高校生活二日目
翌日。
朝、星領高校に向かうスクールバスに乗るために家をでた焔真は迎えに来る予定になっているバス停まで歩いていく。道中には市民プール、工場やパン屋、大きなスポーツ広場があり、広場の外周では朝早くからランニングしに来ている大人達が数人見受けられた。この広場の中にはソフトボール場やサッカー場などがあり夏休みなどには小学生のチームの試合が行われる。その広場に面した通りを進んでいき突き当りの丁字路を右に曲がって少し行ったところにスクールバス乗り場があった。初めてということもあり時間に余裕を持たせて家をでた焔真は早く着いたらしく十分ぐらいの暇ができた。すでに何人かの生徒が先に来て、バスを待っていた。その中には昨日見かけた生徒もいた。ちなみに、他の幼馴染の面々はというと恋はスクールバスだが行きは別の場所から乗り込むため朝から会うことはなく龍馬と琴里そして零士は自転車通学で学校へ通うことになっている。
することもなく暇になった焔真は制服のズボンからスマートフォンをだして、夜寝てからきていた中学校時代の友達から届いていたメールに返事を返したりして時間をつぶすことにした。
そうこうしているとバスがやってきてバス停で待っていた焔真の目の前で止まる。他の待っていた生徒と列をなして順々に乗り込むとバスの中にはすでに大勢の生徒達がひしめきあっており今日からが新学期の二年生や三年生は新入生である焔真達新一年生を興味深そうに見ていた。運転手が全員乗り込み座った事を確認するとバスを出発させた。焔真達が待っていた場所が最後だったらしくその後は信号以外で止まることはなく順調に進んでいく。駅を超えてだんだんと上り坂へと差し掛かる。そして星領高校の近くにある小学校へと近づくと通学してきている小学生達の元気な声が窓を閉め切っているバス内にも聞こえてきた。その声を聞いてその場から少し道を進み右折して少し急な上り坂を上ると三階建ての星領高校が見えてくる。バスは高校の裏手に止まり座っていた生徒達がだんだんとバスを降りていく。
自転車通学で学校に来ていた生徒は正門近くにある自転車置き場に自転車を置いて自分の教室へ向かう。途中でバス通学で通っている生徒と合流するのだが見知った顔を発見できず昨日教えてもらった自分の教室へと向かうことにした。
下駄箱で靴を脱ぎ上履きに履き替え中に入るとまず目にはいるのは正面に見える大きな階段とその左手にある中庭だ。星領高校の大きな特徴としてまだ設立からさほど時間がたっておらず窓ガラスが多いのと白を基調とした色使いで清潔に見えることがあげられる。中庭に接している面は大きな窓ガラスで仕切られ階段を上がりながらでも中庭の様子がうかがえるようになっている。一階にある自分の配属された教室に向かうため今は階段をのぼらずに脇にある道を通り抜けようとする。すると階段から見覚えのある生徒が降りてきた。
「よお、えん。今来たのか?」
そう焔真を呼んだのは龍馬だった。階段を下り切った龍馬から話を聞く限りでは朝早く登校してきてそれから楽しいことを求めて校内をうろついていたとのことだ。
「何か面白い事でもあったのか?」
「いや、いたって平和だったぜ」
がっかりした雰囲気でつまらなさそうに言う。
「まあ特殊な学校って言ってもそうそう変わった事もないさ」
そう龍馬をいさめ二人で歩調を合わせながら教室へと向かう。教室へと向かうとすでに恋と琴里は登校してきており澪を含めた三人で話していおり、零士と翔冶はまだ登校してきていないようだった。二人が教室に入ると澪が龍馬が来るのを待っていたのか駆け寄ってきて挨拶をしてきた。その様子を他の生徒は微笑ましく眺めていた。昨日の告白騒動は好意的に受け止められていた。それどころか二人の恋路がどうなるのか気になっている生徒が多々生まれ暖かく見守ろうという暗黙の了解となっていた。龍馬も気後れすることなく返事を返すと、三人でそのまま恋と琴里の元へと歩いていく。
「お前らはもう仲良くなったのか」
龍馬が恋達に聞く。
「うん、昨日の事以降意気投合しちゃって」
恋が新しく友達ができたことに嬉しさを隠し切れずはしゃぎながら答える。
「ん、澪はいい子。龍馬は何もわかってない」
「既に懐柔されてるし……」
焔真に助けを求めようとするも昨日のは自分が悪いと思い出し琴里の攻める目に途方に暮れる龍馬。
「まあ、龍馬も反省してるし」
それを不憫に思った焔真が自主的に龍馬の心情を察してフォローに入る。
「ええー、えんは龍馬の味方なの?」
すると恋が龍馬をいじるいい機会だと思っていたらしく龍馬の味方をする焔真にわざとらしく表情を作り残念そうな声をだす。
「……何でもないっす」
「おーい」
恋の言葉に焔真はすぐに言った言葉を撤回し、それを見ていた龍馬が折角出来た味方を引き留めようと抗議の声を上げるが焔真は素知らぬ顔をしていた。
「ふふ」
その様子をただ見つめるだけだった澪が思わず発した声を押し殺しきれず笑い声が漏れ出る。その声が聞こえた焔真達はとっさに澪のほうに顔を向けた。
「あ、ごめんね。みんな本当に仲いいんだなって思っちゃって。この高校って入れる条件が特殊だから昔からの友達がいる人なんてほとんどいないから」
マナしか通えないため、友達とは別れ離れになることが多い星領高生の中で幼馴染全員がマナである焔真達は非常に珍しい存在だ。
「そういえばそうだよね。私たちはずーーーっと一緒だったから気にならなかったけど」
恋が改めて考えるとすごい偶然だなと驚嘆する。
「そんな中で再会できた私たちは運命だと思わない?」と澪がすかさず龍馬を見ながらアピールする。
