしまうような緻密な遠当ての操作をエミリーは行う。
星領高校に入る前にマナの扱いを学んでいた龍馬と違い、高校に入ってからマナの扱いを覚えたエミリーがここまで出来るのは才能によるものが大きく、模擬戦の行方を見守っている丹波はもしかしたら一年生から三年生全員を含めた中で一番マナの操作にたけているのはエミリーかもしれないと感じていた。龍馬の動きを追ってくるその遠当てを避けきることに集中せざるおえなくなり、その場から逃れることで手一杯となってしまう。
そして、エミリーの準備が整ってしまう。それに従って、発生させていた遠当てのコントロールを解き、準備していた地面のマナの制御に全力を捧ぐ。
―――そしてそれを察した龍馬はエミリーがコントロールするのを手放した遠当てを避け終わると苦虫を噛み潰したような表情で呆気なく降参すると宣言するのだった。