プロローグ
天高くそびえる富士山が見下ろす人気の少ない静かなバッティングセンターの打席の一つで、とある少年がバットを構えタイミングを計っていた。そしてピッチングマシンから放たれたボールに合わせてバットを振りぬく。するとカキーンという気持ちのいい音とともにボールは前方へと飛んでいった。
「えん、ないすー!」
マウンドの後ろにある出入口の後ろから明るく元気な声で声援が送られてくる。先ほどまでは誰もいなかったのを確認しているのでちょうど今来たばかりなのだろう。聞きなれた声に突然のことながらも驚きもせず後ろを振り返ると幼馴染の一人である大徳寺 恋がまるで自分が打ったかのように嬉しそうにしている姿があり、春の暖かさに合わせ長袖のカットソーにスカートをはいていた。そして、中学を卒業して切らずに伸ばしている髪は肩にかかるまでになっており、そのことに気付いたえんと呼ばれた少年、如月 焔真は少しドキッとしながら後で言ってやろうと思い今はバッティングに戻った。残りのボールも打ちもらすことなく無事に終わり外に出ると恋が近くによってきた。
「おつかれー。相変わらずうまいね」
「そんなことないよ、龍馬ならもっと飛ばすし。……少し見ない間に髪長くなってきたな」
中学校を卒業し高校の入学式までの間休みとなり、顔を合わせない日が続いたが恋が幼馴染のみんなで遊ぼうと誘ったので今日は久々の顔合わせとなる。恋の髪についての言及は本人からすれば自然に言い出せたと思っているのだが、もし周囲に人がいればその誰もが不自然に感じたであろう。
「あー、気づいてくれた? あと少しだけ伸ばそうかと思うんだけど、どうかなどうかな」
だが当の本人は気付いたことに嬉しく感じ、龍馬のぎこちない言い方には気付かなかった。
「いいんじゃないか。中学の時の短いのに慣れてるから少し違和感あるけど」
久々に会った事で二人に会話に困る事はなかった。
「お、いたいた」
二人が話していると、大きな堂々とした男の声が聞こえてきた。声が聞こえてきた方向に顔を向けると一人の体格のいい男が歩いてきた。
「久しぶりー、龍馬くん」
それは先ほど話題に上がった九鬼 龍馬、通称龍馬だった。地毛が茶色く、中学校ではよく染めていると間違えられることが多かった。龍馬はその声に手を挙げ答え、焔真たちのとこまでたどり着いた。
「打たねえのか?」
先ほどまで焔真が打っていたところを見つめながら龍馬は言った。
「ちょっと休憩だよ。龍馬が打ちたいならどうぞ」
気が置けないほどの仲である龍馬。焔真の複数人いる幼馴染の一人で挨拶も程々にそれを聞いた龍馬はそのまま焔真が持っていたバットを借りて、中に入っていき打席の左手に構えた。ピッチングマシンからボールが投げられると龍馬はバットを振りかぶって、振った。するとボールはバットの芯にあたり良い音をだして前方へと飛んでいく。龍馬は二十球投げられたボールのうちホームランと書かれた的に半分である十回当てていた。
「相変わらずの良いスイングだな」
打席からでてくる龍馬に焔真は声をかける。
「一人でも気が向いたときに来てるからな」
そして、龍馬はバットを渡すようにグリップを恋に向けて尋ねる。
「恋もどうだ?」
「……うーん、わたしも見てるだけじゃつまらないしね。よし、打ってくる」
恋も今まで見ていたことで打つ気が湧いてきたらしく、龍馬からバットを譲り受けると打席へ入っていった。
恋がバットを振っている様子を眺めながら龍馬は焔真に声をかける。
「で、最近はどうなんだ?」
「どうって?」
焔真はおおよその見当はついていたが答える気がないためわざととぼけて見せた。
「今更隠さなくてもいいだろ、恋のことだよ」
「どうもこうも、なんもないよ」
「確か、一目惚れなんだろ? もっとガツガツいけよ」
「そのうちな」
焔真は恋の事が好きだということは当人である恋以外の幼馴染の間では周知であった。
幼馴染ということで今のままでも二人で楽しく話したりみんなで遊んだりできているので、振られて気まずくなるよりは現状維持の方が良いと思っている部分もあり、今までアプローチというアプローチをしたことがないのだ。龍馬はそのことを気にして焔真の背中を押そうとしているのだ。
「ちょっと二人とも、話てないで見ててよー!」
恋は焔真と龍馬が二人で話をして自分から注意がそれているところを、目ざとく見つけて声をかけてきた。