「やっぱ昔どっかで会ってんのか」
龍馬は自身に都合の悪い言葉は聞かなかったことにして自分の気になったことだけを話題にあげ、話を続ける。
「やっぱり覚えてないかな?」
「なんとなくそんな気はしたんだけどな。正直思い出せん」
その言葉に残念そうなにするがそれでも考え方を変えて、少しでも龍馬の頭の中に残っていた事に喜ぶことにした。
「ん、昔龍馬が悪さした? ごめん」
「なんでオレが悪い事になってんだ」
琴里が龍馬なら知らない間に迷惑かけていても不思議じゃないと考えて龍馬の言葉に耳を貸さず澪に先に謝る。
「ううん、そんなことないよ。むしろ、逆かな」
「助けたってことか? あー……だめだ、思い出せん」
澪のだしたヒントを頼りに記憶を手繰り寄せようとするが、何一つとして思いつかなかった。
「ああ、別に気にしないでね龍馬くん。勿論思い出しては欲しいけれどそれよりも、振り向いてもらえる方が今の私には大切なんだから」
「やけに攻めてくるな」
さすがに二回目は反応しない訳にもいかず龍馬は返事を返す。
「昨日言ったでしょ?諦めないって。それとも、迷惑だった……かな」
言葉が後に行く連れ段々と不安げな感情が声に乗りだし、顔も少し変わる。
「いや、そんなことはねえけどよ。なんだ……今までは振られても諦めなかった奴っていなかったからな。ちょっと反応に困るというか」
龍馬の事を意図せずとも困らせていたと気づき凹んでしまう。
「ああ…気にすんな、そういう心意気は俺は好きだぜ」
澪は一瞬気を使わせてしまったかと思ったが恋が横から龍馬は人の顔色を窺ったりする性格じゃないから言ってることは本心だよと教えてもらい素直に喜ぶ。
「やったぁ。それじゃあ、このままどんどん行くね」
小さくガッツポーズをしてみせる澪に龍馬は言って早々に自分の言葉を取り消したくなった。だが言った言葉は本心でありここで先ほどの言葉を返せば恋や琴里に追及されることだろうことは火を見るよりも明らかであり、龍馬は諦めるほか選択肢を持ち合わせていなかった。
焔真達が話しているとチャイムが鳴り響き担任である丹場が近くにいた生徒達に挨拶しながら入ってきたので教室内にいた生徒はそれぞれの席へと戻っていった。零士と翔冶は丹場が入ってきてホームルームが始まるまでの少しの間に二人同時に教室に入ってきて、時間ぎりぎりの登校となった。
「おー、おまえら少しは時間に余裕もって登校してくるようにな」
それでも二日目から遅刻気味という事もあり丹場は呆れながらも注意される。二人は適当にごまかしながら席に着く。そして、まだ学級委員が決まっていないということもあり丹場主動でのホームルームが始まった。
「まずは今月の行事の話だが、一年は宿泊研修と校内実力試験がある。それぞれ日にちが近づいて来たら詳しい事は言うが宿泊研修は初対面にであろう他生徒と仲良くなれるチャンスだ、しっかりやるんだぞ」
前置きとしてそういいながら大まかな概要を書いたプリントを生徒達に配って回る。
「それで今日することだが。まず、校内の案内をする。それから学級委員や委員会を決めてからニ、三年との対面式をおこない学校は午前中で終わりになる」
そう言いプリントを見ながら説明をし、細々とした連絡事項をし終わると丹場がホームルームの終わりをつげて、校内の案内が始まる。
「それじゃあ、まず一階の説明からするぞ」
そう言うと丹場が歩き出す。すぐ横には階段とそれを挟んで一年二組の教室もあるがそれは直ぐ見てわかる事なので特に説明することもなく進行する。
「一階には一年の教室、食堂と図書室あとは職員室や保健室などがあるから病気がちなやつは保健室の場所は覚えといて損はないぞ」
まず向かったのは食堂だった。
「ここは昼休みだけやっていて、日替わり定食とか麺類、カレーなどいろんな種類がある」
食堂は下駄箱から入って大きな階段の横を通り真っ直ぐ行った右側にある。食堂は小奇麗にされており清潔感が溢れていた。席も数多くあり全校生徒数の半分は同時に利用できるだけの大きさがある。観葉植物が置いてあったりテーブルや椅子のデザインが凝ってあったりなど見ていて楽しい場所となっている。
「昼食はここで食べるか家から持ってきた弁当などを教室で食べるようにな」
そのまま壁伝いに進んでいき保健室、応接室や職員室に校長室といった生徒には関係ないような場所も含めて丁寧に説明していく。そして一通り説明し終え中央にある中庭と隣接している大きな階段の前にたどり着く。中庭は一階まで三階まで窓ガラスで校舎と仕切られてドアが付いていて出入りすることができるようになっている。その中庭には芝生が敷かれており真ん中には木が植えてある。そしてその周りを囲むようにベンチが設置されていた。
階段は折り返し地点のない真っ直ぐ一本大きなものが三階まで伸びていて二階には踊り場から横にずれることで行けるようになっている。
「よし、それじゃあ二階の説明をしていくぞ」
二階には二年生の教室と各教科で使う教室などがありそれを中心に丹場も説明していく。書道室や美術室など、放送室や部活で使う細かい物などを置いてある倉庫がある。様々な事に使える多目的教室も二つほどある。
「二階は色んな教科で使う教室があるからよく覚えておくように」
丹場も各教室の説明をしながら全員に念を押す。
二階の説明をてきぱきと終え、三階へと向かう。
「この階には生徒会室やパソコン室、理科室がある。あとは指導室などだ」
三階には三年生の教室や様々な教室、空き教室も見受けられた。三階をぐるっと回って生徒達に説明し終わりあがってきた階段の前に戻ってくる。
