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告白

――四月六日、私立星領せいりょう高等学校。

 今日この場所で焔真達五人を含めた新入生の入学式が行われる。焔真達新入生は事前に知らされている自分のクラスの席に座って大人しく始まるのを待っていた。星領高校は幅広く生徒を募集しているがある理由から生徒数は少なく、今年の新入生は六十人ほどで、これはほぼ例年通りの数だ。つまり全学年を通して百八十人しか在籍していない事になる。そのため各学年二クラスしかなく焔真達は誰一人欠けることなく同じ一組に分けられていた。名字の五十音順で決められた出席番号で並んでいるので焔真と龍馬はわりと近くに座っているのだがいつどこでも騒いでいる龍馬が静かだと思い焔真が目を向けると案の定静かに寝ているのが分かった。ため息をついていると隣に座っていた男が話しかけてきた。


「知り合いか?」


「ああ」


 声のした横を向いてみると、そこにいたのは焔真と同じぐらいの目線の長めのスポーツ刈りをしている爽やかな男子生徒だった。


「こんなしょっぱなから寝るとは、なかなか豪胆なやつだな」


「昔からあんな奴なんだ、あいつは」


「そうか。僕は北村きたむら 翔冶しょうじ。ショウって呼んでくれ」


「俺は如月きさらぎ 焔真えんまだ。俺の事はえんでいいよ。で、あっちで寝てるのが九鬼くき 龍馬りょうま


 お互いに自己紹介をし、焔真は龍馬のこともついでにと説明をする。


「エンに龍馬か。これからよろしくな」


「ああ、こっちこそよろしくしてくれると助かる」


「それにしてもこの高校で知り合いがいるとは羨ましい。僕を含めほとんどの生徒が友達なんていないだろうからね」


「俺の幼馴染が四人いるんだが、全員マナで同じクラスにいるよ」


 そう焔真が言うと翔治は驚いたとばかりに目を見開く。


「本当か!? それは珍しいな……」


 自己紹介もかねて二人は当たり障りのない話しをする。

 そうしていると焔真達の前方で集まっていた教師陣の中から一人がでてきて、始業式をこれから始めると告げた。

 それを聞いた生徒達の反応は様々で、待ちくたびれたと伸びをする者や緊張からか固くなって姿勢を正す者、周囲を見回す者など十人十色といえるような様々な行動を起こしていた。


「また、後でな」


 教師の話が始まると思った焔真は小声でそう言うと、翔冶はうなずき返した。教師の声が聞こえたのか龍馬も起きる。

 その後は開式の辞から始まり校長の式辞などが行われた。新入生の代表の挨拶では隣のクラスのおさげの小柄な女生徒が呼ばれ、周囲の新入生から好奇の視線にさらされる。それでも緊張したそぶりはなく当たり障りのない平凡な挨拶をする。閉式の辞も終わり二つのクラスの前に教師が出てきてそれぞれのクラスへと案内を開始する。無事に入学式も終わったがこの学校で重要なことはむしろこれから起こることであった。

 校内を見せるためか少し遅めの歩行速度で歩く前方の教師の後を周囲を興味深く見回しながらついていく生徒達。やがて自身達のクラスとなる一組の教室が見えてきて、中に入っていく教師に続いてみな入っていく。すると、自分の席に着くように言われ生徒それぞれが迷いながらも席へとつく。


「全員座ったな。今年の一年一組担当になった丹場たんば 大輔だいすけだ。これから一年間このクラスの担任としてよろしく頼む」


 焔真達が案内された一年一組の教室は一階の一番端に位置している。生徒は番号順に振り分けられた席におとなしく座り、丹場大輔と名乗った若い教師の話を聞いていた。歳は二十代後半で短髪の少し小難しそうな教師であり独特の雰囲気をまとっており一筋縄にはいかなそうな感じが漂っていた。そして丹波の自己紹介が終わるとホームルームを始めた。


