開始
茜たちとの模擬戦当日。
参加するメンバーはそれぞれの思い思いの抱いて登校していた。
「それでは、本日の模擬戦に向けての意気込みを龍馬選手から聞きたいと思います」
龍馬が朝学校へ登校してくると珍しく早めに学校に来ていた零士がふざけて教室でインタビュアーの真似を始めた。実は零士がこうした行動をとることは珍しいことでなくアニメや漫画などに触れ、気に入ったものがあると真似をし始めることが今までにもあったのだ。
「なんだよ、急に……そうだな。まあ勝てれば勝つ」
龍馬が何と言おうか多少迷いながら答えると当たり障りのない言葉になってしまった。
「あれ? 龍馬にしては珍しいね」
前日に焔真達が行った作戦会議の様子を知らない零士は珍しく勝つと言い切らなかった龍馬に疑問を抱いた。普段の龍馬ならここで「絶対に勝つ」と自信満々に言い放つ場面であるからだ。
「本番前の模擬戦で全力で楽しんじゃったら勿体ないだろ。楽しみは取っておく事にした。茜たちもガチの試合がしたいわけじゃないらしいからな」
「へー。龍馬も少し大人になったってことかな。それじゃあ参謀役のえんにも聞いてみましょう」
「俺もかよ。……まあ少し試したいことがあるからそれだけちゃんとやりたい、って感じかな」
口では少し嫌がりながらも、零士が龍馬に話を聞いた時点で自分にも振られるだろうと予想していた焔真は答えを用意していた。
「それは楽しみにしていいのかな」
「使わない可能性もあるからな、なんとも。成功するかもわからないし、まああんまり期待しないでおいてくれると助かる」
「それじゃあ、最後に……」
そう言いながら模擬戦に参加する三人のメンバーの最後にあたる琴里にも話を振ろうとする零士。
「ない」
だが琴里は零士へと向き直ることもなく断る。
「そこをなんとか……」
「ない」
「さいですか」
零士は、琴里に話を聞こうとするがにべもなく断られてしまい仕方なしにインタビュアーとしての仕事が終わる。琴里にも話を聞きたかった零士は心なしか残念そうな表情をしていた。
「そういえば今日の模擬戦、なんか学校全体に知れ渡ってるらしいよ」
零士がどこからか聞いてきた噂話を焔真たちにも伝える。特別噂話が好きというわけでもない零士が知っているということは余程周知の事実となっているとみていいだろう。
「……こないだの模擬戦といい、なんでそんなことになってんだ」
「口の軽いやつなんかどこにだっているってことだろ」
焔真の疑問に龍馬が答える。不特定多数の生徒に知られてしまった時点で人の口に戸は立てられぬということだ。そういった経験が昔から多い龍馬ならではの言葉だった。目立つ、ということは噂などの話のためになりやすいということでもあるのだ。
「そういうもんか」
焔真はここで追及しても意味がないことを知っており、またそこまで気にしていたことでもなかったため龍馬の返事に納得してそれ以上のことを問いかけることはしなかった。
「がんばってね、えん、琴里ちゃん」
「龍馬くん、応援してるからね!」
今回の模擬戦に参加しない恋と澪が焔真たちと龍馬に対して声援を送る。特に澪の龍馬に対する応援の熱意は高く、模擬戦に参加するわけではないのにやる気に満ち溢れていた。
「言われるまでもねえ」
そっけない態度をとりつつもしっかりと澪のほうに向きなおって返事をしているところを見ると素直でないだけかもしれなく、そんな態度にも慣れてきた澪は微笑みを浮かべていた。
「正々堂々とやるネ」
どこからか話を聞いていたらしいエミリーが唐突に話に加わってきた。案外、エミリーもこの模擬戦に参加したくて気になっていたのかもしれないなとその様子を見た焔真は思った。茜たちが三対三のチーム戦を望んでいたために参加をすることを諦めたのだろう。真面目なエミリーの事だ、ただ戦いたい龍馬と違ってマナの使い方などの勉強のために模擬戦がやりたかったのだろうと焔真は思った。
「どこから湧いて出てきやがった」
エミリーから話しかけられるまでその存在に気づけなかった龍馬が素直に思ったことを包み隠さず言い放つ。どうやら少なからず存在に気づけなかったことに対してショックを受けているようだった。零士の父親にマナの扱い方を習ったときに気配の探り方なども教わっていたため、焔真たちも含めて気配探知にはそれなりに自身があったのだ。
「龍馬くん、言い方」
まだ知り合って間もないエミリーにも歯に衣着せない言い方をする龍馬に見かねた恋が一言注意する。龍馬にそんなことを言っても意味がないことを恋が知らないはずもないのでエミリーを気遣っての言葉だった。
「いいヨ、大徳寺さン。九鬼くんに常識は求めてないかラ」
「だとよ」
まったく気にしていないと毒を吐きながら答えるエミリーに対して龍馬はなぜか得意げになる。二人とも器がでかいというかマイペースというかと改めて思う焔真たちであった。
「私は龍馬くんの将来が心配だよー」
自分はまるで大丈夫だと言わんばかりに龍馬のことを心配し始めたのは恋だ。そんな会話を傍から聞いている焔真たちは似たもの同士だと言いたくなったがここは黙っておくことにした。
「歴史に名が残せるとオレとしては最高なんだが」
