第36話 アンダマン事件
1915年2月26日深夜のこと。
潜水艦「呂ー25」はアンダマン諸島の西方約300キロの海上を航行中であった。
同艦はインド洋での通商破壊戦のため出撃したのだが、二国艦隊が行方不明になったためその捜索命令を受けている。
春日艦長は艦橋で当直の兵とともに望遠鏡を覗き敵艦隊の捜索を行っていた。
もし敵がカルカッタを目指しているのなら今日明日にはこのあたりを通るはず、そろそろ出会ってもいい頃だ、彼はそう考えておりそれは見事に的中する。
「艦長!左舷前方に敵艦らしきものを発見しました。距離は約30キロ、ゆっくりとこちらへ向かってきます」
見張り員が望遠鏡を覗く方向を彼も覗くと確かに10隻以上の艦艇がこちらへ向かって進んでいるのが見える。
月が明るくて本当に良かった。
「よくやった。それじゃこれから潜航して……」
彼は艦内へ戻ろうとしたが別のほうを監視していた見張り員が呼び止める。
「艦長!右舷約40キロにも艦影らしきものがあります」
彼は驚いてその方向を見る。
しかし間違いない、こちらにも10隻以上の艦影があった。
「どういうことだ?なぜ二つも艦隊が……。まさかインド艦隊か?」
驚くべき偶然だが考えられないこともない。
「急速潜航!総員戦闘配備!」
彼はもう一度敵艦を一瞥すると艦内へと入っていった。
それから数時間後、最初に発見した南から北上してくる艦隊を攻撃することにした「呂ー25」は雷撃体勢を整えていた。
攻撃目標は先頭を進む敵大型巡洋艦。
「前部魚雷発射管、発射用意よし」
伝声管から水雷長の緊張した声が響く。
「敵艦の動き変わらりません。距離1000メートル」
順調順調、あと1分後には射点へ獲物は自ら飛び込む。
あとはよく引き絞って矢を射るだけである。
長い1分が過ぎていく、そして……、
「1番、撃ぇ!」
圧搾空気により艦から放たれた魚雷は敵艦へ真っ直ぐ向かう。
続いて一拍遅れて撃ちだした二本目の魚雷も後をついていく。
艦全員が当たれ、当たれと祈る。
数十秒後、爆発音が響き渡った。
「魚雷命中と認む!」
聴音の報告を待つまでもなく艦全体に喜びを爆発させた声が響く。
敵艦はどうやら轟沈したようだ、すさまじい爆発音が響く。
しばらくして「呂ー25」内の爆発音は消えたが一向に静かにならなかった。
「聴音、あれは何の音だ?艦砲の射撃音のようだが……」
春日少佐は不思議に思いたずねた。
上の方から大砲を撃つような音がたくさん聞こえてくる。
潜水艦に向けて大砲を撃つ馬鹿はいない。
だったら一体何を狙っているのか。
彼は聴音の報告を待つ。
「えぇ、艦砲の発射音に間違いありません。砲弾が水に着弾する音も聞こえます」
そう答えた水兵も不思議そうな声を出す。
「まさか撃ちあいしてんじゃないだろうな……」
まさかとは思うが今の攻撃で敵は味方同士で撃ちあいを始めているのではないか。
彼はそう思うがいくらなんでもそれはお粗末すぎる。
しかしこの海域に味方艦隊が……?
そんなわけはない。
堂々巡りの思考が続く。
その間も海上では何かに向け必死に撃っている音がこだましている。
「よし、潜望鏡深度まで上がれ。少々危険だがあれが何か分からん。それによってはこれから取る行動も変わってくる」
春日艦長は思い切って見てみることにした。
敵がこちらに向かってくる様子もないし何よりあの音は気になる。
艦は後ろに傾き、だんだんと海面が近くなる。
「潜望鏡上げ」
すっと潜望鏡が上がっていく。
潜望鏡が水を切る。
そしてそこで見たものは……、
「何やってんだか……」
春日艦長は呆れた。
想像は見事に的中、インド艦隊とインドネシア艦隊がお互いを攻撃している。
まだ命中弾は出ていないようで火災が起こっている様子もないがとりあえず言えるのは両方ともアホだということだ。
どっちか気付けよ……、彼はそう思いつつも次の敵艦を狙うため魚雷の再装填を命じた。
その頃海の上ではお互い相手は日本艦隊だと思い必至に戦っていた。
インドネシア艦隊からすれば自分たちの北上を防ぐためマラッカ海峡方面から出てきた日本艦隊、インド艦隊からすればインド洋へ出て通商破壊か都市襲撃を企てる日本艦隊。
意思疎通が上手く出来ていなく、お互い味方艦隊がこの海域にいるとは思わなかったのだ。
情報伝達ミス、初歩中の初歩のことである。
特に複数の国家がまとまって戦争をしているのだ。
連絡・報告・相談、これらは必須事項である。
その後も撃ちあいを続けていたが2,30分後、再びインドネシア艦隊に魚雷が迫る。
疑心暗鬼となっている彼らは本物の敵潜水艦がいるなんて全く思っておらず、この魚雷は気付いた時には元2番艦の装甲巡洋艦「マカッサル」の舷側を突き破っていた。
その爆発により副砲が誘爆、大火災が起こる。
それから数分後、その後ろを行っていた装甲巡洋艦「バリクパパン」にも大きな水柱が立つ。
インドネシア艦隊は大混乱に陥った。
これにもっと驚いたのはインド艦隊である。
命中弾がないのに突如敵艦が大爆発、一体どうしたのかと考えているうちに見張り員がとんでもないことを言ってきた。
「か、艦長!今炎上しているのはインドネシア海軍艦艇です!艦尾にインドネシアの旗が掲げられています!」
インド艦隊旗艦の艦橋は文字通り凍りついた。
「撃ち方やめ!全艦に通達、すぐさま砲撃を中止せよ。我々が撃っていたのは友軍だとな。インドネシア艦隊にも発滅信号を送れ!我インド海軍装甲巡洋艦『セイロン』なり、砲撃を中止されたし!」
事態に気付くのが遅かった。
すでに魚雷を受けた装甲巡洋艦2隻はかなりの大傾斜で沈没寸前。
さらに砲撃で命中弾を受けた艦艇もお互いにいくつかいる。
しかもこれを引き起こした当事者には結局気付かず、「呂ー25」は悠々と戦線を離脱した。
二つの艦隊が混乱から完全に立ち直ったのは翌朝のことである。
水兵達はお互いの所属を確認しようやく安心できた。
今回の原因は「呂ー25」による攻撃を前方の艦隊からの攻撃と勘違いしたこと。
日本艦隊の襲撃を受けるという噂が艦隊中に広まっていたことも手伝い、目の前の艦隊が発砲していなにも関わらず撃たれたような気分になってしまていたのだ。
また、潜水艦「呂ー25」は装甲巡洋艦3隻を立て続けに沈めるという大戦果を挙げシンガポールへ帰還した。
この功績により春日少佐には勲章が授与され、「呂ー25」の水兵全員にも特別ボーナスが支給される。
これにより潜水艦は大型艦が撃沈可能なことが立証され、潜水艦万能論はさらに高まりを見せる。
なんとかしないといけないが……。
ここ最近他の作者様の小説にはまってしまいなかなか自分の執筆が進みません…。ここ1,2週間はほとんど前に書き溜めておいたのをアップしただけで執筆はわずか…。そろそろ気合入れなおして書こうと思います。
今回の名言↓
「軍人にとって、眠っている敵を打撃することは自慢にならない。それは単に打撃されたものの恥に過ぎない」
ー山本五十六