龍馬と澪
未だに日も高く明るく祭り独特の賑やかさや食べ物のにおい、人々の喧騒などが辺りを包んでいた。
「龍馬くんはどこか行きたいとこある?」
焔真たちと別れ龍馬と二人きりになった澪は目的地を決めようと話しかけた。
「あ? 別にいいよ俺は、この祭りなんて昔から来てるし今更行きたいとこなんてねえからな。それよりお前が行きたいところでいいぞ」
龍馬は幼いころから家族と、昔の友達と、焔真たち幼馴染と一緒にいる相手は変わったが度となく訪れていたのでどの店に行っても目新しさはない。それなら、澪に目的の場所を決めてもらってその後ろをついていったほうがいいと判断したのだ。
「えっ! ほんとに? ……んーとね、それならさっき言ってたカタヌキやってみたいな」
龍馬と一緒に祭りを回れるだけで満足だった澪はあまりどこに行きたいという欲望がなかったため、少しの間考える時間を要すが答えをだした。
「よし、それじゃあ行くぞ」
龍馬はそう言うとカタヌキをやっているところまで向かうため人混みの方へ進んでいく。
「あっ……」
一人で進み始める龍馬を見て声をかけようと決意を固めてた澪は寂しそうな声を上げた。
「なんだ、どうした」
そんな澪を気にして龍馬は足を止めると振り返って声をかけた。
「えーと、んーと……」
龍馬に聞かれた澪だったが、顔を赤らめなかなか口に出せないでいた。
「なんだよ、あんまここに立ち止まってると人の邪魔になんぞ」
龍馬は人の行き来の多い道の中で立ち止まった澪に先を急かす。
「…………手……つないでも、いいかな」
澪は上目遣いで龍馬を見上げ顔を赤らめて言った。龍馬には祭り独特の雰囲気も手伝って普段以上に魅力的に見え反応するのが遅れる。
「……?」
そして澪はそれを不思議に思う。今までにそんな龍馬の行動にあったことがなかったためだ。
初めて見せる龍馬の一面を引き出せたことに嬉しさを覚えた。
「いやなんでもねえよ。この人混みではぐれたらめんどくせえし、しゃあねえな」
龍馬はそれ以外に他意はないと、何も含めた意味は無いという態度で澪に接する。
そしてこちらを見つめている澪に向かって手を差し出す。
「うん……」
澪は頷くと手を少し眺め、おずおずと手を伸ばす。
その様子を見ていた龍馬はそんな澪に焦れたのか、その雰囲気に耐えきれなくなったのか自分から澪が伸ばしかけていた手を掴む。
「あっ……」
突然龍馬から手をつながれたことに驚いて澪は声を漏らす。そして龍馬の大きくてゴツゴツした手の感触を感じ自然と笑みがこぼれる。
女性特有の柔らかい手の感触を感じていたところに澪のそんな表情を見てしまった龍馬は不覚にもドキッとしてしまった。
そしてそれはつながれた手から澪へと伝わり嬉しさと顔の赤みへと変わる。
「さっさと行くぞ」
それに気づいた龍馬は誤魔化すためにもそう切り出した。
「うん」
澪がそう答えると龍馬はカタヌキをやっている店へと足を進めた。
◇◇◇
「あ! カタヌキだ。本当にあるんだ」
店が見える位置まで来ると澪がそう声を上げ、目を輝かせていた。
「嘘なんかつかねえよ」
カタヌキ一つでここまで喜べるのかと龍馬は苦笑した。
「ほら、やってこいよ」
龍馬に気を使っているのかチラチラと様子をうかがってきていた澪にそう言った。
「待っててね」
「どこにもいかねえよ」
自分がカタヌキをやっている間に龍馬がどこかに行ってしまわないかと心配した澪は龍馬に声をかけるが、気にしすぎだと言い返す。それを聞いた澪は満足気に店へと歩いていき店主に金を渡し、長方形のカタヌキ菓子を貰って澪は挑戦していく。
台にカタヌキ菓子を置き、右手に画鋲を持つとそれまでの表情から一変し、真面目な顔つきになる。
簡単な型を抜いているのもあるが初めてにしては上手に進めていく澪だったが半分ぐらいまで進めたところで割れてしまった。
「あっ」
割れてしまったことに声を上げ悲しそうな表情をするがすぐに気を取り直し店主に再度金を出し、カタヌキ菓子を貰うと再び真剣な表情をして取り組んでいく。集中力を絶やさない様にゆっくりと型をくり抜いていく。
一度目よりも時間をかけたかいがあったのか、功を成し型を抜くことに成功する。
「やった!」
澪は上手くできたことに喜び、龍馬に見せびらかす。
「よく頑張ったな。上手いぞ」
自身も昔挑戦し、型を抜けるようになるなるまで時間がかかった龍馬は二回目で無事に型を抜ききった澪に素直に伝えた。
「ふふっ」
龍馬に素直に褒められたことに嬉しくなり、思わず声が漏れてしまう。
「そう言って貰えてよかった」
そして自分の思いを龍馬に伝える。
「さてと……次どこか行きたいところあるか?」
