第35話 空振り その2
「どうやったって勝ち目なんかない」
二国艦隊総司令ギブソン大将は心の中でつぶやいた。
参謀らは目下論戦中。
迎撃のため出撃すべしとするグループと勝ち目の無い戦いをするより撤退して戦力を温存すべしというグループが激しい論争を繰り広げていた。
彼自身はさっさと逃げたい。
実際あれだけの兵力差を埋める戦法は思いつかないし無益に将兵を殺すのは忍びない。
しかし、ここジャカルタはインドネシアの首都である。
ここから逃げるということはインドネシアを見捨てて逃げると言うことだ。
そんなことは軍人としてするべきことではない……。
しかし彼は時間の経過とともに撤退へと傾いていく。
議論もその方向へと行っていた。
戦争全体のことを考えればここで艦隊を失うわけにはいかないのだ。
もし日本軍と戦い艦隊が全滅した場合もはや日本軍を防ぐものはなくなる。
インドネシア全島は日本軍の手に落ち、オーストアリア本土ですら直接攻撃を受けるようになるだろう。
もちろんインドネシア側の参謀は猛反対である。
国を見捨てて行ける訳がない。
あくまでここで祖国のため戦うべしと言う。
5時間にも及んだ会議で彼は最終的に撤退を命令する。
もちろんただ撤退するだけではインドネシア軍は納得しない。
そこで彼はインド洋と太平洋に艦隊を分け通商破壊戦を行うとした。
どっちにしろ逃げることには変わらないがただ逃げるというよりはこう言った方がまだ聞こえはいい。
インドネシア軍参謀は渋々ながら従った。
インドネシア艦隊はインド洋へ出てカルカッタへ向かいそこでインド艦隊と合流、それから通商破壊戦に出ることにしオーストラリア艦隊はポートモレスビーへ向かうことが決定。
翌日両艦隊は出撃しそれぞれの方向へ進んでいく。
もちろん港付近に配備されていた日本の潜水艦がこれを発見、艦隊へ通報する。
日本艦隊では当然こっちへ向かってくるものと思った。
まだ約500キロ離れたブレトン島付近に日本艦隊はいるが明日にはぶつかる。
そのため前衛に対し警戒を強めるよう指示を出す。
そしてその日の夜は日本艦隊には緊張した空気が漂う。
兵力の少ない艦隊がやること、それは夜襲などの奇襲であることが多い。
恐ろしいほど劣っている以上正面からぶつかってくることはまずない。
昨年のタイ艦隊は突っ込んできたがあれは例外だ。
しかし、というより当然敵の奇襲はなかった。
翌日潜水艦から入った情報を聞いて日本艦隊は愕然とする。
敵艦隊はスンダ海峡を抜けインド洋へ出たというのだ。
連合艦隊司令長官山下源太郎大将は旗艦「美作」で怒りを爆発させた。
「潜水艦部隊は夜盲症ぞろいか!水の中に潜ってばっかいるからモグラみたいな目になってるんじゃないのか!?」
もっとも潜水艦部隊はスンダ海峡に敷設された機雷原突破に時間がかかってしまったためで彼らに非はない。
第一連合艦隊は敵艦隊が逃げると言うことを全く思っていなかったのだ。
何人かそういう意見を言う参謀もいたが、逃げるならもっと早く逃げているだろうと全く相手にされなかった。
圧倒的に連合艦隊司令部の責任のほうが大きい。
そんなこんなで今度は日本軍が空振ってしまった。
その腹いせもありジャカルタ港は酷い目にあう。
まず朝から昼まで日本軍機がかわるがわるやってきては爆弾を放り投げて帰る。
かと思えば昼からは戦艦が沖合いに現れ、空襲ですでにほとんどが破壊されていた軍港に砲弾を浴びせた。
砲撃は3時間ほど続いた。
そしてその後軍港は昨日を停止した、というよりそこに何があったのか分からなくなっている。
とりえあず目に付く建物全てが破壊され、クレーンはもちろん桟橋までもが一つ残さず破壊された。
しかし港の惨状にも関わらず例によって市街地は無傷である。
この攻撃にジャカルタ市民はひどくショックを受けた。
首都が直接艦砲射撃の的となるなんてもはやインドネシアは終わりだ、と。
そして次第にそれは怒りとなり攻撃を防げなかった陸海軍への批判が始まる。
それを助長したのがあれ以降毎日飛んでくるようになった日本軍機である。
沖合いに常に水上機母艦1隻と1個水雷戦隊がおり毎日飛行機をジャカルタ上空に飛ばすようになったのだ。
明らかな嫌がらせである。
首都の制空権も今のインドネシアにはない、ということを知らしめてやるためだ。
これによりインドネシア国民の厭戦ムードは高まっていっていくがインドネシア政府はあくまで交戦を続ける構えを崩さない。
そこで圧力をかけるためスマトラ島への上陸作戦の計画が始まる。
インドネシア方面軍のうち第4軍が侵攻部隊となるが、シンガポールの基地機能回復を待ってからということなのであと1ヶ月くらい先になるはずだ。
そして離脱した艦隊のその後だが、インドネシア艦隊は北上中思わぬ敵と会うことになる。
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今回の名言↓
「落雷を受けるよりは、砲撃される方がましだというのは、戦いの原則である。――勝敗は兵家の常であるが、奇襲を受けることは絶対に許されない」
ーナポレオン・ボナパルド