「さてこの学校に入学できたということはここにいる全員がマナということだ。この学校が山に建てられ生徒が少ないわりに設備が充実していることや山の中に校舎が建てられているのは、このことが関係していて万が一諸君らがマナの制御を失敗しても一般の人達に怪我を負わせる可能性を少しでも下げるようにだ。そして三年間で勉学以外にもマナの事や使い方、歴史などをしっかりと学んでもらう」


 この学校は普通の高校と変わらない授業もあるがほかの学校と変わっていることがあった。それはマナと行使者しか入学できないという事だ。この地方にはこの学校しかないが他の地方にも同様の学校がある。その中でもこの星領高校が一番の生徒数を誇っていた。


「この学校で是非マナや行使者としての力を高めてもらいできればNSGでその力を発揮してもらいたい」


 そう、この学校の資金元はNSGである。何も知らないまま大人に成長してその力を悪用する事を未然に防ぐために学生の頃に教育しようという考えだ。教師の中にもNSGに所属する者や関係者がいる。と言っても卒業後必ずしもNSGに入ることを強制される訳でなく、一般の大学や就職するといったことも可能だがNSGに所属する教師としては自分達の所に来てもらいたいというのが本音であり、実際の進学先もNSG関係に進む生徒が多かった。三年間の学校生活学んだことを実際に活かせることや、マナのことを学んでいく中で初めは興味がなくても段々と湧いてくるからだ。


「とりあえず、みんなに自己紹介でもしてもらおうか」


 丹場がそう仕切り、右前の最前列にいる一番生徒から自己紹介をすることになった。焔真達と、先ほど知り合った翔冶の自己紹介も少し人見知りのある恋があたふたした事を除けば無事に終わった。自己紹介を黙って聞いていた焔真が気になったのは、新田にった みおと名乗った女生徒のことだった。彼女は龍馬と同じように少し赤茶けた色が混ざる明るい黒髪で後ろ髪を左側でまとめて小さなサイドポニーテールにしている。焔真が気になったのは龍馬の自己紹介の時に横からチラチラとみていたのだ。龍馬は背も高く物怖じしないので普段から目立つ存在であり、その独特な雰囲気が気になったのかもしれないと焔真は最初に思ったのだがどうもそれだけでない気がしてしょうがなかったのだ。だが自己紹介を聞く限り中学の終わりにこちらに引っ越してきたらしく生まれてからずっと富士山の麓にあるこの町で生活をしている龍馬との接点は無いはずである。


「それと、入学してそうそうだ伝えることでもないかもしれないがこの学校のテストは独特だ。筆記のテストは勿論としてマナとしての力を図るためにクラス対抗の試合形式のテストもり、体育祭には全学年合同の大規模な試合もある。学校行事として行うため試合といっても勝ったから商品がでる訳でないが、成績には響いてくるだろう。各自普段から努力することを怠らないようにな」


 その唐突な丹場の発表を聞いたクラスの生徒達がざわつく。驚きや呆然とした生徒が大半を占めるのだが中には試合と聞いて楽しそうにしている生徒もいた。龍馬や翔冶はその中に含まれた。その反対に焔真や琴里は大人しくその事実を受け止める。

 その後はこの学校での注意点などを聞いたりして気になることや衝撃的な発表もあったこの日のホームルームは終わりを告げた。丹場によると翌日にこの学校の案内をするとのことだ。下校することになり焔真は翔冶に軽く挨拶し一番席の近い龍馬に一緒に帰ろうと話しかけようとするが、その前に先ほどの自己紹介の時に龍馬の方を見ていた女生徒が先に話しかけていた。


