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実技

「それでは、実技の授業に入る」


 丹波は、グランドに集まった一組の生徒全員に向かって言った。今日は焔真達が星領高校に入って初めてとなるマナの実技の授業がある日だ。龍馬をはじめとする多くの生徒はこれまでの話をただ聞いているだけの授業と違い実際に体を動かし、力を使えるこの授業を楽しみにしていた。中には力を使うことが苦手なのか乗り気でない生徒もちらほらと見受けられた。初回となる今日はマナの力を使えない行使者の者も一緒に授業を受け、マナが力を使うときに発する色を感じ取ったり、どんなことが可能なのか実際に見ることになっていた。


「まず言っておくが、周囲の状況に常に気を配れ。初めのころはいつだれが、マナの制御を誤るかわからないからな。いくらマナの力による回復を得意とする者が校内にいるとはいえ、だからと言って周囲の者に怪我をさせていいわけではない。いいな」


 マナの力は使い方次第で人を殺めることもできる力だ。まだ制御に不慣れなうちはそもそも、力を発現させること自体が難しいのだが万が一といった場合もありうる。保健室には治癒のマナを使える養護教諭が常駐しており、軽度な怪我ならその場で瞬時に直してもらうことが可能である。だが、直ぐに治せる怪我にも限度がありまた、だからといって人に怪我を負わせてよいとなる訳もなかった。丹波は生徒達に注意を促し理解したとみると、話を進めた。


「それでは、今日まずやってもらいたいのがマナの力を固めた弾を発生させて的に当てることだ」


 そういうと丹波は今いるグランドの西側から、東側にあいてある的に向かって自身の力をまとめ上げて作った球体状の弾を撃つ。すると遠く離れた的に当たり、的は数メートル後ろまではじけ飛んだ。


「と、これが見本だ。これはある一定の教育を受けたマナにとっては当たり前の技術だ。まあ今日は初めてということもあり、的はもっと近くに配置して練習を行う」


 丹波はそう言い終わると生徒達にいくつかのチームを作らせ、そのメンバーで練習をするように言いつける。その中で焔真達はいつものメンバーで集まっていた。

 この時丹波は詳しい説明はしなかったが、込めるマナの量を増やすとコンクリートの壁に穴をあけるほどの威力にすることもできるのだ。


「つまり遠当てか」


 焔真と幼馴染達はこのことを零士の父親に習っており、零士の父親に『遠当て』と教わったものだ。ある程度物にするまで時間を要したのだがすでにこの程度のことなら難なく行える程度の力量はあった。

 そして三人はそれぞれ順番にマナの力を発し、焔色・青色・柿色といった色とりどりの遠当てを放っていく。

 他の生徒達が焔真達が実技の練習をしているのを遠目に眺めており、他の生徒が苦戦しているなか難なく能力を発現している焔真達に驚きの声を上げる。

 中でも琴里の遠当てのやり方は独特のものがあり、部活でやっている弓道と同じ構えをとって矢を放つのと同様のやり方で遠当てを放つのだ。そのやり方が尚更人目を引くのだ。遠当てを軽々とこなす三人は注目を集めるが、目立つことに慣れていない焔真や琴里は気恥ずかしくなる。しかし、龍馬は周囲の目を気にすることなく遠当てを放っていた。少し離れた場所では翔冶も必死に練習しているが、何も起こらずにいた。

 龍馬は何回か遠当てを成功させ、一息つきながら辺りを見回すと学級委員である金髪の女生徒も遠当てを発生させている姿を見つけた。焔真達三人に続いて遠当てを発生させたので、あまり目立つ事も無く今まで気付かなかったのだ。龍馬は、自身もマナであるため力を使った際に発せられる色を見ることはできないが、離れたところに置かれた的が動いているのを見て、遠当てを成功させているのだと判断していた。