「ちゃんと考えとけよ」
龍馬はそれだけ言うと恋の方に視線を向けた。そしてスイングが全然なっていないとダメ出しをして、コツを教え始めた。恋はバッティングホームもよく球もよく見ているのだが、バットコントロールが悪く芯に当たることが少ないのが欠点だ。それでも龍馬が教え始めると苦労しながらも自分のものにし始め少しずつながら自分のものにし始めた。
「分かってはいるんだよ、分かっては」
その様子を一人眺めながら焔真はつぶやく。
「何が?」
「っわ!」
突如声をかけられ、思わず声をあげてしまい恋と龍馬はそれにつられて振り返った。
遅れて焔真も声がした方を向くとそこには幼馴染の椎名 琴里の姿があった。
少し長めのセミロングで服は白を基調としたジャージにスカートというシンプルな服装でこの年頃の女子としては少し背の高い方でスタイルもよく、綺麗な声をしているのが特徴だった。
「って、なんだ琴里か」
「ん、そだよ」
打席から手を振る恋と龍馬にも「や」と軽く手を挙げて挨拶をする。話すときに一言だけ言葉を発するのは琴里の昔からの癖だ。
「で? 何がわかってるの」
「いや、なんでもない」
そう言う焔真に対し瞳をのぞき込むような半目でジーと見つめてくるが白状しない焔真に飽きたのか、直ぐに見つめるのをやめた。周りに聞こうにも焔真が必死になって止めにかかるので琴里は結局話の内容を把握することはできなかった。
「あたしで最後?」
「いや、まだ零士が来てないな」
「あいつのことだから寝てるんじゃねぇのか」
琴里の疑問に焔真が応じ、龍馬がいつものことだろとさして気にした様子もなく言う。
「そのうち来るんじゃないかな、まだ待ち合わせの時間より少し早いみたいだしね」
打ち終わって打席から出てきていた恋が腕時計を見ながら答える。
「それちゃんと使ってるんだ」
龍馬がその様子を目ざとく発見しながら言う。その腕時計は今月の初旬が誕生日だった恋にみんなでプレゼントを贈ったのだがそのときに焔真が恋にあげた物だった。時計と言っても中学生が買えるような安物で高価なものではない。それでも、焔真が必死に選んで買ってくれた腕時計が嬉しいらしく手で触れながら恋はほほ笑む。
「せっかくもらったんだし使わないとね。わたし今まで腕時計持ってなかったから」
「よかったな」
「うるせ」
その光景を見て焔真は和んでいたが、そこに龍馬が恋や琴里に聞こえないように話しかけた。焔真と龍馬がじゃれていると、おーいと言う言葉が聞こえてきた。
幼馴染の最後の一人である逢坂零士だった。
「おせぇぞ」
龍馬が文句を言い、零士と話だす。
「時間には遅れてないと思うんだけど。もしかして僕が最後かな?」
「そうだ」
「それで、今日はどうするの」
「それはオレも知らねぇ」
それは零士だけの疑問ではなく、この場にいる幼馴染全員を誘った恋以外の誰にも分らないことだった。みんなの視線が恋の方に向けられる。
「えーと、別にそんなに深い意味があるわけじゃないんだけどただ高校に上がる前にみんなで遊びたいなって思ったから」
全員同じ高校に進学することが決まっているのだが高校に行けばそこで新たな友達ができたり部活動があったりで、全員がそろう機会は少なくなると思ってのことだった。
「だからこの後の予定とかも考えてないから、みんながやりたいことしようよ」
「オレはこのまま打ちてえな」
恋の言葉に龍馬がそう答える。反対の声はどこからも上がらなかったために、昼食まではここで打っていくことに決まった。まず全員で打つ順番を決めることにして、最初は今来たばかりの零士が。その次に琴里が打ってから恋で焔真、最後に龍馬の順になった。
零士は久しく来ていなかったとのことで最初は空振りやバットに掠りあたりで前に飛ぶことはなかったが、半分を過ぎたころから芯でとらえ始め打ち終わるときには打ち漏らすことはなくなっていた。
「やっぱ久しぶりにやると思うようにいかないね」
そう頭をかきながら零士は恥ずかしげに言った。
「そうは言っても後半は打ててたじゃないか」
焔真がそう声をかけ「そうだよ、私なんてそれなりに来てるのにまだまだなんだから」と恋も自虐的に言った。
「うん、ありがとう」
零士がそう言い返してバットを琴里に渡すと、「あたしの番」と言い残し打席へと入っていった。琴里は中学に入ってから弓道部で部活動をしていて目には自信があった。そのおかげか初球からバットに球を当てていたが全球打ち終わってホームランは一本もでなかった。