「何か質問がある者は? 無ければ外の説明に移る」
そう問いかけるが誰も質問しない時間がいくらか過ぎさり、誰も聞くことがないようだと判断した丹場は目の前にある階段を下りていき下駄箱で靴にはき替えて生徒を連れ外にでる。
外は雲も少なく空に昇っている太陽が明るく照らしていい天気である。春の心地よい暖かさが外に出た焔真達を包む。山の上に建っているということもあり車の通る音や喧噪もなく木々を風が揺らす心地よい音だけが聞こえてくる。龍馬は外に出ると事前に見て回っていてすでに見知っていて退屈しているせいか遠慮せずに堂々と伸びをしていた。丹場がそれに気づき注意しようとしていたがそれに気づいた恋が龍馬に入学早々余分な問題を起こさないようにと注意し始めたのを見て何も言わずに顔をしかめるだけで終わった。
「恐れ知らずというか、いつまでたっても変わんねえんだから……」
それを龍馬達の後ろから見ていた焔真はやれやれとため息をついた。周りにいた、琴里や零士はそれを聞いて苦笑していた。幼馴染全員龍馬の自由奔放な性格に頭を悩ました経験があるのだ。しかし反対に人を助ける事もしばしば起こるので一長一短となっているのだ。
「私なんかは逆に助けられたんだけどね」
澪が昔を懐かしむようにして言ったことが気になったが丹場の目もあるため聞き出すことはせずに、また機会があれば話を聞くこともあるだろうと対して気にしないことにした。
玄関をでた一行は生徒数に比べてやけに大きい運動場へと案内された。山の上に建っているという事で地面を斜めにしならないように土を盛り上げて平行にした土台の上に高校ができている関係上運動場の様子は星領高校の下から見ることは出来ないようになっている。澪は運動場の大きさを目のあたりにして意外そうな表情をしていた。
「うちの学校は生徒数が少ないのになぜこんなに大きなグラウンドがあるのかと不思議に思う生徒もいると思うが、その理由は単純にマナの力を使うのに狭い場所だと危険が生じるからだ」
生徒の顔を見て感じ取ったのかそのことを聞かれるのが毎年の事だったのか定かでなかったが丹場は先回りしてその答えを言った。マナの力は本人のマナの量と想像力があればどんなことでもできると言われているのでその訓練をする場所が大きくなるのは必然的なことだった。その言葉から運動場の脇に見える見慣れない道具達はマナの力の練習に使ったりするものなのだろうと察することができた。
「明日にはあそこにある機材を使って授業をすることになるからな。テストもあそこで行われる」
丹場はそう言って運動場を実際に一周して大きさを再確認すると次は奥にある主に部活動で使われる一帯を説明しに入った。そこにはゴルフ部が使う打ちっぱなしの練習場や、サッカーグラウンド、野球場や弓道場があった。翔冶がサッカーグラウンドに、琴里が弓道場にそれぞれ興味を示す。
「とりあえずはこんなところだな。まだほかにも部室とか紹介していないところもあるがそれはおいおい自分達で見て回るといいだろう」
そう締めくくると生徒を引き連れ教室へと引き返す。校舎内に入ると隣のクラスの一団が校内を見て回っているのが見えた。どうやら二組は一組と反対で学校の案内より先に所属する委員会などを決めていたらしかった。その中でまず最初に焔真達の目を引いたのは入学式で新入生の代表として話をしたおさげの女生徒と百八十センチを超えているであろう長身の男子生徒だ。パッと見た感じでは龍馬と似た雰囲気を漂わせる生徒だった。それには本人達も気づいていたようでお互いに視線を合わせていた。そして先ほどまでその生徒と話していた眼鏡をかけた生徒も独特の雰囲気をまとっていた。鋭い眼をしており、かけている眼鏡もよく見てみると光の反射具合から度のはいっていない伊達メガネであることが分かる。その並々ならぬ空気に龍馬は胸を高鳴らせる。
「なかなか向こうのクラスも楽しそうじゃねえか」
クラス対抗でのテストがあると前日に聞いていたこともあり唇を上げてにやりと笑った。そんな様子を見ていた焔真はこれから起こるであろう問題が垣間見えた気がし頭痛がしたような気がして頭を押さえた。
「あんまり暴れんなよ……」
無駄な一言だと知りつつも苦言を呈す。が、龍馬はそんな事聞こえなかったとばかりにまだ見ぬテストに思いをはせていた。
そしてクラスに戻ってきた一行に、丹場がひとまず休憩時間にすると告げた。すると澪を含めた幼馴染一同が龍馬の席の近くに自然と集まった。
「結構運動場とか大きくて意外だったね」
生徒数相応の大きさだと思っていた澪は思いのほか大きかったことに驚いていたらしかった。そのことに焔真や零士も同意のようでうなずいていた。
「早くテストにならねえかなあ……」
話を聞いているようで聞いていない龍馬がぼそっと呟く。その言葉が聞こえた琴里は「龍馬は落ち着いて」と先ほどから気分が高ぶっている龍馬に釘をさす。するとその事を自覚していたのか龍馬はほんの少しだが冷静になったように見えた。
「ん、これだから目が離せない」
「そうだね。僕達の中での二大トラブルメーカーの片割れだしね」
「え? 二大……ってもう一人は?」
自覚のないらしい恋は素直に零士に聞き返すが答えるとめんどくさくなりそうだと感じて答えずに笑って流して話題を変えた。
「それよりもみんなはどの委員会に入るつもりなのかな?」
丹場が黒板に次の準備のために委員会の名前を書いていく。図書委員、保健委員、放送委員、風紀委員などがすでに書かれていた。
「ん、図書委員」
騒がしいのが苦手と言う理由で中学時代に図書委員をしていた琴里は高校でも変わらないようだ。
