第65話 地震大国
1923年9月1日午前11時58分、関東の大地が波を打った。
相模湾沖で発生したその波は数分以内に関東全域へと広がって行き、多くの建物を破壊する。
さらに時間帯が丁度昼時だったこともあり各地で火災が発生。
折り悪く能登半島沖に台風がいたため関東全域では風が強く火災は瞬く間に燃え広がっていった。
完全に鎮火したのはそれから2日も経った3日のこと。
それまでに官公庁のや帝国劇場をはじめ44万戸もの建物を燃やしつくし、多くの命を奪った。
死者・行方不明者10万人以上。
負傷者10万人強。
全半壊した建物20万戸以上。
悪いことに加藤友三郎内閣総理大臣がわずか8日前に急逝していたため、首相不在という状況での大災害で、噂やデマも飛び交い大混乱となった。
その騒ぎの中で中国人や朝鮮人、さらには方言のきつい地方出身者まで殺される事件が起こる。
首都には戒厳令が敷かれ、罪もない人々が多数逮捕された。
未曾有の大災害は日本に大きな打撃を与えた……。
というのが史実の「関東大震災」である。
しかし、俺は恐らく起こるであろうということは分かっているのだ。
地震の被害拡大を防ぐために1920年ごろから全地方公共団体に地震発生時の行動マニュアルを作成させて住民に配布したり、災害時に救助に当たる災害対策部隊を消防庁の下に発足させるなど様々な対策を講じてきた。
そして地震が起こる予定の1ヶ月前に関東地方で強い地震が起こる可能性があるからその日は安全のため他の地方へ避難しておいた方が良いという情報を発表することも検討したが、それによる混乱を恐れてそれは中止。
まぁ万が一起きなかったらそれはそれでエライ事になるしな。
しかし数年前からプレート型地震が発生しやすい地域というのを公表してその地域の住民には特に地震発生時を想定した訓練をさせるなど対策は進めていた。
パソコンから現代の地震対処法などを引っ張ってきて、小学校や中学校で教えさせたりもしている。
それでもこれは日本国民からすれば、いや世界の人々からしても全くうかがわしいものであった。
地震がいつ、どこで、どのくらいのものが起こるかなんて神のみが知り得るものである、というのが一般的だからだ。
まだ当時はウェゲナーの大陸移動説が信じられてはいなかった(彼の説は証拠もなかったし、大陸を動かす原動力となるものも分かっていなかった等々から)し、プレートテクトニクスだの、マントル対流だのといったことはさっぱり知られていたなかった時代である。
信じろというほうが無理だ。
もちろん今でも「いつ」起こるかは分からないし、「どこ」とか「どのくらい」を正確に予想することは不可能である。
しかし、小学校の時から地震というものについてそれなりに知らされてきた。
やはり全く知らないのと、知っているのとではいろいろ違ってくる。
だから様々な形で国民に注意を呼びかけてきたのだ。
運命の日の10日前、消防庁災害対策部隊は山梨へ移動を命じられ、在関東の陸軍部隊で被害が大きいと予想される地域にいる部隊は被害の少ない地域への移動を命じた。
さらに海軍には横須賀などの艦艇を駿河湾へ移動させたし、空軍部隊も関東から移動させている。
そして東京湾の真ん中には物資や陸軍の救援用部隊を搭載している海軍の輸送艦を停泊させた。
そのほかにも災害対策本部の設置、空軍機を利用した物資輸送計画(といっても搭載量が少ないのが難点だが)や被害を把握するための偵察飛行の計画などが極秘裏に進められている。
マスコミ(と言っても新聞と始まったばかりのラジオぐらいしかないが)の一部はこの軍の移動を不思議に思って取り上げたものがあったが、軍部は関東地方対中部地方の陸海空軍による特別大演習を陛下が急にお命じになったためと発表してごまかした。
輸送艦はトラック諸島などへ向かう輸送船団が足止めを喰らっているとか、そんな適当なことが言われている。
しかし、一部では近々関東で大規模な地震が起こるという噂が流れているようだ。
どこから漏れたのか知らないが、やはり人の口に戸はたてらないらしい。
まぁ、それで人が避難して被害が少なくなるならいいけどな。
運命の日が刻一刻と迫る。
初めは全く信じていなかった部隊の面々の間にも緊張が高まっていく。
そして、その日は訪れた。