「や、まだ練習」
琴里はそう言ってもう一回やろうとするが龍馬が俺もやりてえんだぞ、と止めた。もう一回やれば打てるのにと琴里は残念がっていた。そして龍馬が琴里の手からバットを取って恋に渡す。
「それじゃ次はわたしが行くね」
恋は琴里に声をかけてから打席へと入っていき、先ほど龍馬に教わった事を思い出して確かめるように打ち始めた。芯に当たることは少ないもののほとんどの球を打ち返すことができた恋は嬉しそうに帰ってきた。
「えん、はいバット」
そして焔真ににこやかにバットを渡した。
「焔真、賭けないか?」
龍馬が焔真に声をかける。
「何を」
「どっちがホームラン多くだすか」
「やだよ、勝てるわけないだろ」と、焔真は断ると打席へと入る。
「たく、焔真の奴…最近は何かとオレと勝負すんの嫌がりやがる」
勝負好きな龍馬は、何かと勝負する事を避ける焔真の事を後ろから見ながらつぶやく。当の焔真本人はそのことに気付かないままピッチングマシンから投げられる球を打っていった。
「ま、こんなもんか」
最初に打っていた時よりいい当たりもでて二本もホームランが出たのでそれなりに満足した焔真が龍馬へとバトンを渡す。
「やっとオレの番だな」
今までみんなが打つ姿をただ見ているだけでじれったい思いをしていた龍馬が打つぞという思いが溢れたようにバットを数回振ってから構えた。龍馬のバッティングはその性格通りでバットをとても思い切りのいい大振りするのだが、しっかりと当てて前へ飛ばすのでそれが短所になることは少なかった。そして終わってみると十五回もホームランをだし今日の記録で一番の記録をたたきだした。
その姿に当てられたのか、負けず嫌いな性格が出たのか連続で打とうとして止められて以降おとなしくしていた琴里が龍馬からバットを奪い取るようにして入れ替わりに打席に入っていった。結果、的のギリギリのところに一回だけ当てることができ、一応の達成感は得られたようだ。
「ほかに打ちたい奴はいないのか」
そう焔真が聞くも誰も名乗りでなかったので次の行き先を決めることにした。
「僕はゲーセン行きたいな」
まず零士がそう言いだす。続けて龍馬が腹減ったから飯食いたいと言い、恋が食材が欲しいと、そして琴里が本屋とそれぞれが行きたい場所を言いだした。
「えんは?」
琴里は周りの意見を聞くだけ聞いて自分のしたいことを言わなかった焔真に聞く。
「特にないけど、しいて言うなら本が欲しいからその中なら買い物かな」
「なら、ゲーセンに行って買い物してから飯食って解散ってことで」
龍馬がそう独断で決めて言うも、異論はでなくこれからの予定が決定した。そして幼馴染五人で話し合い店のある位置などを元に考えた結果バッティングセンターの近くにあるゲームセンターにいき、そのあと服屋と本屋や飲食店のあるショッピングモールのジャスコに行くことにした。
「そうと決まればまずゲーセン行こうぜ」
ゲーセンはこのバッティングセンターからそう遠くない場所にあり、みんなで歩いて移動することにした。
「ゲーセン、私久しぶりだなー」
何をやろうかなと楽しみにしているのが恋の表情から見て取れた。
「僕は結構行ってるよ。龍馬も、だよね?」
零士はゲームなどが好きで、たびたびゲームセンターに通って色々なゲームの筐体で遊んでいた。そして、その時に龍馬を見かけることもあった。
「ああ、前にお前に格ゲー負けたから、今日やり返してやる」
「あはは、お手柔らかにね」
龍馬の強気な発言にも動じることなく気楽に受け答えする零士。
「ん、あたしも全然行ってない。恋、音ゲーとかで一緒にあそぼ」
「いいよー」
龍馬と零士や琴里と恋はそうそうに何するか決めていた。その一方で焔真は特にやりたい事も無く何をするか決めかねていた。
「俺はどうしようかな」
「えんも、僕たちと一緒に格ゲーやるかい?」
「うーん……ついてから決めることにする」
コンボなどを決められる龍馬たちと違い焔真は適当にボタンを押したりする俗にいうガチャプレイしかできないので二人の相手をするのは辞退する事にした。
「うん、分かった」