「へえ、やるな」


 焔真達以外で遠当てを成功させているのはその女生徒だけしかいなく、丹波もこの短時間で成功させる生徒が四人もいることに驚きの表情を浮かべる。この遠当て自体は初歩中の初歩であり誰でも時間をかければできるとされているものだが、始めから遠当てができる生徒が四人もいるのはこれが初めてのことだった。 今までは、一クラスの中で一人二人のマナが遠当てを発現させる程度だった。つまり例年の倍もの生徒が遠当てができていることになり、驚愕に値することである。

 ただ本人達はすでにできて当たり前のこととなっているので、その驚愕に気付くことはなかった。

 辺りの生徒はその様子を見て遠当てを発することが簡単な事だと思い、必死に自分達も遠当てを発生させようと躍起になる。だが、初歩の技とされる遠当てだがイメージがつかめるまでは時間がかかるので、そう簡単にはいかない。


「今年は豊作だな。こんなに早く習得できる生徒がこれだけいるとは」


 一時は驚愕に染まっていた丹波だったが、時間がたち冷静になると教えがいがありそうだと思い直す。そして、この学校の実技のテストではクラス対抗でのマナと行使者による模擬戦が行われる。この時点で、遠当てができる生徒が四人いることはかなりのアドバンテージとなり、丹波は五月終わりにある中間テストの結果が楽しみになった。

 それから、授業が終わるまで丹波が遠当てをできない生徒をメインに教え、新たに二人の生徒が遠当てを放つことに成功する。この結果に丹波は満足がいったのか授業の終わり際には次の実技の授業のことを考えていた。

 マナの力も使いすぎると運動を終えた後のような倦怠感を感じることがある。そしてこの授業の後半、琴里が独特の撃ち方で人目をひいていたのに対抗して、遠当てを繰り返し放っていた龍馬や、新しく遠当てができるようになった生徒二人が授業の終わりに教室へ戻ってくると机に突っ伏すこととなった。


「もー、あんなに飛ばすからだよー」


 休憩時間となったこともあり、龍馬を心配した恋と澪の二人がやってくる。


「大丈夫? 龍馬くん」


「あー、おまえらか。ちょっと体が怠いだけだ。心配すんな」


 倦怠感が強いせいで龍馬にしては間延びした言い方だが、今言った事は強がりでもなんでもなく零士の父親と訓練していた時にも、似たような状態になることが多々ありこの状態に慣れているのだ。……慣れたといっても身体が怠いのに変わりはないのだが。


「まったく。ちゃんと自分の限界を見極めて使え、って言われてたでしょ」


 恋が昔、零士の父親に言われたことをそのまま龍馬に言う。


「それは……分かってんだけどよ。使っただけ上限が増えるとも言ってたじゃねえか」


 龍馬の言う上限とは自分のマナの用量のことではなく、マナの力を使うことに身体が慣れて倦怠感を感じ始めるまでの時間が長くなるという意味だ。


「もー。澪ちゃんが心配するんだから、無茶ばっかしないでよ」


「わ、わたし?」


 唐突に自分の名前を出され澪は驚く。


「まあ、その……なんだ。すまんな」


 恋には言い訳をしたが調子に乗ってしまった自分が悪いことは、分かっているので澪には素直に謝る。


「ところで、それってどれくらいで治るの?」


 マナでもなく、初めて力の使い過ぎで倦怠感をあじわっているマナを見た澪が気になっていたことを龍馬に聞いた。

 

「あー、程度によるな。今回は使い過ぎって言ってもそこまでじゃないから、多分一時間ぐらいだ」


 今までの経験と今の自分の状態を照らし合わせた結果、龍馬は一時間もすれば体調は戻ると判断した。この倦怠感が晴れるのには個人差があるが龍馬の場合、軽い時には数十分重い時で半日ほどだ。


「一時間かあ。それじゃあ、次の授業は大人しくしてるんだよ」


 休憩時間も終わりに差し掛かったこともあり、恋はそう切り上げて自分の席へと戻っていく。


「なんだよ」


 龍馬は一人残った澪に声をかける。


「も、もしよかったらマッサージとか後でしようかなって」


 本当は龍馬の近くに来た時からずっと言おうとしていたのだが、近くにいた恋に聞かれるのが恥ずかしく言い出せないでいたのだ。多くの生徒が残る教室で告白をした澪であったが、別段精神が図太いといったわけでなく当時は一生分の勇気を使い切る意気込みで事に当たっただけだった。