「琴里ちゃんの声いい声してるんだから放送委員やればいいのに。私は好きだなー」
「やだ」
恋の提案も無碍に断られてしまう。
「俺は選管だな。普段はやる事なくて楽だし」
龍馬の言う選管とは選挙管理委員会の略で生徒会役員を選ぶ選挙の時にだけ活動があるのだ。
「ほんとに龍馬は興味のない事にはものぐさだよね」
「そう言う零士は何やるんだよ」
「僕? ……僕はそうだね、美化委員会かな」
「私は保健委員!」
零士が言い終わった瞬間に次は自分の番だと言わんばかりに恋は大きな声で間髪入れずに言った。
「ん、えんも保健委員」
「なんでそうなる」
琴里に余計な事を言う意味を込めて言葉をかける。しかし当の本人はそのことを気にせずににやにやとした視線を焔真に浴びせるのだった。
「えー、いいじゃん。一緒にやろうよ、その方が楽しいよ?」
そこに恋が本質を理解せずに焔真を無邪気に誘う。それに焔真は一瞬戸惑うも誘ってくれたことに嬉しさを感じ尚且つチャンスだと思い直し、そのことが表情にでないように気を付けながらその誘いに乗ることにした。
「さっきから黙ってるけど、もしかして選管やろうとか思ってんのか?」
幼馴染全員の希望を聞いたところでこの会話中澪が一言も発していないことに気付き龍馬が澪に気になっていたことを問う。
「え? うん、そうだけど」
澪は照れながらも言い淀まずにしっかりと言う。
「……まあ、お前がそれでいいならいいけど」
「?」
澪が一人疑問を浮かべる中、周りはその理由を知っていながらも口を出すようなことはしなかった。その事を澪が聞こうとすると、「おーし、もう決まってるやつはやりたい委員会の名前が書いてある下に自分の名前書いていけ」と黒板に全部の委員会の名前を書き終えた丹場の声が遮るように響いた。
すでに決まっていた焔真達はそれを聞くと黒板の前に歩いて行った。そのため澪が聞く機会は失われてしまい、結局選挙管理委員会の所に名前を書いた。すぐに向かった焔真達と違いまだ決めかねていた他の生徒達は一人二人の例外を除いて前にでて来ることはなかった。ひとまず前に出て名前を書いた生徒達はそれで委員会が決まり、あとは他の生徒が決めるのを待つことになった。それから少し時間がかかったが何とか無事に委員会は決まった。次は学級委員だ。これは名乗り出るものもいなく、他薦もあまり他の生徒の事をよくわかっていないこの時期では名前が挙がることはなかった。
「はイ、私やりまス」
少しの沈黙を破りそう手を挙げたのは金髪の髪の長い落ち着いた女生徒だった。焔真は一瞬そのことに驚いたが、その自然な金色の髪や流暢ながらもどこか癖のある話し方からしてハーフなのだろうと考えた。自己紹介の時に言っていたのかもしれなかったが、焔真はその時龍馬の方を見ていた澪を気にしていて他の生徒の話をあまり聞いていなかった。
「そうか」
丹場が特にその髪を注意することなくそう言った事からもそのことがうかがえた。周りの生徒はその鮮やかな金髪や端正な姿に惹かれているらしくその生徒の方に視線を送っていた。物怖じせずに挙手した事、視線にも動じずに平然としていた様子から焔真はどこか龍馬と似ているような印象を受けた。
委員会や学級委員も決まり次は二、三年生との対面式になる。時間もいいタイミングだったため丹場は生徒をまとめて体育館へと移動し始めた。体育館に付くと二、三年生と先ほどすれ違った二組の生徒達が先に来ていた。おそらく学校の案内が終わった後にそのまま体育館まで移動してきたのだろう。
先ほど見た背の高い生徒が前に出て並ばせており彼が二組の学級委員に決まったようだ。そして在校生であり一年生である焔真達を迎える側である二、三年生はすでに全員そろっているようで先ほどからこちらの事を興味津々といった風に見ていた。ただでさえ新入生として好奇心の目で見られるというのに一組の学級委員は金髪で二組の学級委員は高身長という目立つ姿をしているのも原因だった。そのせいもあり体育館全体が少し騒がしかったが全生徒がそろい教師達がステージに立つと全生徒が静かになった。一年生が静かになったのはこれから始まることに対しての緊張や好奇心などであったが二、三年生が静まったのはそれらとは違く先ほどとは違い少し重い雰囲気となっていた。そのことを焔真達は不思議に思ったがこの場ではその正体を突き止めることはできないためすぐに諦める。
体育館全体が静まったのを確認するとステージに並んだ中から一人、前に出てくる教師がいた。おそらく初老ぐらいの歳だと見て取れるが体つきは鍛えている者のそれであり、昔はNSGで活動していたことはすぐに予想でき、いまだ衰えを感じさせない雰囲気を身体からだしている。
「それでは、これより対面式を始める」
そう一言だけ言い残し列へと戻っていく。すると先ほどまで感じられた嫌な気は霧散するように消えていった。そして在校生側から三年生の代表一人が前に歩き出る。先ほどまで教師が立っていたいたところまで来るとマイクをとり在校生として新入生である一年生に向けて当たり障りのない定番の言葉を並べた文を聞きとりやすい声量と速度で読んでいき、在校生の番が終わり次は新入生の挨拶へと移っていく。新入生側の代表者は入学式の時に挨拶をした時と同じおさげの少女だった。彼女もつつがなく挨拶を述べてステージから自分のクラスの場所へと戻っていく。お互いに平凡な挨拶だったため龍馬や幾人かの生徒は退屈そうにしていたり下を向いて欠伸を噛み殺したりしていた。そのあとは教師からの新入生に向けてこれからの学校生活や部活動についてなどの話がおこなわれた。そして最後にさきほど挨拶をしたおさげの少女に三年生から花束を贈呈されて対面式は無事に終わった。先に退場する一年生を二、三年生が見送って焔真達は自分のクラスへと戻った。