「こちら『鳳翔』12番機。現在相模湾上空を飛行中。予定時刻1時間前、異常は認められず。引き続き、偵察を続行す」
俺は西安に設けられた政府の対策室にいる。
各地から報告が入ってきている。
今のは聞いての通り空母「鳳翔」が出した偵察機からのもの。
「鳳翔」は東京湾にいた輸送船団とともに大島の南を航行中だ。
「陛下、果たして本当に起きるのでしょうか?地震が起こりそうな様子など何一つありませんが……」
加藤友三郎首相が俺に話しかけてくる。
「わかんないよ。でも可能性は高いはず……。でも君に言われるとなんとなく自信がないな……」
首相は「はぁ……」と怪訝な様子で返事を返した。
正直なところ地震は起こらない気がしてきている。
なぜなら、今話しかけてきた加藤首相がまだ生きていることがそもそも史実と違う。
もちろん、史実と違うところなど五万とあり逆になぜ起こるのか、と自分自身疑問だ。
まぁ、実際起こらなければ起こらないでいいんだけど。
しかし、1920年12月16日に中国で起きるはずの寧夏・海原地震はちゃんと起きていた。
死者・行方不明者は史実と違い国内が安定していたため救助がきちんと行なわれたことや、マグニチュードが8.7から7.1に下がっていたこともあり、史実の22万人から7万人まで減っていたが、それでも大きな爪あとを残している。
そのほかの地震も史実と多少食い違う部分もあるものの、ほぼ「予定通り」に起きてきた。
(ただしほとんどは後から史実どおりだと知ったものばかりだが)
これまでは防ぐことなどまったく思いつかなかったが、今度こそは被害を最小限に抑え国民を一人でも多く救ってやりたい。
「予定時刻10分前です」
クッキーがそう告げると室内の緊張感はもうこれ以上ないと言うくらい高まる。
身動き一つするだけでも大変な空気だ。
そして長い長い沈黙の末、そのときはやってきた。
「予定時刻です」
クッキーの声が妙に響いた。
全員が報告に聞き耳を立てる。
しかし報告は入ってこない。
揺れが伝わるのに時間がかかるからか……?
「こちら『鳳翔』5番機、現在新宿上空なれど異常なし」
現在時刻は午後0時5分。
とっくに揺れが伝わっていないとおかしい。
ということはなかったのか?
「東京都知事から連絡です。揺れは全くない。現時点で地震と呼べるものは起きていないということです」
受話器を持った職員が全体に聞こえるよう大きな声で言う。
災害対策本部内に安堵の声が聞こえた。
「良かったですな、陛下の杞憂で。実際に起きたら大きな犠牲者と損害が出たことでしょう」
心底ほっとした、という声で話しかけてくる。
俺もなんか残念なような気持ちがしているが、とりあえず良かった。
誰も地震なんて来て欲しくはないしな。
しかし、それからしばらくしてその安堵を吹き飛ばす報告が入った。
「大阪管区気象台より報告。震度4、強震を観測し、なおかつ神戸や淡路島の方角で煙が上がっているとのことです」
その報告に皆は一体何を言っているんだ?と報告者を見つめた。
報告者は自分は今おかしなことを言ったか?と手元の電文を読み直す。
しかしその通りであったようだ。
「陸軍岸和田通信隊より報告!『我、強い揺れを感ず。淡路島洲本市方面に煙を確認し……」
「呉鎮守府より報告!『神戸港湾防備隊所属艦艇より報告を受く。神戸市街壊滅との報告あり。神戸港湾防備隊司令部、応答なく……」
「境燈台からも同様の報告が……」
次々に舞い込む報告。
皆ようやく理解し始めた。
関東大震災ではなく、関西大震災が起きていることを……。
毎回毎回遅くなり申し訳ないです。それに加えて架空戦記なのに戦争に関係ない出来事ばかり……。まだまだ戦争までは時間がかかります。気長にお付き合いください。
今思えばこの話は60話あたりの予定で書いていたのになぜ5話も遅くなったのだろう……?まぁ、理由は思いつきで話を次々に投げ入れたためですが。
それでは明朝ハワイに出撃いたします。攻撃目標はアラモアナS.Cを始めとする観光地!できれば戦艦ミズーリとアリゾナ!「この〜木なんの木、気になる気になる♪」の宣伝で有名なモアナルアガーデンやカメハメハ大王像も見逃さない!しかしなぜダイアモンドヘッドの道路は工事中なんだ?楽しみだったのに……。(おかげで登れないんです。泣)
すいません、テンションが変になっています。まぁ、とにかく行ってきます。