零士がそういいゲームセンターへの残りの道のりは他愛のない話をして盛り上がった。そして、そうこうしている間にゲームセンターにつき店内へと入っていった。平日とはいえ春休みで休みになっている学生が多くきているため店内はゲームで盛り上がっていた。中に入ると自然と解散し各々がやりたいゲーム機の前へと移動する中、焔真は一人歩みを止めていた。
「さて、とりあえず店内を見て回るか」
そう決めた、焔真は止めていた歩みを進める。適当うに歩いていると音ゲーをやろうとしている恋と琴里の後ろ姿を見つけた。声をかけようとも思ったがすぐに音ゲーが始まりそうだったので後ろでプレイ姿を眺めながら待つことにした。恋と琴里が今からやろうとしているのは画面を見て光った所と同じ場所を足元にあるフットパネルを踏むタイプの奴だった。そして音楽が流れ始めそれを琴里と恋で左右で別れて同時にやり始める。
琴里はアイコンが光のをしっかりと見て左右の足を対応するパネルを踊るように滑らかに踏んでいく。一方の恋は運動音痴というわけではないのだが、一か所だけが光ったりする場所は問題なく踏めているが、同時に光ったり連続して光ったりすると判断が遅れるのか足が追い付かないのかで逃してしまう箇所がいくつかあった。それでも最後まで伸ばし始めた髪を揺らしながらパネルを踏んでいった。そして、曲のサビも終わると二人はフットパネルから降りた。二人が話しているところに焔真が近づくと琴里がその存在に気付いたのか後ろを向き、えんの姿に気付いて声をあげ恋がその言葉につられて振り返った。
「あたし達がやるのを見たかったのかな?」
「いや、ただの偶然。適当に歩いてたら見かけたから」
「今の見られちゃってたのは、少し恥ずかしいな」と、恋が言う。
「琴里ちゃんは上手だけど、私は全然ついてけなかったよ」
「や、あたしは部活で動くのに慣れてるだけ」
「確か弓道だっけ。珍しいよな弓道部があるの」
「ん。この辺だとあたし達が通ってた中学だけ」
「琴里ちゃんは高校でも弓道やるの?」
「そのつもり」
「私は特にやりたいことも無くて帰宅部だったなー」
恋は何かやろうと部活に入ろうとしていたが結局は自分に合うものがなく、中学校生活三年間どの部活にも入らなかったのだ。
「次はえんもやる?」
「いや、俺はいいよ。下手したら恋よりひどいことになりそうだし」
冗談まじりにそう言い、まだやると言う恋達と別れ焔真はその場を後にした。そして筐体でやるレースゲームやメダルゲームなどの場所を適当に眺めながら歩いていく。すると、龍馬や零士がやると言っていた格ゲーの筐体があるところへとたどり着いた。案の定二人は備え付けの椅子に座って格ゲーをやっていた。だがまだ調整段階のようで、二人は動きを確かめているようだった。
「どうだ? 今度は勝てそうか」
焔真は龍馬に近づいていくと唐突に聞いた。
「オレの調子は割といいな。これなら零士が相手でも倒せるんじゃねえか」
龍馬は突然のことに驚きもせず淡々と返事をした。
「そんな大口たたいていいのかな。前もそう言って勝てなかったじゃない」
そんな龍馬に零士は言い返す。そう二人とも喋っている間も手を休めることなく動かしていた。画面内では龍馬がいつも使っているパワータイプのキャラが優勢に攻めていた。
お互いに色んな行動を試していたが結局練習試合では、零士が龍馬の使う男キャラクターが零士の女キャラクターを強力な必殺技で倒していた。
「本番もこの調子で倒してやるよ」
勝った龍馬はやってやると気合満々で指をポキポキと鳴らして宣言した。
「そう簡単にいくかな」
零士は冷静にその言葉を受け止め二人の試合は本番へと移行していった。どちらもキャラクターを変えることなくモニターはロード画面へと移る。
「いくぜ!」
モニターにスタートの字が現れると共に声を上げた龍馬が最速の動きで攻め入る。
零士はその攻撃を予想していなかったのかまともに受けてしまい龍馬の初めの一撃からつながるコンボをくらい零士が不利の状態になる。龍馬はそれを見て嬉しそうに口角をあげ、攻め一旦になった。隙を見つけて零士も反撃するも龍馬に大技をくらって一ラウンド目を落とす。そして一息入れる間が入り二ラウンド目が始まる。