「あー、やっと退屈なのも終わった」
龍馬はクラスに着いたときには丹場がまだ来ていなく、他の生徒もざわついている事をいいことに臆面もなく言い放った。
「龍馬くん、そんなこと言ったらダメなんだよ」
恋が妙にお姉さんぶって龍馬に注意する。
「んなこと言われてもなあ」
反省することもなく言い返す。
「まあ、龍馬が大人しくなるなんて無理なことだって」
それを聞いていた零士が今までの事を思い出しながら言った。
「ん、確かに」
「……わたしは今の龍馬くんが好きだけどな」
琴里は同意するも隣で聞いていた澪は今の龍馬の姿勢に好意的な心象を感じていた。横から龍馬の事を見上げる体勢をとりながら澪はアピールするように言うが本人にそれを拾う気はないらしく無視されてしまう。
「龍馬くーん?」
前に優しくしてあげてって言ったでしょと、言外に訴えながら恋が龍馬に非難の目を向ける。
「今のはしゃあねえだろ。昨日も言ったけど慣れねえんだよ」
告白された後にアプローチされることが初めての経験である龍馬は未だに持て余しているのだ。そして澪はそれを理解していてわざと言い寄っているためこのようなやり取りになってしまう。恋は戦争ということだ。
「龍馬でもそういう事あるんだな」
「そりゃあな。お前はオレをなんだと思ってんだ」
龍馬はそう言うが、出会ってから長い事一緒にいる焔真でさえ龍馬のそういった部分は今まで見たことがなく新鮮に感じられた。
「私達はいつでも応援してるから頑張ってね! 澪ちゃん」
「ありがと、恋ちゃん」
「……ほんとに仲良くなってんのな」
「ん、素直に諦めて」
琴里が自然に口を出してきたことで自分に対する包囲網が出来上がっているとを嫌でも理解させられた、龍馬は慣れるまで大変だなと思うのだった。
「僕達蚊帳の外だね」
「そうだな」
その様子を焔真と零士は中に入っていけるわけもなくただただ眺めているだけだった。
そうこうしていると丹場も教室に戻ってきて生徒が全員いることを確認すると帰りのホームルームを始めることになった。学級委員となった女生徒が始めの号令をし、他の生徒もそれに続いて席に座った事を確認した丹場が話し出す。今日の事を振り返っての事を簡潔にまとめて言い最後に「今日はこれで終わりだ。この後は解散することになるが各自浮かれて羽目を外すなよ」と言って一度クラス中を眺めてホームルームを閉めた。教室にいた生徒達は退屈な時間が終わったとばかりにさっさと帰路につくものが大半だった。
「さてと、帰るか」
龍馬がそう言って立ち上がる。そして焔真達は各々自然とそれに近寄っていく。
「今日はちょっと寄り道してこうぜ」
全員が集まった所で、龍馬が言った。全員の帰りが徒歩になった瞬間だった。
「どこにいくの?」
それに対して澪が行く先を気にして聞き返す。他のメンバーは龍馬が脈絡もなく唐突に何かを言い出すのに慣れているため諦観を決めていた。
「正面玄関にある道があるだろ?あの先がどこにつながっているのか気になってよ」
「あー、あっちか。確かに知らないな」
焔真もそのことは気にしていたので龍馬の話に同意する。龍馬が言った道とは星領高校の正門に接している道で、山の頂上近くに立っている星領高校のさらに先にまで道が伸びているのだ。そして誰からも異論がでることはなく帰りはみんなで学校の先へと行くことに決まった。
「それじゃあさっさと行くぞ」
そう言って教室をでようと先頭を行く龍馬の後ろに焔真達と澪が付いて歩いていく。そのまま数分と立たずに正門に到着した。正門を外に出て左に行くと昨日歩いて帰った帰り道となるが今日はその逆の右へと向かう。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
何気にはしゃいでいる恋が音頭をとり広がって歩けない道なので二人ずつになって列を作って歩いていく。焔真は周囲の計らいで恋の横に、龍馬の隣は渡さないと言わんばかりに澪が陣取る。
「みんなはこの先に何があると思う?」
ただ歩くだけじゃつまらないと零士がみんなに聞く。
「普通に下り道なんじゃないか?」
「ん、あたしもそう思う」
焔真と琴里は現実的な事を口にした。
「えー、私は山の上だし展望台だと思うなー」
恋は星を見ることが好きなこともあり希望を込めて展望台だと答える。
「私は……なんだろ。公園……?」
パッと出てこなかった澪は自身がなさそうに当たり障りのない答えを言った。
「俺は、なんだっていいや別に。面白い事があればそれで」
何が待っていても自分が楽しいと思えればいいと言う考えの龍馬はお気楽にそう言った。この探索を言い出したのは龍馬だが重要なのは何があるか、ではなくどんな面白い事があるかなのだ。道路を通る車もなく木々のさざめく音だけが聞こえてくる。木々の隙間を通ってくる風が涼しく、暖かい日差しと相まってとても心地よい。そんな中を龍馬たちは曲がった道をぞろぞろと歩いていく。そして数分かけて歩いて行くと段々と道幅が広まっていきその奥に大きな建物が見えてきた。
「お、なんか見えてきたぞ」
先頭を行く龍馬がその事に気付き声を上げる。焔真達も前方に目線を向けると大きな駐車場と星領高校と大差ない大きさの建物が見えその脇に車一台がやっと通れるぐらいの幅の舗装されていない道があり入口付近には警備員が立っていた。
「ほえ……こんな立派な建物が建ってたんだ」
恋が見上げながら感嘆の声を上げた。龍馬もこれには予想外だったようで楽しそうな表情の中に困惑の色が見てとれた。
