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ミライからカコへの手紙

作者: きと

 春というものは、人をおかしくさせるようで。


「なあ、祐樹。過去の自分に手紙を出すことってできないかな?」


 僕の親友がおかしなことを言い出した。


「なに言ってんの? お前」


「だから、今の俺から過去の俺に手紙出せないかなって」


「未来から過去に手紙を出したいってこと?」


「そういうこと」


 親友は、いつもは飄々とした面に珍しく真面目な色を浮かべている。


「くっ。ふふっ。あはははっ。お前から僕に手紙を出せばいいじゃん」


「バカ。そういうこと言ってるんじゃない。大体、俺の名前はミライではなくて、ミキだ!」


 未来大輔。ミライではなくミキと読む彼の名前は、この学校では有名だ。容姿端麗、運動神経抜群の親友は、女子から話しかけられるよりもラブレターをもらうことが多い。

 そして僕、加古祐樹は、大輔に話しかけられない女子から大輔の情報を得るために話しかけられることが多かった。


「え? なら本当に昔の自分に手紙を出したいって考えているの?」


「だから、そう言っているだろ」


 大輔の真剣な表情に、何も言えなくなる。

 過去への手紙なんて、出せるはずがない。時間は前に進むしかできないのだから。


「何とかならないか?」


 親友の頼みなら、何とかしてやりたいが。


「そういう迷信めいたことを書いているサイトは知ってるけど」


「本当か? 調べてくれ!」


 大輔は一瞬で目を輝かせた。


「自分でやれば?」


「無理。俺は電波恐怖症なんだ」


「自称でしょ? ただの機械音痴のくせに」


 僕は携帯を取り出して、贔屓にしている噂サイトを開く。


「あ、あった。いくつか書いてあるけど、本当なのかな」


「どんなのがある?」


「例えば、その場で三回まわってワンと言うとか……」


「……ワン!」


 ためらいなくやっちゃったよ。


「どうだ?」


「どうだって言われても。手紙は?」


「ここ。駄目だったか」


 大輔のポケットから白い封筒が出てくる。


 そりゃ、ダメでしょ。ていうか、クラスメイトの視線が痛いんだけど。過去へ手紙を出すためなら、何でもやりそうだな。


「祐樹。次は?」


 大輔に諦める気配はない。


「そうだなあ。あ、100メートル走で11秒フラットを出すと、ポケットから手紙が消えてるっていうのがあるよ」


「本当か! ちょっと走ってくる」


「ちょっと待って! 今走ってこなくても次の時間の体育でスポーツテストだよ。大体、11秒フラットなんて、出せるの?」


 男子高校生の平均は12秒台くらいだったはず。


「分かんないけど、やるしかない。そこに可能性があるなら」


 なんで、言うことはかっこいいんだろう。こういう所に女子が惚れるのかな。


「はあ。分かった。頑張って」


 僕のため息と同時に、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。




 グランドに、体育教師の声が響き渡る。


「未来! すごいじゃないか。11秒05なんて」


 体育教師の明るい顔に対し、大輔は不貞腐れた表情をしている。


「先生。もう一度やらせてください。次は、11秒フラットを出しますから」


「いや、スポーツテストは1人1回だからな。11秒05でも十分すごいぞ。陸上部に入って欲しいくらいだ」


「意味ないんですよ。11秒フラットじゃないと。手紙を出せない」


 大輔は悔しそうにポケットを探る。その時、大輔の表情に変化が生まれた。


「手紙が、ない?」


 手紙がないって、本当か? 本当に、手紙が過去に行ったのか? そもそも11秒フラットが出せていないのに?


