第51話 オーストラリアの葛藤
1915年2月10日、オーストラリア帝国首都キャンベラ。
「女王陛下、ニュージーランド政府より国書が届いております」
侍従官が手紙を差し出す。
オーストラリア帝国・国家元首、矢木恭子はそれを受け取りさっと目を通す。
彼女の教える教科は英語、まだ教師になって数年で駆け出しの部類に入る。
教え方は下手だが若くて美人ということで男子からは割りと人気が高い。
ただ、提出物関連に関してうるさい・なんかねちっこい・色っぽさが足りないなどの否定的な意見もある。
俺は後者のほう。
あんまり好きじゃないな。
「日本に対して講和……、なぜ栗山さんが突然そんなことを言い出すのかかしらね。彼女は今回の戦争でも私たちを応援してくれていたはずでしょ?」
彼女は隣りに控えていた自分のアシスタントに手紙を渡す。
それには要約するとオーストラリアはこれまで十分に戦った、ここら辺りで日本と講和をしたほうが良い、そのためにニュージーランドが仲裁をしましょうということが書いてあった。
「日本から何か働きかけがあったのでは……?もともと栗山様はあちらと仲が良かったと聞き及んでおりますが」
手紙を読みながらアシスタントは答える。
「そうかもしれないわね。なくてもここ最近あれだけ負ければ心配してくれるのも分かるけど」
同様に側に控えていた海軍のハワード中将に嫌味を言う。
「はっ。申し訳ございません」
彼はそれ以上言葉は続けなかった。
本来なら次は勝って女王陛下をご安心させます、とでも言うがもはや次がないのだ。
こないだのニューブリテン沖の悲劇、つまりビスマルク沖海戦で海軍は壊滅しており駆逐艦が10隻弱残るのみなのである。
ある程度工業は育っているオーストラリアだが、造船技術はまだそんなに育ってはおらず巡洋艦以上の艦艇は建造できない。
駆逐艦だって今も建造してはいるが本当に細々としたもので、ペースも非常に遅く戦争が始まって2年も経つのに完成艦はわずかに4隻のみである。
「陛下、私の意見を述べさせていただいてよろしいでしょうか?」
アシスタントが一歩前に進み出て言う。
「いいわよ?どうしたの急にかしこまっちゃって」
そう笑いかけるがアシスタントの子は笑わない。
「陛下、私はそろそろ潮時だと思います。我が国とともに参戦したほかの3カ国はすでに日本に対し降伏または講和条約を締結しました。残るは我が国のみです。しかし我が海軍はすでにほとんどの艦艇が海の底……、もはや日本軍を止めることはできません。もちろん内地戦を行えば勝てるかもしれませんが、多数の国民を巻き込んでの悲惨な戦闘になります。それに我が国は今まで堅実に経済成長を続けてきました。ここで内地戦になればたとえ勝ったとしてそれらの大半は失うことになります。これ以上戦争を続けても我が国の利益になりません。是非講和をしてください、お願いします」
この発言はかなり勇気のいるものだろう。
となりには軍人がいるし、まだ誰も講和しようと言い出せないこのときに言うのだ。
下手すれば殺されるかもしれない。
「貴様、我が軍を愚弄するか……!我が軍は日本軍になど負けはしない。海軍は不甲斐ない戦いをしおったが陸軍は違う。奴らにこの神聖なる帝国の土は踏ません。断固としてな」
ハワード中将のとなりにいた陸軍のウィルソン中将が色をなす。
まぁ、どこの国でも海軍よりは陸軍にこういうキャラが多いらしい。
「ウィルソン殿、陛下の御前ですぞ。言葉に気をつけられた方がよろしいかと」
ハワード中将がたしなめる。
彼も心のうちでは講和しろ、と思っているのだ。
もちろん思ってるだけで声には出せないが。
「陸軍もすでにニューブリテン島で敗退したではありませんか。しかも数は相手のほうが少し少なかったと聞いております。にもかかわらず負けたということはやはり相手は我が国より強いということではないのですか?第一制海権がない今、敵はどこから上陸してくるかわかりません。どうやって防ぐというのですか?それに今回ニュージーランドからの講和の斡旋は日本が後ろで必ず絡んでいます。そしてこれを逃せば日本軍は本気でオーストラリアに攻め込んでくるはず……、今ならまだ講和の際の条件も軽くできます。講和のチャンスは今しかないのです」
アシスタントが反撃する。
これにウィルソン中将は殴りかかりそうな勢いで反論をしようとしたが矢木に止められた。
「はいはい、そこまで。明日の朝に御前会議を開いてみんなの意見を聞くわ。2人でいがみあってもしょうがないでしょ?」
2人は素直に引き下がる。
彼女はそう言って自室へと戻った。
ふぅ……。
自然とため息が出る。
生徒相手に負けるとは思わなかった。
確かに少々相手の国は大きい。
しかしこちらは4カ国が束になってあたったのだ。
そう簡単に負けるはずが……。
彼女はそう思ったが実際のところ戦力を単純に比較すればどちらが有利かは明白だったはず。
それに生徒相手といっても実際に戦いを指揮しているのは軍人なわけで生徒ではない。
実際教師・生徒など関係はないのだ。
まぁ、生徒の国に負けるというのは教師側としてみれば屈辱ではあるだろうが…。
「どうしようか……」
このまま戦ってもクー(アシスタントの名前)の言うとおり勝ち目はないだろう。
しかし負けを認めたくはない。
生徒に屈するのは嫌だ。
けど単なる自分の意地で周りを巻き込んでいいのか……?
「もうやーめた」
彼女はそう呟いて全ての思考をとめた。
明日会議をやるんだからそこでみんなと考えればいい。
しかしそう簡単に思考が止められるはずもなく、結局その日一日中悩み続けることになる。
そして翌日、陸海軍及び政府官僚を集めた御前会議が行われた。
ご意見・ご感想お待ちしております。
今回の名言↓
「戦略において本当に大切なことは、第一に敵軍を撃破することであり、ついで敵国民を苦しめて、政治指導者に対し戦争をやめるよう圧力をかけさせることである」
―フィリッピ・H・シェリダン
補足:ただしこれはその後間違いとされ、敵軍を撃破して敵の政治権力者を国民から切り離すことが効果的であるとされているらしいです。