「あの、龍馬くん」


「あん?」


 帰る準備をしていた龍馬が突然名前を呼ばれ、初対面の人間に話しかけられいぶかし気に思いつつも返事をしながら声のした方向に顔を向ける。

 するとお互いが向き合う形となり先ほどの自己紹介で澪と名乗っていた女生徒と龍馬の目が合い、彼女は照れているのか少し顔を赤くしながら言い淀んでいた。焔真達はその様子を気にしつつも雰囲気からこれから起こることを察して少し離れたところから見守っていた。


「…………なんか用か」


 だが龍馬本人は見当すら付いていなく、なかなか要件を口にしない女生徒にしびれを切らして続きをうながす。すると、澪本人も決心がついたのか呼吸を整えて言った。


「えっ……と、好きです! 付き合ってください」


 その唐突な告白は離れた所にいた焔真達にも聞こえ、まだ下校せずに教室に残っていた生徒達にも聞こえていた。龍馬が告白されるのはそう珍しい事でもなかったが、今回は何か何時ものとは違うと焔真は感じていた。


「断る」


 だがそんな告白も龍馬は一考するそぶりも見せずにすぐさま断ってしまう。思いを告げた当の本人はその言葉を聞いた瞬間に思わず涙目になってしまっていた。そして一緒に帰ろうとしていた焔真達を置いて龍馬はそのまま教室を後にしてしまう。龍馬がどうして冷たく断るのか理由を知っている恋や琴里だが同じ性別として可愛そうで、黙ってみていられないと思った二人は澪を慰めに、焔真は龍馬の後を追い、零士はどうしていいか即断できずにその場に置いてかれてしまう。

 帰りのホームルームが終わり帰路につこうと廊下を歩いている生徒達の後ろを避けて走る焔真といえど歩いている龍馬に追い付くのはそう時間がかかる事でなく、数分とかからずにたどり着いた。


「龍馬」


 焔真が呼びかけると、呼ばれた本人は無視するでもなく足を止め気だるそうに振り向いた。


「断るなら断るでもう少し言葉選んでやれよ」


 隣で見ていてさすがに哀れに思ってしまった焔真は振られてしまった女生徒のために龍馬にもう少し優しくできないのか話に来たのだ。


「そういわれてもな、お前だって知ってるだろ」


 龍馬が告白されたときに冷たくあしらうのは優しく断ったりして尾を引くような展開にならないようにと龍馬なりに気を使って諦めがつきやすいようにと考えての事だった。その事は幼馴染全員が知るところであり龍馬はそのことを言っていた。


「知ってるけど、それとは別だって。何回も告白されてる龍馬と違って、告白する方にとっては一回しかないんだから」


「……」


 返事もせずに無言で圧力をかけるように龍馬は見つめてくるが焔真もそれに負けじと見つめ返す。


「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」


 そしてこのまま無言で見つめあっても埒が明かないと思った焔真は、ある小説の台詞をそのまま引用して言った。


「? なんだよそれ」


 小説といったものを読むはずもない龍馬は当然のようにその言葉に心当たりはなくその言葉を言った焔真に問いかける。


「小説にでてくる台詞だよ」


「つまり、優しくない俺は生きている資格がないと言いたいのか」


 焔真が言いたいことを理解した上でわざと曲解して、険呑な目付きで喧嘩腰に言葉を返す龍馬。


 だが、焔真も長い付き合いからそのことを分かっており、焦ることもなく冷静に受け止める。これでは、先ほどと進歩がないなと龍馬が時間を無駄にすることを嫌がり素直に折れることにした。


「ったく、分かったよ」


 焔真の真っ直ぐな態度に思わず折れた龍馬は頭をかきながら諦めに似た声色で返事をした。大胆不敵で唯我独尊的な部分もある龍馬だが仲の良い者や認めた相手のいう事はそれなりに聞くのだ。そうは言ってもあまり気が進まないのかその場から動く気がない龍馬の背中を焔真は無理やり押しながら教室への道のりを戻っていく。