「頼むから悪い方面で残さないでくれると助かるよ」
龍馬の語る未来像について否定はせずに零士は答える。
「龍馬くんはそんなことしないもん!」
そう声を上げた主のほうを見てみると、零士の言葉に思わず言ってしまったとばかりに両手を手に当てて口を隠していて見るからに恥ずかしそうだった。
「ふふっ、澪ちゃん大丈夫だよ。零士くんも本気で言ってるわけじゃないから」
そんな様子を見た恋は楽しそうに微笑みながら言った。それを聞いた澪が零士のほうを見るとごめんと謝るジェスチャーをしていた。そんな様子を澪は唸りながら睨みつけていた。睨みつけるといっても涙目になっている澪から受ける印象は怖いというより可愛いであるため、その行為は意味のない者ものなってしまっていた。
「んんんーーー」
そんな零士を見ていると時間も少したって冷静になりはじめ、自分の言ったことに対して恥ずかしくなって来た澪は赤面しながらうなっていた。
「なんだこれ」
どうしてこうなったと言わんばかりの表情を見せる龍馬。澪のこういった行動はどちらかと言えば龍馬でさえ微笑ましく思え好意的に感じているのだが、それでも自分がネタになることに抵抗があるのが本当のところだった。
「龍馬くんと澪ちゃんの将来が楽しみだよ」
「うっせ」
もはや澪に少なからず好意を持っていることは昔からの付き合いである幼馴染たちにはばれている事だった。そのことを分かっていないのは当の本人である澪一人だけだった。だからと言って龍馬と澪がこれからも親交を深めていけるかはまた別の話である。
「がんばっテ、応援してるかラ」
「う、うん……」
そんな龍馬と恋のやり取りの横ではエミリーが澪の手を取って応援しており澪がその勢いに少し蹴落とされていた。真面目なエミリーもやっぱり年頃の女の子だと思わせる場面であった。
◇◇◇
朝のやり取りから普段通りに授業や休み時間を過ごして時間がたち放課後の模擬戦前の時間となる。
「エン、大丈夫なのか」
すでにやることが終わっている焔真たちと一組の中で興味がある生徒は模擬戦を観戦するために運動場へと移動していた。そこで茜たちが来るのを待っている焔真に翔治が話しかけてきた。
「お、ショウ。久々だな」
「幼馴染同士でばっか話してて僕が入っていける隙間がねーんだよ」
「あー……それは、ごめん」
いつも幼馴染や澪などと一緒にいることが多い焔真に話しかけに行くのはなかなか大変だと翔治は言い、友達が自分の知らない人と話していて話しかけられてないという経験は焔真も昔感じたことがあるため謝る。
「今度僕のことを紹介してくれよ」
「ああ、分かった」
「それで、なんか気になることでもあるのか」
話題を翔治が最初にだしたことに戻す焔真。
「ああ、いやそんなに気にすることでもないだろうけど。ただ、相手に塩を送るような真似をしていいのかって」
「そのことか。龍馬の奴が一方的な試合嫌いなんだよ、だからだな。それに俺たちだって複数人で戦うのは初めてだから、お互いの調整のためってのがこの模擬戦をする理由かな。ま、龍馬が本当にそこまで考えてんだか怪しいもんだけど」
「あー、直接話したことはねえけどよ確かに横から見てる限りじゃあそんな感じだな」
「誤解しないでほしいのが決して馬鹿って訳じゃないからな。龍馬のおかげでどうにかなったってこともあるし。ただ…なんというか、あいつは分かっててわざと面白い方向に場面を転がそうとしてるだけだから」
「駄目じゃねーか」
「やっぱりそう思うよな……」
焔真が龍馬のフォローをするように見せかけてその実、だめだししているだけであった。
「やあ、待たせちゃったみたいだね」
焔真が翔治と話しているとそんな声が聞こえてきて焔真がそちらに目線を向けると茜たちも到着していたらしく二組の担任を連れて龍馬に話しかけていた。
「気にすんな、たいして待ってねえよ」
「そう? それじゃあ、明日に学校あるし遅くならないうちにやっちゃおう」
翌日の事も考えている茜はそう勧める。
「そうだな。おーい、焔真」
茜の提案に何の意義もない龍馬はすぐさま同意し、翔治と話していた焔真を呼ぶ。
「おう」
焔真はそれに答えると翔治に一言断りを入れて、龍馬たちのいる場所へと向かっていった。
焔真が龍馬のもとにたどり着くと素手のほかの模擬戦出場者は準備を終えており焔真を待っている様子だった。龍馬のところへ向かっていく途中でみえたのだが今日観戦しに来ているのは一年生だけでなく、二年生や三年生も見に来ている様子だった。これまでに見たことのない顔が多々見受けられた。
「わりい、待たせたか」
「お願いしてるのはこっちなんだから」
無理言ってるのは自分たちのほうなんだからと謝る焔真に対して茜は気にしないで、と声をかける。
「よし、人数もそろったしやるぞ」
焔真が来たことによって模擬戦に参加するメンバーが全員集まり準備万全となったことを見て取った待つことが嫌いな龍馬は模擬戦の開始を急かす。
「両者準備はいいかね?」
龍馬の言葉を聞き、模擬戦の監督を務める二組の教師が焔真たち六人に尋ねる。それぞれが、頷くなり声を発するなりして肯定の意を伝えると整列してそれぞれが挨拶をすると適度に離れ模擬戦の開始となるのだった。