「いや、いいや。運動した時と違ってマナの使い過ぎでこうなるとそういうのは効果ないんだ」


 龍馬の言葉は嘘偽りなく真実であったが、嘘がないわけでなく今言ったことはいくつかある断る理由のなかで最大の理由ではなく断った一番の理由は恥ずかしいからである。実際の所それだけなら龍馬も気にはしないのだが、澪の言うことを聞いていくうちに徐々に徐々に行動がエスカレートするかもしれないと危惧したために断ったのだ。実際マッサージをするといった提案も昔の澪のままなら思っても言わなかったことだ


「気持ちは、貰っておく」


 そう龍馬が言うと教室に教師が入ってきたのとほぼ同時で、それを見た澪は自身の机へと帰っていった。


◇◇◇


 授業が終わるとだいぶ調子が戻ってきたのか龍馬は体を解すようにのびをした。


「よっしゃ。やっと身体が自由に動かせるようになってきたぜ」


 周りに人がいないことを確認してから腕をぐるぐると回したりして身体が動くことを確認する。


「あーあ。せっかく静かだったのに……また騒がしくなるのか」


 焔真は先ほど終わった本日最後の授業が静かだったのを思い出して、わざとらしい口調で冗談を言う。


「もういい加減騒がしいぐらいの方が落ち着くだろ」


「まあ、流石に慣れはしたけどさ。落ち着きはしないから」


「そういうもんか? まあいいや。まだ本調子じゃないし、今日は自転車で帰るわ」


「気を付けてね」


 身体が疲れているときに押していくのもあまり良くないと判断した澪は、大人しく龍馬を見送った。


「焔真。この後もしよかったらゲーセン行かない」


「格ゲーか?」


「うん。龍馬がいないうちに練習しとかないと、勝てなくなっちゃうからね。練習相手になって欲しいんだ」


「俺なんかでいいのか? ……分かった。恋達はどうする」


 恋達もいる場で隠すこともなく素直に聞いてきたので、誘っても問題ないだろうと判断し問いかける。


「私、今日は遠慮させてもらうねー」


「わたしも」 


 用事があるからと恋が言うと澪も誘いを断った。


「ん、あたしは行く」


 残った三人の内二人は用事があるため断るが、今日部活動がない琴里は迷いなく誘いに乗る。


「じゃあ、今日は三人で行くか」


 龍馬、零士、琴里の少し珍しい三人組でゲームセンターへ寄ることになった。

 目的地は違えど途中までは道が同じなので五人で歩みを進め、分かれ道へたどり着くと「それじゃあ、またねー」「またね。恋、澪」「うん、また明日」と恋、琴里、澪は挨拶を交わし合い焔真達三人は恋達と別れた。


「それにしても琴里がセーセン誘って付いてくるのって、珍しいな」


「みんなだけ、ずるい」


「ずるい……? ああ、もしかして部活で遊べなかったこと言ってんのか」


「ん、そう」


 普段から一人でゲームセンターに行ったりすることがある焔真や零士と違い、琴里は誘っても付いてくることが少ないのが琴里であった。

 しかし、最近の琴里は自分で決めたことといえ、部活動で一緒に遊べる機会がなかったことを気にしていたようだ。そのため、部活動が無くなった今日は一緒に遊びたいとのことだった。


「そういえば、琴里はゲーセン苦手じゃなかったの」


「や、苦手というかうるさくて落ち着かない」


 どうやらゲームセンターに置かれているゲームの筐体や、それをプレイしている人の騒ぎ声など複数の騒音が琴里は気に入らないようだ。


「まあ分からないでもないかな」


 あの騒がしさが好きな人達もいるだろうが、自分もあまり得意ではないと焔真も同意する。


「でも、プレイしてるとあのうるささが逆に集中しやすくなるんだ」


 全くの静寂よりある程度騒がしい方が集中できると焔真は言った。だが琴里は弓道を数年経験してきており、静かな方が集中できるのだ。そのため普段は様々な音であふれるゲームセンターではあまりゲームに集中できず自ら進んでゲームセンターに行くことはほとんどなかった。