龍馬が一ラウンド目と同じく最速で攻撃するが、二回連続で同じ攻撃を貰う零士ではなくカウンター技を入れて今回は零士が初手を取る。そしてダウンしたところに零士の扱うキャラクターが起き攻めをして零士の攻撃が始まる。龍馬もそれを予期していてガードをするが、何度も零士の攻撃を防いでる間にガードクラッシュしてしまい零士のコンボを受けてしまう。それによってまたダウンしてしまう龍馬だが今度はガードではなく必殺技を使って無敵時間を発生させて、反撃に出た。しかし、それを読んでいた零士はジャンプして敵の後ろに回ってそれを回避し逆に必殺技をだして硬直状態だった龍馬のキャラクターに大ダメージを与えた。その後は、龍馬も反撃して零士のキャラクターに半分ほどダメージを負わせるが最初に受けたダメージもあり負けてしまった。
続く最終ラウンドが始まると零士のキャラクターが暴走モードと言われる姿に変化した。これはこの女キャラクターだけが持つ唯一の能力で、いくつかの条件があるのだがそれをクリアするとこの暴走モードに突入するのだ。この状態だとガード出来なくなる代わりに削りダメージが発生しこれまでバランスの取れたスタンダートなキャラクターだったのがその状態からパワーだけが上昇してダメージ量が多くなり、なおかつ硬直時間も少なくなるのだ。逆に防御力が下がるという弱点もあるのだが。
その特性をうまく使い龍馬を翻弄して零士は有利に状況を進める。龍馬もそれに遅れてだが、それに対応し始める。しかし、今までは削りダメージがないキャラクターと戦っていたためか体力のない時でも零士の攻撃をガードしてしまい削りダメージによって負けてしまった。
「あー、くそっ。またそれかよ」
格ゲー勝負に負けてしまった龍馬は悔しそうにだがどこか楽しそうに、まじかよと叫ぶ。
「自分で使っててなんだけどこれ強すぎるよね」
「防御力が下がるって弱点もそっちの一方的に攻められると関係ないしな」
悔しそうに龍馬はそう言うが再戦を申し込むことはなかった。一度全力でやってそれでも負けたのだ。もう一回やったところで同じ結果になるのが見えていた。
「しょうがねえ、また次だ。そん時までまた練習するか」
「いいよ。再戦はいつでも受け付けてるよ」
「くっ、その勝者の余裕がむかつくぜ」
零士はいい勝負ができて嬉しかったのだろう、得意気な表情をして零士は龍馬を挑発していた。
「さてと、やりたかったことはやったしこれからは焔真も入れて三人でなんかやろうぜ」
さっきまでの試合のことはもう忘れてしまったかのように次に何をやろうかと龍馬は考え出していた。
「そうだな……シューティングゲームとかどうだ」
辺りを見回してみるとすぐ近くにシューティングゲームの筐体がありそれが目に入ったのだ。
「俺はそれでいいけど。零士は?」
「うん、僕もそれで」
焔真も零士も何の抵抗もなく了承し三人はシューティングゲームへと向かっていった。先客がおり少しの間並んで待つことになった。
「よし、まずはオレからな」
さほど待つこともなく順調に順番が回ってきたところで龍馬が一番手に名乗りを上げ意気揚々と席に着く。先ほどの格ゲー勝負で負けた腹いせかモニターの前の方に自分の機体を陣取らせて、強気にゲームを進めていく。焔真や零士からすれば、敵の攻撃をギリギリのところで避けていくそのプレイは見ててハラハラさせるものだった。だが、龍馬は一機も撃墜されることなく最初のボスを倒し順調に進んでいく。
それでも、ステージを進めるごとに敵の攻撃も激しくなりその無理な攻めも相まって龍馬はやられてしま時もあった。だが全滅してしまう前に最後までたどり着き、次被弾したら終わりというミスの許されない状況の中で最後のボスを倒した。龍馬はその瞬間にガッツポーズをすると焔真と場所を変わった。
龍馬からバトンを渡された焔真だったが、プレイスタイルは龍馬とうって変わり敵を倒しに無理に追ったりはせず倒すせる敵だけを倒し、避けられる敵は避けて相手をしないといった堅実なプレイで始めた。そのおかげか龍馬と違い余裕をもって最後のボスを倒すことに成功した。
そして、順番は最後の零士となる。零士はこのゲームをやりこんでいるため二人とは異なるプレイをし始めた。所謂魅せプレイと言われるものだ。敵の攻撃を自機がかすめるように避け、なおかつ隙をついて密着してゼロ距離から撃って倒すなど慣れていないとできない動きで終始プレイしていた。
「さすが」
後ろで眺めていた焔真がぽつりと言葉を漏らした。
「それほどでもないよ」
それを聞いた零士は照れ隠しにそう言った。
「や、御三方とも楽しそうですね」