 ドアを開けて教室へ入ると恋や琴里のおかげか澪も冷静になっており龍馬が教室内に戻ってきても慌てることもなくじっと見つめていた。一方の龍馬もここまで連れてこられてやっと決心がついたのか自ら澪に近づく。事の顛末を知らない恋達は焔真に視線で問いかけるが、大丈夫だという意味を込めて無言でうなずき返した。


「あー、そのなんだ。冷たい言い方して悪かったよ。でも、俺の事は諦めてくれよ」


「……」


 澪の近くに龍馬が立ったため、身長差から澪が見上げる形になり上目遣いで見る形になる。その目元はまだほんのりと涙で濡れており緊張からかおどおどしているのを感じ取るが、意地でも目線は外さないと決心しているらしい澪は目線を龍馬から外しはしなかった。その姿にむしろ龍馬のほうが少したじろいだほどだ。


「それは、わたしの事……嫌ってるって訳じゃないってこと?」


 一度断られたこともあってか、龍馬に問いかけるときに少し間が明く。


「まあな」


 そんな澪とは正反対に答える龍馬。悩む素振りもなく振られてしまい嫌われていると考えすぎてしまっていた澪は、それまでの表情から一転して嬉しそうな顔に変わりそれはとてもまばゆかった。そして不意に何かを決めたような顔つきになる。


「うん、分かった。でも、龍馬くんの事は諦めないから!」


 今度は、はっきりと言い残すと我に返ったのか顔を赤らめ澪は机の横に掛けてあったカバンをもって教室を走って出て行ってしまう。


「分かってねえじゃねえか、ったく」


 やれやれと肩を落としている龍馬だがその表情は柔らかかった。一回断られたにも関わらず諦めないと言った彼女の心意気を気に入っいた。さすがにこのまま教室に残っているのは気まずく龍馬も焔真達を連れてさっさと教室をでることにした。騒ぎは廊下にも伝わっていたようで隣のクラスになったはずの生徒も開いていた扉から中を覗いていたが龍馬が幼馴染を連れて扉に近づくと何か言われると思ったのか、野次馬していたことの後ろめたさからか蜘蛛の子を散らすように去っていった。龍馬はそのことを特に意に介せずにそのまま下駄箱まで歩いていき外に出る。

 焔真達の星領高校への登下校の方法はスクールバスと自転車で別れていたが、事前に今日は初日という事で全員で歩いて帰ることにしていた。自転車で来ていた龍馬や琴里、零士は自転車を押して帰ることとなった。星領高校は山の上に建っているため学校を出るとまず正面に木々が見え、遠くには焔真達の暮らす町が一望できた。そしてそんな立地の星領高校から帰るには目の前にある坂を降りることになる。焔真達より先に下校した生徒がその坂を降りているのがちらほらと見えた。


「それにしてもいきなりだね」


 その途中で琴里が話し出した。


「出会ったその日に告白されたのはさすがに初めてじゃないかな?」


 零士も龍馬をいじれる珍しい機会に調子に乗って遠慮なく話題に参加した。


「……」


 だが、その話題になっている当の本人である龍馬は何の反応も示さずに歩いていた。だがそれは決して無視をしているわけではなく、どこか考え事をしていて琴里達の話が筒抜けになっているように見えた。


「龍馬?」


 そのことが気にかかった焔真は名前を呼ぶ。


「……ああ、いや。なんか、昔どこかで会ってる気がすんだよな、あいつ」


 ここで龍馬の言ったあいつとは澪のことだ。


「そうか?」


 龍馬がそう言った事が気になり焔真は他の幼馴染を見渡すが誰にも記憶に当てはまる事はなかったのか焔真と同じで疑問に感じている様子だった。。小学生の頃に家が近所、同じクラスになった等の様々なきっかけで仲が良くなったメンバーなのでそれ以前の事などはお互いに知らなかったりするので、龍馬以外のだれもが知らないとなると焔真達と出会う前に龍馬と出会っているか、単純に忘れているかの二択であることになる。