「なんで、こんなところに大きいのがあるんだ」
「うーん、僕もこんな巨大な建物があるなんて話聞いた事なかったな」
焔真や幼馴染の中で実は一番噂話の好きな零士さえも噂に聞いたことすらなく不思議がっていた。琴里や澪も一緒になって考えるが一向に答えが見つからなかった。
「ちょっと行ってみようぜ」
龍馬が考えていてもらちが明かないと躊躇わずに警備員のところに話を聞きに行動を移そうとする。
「あ、龍馬くん」
恋がそれを止めようと手を伸ばすが龍馬はそれを難なくかわして一人でずんずんと行ってしまう。焔真達も慌ててそのあとを追っていく。
「すいませーん」
焔真達が龍馬に追いつく頃には入口の所にいた警備員に龍馬が呼びかけていた。
「この場所って一体なんなんですか?」
警備員は龍馬の不躾な言葉に少し顔をしかめつつも丁寧に答える。
「すまないが、関係者以外にはここの事を話してはいけない決まりになっている」
秘密だと言われたことに龍馬の好奇心がさらに刺激されて引くことなく再度言い寄り始めた。警備員も初めは子供のする事だと適度にあしらっていたが、それが続くにつれ態度も言葉もだんだんと荒くなっていく。後ろからそれを見ていた焔真がさすがに止めた方が良いだろうと判断して動き出そうとした時だった。後ろから「おい」と言う言葉が聞こえてきた。
「おまえら、なぜここにいる」
それは先ほどまで学校で同じ教室にいた丹場だった。どうやら学校の周囲を見て回っていたらしい。その登場に驚きつつも龍馬の目線が丹場に向き警備員と衝突せずに済んだことに焔真は安堵した。が、それとは反対に龍馬はいかに学校の近くを教師が見回っていることに疑問を抱いた。
「先生こそどうしてこんなところにいるんです?」
楽しくなってきたところに上から目線の言葉をかけられ言外にそんなこと言われる筋合いはないという意味を強く込めながら言い返す龍馬。言い返されるとは思っていなかった丹場も良い気がしなく、龍馬に一言言おうとするがそれを焔真が間に入り取り成した。そのおかげか丹場も子供相手の何気ない一言にいちいち腹立てるのも大人げないと考え改め冷静になる。
「そんなことはどうでもいい。早く家に帰るんだ」
そして龍馬の言う事には聞く耳を持たず、自分の言いたい事だけを伝える。龍馬がそれに言い返そうとするが焔真と零士の二人が龍馬を押さえこみ、その間に恋が丹場と話して大人しくその場を離れることにした。来た道を引き返す中で龍馬が落ち着きを取り戻し面白い事を発見したと邪な笑みを浮かべる。警備員が丹場が来たことに反応しなかった事や有無を言わせずに帰らせようとしていたことから龍馬はあの場所は丹場個人、もしくは学校全体が何らかのかかわりがあるのであろうと見当をつけていたのだ。
「なんか龍馬が悪い顔してる」
「人聞きの悪い事を言うな。……そんなに変か?」
一度は否定するも一度思い直したようで、聞き返した。
「うん」
その結果琴里にそう言われるも特に傷付いた様子もなく表情も変わることはなかった。しかし龍馬も今日何かしようとする気はないらしく大人しく焔真達と帰路へとつくのであった。
来た道を戻り学校の前を通り過ぎて坂を下っていく。他の生徒達はすでにこの付近にはいないようであり焔真達の貸し切りとなっていた。
「もう、みんないないね」
他に誰もいないことを少し寂しそうに恋が言う。
「そりゃあ、中学の時みたいに生徒が多いわけじゃねえしオレらは寄り道したからな」
「へー、龍馬くん達が通ってた中学校は多かったんだ」
わたしの所は少なかったんだと澪が付け足す。
「そうだな、五百人ぐらいか。学校全体で」
「それだと、この学校の倍以上もいたんだね。いいなー」
「そうか? 生徒数多いと休み時間とかうるさくて落ち着かないぞ」
龍馬がそれを言うのかと誰もが思ったがわざわざ口を出して話の腰を折るような真似をすることはしなかった。
「んー、わたしの所は少なすぎて寂しかったけどね」
そう言えばと恋が澪の中学時代の話を聞いたことがないと気付き質問を投げかけた。
「澪ちゃんの中学生活とかってどうだったの?」
「そう言われても面白い事なんてないよ」
少し恥ずかしそうにして言う。
「あとで龍馬くんの中学生時代の事教えてあげるから」
「……それじゃあちょっとだけね」
「おい、勝手に人の事を売るな」
恋が交換条件を出したことにより澪は話す気が起きた。一方龍馬は自分の事をだしにされたことに反抗したがその声が届くことはなかった。
「て言っても、普通のどこにでもいる生徒と変わらないと思うけど」
「んー……じゃあ私の方から質問していくね」
澪が何を話すか迷っているのを見て恋が手助けに入る。
「澪ちゃんは部活は何してた?」
「中学入ってからずっと茶道部だったよ」
「へえー、この辺の中学校で茶道部あるところあったんだね。聞いたことなかったよ」
「あ……実は私、小学生の時途中から引っ越しちゃったから中学はこの辺じゃないんだ」
「え、そうなんだ」
「うん、それで中学校卒業して高校に入る前にこっちに戻ってきたんの」
恋は澪が引っ越ししていたことに驚いていた一方で琴里は他の事が気になっていた。
「ん、茶道部って着物着た?」
「文化祭の時とかはね。普段は流石に制服だったけど」
「いいな、憧れる」
「そんなにいいものでもないよ? 慣れてくればそうでもないけど最初は動きにくいから」
「一回は着てみたい」
「星領高校には茶道部ないし、私達も持ってないからどうしようもないよ琴里ちゃん」
「ん、それは分かるけど……」
部活の話から着物の話へと移行し盛り上がっている恋達を龍馬がよく分からんと言った顔で眺めていた。