シューティングゲームをしていた三人に少し芝居がかったセリフで声をかけてきたのは先ほどまで音ゲーをしていた琴里だった。その横にはお菓子を景品にしたゲームでとったのか小さなチョコレートを食べていた。
「お、お前らか。どうだ、お前達もやっていくか?」
龍馬が二人に進めるも二人とも首を横に振ったのでシューティングゲームはこれでお開きとなった。
「あたし達は一通り遊んできたけどそっちはどう?」
「オレ達も格ゲー終わって今適当に遊んでただけだ」
「それなら、買い物しに行こうよ」
そう恋が龍馬に向かって言う。龍馬は一度振り返って焔真と零士を見るが二人も異存はないらしく無言でうなずいていた。
「うし、ならジャスコに行くか」
その龍馬の一言でゲームセンターのゲームを遊び果たした一行は次の目的地へと足を進める。ジャスコへの道のりはそれなりに距離があり時間もかかったが、焔真達はこれから新しく高校生になる事もあり話題に困ることはなく苦になる事はなかった。
大きなジャスコの敷地にはいくつもの店が出店しており衣類関係の店が中でも多いが、家電量販店、書店、小物ショップやフードコートや小さなゲームセンターがあり、一番上のフロアである三階では映画が見れるようになっている。
「ところで、誰の買い物から行く?」
人の行き来があるため少し道をそれながら焔真は後ろを振り向いて聞いた。
「本屋」
「俺も」
琴里の後に焔真も続く。
「私はお菓子の材料見たいな」
恋はお菓子を作るのが趣味で、たまに幼馴染全員に自分で作った物を配っていたりした。お菓子作りが趣味になったのは、お菓子を自分好みにアレンジして作れるようになるから、という実に恋らしい理由からだった。
「俺は欲しい物はなんもねえし、食材売り場に行って本屋に行けばいいんじゃねか?」
「いや、お菓子の材料買いに行くのは最後の方がよくないか。チョコレートとかだと最後に買った方がいいだろ」
特に何も考えていない様子の龍馬が言った意見に焔真は言う。
「今日は粉物だからどっちでも大丈夫だよ」
恋の言葉を聞き、焔真たちは話し合って本屋に行ってから食品売り場に行くことにした。本屋は二階にあるのでまずエスカレーターに乗って上の階に進む。目指す本屋はエスカレーターの近くにあり、到着すると本屋に用のある三人は龍馬と恋を置いて行ってしまった。
「全っく、子供じゃないんだから勝手にいなくなんないでよー!」
普段一番子供っぽい恋が自分の事を棚に上げて頬をハムスターのように膨らませながら文句を言う。
「お前には言われたくないと思うぞ」
それを龍馬が適当になだめる。普段の様子を見ていればすぐにわかることなのだがだが、恋は大人ぶっているようで子供っぽいところが全然抜けきっておらずはた目には、子供が大人ぶっているようにしか見えないのだ。そのことに本人は気づいておらず、たまに今回のように棚に上げたような物言いをすることが多々あった。それ、恋を落ち着ける側に回っている龍馬にも似ている所がありこの二人は実は似ている二人なのだ。そして落ち着いた恋と一緒に龍馬は先に行ってしまった三人の後を追った。
「ところで、みんなは何の本を買いに来たの?」
後ろから追いついた恋が本を買いに来た三人に聞いた。
「俺は漫画」
「僕も」
焔真と零士は新刊コーナーで目的の漫画を探しながら言った。
「小説」
そう言うと琴里は一人でぶらりと小説がおいてある本棚へと歩いて行った。
「あー、またー」
先ほどと変わらず周囲を気にしないで行動し始めた琴里に思わずそう言って後をついていこうとする恋。
「別にこの歳になって迷子になるでもないし、気にすんな」
「むぅー」
漫画を探していて恋の言葉も届かない二人の代わりに龍馬が相手をする。
「だからって、みんな勝手に動かなくてもいいじゃない。せっかくみんなで集まったのにさー」
「確かにそうだけどな。そうだけど、お前が言うな」
普段自分が勝手にふらりと一人でどこかに行ってしまうことを龍馬から言われ反論できない恋。
「これからは、勝手にどこかに行かないもん。高校生になったんだからね」
「期待しないで見ててやるよ」
龍馬の言葉と反して期待してなさそうな顔を見て恋はむうっとふくれっ面になり言い返そうとするが、目的の本を焔真と零士が見つけ声を上げたのでその機会を失ってしまった。
「あれ、琴里は?」
当の本人である焔真と零士は本を探すのに夢中になっていて琴里がいなくなったことにすら気が付いていなかった。
「あいつは小説探しに行った」