「龍馬くん、本当に行きたいところないの」
そんなことは無いだろうと思いつつも龍馬がもし気を使っているのなら申し訳ないと澪は問いかける。
「ねえよ、今更。気にすんな」
龍馬は念を押すようにそう言うと澪は納得して次に回る店に思考を向けた。
「それじゃあ、お化け屋敷とか……どうかな」
「定番だな。いいぞ」
澪が考えた末にだした提案は定番であるものだった。そして澪がお化け屋敷を選んだ理由もお化けに驚いた拍子に龍馬と密着できるという在り来たりな理由だ。
「それじゃあ行こっ」
そう言って今度は澪から龍馬の手を掴む。
龍馬もそれを拒みはせず受け入れた。
毎年お化け屋敷がある場所は変わらないので、龍馬は探すことなく目的地へと進もうとする。
「ここから遠いの?」
「いや、すぐだと思うぞ……人混みがなければ」
目の前に広がる人の行き来する姿を見てげんなりする龍馬。
「まあそう言わずに、ね」
澪が多少申し訳なさそうにしつつも自身の目的のためにもお化け屋敷をあきらめる気はなく先を促す。
「しゃあねえ」
龍馬も自分から行先を澪に任せた手前、断ることはできず歩き始めた。
「龍馬くんはお化けとか平気?」
行き来する人を避けながら進んでいく中、澪は龍馬にふと思ったことを質問をする。
「お化けだろうが化け物だろうが、そんな非現実的なもの怖くねえよ」
自身が非現実的な能力を持っていることを棚に上げ答えた。
「でも、マナなんてあり得ないはずの力があるんだし……いてもおかしくないと思わない?」
「そうかもしれねえけど、オレ見たことねえし。見たことないものは信じねえ主義なんだ」
「龍馬くんらしいね」
「そうか? ……まあお前がそういうならそうなんだろうな」
龍馬自身は特にそういった自覚はなかったが澪がそう言うならそうなんだろうと納得した。そのぐらいに澪のことを信用しているということだ。
自分自身では見えない一面というものがあることを龍馬は知っていた。
「ありがと」
龍馬にそれほどまで信用されているということが嬉しかった澪は礼を伝える。
「えんは上手くやってるといいんだが」
そんなやりとりが少し気恥ずかしくなった龍馬は、話をそらすために焔真の名前をだした。
「そういえば如月くんは今大徳寺さんと二人っきりなんだよね」
澪は自分自身の事で手一杯だったためにその事実を忘れていたのだ。
「あいつの片想いも長いからな。あいつもお前みたいに行動に移せるといいんだけどな、結果がどうなろうと」
「応援してないの?」
成功して欲しいと言わない龍馬に疑問を抱いた澪はそう聞いた。
「してはいるさ。いるけどあいつもずっとチャンスに行動を起こさずにいたからな。いくら幼馴染で親友って言えるような関係でも、そこだけはオレには理解できねえわ。そのせいであいつが恋に振られたりしても自業自得だよ。オレら幼馴染はみんな昔からあいつの背中押してたんだからな。……まあ、慰めてはやるけどよ」
「大徳寺さんは、好きな人とかいないの?」
今まで焔真のことばかりで肝心の恋に好きな人がいるのか聞いていなかったと気付いた澪は龍馬に聞く。
澪自身もそう言った話を恋としたことはなかった。
「どうなんだろうな。聞いたことないからわかんねえけど。多分いねえと思うぞ」
「そうなの?」
「あいつの性格なら好きなやつがいればすぐ表にでるだろ」
「あー。確かに好きな人を前にしたら分かりやすい反応しそうだね」
言われてみれば確かに恋はそういったときには挙動不審になったりしそうなイメージがあると澪も同意する。恋は性格上嘘をつくことが苦手なのだ。
「如月くんの恋も実るといいな」
澪は自分の事のようにそう望む。
「ああ」
先ほどは振られても自業自得と言った龍馬だが、幸せになって欲しいとも思っているのだった。
澪は人混みの中をはぐれないようにつないでいる手を強く握りしめ進んでいく。
「あ、もしかしてあれ?」
人混みを抜けるとそこにはいかにもお化け屋敷といった面立ちの建物があった。
「ああ」
あまり並んでいる客も多くなくいいタイミングでこれたと内心で思いながら龍馬は答えた。昼が近いこともあり店で食べ物を買って食事をしている人が多いためだ。
近くまで来くると、澪が龍馬の手を引っ張りお化け屋敷の列に並ぶ。
「龍馬くんは焔真くんたちとここ来たことあるの」
「お化け屋敷か? 昔一度来ただけだな。小学生の頃に焔真と恋と来たんだけどよ、恋が泣いちまってそれ以降来ることなくなった」
「ふふっ」
その光景を思い浮かべて微笑ましくなった澪は思わず笑ってしまった。
その後も他愛のない話で時間をつぶし、自分たちの番となった龍馬たちはお金を払って中へと入っていった。