「何がいいんだろうな」
「ほら、女性って可愛い物好きじゃない。それだよ」
「ふーん」
何気なしにした質問だったのもあり深く聞こうとも思わず零士からの返事に適当に返す。
「次、あたしから質問」
「なにかな?」
着物への憧れの話も終わり琴里は以前から気になっていた事を澪に聞くことにした。
「龍馬の事好きになった時の事教えて?」
琴里が聞いたことは龍馬も含めた全員が気にしていたことだった。だが、本人から言い出すまでは聞かずにいようと誰も話題にはしないでいた。
「え……? えっ、それ聞くの!? それはまだ内緒!」
が、澪だけはその質問をされることを予想していなかったらしく、顔を赤らめながら驚いた表情になり慌てて手を横に振り始めた。そんなかわいらしい様子を焔真達は微笑ましく見守り龍馬は何とも言えない表情をしていた。
「自分からアタックするときは平気なのに突然振られると弱いんだね、澪ちゃん」
「そ、それは自分から言うときは事前に覚悟決めてから言ってるから……」
「ん、可愛い。だよね、龍馬?」
「あ? ……まぁ……そうだな。否定はしない」
「珍しい」
「うっせ、ほっとけ」
龍馬は琴里に話を振られ、特に否定する理由もなかったことや恋達に散々言われていたこともあり深く考えずに同意した。それがすでに赤い澪をさらに赤く染め上げ、顔から火が出そうなほどになると恥ずかしさから顔をうつむけてしまう。澪がそのまま黙ってしまったため、これ以上龍馬や澪をからかうのはさすがにかわいそうになり焔真達は他の事を話しながら歩き、澪が恥ずかしさから戻ってくるのを待ち続けた。
◇◇◇
「も、もう大丈夫……だと思う」
それからいくばくかの時が過ぎ顔の火照り具合はまだ少し残っているも澪が会話に参加してきた。
「まさか、龍馬くんがあそこで肯定してくれると思わなくて」
と龍馬を見つめながら言い訳の言葉を発する。
「ね、あたし達も意外だった」
琴里がそれに同意し龍馬を除いた焔真達も頷いた。
「良かったね澪ちゃん」
「……うん」
少し前の幸せな時間を思い出しているのだろう、澪はしおらしく返事をした。
「あー、この話はもういいだろ!」
その澪の醸し出す乙女の雰囲気に居心地の悪さを感じていた龍馬が強引にその話題を終わらせにかかる。
「それなら、私龍馬くん達の昔の話を聞きたいな」
「俺たちの? まあ、そうだな。そっちに話させたんだし今度はこっちの番か」
「聞きたい話とかある?」
「んーと、みんなが仲良くなった経緯とか、かな」
「そうだな、じゃあ……面白い組み合わせの奴らだけな」
「焔真と龍馬」
「だね」
「ん」
零士が二人の名をあげると恋と琴里が即座に同意した。
「俺ら……? どんなだったっけ」
「さあ?」
当の本人である焔真と龍馬は覚えていないらしく思い出そうとする。
「まずこの集まりの中で一番最初に仲良くなったのがこの二人で、僕達はそのあとに仲良くなったんだ」
零士がその二人をひとまず置いて澪に昔の事を思い浮かべながら説明し始める。
「それなのにみんな二人の出会い知ってるの?」
澪がそれを聞いてまず思ったのはそれだった。後から仲良くなったのなら二人の出会いの事は知らないはずだと疑問を抱いた。
「当時私達は小学生だったんだけど結構大事になっちゃって、当時かなり話題になったんだー。仲良かったわけじゃないんだけどみんな小学校から学校は同じだったし」
「だめだ、全く思い出せる気がしねえ」
勝手に話が進んでいる間も焔真と龍馬は思い出そうとしていたが、小学生時代の記憶は修学旅行などの行事はともかくそれ以外のことは思い出せる気がしなかった。
「どんなことがあったの?」
澪が気になって続きをせかす。今回は龍馬も自身の過去を気になっている事もあり止めることもなく黙って話を聞くつもりのようだ。
「んーと、小学……二、三年生の時だったかなー」
当時を思い出しながら懐かしそうに語る恋。
「あの時の六年生にいじめっ子がいて、私達は誰もいじめられてなかったんだけど私達よりも低学年の子達をいじめててね」
「しかも親が同じ小学校の教師で、誰に言っても相手にしてもらえなかったんだ。今にしてみればそんなこと気にする必要なんてなかったのにね」
恋に続いて零士が話をリレーする。
「それである時、低学年をいじめるのに飽きたんだか気まぐれだったのか同じ学年の女の子が標的になっちゃってさ。その子と僕らは同じクラスだったんだ」
「それで結局どうなったの?」
澪が先がどうなったのか気になり先を促す。
「それで、結局見ていられなくて複数のクラスの男子数人の我慢の限界が来てその上級生のとこに集まって行ったんだよね」
「その中に如月くんと龍馬くんがいたの?」
「うん、そうなんだ」
「あー……なんとなく思い出してきたかも」
澪と零士が話している間に焔真はおぼろげながらも当時の様子を思い出し始めた。
「オレはなんも思い出せん」
「確かみんなで行って話し合おうとしたんだけど、向こうが聞く耳持たずなうえに結構な物言いでそれにキレた龍馬が手出したんだよ、確か」
思い出した記憶を頼りに焔真が零時の後を引き継いで語る。
「そん時は向こうが一人で人数差があったからどうにかなったんだけど、その時の事を根に持たれて後で向こうも仲間を連れて報復しにきたんだ」
「僕は当時その時の事全く知らなかったから焦ったよ」
「それで俺達とあいつらで喧嘩になったんだけど、そん時にちょうどPTAの偉い人が来ててそれを見てたんだよね。それで仲裁に入ってくれて話とかもちゃんと聞いてくれて、その話を聞いたPTA側と白を切る学校側で後々かなりもめたらしいよ」
