第30話 救出不可
「輸送船『ダッカ』より信号、機関故障です」
信号兵からの報告を聞きインド艦隊司令アジャンター中将はため息を抑えきれなかった。
「これで4隻目か……。大方怖くなって逃げ出すための口実だろうが、単独でいた方がもっと危ないというのに……」
もっとも、艦隊にいても変わらないがな……。
彼は内心そう付け加えた。
昨夜は一晩中敵潜水艦の攻撃を受け、すでに駆逐艦1隻と輸送船7隻が沈没している。
また前述の通り逃げ出した輸送船が4隻、そして沈没艦の乗員を乗せて駆逐艦1隻と護衛艦2隻がカルカッタへ一時退避した。
駆逐艦は翌日の日没までには合流すると言ってきているが、護衛艦は旧式で速力が出ないためそのまま戻らない。
こうして着実に戦力をすり減らしているインド艦隊。
果たして何隻が無事にラングーンに着き、またカルカッタまで戻ることが出来るか、それを考えると彼は頭が痛くて仕方がなかった。
「見張り指揮所より第1艦橋へ!左舷後方、潜望鏡らしきもの発見!」
伝声管から声が響く。
「真昼間から潜望鏡出されるなんてよほどなめられてんだな。駆逐隊1つを差し向けておけ」
彼はついついぼやいてしまった。
艦橋から艦隊に目をやると4隻の駆逐艦が陣形から離れ敵潜水艦がいるあたりへ向かっていく。
しばらくすると爆雷による水柱が盛大に上がり始めたが、その派手な見た目に合わず効果は薄い。
場所がほとんどつかめないのだ。
聴音機は一応積んではいるが潮流音等に邪魔され敵艦を捉えることはまれである。
今回はちゃんと掴んだようだがそれも一時のものだろう。
爆雷を落とせばその音でかき消されてしまう。
一度失探すれば二度目は難しい。
今の攻撃で敵艦が沈んだのを祈るのみである。
その後は何事もなく夕方を迎えた。
「さて、今日は何隻生き残れるか……。損害次第では撤退も考えないとな……」
彼は水平線に沈み行く太陽を見ながらそうこぼす。
結局、彼は撤退を決意せざるを得なくなる。
その日の攻撃は激しく、潜水艦15隻が船団に入れ替わり立ち替わり攻撃をしかけてきた。
まず午後10時頃輸送船3隻が雷撃を受け沈没。
その潜水艦を攻撃に向かった駆逐艦4隻が逆に別の潜水艦の攻撃で2隻を沈められる。
午後11時30分頃、また輸送船1隻が爆沈。
午後2時前後が攻撃のピークで1時間の間に二等巡洋艦が2隻、駆逐艦は3隻、さらに護衛艦2隻に輸送船3隻が沈められた。
これだけごっそりと護衛艦艇を失えばもはやどうしようもない。
彼は司令部に対し撤退許可を求めた。
ところが司令部からの反応は冷たいもので、撤退など言語道断、なんとしてもラングーンの部隊を救出せよと言ってきた。
彼はその返電を読み、落胆と同時に腹をくくる。
「反転180度、本艦隊はカルカッタへ帰投する」
艦長は驚き、命令違反だと中将に再考を求める。
しかし彼の決断は固かった。
司令部が拒絶するのは分かっていたのだ。
「これ以上進んだところで損害が増すだけだ。たとえラングーンに着いたとしても帰りはどうする?何隻が無事に帰れるというんだ。陸軍の兵士を海の上で殺すわけにはいかないし、諸君らの命も大切だ。責任は自分が取る。退却せよ!」
こうして艦隊は反転、2日後早朝にカルカッタへ帰港した。
帰港するまでにさらに駆逐艦と護衛艦を1隻づつ、輸送船は8隻も沈められたがあのまま進んでいれば壊滅していたかもしれない。
それにラングーンへたどり着いても空襲で港湾施設は大打撃を受けているし、入港と同時に敵航空隊の波状攻撃を受け、輸送船は1隻残らず海の底に送られただろう。
この戦いでの損害を比較すると……、
日本軍
沈没 潜水艦 2隻
損傷 潜水艦 1隻
インド軍
沈没 二等巡洋艦 2隻 駆逐艦 7隻 護衛艦 3隻 輸送船 14隻
潜水艦の攻撃で、しかも輸送船団を組んでいてこれだけの損害というのははっきり言って異常だろう。
これはインド軍の対潜戦術・対潜兵器がいかにお粗末だったかを如実に示している。
第一70隻を越える輸送船に対し、護衛艦が35隻とわずか半分しかついていないのはどう考えてもおかしい。
これだけの損害で済んだのは(これでも多すぎるが)日本潜水艦の攻撃があくまで個々によるものだったからである。
もし後の群狼戦法のような組織的攻撃を受けていたら目も当てられない惨状になっていたに違いない。
ただ大勝利の日本軍で問題なのがこの件で潜水艦の威力を過大に評価する将官が出始めたことだ。
航空機万能論ならぬ潜水艦万能論が出ており、海軍に少し広まりつつあり戦艦乗りらとの対立も始まっているとの報告もある。
潜水艦が海軍の主力となるのは第2次大戦後の話で、今の潜水艦にその力はない。
どこかで手綱を締めてやらないといけないな。
ところでアジャンター中将のその後だが軍法会議でインド海軍を糾弾し、上官をも名指しで非難した。
このため会議は大荒れとなり収拾がつかなくなったため処分は後日と言うことで一時閉会。
そして処分を待っている間に彼は自決する。
軍を非難し、上官を罵倒した彼はいずれにせよ銃殺刑かそれに近い刑を喰らうのは確実、それに言うべきことはみな言った。
もうこれで思い残すこともない、自分の役目は終わったと遺書に書かれていたそうだ。
そして同じ日、ラングーン守備隊は抵抗を諦め投降した。
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今回の名言↓
「軍事行動の芸術といわれる戦闘の大部分は、優れた機動が勝利の主要な要因であった。そして、このような戦闘によって、名将が誕生した」
ーチャーチル