「そうか」
そして四人で琴里が向かったであろう本棚へと探しに行った。
「んー、どこだろ」
「あっちじゃないか」
普段琴里が読んでいることの多いジャンルが置いてあるエリアへと向かう。
「あ、いたいた」
そこには本棚とにらめっこしている琴里がいた。長身のため近づくとすぐに分かった。
「どう、あった?」
琴里のもとに恋が駆け寄っていって行き尋ねる。
「ん、見つからない。他の本があったからそっち買う」
遅れて焔真達もたどり着くと琴里と恋を連れて買い物をすます。
「それじゃ次は私の買い物に付き合ってもらうからね」
「そういう約束だしな。それじゃあ、一階に戻るか」
恋の宣言に焔真が答え一行は食材売り場のある一階に行くため来た道を戻っていく。
「次はなにを作るの?」
恋が作るお菓子を気に入っている琴里が恋に聞く。
恋のお菓子作りは母親譲りの物であり小学校の時からやっているため慣れた物でおいしいのだ。
「今回作るのは……なんとマカロンでーす」
ぱんぱかぱーんと擬音がつけば聞こえてきそうな元気な声で発表する。
「それで今日はメレンゲを作るために卵白を買いに来たの」
「へー」
食うだけで料理をすること自体に興味のない龍馬が気のない返事をする。龍馬も恋の作るお菓子は好きなのだが今腹が減っているので後に食べることになるお菓子よりも今すぐ買い物を済ませて食事をしたい気持の方が強かった。
「それじゃ、それ買ってさっさと飯食いに行こうぜ」
恋を先頭に目的の物を買うために進み、せかす龍馬を適当にあしらいながら恋が買うものを手に取る。そして、そのままレジへと進み並んでいる人がいなかったためにスムーズに買う事が出来た。
「よし、それじゃあ飯行くぞ」
そのことに満足した龍馬は、そう言ってすぐに移動しようとし襟を焔真に掴まれ、龍馬は喉をシャツに引っ張られ「なにすんだよ」と多少不機嫌ながらも止まって龍馬が抗議の声を上げる。その様子を他の幼馴染達は苦笑しながら眺めていた。
「まだどこに行くかも決めてないだろ」
ジャスコの中にはいくつもの店があり食事できる場所も何か所もあるのだ。焔真や龍馬は好き嫌いやアレルギーがないため問題ないが、恋や零士は好き嫌いが多く琴里に至っては蟹や蕎麦のアレルギーを持っている。そのため龍馬に好き勝手に動かれ適当に店を決められてしまうと困る可能性があるのだ。龍馬もそのことは知っているはずだったが、時たまに忘れるときがあるため油断ならなかった。
「みんなは、なにが食べたい?」
「オレはもちろん肉」
焔真の問いに間髪入れずに龍馬が返事をする。
「私はなんでもいいよー。みんなに合わせる」
「あたしはパスタ」
恋と琴里がそのあとに続く。琴里のアレルギーは蟹と蕎麦であり、それ以外のものなら何でも食べられるのが琴里だ。
「あ、俺も何でもいいぞ」
「僕は、できればラーメン食べたいな」
最後に焔真と零士が答える。
「バラバラだな」
全員の意見を聞いてみたがなんでもいいと答えた恋と焔真以外の返事が何一つとしてかぶらなかった。
「しゃーねえ、オレはラーメンでもパスタでもなんでもいいぞ」
このままだと直ぐに食べれないと思った龍馬が自分の意見を取り下げた。龍馬の中では食事をすることが一番の優先事項となっていた。
「ん、じゃあラーメンで」
そして琴里が譲った事により零士の提案したラーメンを食べることになった。
「そうと決まれば、さっさと行くぜ」
龍馬がラーメン屋へと足を向けたので焔真達はその後ろを付いていく。少し昼飯を食べる時間帯からは遅れていたが店は程々に賑わっていた。そのため少しの間待つことになったが、早く食わせろと暴れる龍馬を抑えていると焔真達の番になり店員に案内され五人とも店内の奥へと進み自分達の席に座る。
「オレはチャーシューメンとから揚げだ」
「俺はそうだな……醤油ラーメンかな」
「あ、私も醤油がいいな」
「あたしはチャーハン」
「僕は塩ラーメン」
龍馬・焔真・恋・琴里・零士と全員の食べたいものが決まり、龍馬が近くを歩いていたバイトらしき店員を呼び止めて注文をする。注文した品物が来るまで高校に入ったらしたい事など他愛ない話をして時間をつぶしていると、先ほどの注文をとった店員とは別のバイトらしい店員が品物を持ってきた。