「それで結局どうなったの?」
「そのいじめをしていた生徒はかなり怒られてどうなったのかは知らないけど、その後は一度も姿見なかったな」
「そんなことがあったんだね」
「うん、一時はどうなるかと思ったけど何とかなってみんなも喜んでたよ」
焔真の昔話を終わると帰路もだいぶ進んでおりそれぞれの家へと向かうために分かれる事となる。
「それじゃ、今日も楽しかったよ。みんな、ばいばい」
みんなで挨拶を交えそれぞれの道へと進んでいくと、最後に残ったのは龍馬と澪だった。
「龍馬くんは家どっちなの?」
そう澪が聞くと龍馬は無言で自宅のある方向を指さした。
「あ、それじゃ私と同じ方向だね」
そう嬉しそうに言う澪となんとなくそんな気がしていた龍馬は特に反応することもなく後ろから澪が付いてくることを確認しつつ歩き出す。そして一応は気を使ってくれている事に安堵して龍馬の横にならぶ。龍馬の方から話題を振る事もなく、二人っきりで帰れるという事に緊張して黙ってしまっている澪は無言で歩いていく。だが決して重苦しい雰囲気ではなかった。そして、いくらか進むと澪が緊張から喉が渇いてきたのと一度落ち着きを取り戻したい事もあり澪は龍馬に断ってコンビニに水分を買いに行く。龍馬はそのあいだ敷地の入り口で待っていることにした。龍馬はその間携帯をいじって暇をつぶすことにし、お気に入りに登録されていたサイトを見る。
そうして時間をつぶしているとコンビニの方から澪の切羽詰まった声が聞こえてくる。そのことに気付いた龍馬はそちらに目を向けると、どうやらコンビニから出てきたところを数人の同年代の男に絡まれている様子だった。コンビニの中には同じ高校生らしき制服の女生徒や仕事帰りらしき社会人がその様子をちらちらと見ていた。
「なにやってんだ、あいつは」
そう言いながらも楽しそうな事を見つけ不謹慎ながらも嬉しそうにしながら澪の所に向かう。
「よお、なにやってんだ」
てんぱっていた澪は声をかけられるまで龍馬の接近に気付いていなかったようで姿を見ると龍馬の背中に走って隠れる。
「んだよ、そいつの彼氏か?」
すると、今まで澪に絡んでいた大柄の体格の良い男が下卑た笑みをしながら龍馬に聞き返す。
「そんなんじゃねえよ、ただの友達だ」
「だったら引っ込んでろ。おまえには関係ねえ」
割って入ってこられたことに男がいらついて声を荒げる。
「流石にそれはできねえよ」
対する龍馬は楽しんでいる事を表に出さないようにし、冷静に答える。その間も後ろにいる澪は男の荒げる怒気のこもった声にビクッと反応していた。
「んだと!」
複数の男数人に囲まれて怒鳴られても眉毛一つ変えず微動だにしない事を少し不気味がるがその場の勢いもあり龍馬の胸ぐらをつかもうと手を伸ばす。龍馬は相手の右腕の内側に自分の右腕を入れそのまま右側に回して相手の腕を振りほどいたのと同時に左手で相手の顔を押さえて体制を崩し自由になった右手で相手を押す。
「なんだよ、その程度でオレに手をだそうとしたのかよ」
その龍馬の煽るような言葉で頭にきた男は今の事はただの偶然だと自分の中で決めつけて今度は殴りかかった。龍馬はその殴ってきた手を掴んで捻りあげる。相手が痛みに顔を歪めたところで手を放す。
「くそっ」
「もういい加減諦めたらどうだ」
目の前に相対する男は自分の相手にならず、その後ろにいる男の仲間も人数差がある事も忘れ龍馬の余裕めいた反応にひるんでしまい、楽しめる事がないと判断した龍馬は早々に切り上げようとする。だが周りに見物人も出始め同年代の男一人にいいようにされたと思われるのが癪に障る男達は良い落としどころがない限り引く様子がないようだった。そこから暫しの間龍馬は手を出さず、男達も動けずで場が膠着していた。
「「…………」」
「そこで何をしている」
龍馬達と男達が向かい合って少しの間睨みあいになっているとその横から割って入ってくる声が聞こえてき、ふとそちらに首を向ける。そうするとそこにはこちらに向かってくる警官の姿があった。それを見た男達はまだ距離があることを良いことに走って逃げて行ってしまった。野次馬も面倒なことに巻き込まれるのはごめんだと散っていく。一方龍馬は近づいてくる警官を眺めるだけで微動だにせず、警官の姿を見ていた。そして近くまで来た警官に礼を言う。
「まぁ龍馬くんの事だから今逃げていった男達に問題があったんだろうが……あんまり問題起こさないように」
そして警官もそれだけ言って去って行った。龍馬は何事もなかったように澪に声をかけて帰路につこうとするが当の澪は今の事が気になっていた。
「ねえ龍馬くん」
「なんだ?」
「今の警察の人って知り合いなの? 名前呼ばれてたけど」
「ああ、知り合いというか零士の親父さんなんだよあの人」
「え!?」
昔から幼馴染である焔真や龍馬達は全員家族ぐるみで付き合っているため龍馬にとっては当たり前の事だったが初めて知った澪にとっては十分に驚くべき事実であった。そして、この時龍馬は言わなかったが昔の怪我で力が使えなくなってはいるがマナであり元NSGの実働部隊に所属していた人物だ。
「たまに何かあると面倒見てくれる良い人なんだ」
「たまにって……」
普通に生きていて警察のようになる事はそうそう起きないと思った澪だったが口にはしなかった。それよりも、と気を取り直す。
「えっと、龍馬くん」
「ん?」
「また助けてもらっちゃったね。ありがと」
男達に絡まれて困っていたところを助けてくれて嬉しかったと素直に伝えた。
「ああ」
龍馬はそれにそっけなく答え、澪を連れて再び帰り道へと戻っていった。
(……また?)