「どうする、他の所行く?」


 零士はその話を聞いてどこかほかの所に目的地を変えるか、と琴里に聞いた。


「問題ない」


 大会に出る訳でもなく、ゲームで一緒に遊んで楽しむだけなら集中できなくてもできる。そう琴里は考えており、零士が行きたいと言ったゲームセンターからわざわざ目的地を変える必要はないと伝えた。 


「それじゃ、ゲーセン行くか」


 そうまとめると焔真、零士、琴里の三人はゲームセンターに向けて歩き出した。


◇◇◇


「それで、こうすると……」


 無事にゲームセンターへとたどり着き、目的のゲームの筐体がある場所まで零士を先頭に雑談しながら歩いていく。今は零士が新しく見つけたという技のやり方を説明しているところだ。そして、その説明に熱が入り始め曲がり角を曲がると反対側から歩いてきた人影とぶつかってしまう。


「あっ、すみません」


 零士は人にぶつかったことに気付くと相手も確認せずに反射的に謝った。


「気にしないで。ボクがよそ見してたのが悪いから」


 すると焔真達がどこかで聞いた覚えのある声が返ってきた。とっさのことでどこの誰とぶつかったかまだ判断が付いていない焔真達は自分の記憶の中から声の主を探す。


「んーって、あれ。焔真くん達だったの。……っと、そっちの二人は初めまして、だね」


 声の主―――茜も焔真達の存在に気付き驚きを含んだ声色でそう言った。茜の幼馴染である二人の姿は近くになく、この時点で姿が見えたのは茜一人だけだった。

 そして、今回がお互い初対面である零士と琴里は茜と自己紹介を交わす。


「それで、どうしたのこんなところで……ってそんな事は分かり切ったことだね。三人はよく来るのかな」


 ゲームセンターに来てまでやることなど一つしかないと、茜は一人納得した。そして茜に聞かれ、素直に焔真と零士はゲームセンターにそれなりに来ることを教えた。


「そっかー。ボクは、今日が初めてなんだよね。彪雅達に今日は予定があるって言われちゃって、家に帰ってもすることもないし暇つぶしに来てみたんだけど、焔真くん達は?」


 そういう茜の眼は新しい発見で楽しいと、訴えんばかりに輝いていた。そして、焔真による今日ゲームセンターに寄ることになった理由を説明する。


「へえ。それじゃあそっちも全員集合してるわけじゃないんだね……ね、それなら」


 そういって茜が提案してきたのは四人で一緒に遊ぼうとのことだった。


「うん、僕はいいけど」


 そう零士は言いながら、焔真と琴里に顔を向ける。


「おう」


「ん」


 焔真と琴里も問題ないと発したことによって、四人で集まって遊ぶことが決まる。


「それで、みんなは何のゲームやりに来たんだい」


 まだゲームセンター内にどんなゲームがあるか把握しきれていない茜は、焔真達に聞いた。


「格ゲーだよ。龍馬とやるために練習しようとね」


「へえ。それじゃあ、龍馬くん格ゲーうまいんだ」


「まあ僕ほどじゃないけどね」


 そう得意気に話す零士。


「瀬楽さんは」


 焔真は話をしようと茜に話しかけようするとすべてを言い終わる前に茜が割って入ってくる。


「茜」


「え?」


「瀬楽さんなんて、かたっくるしいよ。気楽に茜って呼んでよ」


「そういうことか。まあ……そうだな。本人が良いっていうならいいか」


 少し戸惑いがあった焔真だったが茜自身がそれで良いと言っている以上はあまり気にしなくてもいいと判断した。


「茜は、何かやりたいゲームとかあるのか?」


「さっき一通り見て回ってたけど特に気になったのは無いかな。だから焔真くん達がやってるとこ見てみたいんだけど、いいかな」


「ああ、そんなんで良ければいいよ。それでいいよな?」


 焔真は零士と澪に確認をとる。


「僕はいいよ」


「あたしはどうせやらないし」


 二人とも快く了承したので焔真は零士達を連れて格闘ゲームの筐体があるところまで歩いていく。このゲームセンターには格闘ゲームの筐体が六個あるのだが、そのうちの二つはすでに他の客が使用していた。