龍馬が頼んだチャーシューメンには脂がのっていて尚且つ、ラーメンのスープを吸っておいしそうに光を反射していた。麺にのっているチャーシューの量も多くまた大きさも文句なしなもので龍馬は受け取るや否やすぐに食べ始めた。
続いて、焔真と恋が頼んだ醤油ラーメンが運ばれる。醤油といってもスープの色はそれほど濃くもなく、薄くもなくといったちょうどいい色合いをしていた。器のちょうど真ん中に置かれた半熟卵がスープに負けじと光を反射していておいしそうに光っていた。チャーシューやメンマ、そして薬味として加えられているネギが綺麗な緑色をしており良いアクセントになっている。スープに少し浸かっている海苔もパリッとしていて食欲をそそるのに一役買っていた。焔真はまずスープから手を付け、恋は麺を口に運ぶ。
そして、琴里の頼んだチャーハンはお米に卵が程よく絡みついて薄い黄色になっており丸く形よく盛られたチャーハンの横に置いてある紅く染められたしょうがとの対比が目立っていた。うまく混ぜられてまばらになっているハムやグリーンピース、桜エビなどがとても綺麗だ。スプーンでチャーハンをすくうとお米がパラパラしておりそれを琴里の綺麗な形をしている口の中に入り味わうように噛むと、おいしさが溢れでて琴里はスプーンを動かす手を止めずに二口目へと進んだ。
他の四人が美味しそうに食べるのを見ていた零士も自身が頼んだ塩ラーメンを食べることにした。隣で焔真が食べている醤油ラーメンと比べると醤油と塩の違いから色の差が目立ってより一層白く見えた。添えられている海苔との対比も見事だった。形の良いチャーシューやメンマなどものっている。そして醤油ラーメンと違い半熟卵はのっておらずかわりに鳴門巻きになっていた。
途中他愛ない話で盛り上がったりしたり、食べたりない龍馬が追加注文したりなどの出来事もあり全員が食べ終わるのを待って店を出る。食事代は全員で割り勘だった。
「食った、食った」
一人でやたらと食べあげた龍馬が満腹になって楽し気だった。
「よく、あんなに食えたな」
横で食べる様子を見ていた焔真が飽きれた声色で言う。
「言っただろ、腹減ってるって」
「だからって普通はあんなに食べるとは思わないっての」
「お腹も膨れたことだけど、次どうしよっか」
焔真と龍馬の会話を尻目に最初に決めた予定は全部こなし終わったので次どうしようと恋は考えていた。
「やりたい事ねえな俺は。つっても家帰ってもやることないんだが」
「あ、それなら僕見たい映画あるんだけどいいかな?」
三階にある映画館で映画が見たいと言い出したのは零士だ。
「こないだ見たいって言ってたアニメの映画か?」
「うん、映画は好みが別れるだろうから黙ってたんだけど」
「どんな話なの?」
焔真と零士が話していると気になった琴里が会話に参加してきた。
「主人公とその友達がある学校に通ってたんだけど、ある日友達が突然失踪しちゃうんだ。で、それを主人公が探すうちに色んな事に巻き込まれていくって感じの話なんだけど」
「ん、あたしはいいけど」
「ホラー映画じゃないならいいよー」
反対が誰もいなく、他にしたい事も出ないので零士の見たがっていた映画を見ることに決定した。
◇◇◇
「思ってたりよりもよくできてたな」
映画を見終わって映画館からでてきてそうそう焔真が言った。龍馬や恋たちもコクコクとうなずいていた。
「私達と似てるとこもあったよね」
「でしょ? この監督さん、日常と非日常を混ぜた作品作るのうまいんだよね」
まるで自分の事のように鼻高々にして喜ぶ零士。どれだけこの監督が好きなのかが伝わってくるようだ。
「主人公もちょっと特殊な能力あるんだけど、それ以外は普通の学生で最初の方は周りに引っ張られたりするだけだったのが少しずつ成長していくのが目に見えるのがよかったね」
興奮も手伝って零士の口はなかなか止まらない。この映画のどこがよかったか、他の監督と比べてどうか、声優やスタッフも頑張っていたなどと焔真が止めなければ永遠と語っていそうな勢いだった。
「どれだけ好きかは伝わってくるけど、程々にな」
「……うん、ごめん」
少し時間もたって我に返った零士は反省はしているが後悔はしていない声色で謝った。こういった事はそれなりにあるので慣れている幼馴染メンバーは零士が語っている間、温かい目で見守っており恋や琴里はそんな部分を無邪気で可愛いとさえ思っていた。
そして映画を見たことでそれなりの時間をつぶすことができたので今日はこれでお開きとなった。