「まあ、思い出せない以上考えても無駄か」


 誰の記憶にも思い当たるふしがなく、思い出せないものは仕方なくこれから何かきっかけがあればその時に思い出すだろうと特に重要視せずに龍馬は考えるのをやめた。


「それにしても珍しいかったね、龍馬に振られても諦めなかったのは」


「何時もはこうならないように振ってるからな」


「龍馬くんはもうこれに懲りたら告白してきた子には優しくしてね。もう泣かしちゃだめだからね」


 昔から龍馬が告白されるシーンに巻き込まれることもあり、以前から同性として見ていて不憫だと思いつつも言い出せなかった恋だったがここで初めて龍馬に釘をさす。龍馬はそれを嫌がり横を見ると、隣を歩く琴里も攻めるような眼をしていた。その視線を受けた龍馬は流石に思うところがあったのか少しばつが悪い表情をする。


「わーってるよ」


「でも、なんで龍馬くんは誰とも付き合わないのかな。今までに誰かいいなって思った女の子いなかったの?」


 恋が前から思っていた事を龍馬に問う。この疑問は龍馬を除いた幼馴染の中でもたまに話題になることもありこおの場にいる全員が気になっていたことだった。。それをこの機会にと思った恋が聞いたのだ。


「付き合わないと言うかなんとなくとか、試しに、なんてのが嫌なんだよ。ほんとに好きになったやつができたら俺から言う」


「意外と真面目なとこあるよな龍馬は」」


 焔真が龍馬の返事に感心したように言った。龍馬は普段自由奔放に生きているようにしか見えないがそれでも、自分の中で決めたことは破らずにきちっと守る一面も持っていた。それが周囲にどのような影響を与えるかはまるで気にしていないのだが。


「そこが龍馬くんのいいところだよね」


「逆に今日みたいな融通の利かない事になっちゃうことなんて事にもなっちゃうけどね」


「ん、確かに」


 零士にそういわれ美点でもあり欠点でもあることに気付く。よく切れる包丁も切り方を間違えたり指を切ってしまっては意味がない事と同じで良い事がどの場面でも良い事ではないという事だ。反対に欠点になってしまうこともありえる。


「んー、そういえばここ山の上だから景色いいね」


 朝高校に通う時には背を向けていて気付かなかったが下校時には自分達が棲んでいる町を見渡すことになり初めて気付く。左右にある木々や建物の間から駅や駅前にある商店街などが見えその奥の方には山々がそびえたっていた。


「うん、そうだね。夜景とかだと余計に景色よさそうだね」


 恋の発見に零士が相槌をうつ。

 そんな新たな発見をしながら焔真達は時間をかけて帰宅していく。寄り道もせずに真っ直ぐに帰ると零士、龍馬、琴里の順でそれぞれが焔真達と別れることとなり自分の家に向かっていく。


「あ、星領からだと最後は焔真と恋が二人っきりに…」


 琴里は別れる前に何かに気付き、よからぬことを考えている顔で恋を呼ぶ。


「なあに?」


 頭に疑問符を浮かべな手招きして呼ぶ琴里の近くへと移動する恋。


「送り狼に気を付けてね」


「?」


 琴里はそう言い切ると、今の言葉が聞こえていたらしい焔真が抗議の声を上げる前にさっさと帰っていった。一方、送り狼の意味が分からなない恋はいまだに疑問符が消えずにいた。それを見てこのままだと自分に聞いてくると思った焔真は素知らぬふりをしてやり過ごす。

 先ほどの琴里の一言で焔真は驚かされるはめになったが焔真だったが、高校に入ってそうそう龍馬が告白され少しも揉めたこと以外は平穏にすごせ焔真は高校生活はまずまずのスタートを切れたと思っていた。