「あ、空いてる」


 それを見た零士は席を早く確保しようと焔真達の先を歩いていく。


「ほら、焔真も早く」


 せかす零士の後を追い焔真も筐体の席に着く。そして二人は百円玉を筐体に入れ、自分の持ちキャラクターを選ぶと画面が変わりランダムにステージが選ばれる。


「分かってると思うけど最初だから、練習だからね」


 零士がカウントダウンが始まる中そう言った。そして試合が始まるとお互いにキャラクターの技を確かめるようにコマンドをいれたり、牽制し合ったりと調子を取り戻していく。そんな中、琴里が茜に話しかける。


「賭けない」


「賭け? 焔真くんと零士くんで?」


「そう」


 初対面の琴里と茜だったが二人とも物怖じせずに会話を始める。


「いいよ。ボクはそうだね。焔真くんに賭けるよ」


「ん、あたしは零士ね」


 二人がそんな話を交わしているといつの間にか練習試合が終わり、焔真と零士は一応周りの確認だけしてから再びお金を筐体に入れた。


「勝った方の賞品どうする」


 茜が勝った方の賞品をどうするのかと聞く。


「今度学食一回」


「おっけー」


 賭けの賞品として負けた方が勝った方に学食で一回奢ることに決まる。

 そして、当の焔真と零士の方を見るといい試合運びとなっていた。

 零士の使うキャラには暴走モードと言われる技があるのだが、発動条件が難しいことや焔真の使うキャラクターは中遠距離を得意としていて近距離を得意とする零士のキャラクターに相性が良く近づけさせなければ焔真の方が圧倒的に有利な対面だった。しかし、しばらくの間この格闘ゲームをやっていなかった焔真の動きは悪く、ちょっとした隙に零士の操るキャラクターに懐に入られダメージを入れられるというシーソーゲームの展開を見せていた。


「やっぱり、この状態じゃあ決め手に欠けるね」


 暴走モードと呼ばれる強力な技があるため、それ以外の技は決め手に欠けるのだ。ブランクがあるとはいえ、以前は零士達と同じぐらいの時間やりこんでいた焔真相手に相性の悪いキャラクターで戦い続けるのは辛いものがあり、結局暴走モードに入れないまま零士は負けてしまった。