「祐樹! 手紙が……」


「未来くん。手紙ってこれ? ゴール近くに落ちていたけど」


 タイムを測っていた女子が大輔に手紙を渡す。


「……。先生! やっぱりもう一度やらせてください! 俺は、手紙を出したいんです」


「落ち着け。未来。手紙なら放課後出せばいいだろう」


「11秒フラットを出さないと駄目なんです」


 かみ合わない2人の会話に、僕は笑いが止まらなかった。




 僕の親友は、落ち込んでいる姿もかっこいいらしい。


「はあ。どうすれば過去の自分に手紙が出せるんだ」


 授業が終わり放課後になったのに、落ち込んでいる大輔を見るために数人の女子がクラスの中に残っていた。


「ねえ。なんでそんなに手紙が出したいの?」


「伝えたいことがあるから」


「伝えたいことって?」


「……内緒」


 大輔が隠すなんて気になる。でも、内緒と言ったからには絶対言わないのだろう。

 過去の自分に言いたいことなんて、普通に考えて後悔していることだよな? 大輔の後悔は何なんだろう。


「祐樹。他に方法はないかな」


「うーん。100人の女性に告られると過去への扉が開くって。嘘くさっ」


「それだ!」


 大輔が椅子から立ち上がる。


「お前、いくらモテるからって……」


「違う! 俺だって100人なんて告られたくないよ。女性って、現実なんて書いてないだろ? ていうことは、ゲームでもありなんじゃないか?」


「ゲームって、もしかして…」


「祐樹、持っていただろう? 女の子を落とすやつ。今日は、寝かせないぞ」


 そういうセリフは女子に言ってくれという僕の願いは届かなかった。




 大輔は有言実行を基本としているらしい。


「ふわあ。眠たい」


 僕たちは目をこすりながらも翌日学校に来ていた。

 昨日、大輔は本当に僕の部屋でゲームをやっていた。告られては最初からを繰り返し、100回終えた頃にはもう朝の5時。それでも何も起こらなかった。


「悪いな。祐樹。付き合わせて」


「本当だよ。これで過去のお前に伝えたいことが大したことなかったら、怒るからね」


 そして僕たちは今、屋上への階段を上っている。


「大切なことなんだ。俺にとっては」


 大輔は屋上の扉を開けながら言った。手に飛行機に折った手紙を持っていなかったら、かっこいいんだろうけど。


「それで、屋上に手紙を折って持ってきたけど。どうすればいいんだ」


「ああ。この辺りで一番高い場所から飛行機にした手紙を飛ばすと過去へ行くって」


 高校は高台の上に立っている。この辺りで一番高いのは、高校の屋上だ。

 普段は立ち入り禁止らしいけど、大輔が粘って許可を取ってきた。運動神経抜群というのは、ここでも有利に働くらしい。陸上部入部と引き換えで取引をしたと聞いた。


 高校に入ったら部活をしないと言っていた信念まで変えるなんて、どこまで大切なことなんだろう。


「飛ばすぞ」


「うん。どうぞ」


 大輔は飛行機を振りかぶり、空中で手を離した。飛行機がまっすぐ前に進む。その瞬間、突風が吹いた。


「うわっ」


 目を瞑った僕と大輔には、飛行機の行方が分からなかった。


「飛行機は!」


 目を開けた大輔は、僕の方を凝視する。僕の手の中には大輔が放ったはずの飛行機が入っていた。


「え? 返ってきた?」


 僕は好奇心を抑えきれず、手紙を開けた。


『今すぐ祐樹を助けろ。後悔するくらいなら、自分の手で大切な人を助けてみろ!』


「大輔。僕を助けろって、どういうこと? 大輔の後悔ってなに?」


 手紙に、僕の名前が書かれているなんて思いもしなかった。

 大輔は、おずおずと口を開いた。


「俺は、お前がいじめられていた時、助けることができなかった。見て見ぬふりをしたんだ」


 今から2年前。僕たちが中学2年生の時、僕は酷いいじめにあっていた。それが原因で、中学3年生の2学期まで僕は不登校になっていた。


 だけど、その時大輔は。


「バカ!」


 思わず大輔の頭を叩いた。大輔はきょとんとした表情で僕を見ている。


「僕が不登校になっている時、傍にいてくれたのは大輔だけだった! 味方になってくれたのは大輔だけだった! 僕がどれだけ大輔に助けられたと思っているんだ!」


「でも、俺はお前をいじめから……」


「それ以上言うと、絶交するぞ」


 大輔の口がぴたりと止まる。


「いじめも不登校も、お前のせいではない。後悔なんてしなくていい。僕は、大輔がずっと友だちでいてくれて嬉しかったんだ。ありがとう、大輔」


「あ、ああ。ずっと、ごめん。俺の後悔をなくしてくれてありがとう、祐樹」


 ミライからの手紙は、確かにカコへと届いたんだ。


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