「これからは高校生かぁ」


 焔真の横を歩く恋が感慨深そうにポツリとつぶやく。それは横にいた焔真に勿論聞こえる。思えば小学生、中学生と義務教育は瞬く間に終わり楽しかった時間は過ぎ去っていくのが早いものだなと焔真自身もまだ若いながらも思う。そして、高校はみな同じ学校に入学できたが卒業した後も一緒にいられる訳もなく、先のことを考えて不安になり、恋も同じことお考えお互いに無言になってしまう。将来のことなど誰にもわからないのだ。


「あははー、なんか考えすぎちゃった。まだ高校三年間の生活も始まったばかりなのにそんな先の事考えても仕方ないよね」


 そんな空気に気付いた恋は吹き飛ばすように明るく言い放ち、焔真もその気持ちを汲み取った結果なんとか何時もの明るさを取り戻すことに成功する。その後は先ほどまでの鬱屈とした気持を忘れさるように恋が焔真に話しかけじゃれつきながらお互いの家に帰っていった。


「ただいま」


「おかえり」


 一時間以上の時間をかけ焔真は自宅に戻ると先に仕事から帰ってきていた母親が晩飯の支度をしながら我が子を向かい入れる。


「今日は入学式だけじゃなかったの。遅かったじゃない」


「ああ、今日はみんなと歩いて帰ってきたから」


 幼馴染達とは家族ぐるみでの付き合いがあるため焔真がみんなと言えば幼馴染達の事を指していることは知っていた。


「ふふふ、みんな仲良しさんなのね」


 焔真の母親はその歴史も長く幼馴染全員の事を自分の子供である焔真と同じように接していた。

 親との会話もそうそうにすませ、自室へと入る。そしていつも机の引き出しに入れてある手品道具を取り出して練習をし始める。焔真の趣味は手品なのだ。練習し始めた頃は技術も拙く失敗することが多かったが数年がたち他の人に見せてもタネがばれないようになってきた。焔真が初めて手品に手を出したのは小学校の時に特技の物をみんなに見せるという事があってその時に見せるために手品を始めたのがきっかけだった。

 しばらくすると、仕事に出ていた父親が帰宅し夕飯をとることになった。今日のメニューはご飯に父親の好物である豚の生姜焼きに付け合わせのキャベツ、味噌汁といった和風となっていた。


「星領高校はどうだった」


 食事をしながら父親が焔真に話しかける。その横では母親も気になっていた様子で話の顛末を気にしていた。


「別に。みんなとも同じクラスになれたし新しい友達もできた」


 星領高校の本当の姿は親も知らず普通の一般的な高校だと思っているため深い事は言えない。そのため当たり触りのない事しか言えない。そしてその焔真の何時もと変わらない態度から両親は学校が変わっても問題なくやっていることを察し、満足する。


「そうなの。龍馬くん達と遊ぶのもいいけど新しい友達とも仲良くね」


「はいはい」


 幼馴染達とばかり遊んで他の友達をあまり作らないことを知っている母親がお節介をやくのを適当にあしらう。


「友達と遊ぶのも良いがちゃんと勉強もするんだぞ」


「大丈夫だって、中学の時だって悪くはなかったじゃん」


「まあ……な」


 あまり記憶に残ってないのか歯切れの悪い言い方をする父親を置いて、黙々と食事を進める焔真。その後も手を止めることなく食べ続けご馳走様と言い残して部屋に戻っていった。

 食後に父親が先に風呂に入り最後に焔真が入るのが日課だった。母親は二人が帰ってくる前に先に風呂を済ませている。

 そして時間がたち、風呂から上がった焔真は特にこれといってやろうと思うこともなくだらだらと過ごし眠くなってきたので布団をひいて寝ようとカーテンを開け雨戸を閉めようと窓を開く。


「今日は満月か」


 外を見ると何時もの街灯だけの明るさよりも明るい事に気付き月を見ると綺麗な円をえがいていた。たまに見る月も綺麗だなと思いながらも名残惜しそうに静かに雨戸を閉め窓を閉めた。

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