「あ、焔真が勝った」


「やった、学食貰いっ」


 琴里は特に悔しくもなさそうに淡々と言い、賭けに勝った茜はガッツポーズをしながら嬉しそうに笑う。


「何で二人は賭けしてんの」


 その様子に気づいた焔真が苦笑する。


「別にいいっしょ? 焔真くん」


「それはそうだけど」


 焔真は全くといって気にした様子はなかったが零士は自分が見せ物のようになっていたことに多少なりとも不服だったようで、それが表情にでていた。


「零士、嫌だった?」


 それを見つけた琴里が零士に近寄って聞いた。


「嫌というか、うーん、知らないとこで賭けの対象にされてたのがちょっと見世物にされてたみたいで納得いかない感じ……かな」


 自分でもその気持ちを上手く言い表せない零士の言葉は、自分で確かめるかのような言い方だった。


「ごめん」


 その言葉を受けた琴里は素直に謝った。


「あ、いや。そんな気にしないでいいよ。ちょっとだけそう思ったってだけだから」


 だが、零士はそこまで気にしていたわけでなかったようで、そう言った。


「どうしたの」


 二人が近寄って話していたため、会話の内容を聞き取れなかった茜が話に加わろうと近寄る。


「あ、いや。大したことじゃないんだ」


 改めて聞かせるような話でもないため何でもないと、こちらの様子を窺っていた焔真にも聞こえるように話す。そして話題を変えるために零士は琴里に話を振った。


「琴里は何かやりたいゲームある?」


「ん、あれ欲しい」


 そう言いながら琴里が指さしたのはクレーンゲームだった。


「あー。あの変なぬいぐるみみたいなやつか」


「そう」


 誰も欲しがらないのか元のデザインをいじりすぎて若干犬だと分かり難くなったぬいぐるみが筐体の中で山のように積まれていた。


「なんだか……個性的なわんちゃんだね」


 茜もその奇妙なデザインを気に入ったのかどこか楽しそうだ。


「じゃあ、あれとるか」


「うん」


 誰からも言われなかった事もあり、琴里を先頭にゲームの筐体の元へ行き百円玉を入れプレイし始めた。


「あ」


 山のように積まれていたのが幸いしたのか、直ぐにとることができた。ただし、とれたのはクレーンが直接掴んでとったのと山から転げ落ちたのと二つのぬいぐるみだった。


「二つとれたね」


 零士が珍しいものを見たと驚く。


「これ、いる人」


 どうやら琴里は一つで十分らしく、もう一つは誰かにあげようとする。


「茜……に、あげれば」


 まだ少し名前を言い慣れないのか、たどたどしい言い方になってしまう焔真。


「え、ボク?」


「うん、僕も焔真もいらないもんね」


「本当にいいの?」


「というか、俺達はいらない」


 バッサリと言う焔真。


「ありがとね」


 茜は焔真達が断ったため遠慮なく貰うことにした。


「ほかにやりたいことある?」


 焔真と零士は格闘ゲームをやりにゲームセンターに来ているので既に目的を果たしている。そのため、琴里か茜に他にやりたいことがあるのかと聞いた。


「あたしはもう無い」


「ボクも二人のプレイ見て、クレーンゲームの景品貰えたから良いかな」


 琴里と茜も他にやりたいゲームが無いらしく、異論も出なかったのでゲームセンターを後にすることに決まった。


「茜どうする」

 

「ん?」


「一緒に帰る?」


 ゲームセンターを出たところで、予定がなければ一緒に帰ろうと琴里が茜を誘う。


「今日は彪雅達もいないし一人なのも寂しかったから、是非一緒したいな」


 家が全員近所な事もありいつも彪雅や義次と帰っているため、久しぶりに一人でいたことがどこか寂しく感じていた茜は、琴里の誘いを快く受けた。


「家どこ?」


 誘ってから聞くのもどうかと思ったが家の方向が反対方向だったときに困るため、琴里は茜に家のある方向を聞いた。


「あっち」


 茜はそう言って自分の家がある方向を指さした。その指さした方向には市民プールがあり、もう少し歩くと琴里の家があるのだ。


「もしかして、市民プールの近く?」


 それが気になった琴里は具体的な場所の名前を出して再度、茜に聞いた。


「うん、そうだよ」


「ん、ならあたしの家と近い」


「そうなんだ。夏になると放送の音とか、子供の楽しそうな声が聞こえてきてなんだかこっちまで楽しくなってくるよね」


 琴里と家が近くだと聞いた茜は、その偶然に驚きつつも嬉しそうであった。


「じゃあもしかしたら、今までにどこかですれ違ってたかもね」


 二人が楽しそうに話している中、零士はふと疑問に思った事があった。


「でも、中学とかで会ったことないよね?」


 それは、琴里とは同じ中学校に通っていたのに対し、茜は見かけたことがなかったことだった。


「え……ああ、ちょうど市民プールの所で通う学校が分かれてるんだよ。琴里ちゃんは、プールの北側でしょ?」


 一瞬何のことを言われたか理解できなかったが、そういえば昔両親からそんな話を聞いたことを思い出す。


「そう」


「で、ボクの家は南側。ちょうど境の部分になってるんだ、あそこ」


「へえ。知らなかった」


 その情報は焔真や零士にとっては初耳であり、驚きとともに納得する。近所のこととはいえ自分とは直接関係のない事は存外知らないと言うことだ。

 そんな、新たな発見から始まった普段と違う組み合わせでの帰宅となった。

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