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第29話 狼の群れ



11月24日深夜、インド海軍装甲巡洋艦「カルカッタ」の見張り員のある若い水兵は当直のため見張り台にいた。

他にも数名が同じようにここにおり、それぞれ別の方を見ている。

月の明るい夜だ。

前後左右にいる僚艦の姿が月明かりに浮かび上がりなんともいえない美しさがある。

静かないい夜だなと思いつつ見張りを続けていた。


初めての実戦となるこの出撃、少しまだ緊張はしているが出港時に比べればなんのことはない。

軍楽隊の音楽とともに艦が港を出て行くときはちゃんとここに帰ってこられるのかなと不安で一杯だった。

しかし、任務の内容をよく聞いてみれば陸軍の救出、しかも敵艦隊が出て来る可能性はゼロ。

敵の航空機や潜水艦が出て来る可能性があるからしっかり見張れと見張り長が言っていたが、彼は大きな海戦は起こらないと分かり残念のような、でも少し安心したような気持ちになった。

彼は大丈夫、大した任務じゃない、訓練どおりやれば全く問題はないと自分に言い聞かせ見張りに集中する。



1時間後、当直の交代時間となり彼が見張り台から降りている時、唐突に彼初めての実戦が始まった。

突如爆発音が静かな空気を破り炎が夜空を赤く染める。


「見張り所より艦橋へ!艦隊後部の輸送船1隻が爆発炎上、あぁ、さらにもう1隻に爆発が起こりました。敵潜水艦による攻撃と思われます!」


見張り所から先輩の水兵の声が聞こえた。

彼は急いでラッタルを駆け上がり見張り台に戻る。

戻って艦尾の方を見ると数隻の輸送船が燃えているのが見えた。

さらにもう1隻に爆発が起き、それを伝えようとした瞬間大爆発を起こし海上から姿を消す。


「輸送船1隻爆沈!」


伝声管へ叫ぶ。


「これはエライことになっちまった…」


先輩がそうこぼすのが聞こえた。

彼は不安がふつふつと沸いてくるの感じた。




「前部魚雷発射管室!次発装填はまだか?」


潜水艦「呂ー25」艦長春日篤少佐は伝声管へ叫んだ。


「あと3分、いや5分下さい!」


伝声管の向こうからは微かだが重たい魚雷と格闘する水兵たちの掛け声が聞こえる。

この時代装填は人力みたいなものだ、仕方ないと思いつつもいらだってくる。


「聴音!敵艦隊に動きは?」


ヘッドホンをつけた水兵が振り返って、


「特に大きな動きはありません。敵艦がこちらに向かうような気配も全く感じられません。どうやらまだ混乱しているようです」


春日少佐は腕を組む。

予想以上に敵の反撃が遅い。

深夜突然攻撃を受けたとしても魚雷を喰らえば大体どこにいるか分かるはずだ。

そうしたら駆逐艦がそのあたり一体を嗅ぎまわり、スクリュー音を見つければすぐさま爆雷を降らせてくるはずなのだが、敵は一向に向かってくる気配がない。

そのため離脱せずにもう一度攻撃をかけようとしているのだ。


「潜望鏡深度まで上昇」


彼は疑問を解決するべく自分の目で確かめることにした。

1分後、水面に出した潜望鏡は炎上する敵艦を映し出す。

近くには停止した船がいるようだ。

被雷した様子はなく、どうやら炎上する艦の乗員の救助をしているらしい。


「おいおい、のん気なもんだな。この状況で止まるか?普通……」


彼はつぶやく。

いくらなんでも不用心すぎる。

しかもその艦は駆逐艦、溺者救助も結構だがお前の任務は俺らを探すことじゃないのか?

彼は内心敵の行動の不味さに舌打ちをする。


「魚雷発射管室より報告、魚雷発射用意完了。いつでもいけます」


伝声管から声が響く。


「取り舵10度、速力は5ノットまで増速。停止中の敵駆逐艦を狙う」


彼はなんとなく気が乗らなかったが、狩り易いものから狩るのが当然なのでそれを狙う。

先ほど潜望鏡を上げても全く気付いた様子はない。

卑怯だとは思うがそもそも潜水艦自体がそうともいえるので気にしてはいられない。


「艦長!接近してくるスクリュー音があります。3,4…、5隻です。距離8500」


聴音からの報告が入る。


「攻撃中止。急速潜航、深度80メートル」


操舵手が舵を回す。

艦は前方へと傾き海の底へと向かう。

そしてしばらく沈黙が続く。


「本艦上方を敵艦通過中……、爆雷の投下はありません。敵先頭艦通過」


聴音だけでなくおそらく艦内の全員が聞き耳を立てている。

しかし、敵艦から爆雷が投下される気配はない。


「5番艦通過しました。敵艦遠ざかります」


発令所内にほっとした空気が流れる。


「よし、それじゃひとまず下がろう。まだ魚雷はあるからまた明日あたりに攻撃をかけよう。航海長、敵艦隊の予想針路と本艦の針路をすぐに……」


爆発音が響いた。

全員がギョッとして周りを見回す。


「敵艦隊の方から爆発音です。どうやら別の艦が襲っているようです」


再びみんなが安堵する。


「他の艦も頑張っているようだな。俺達も頑張らないとな」



春日艦長は遠くに響く爆発音を聞きながら翌日の攻撃のことについて先任将校と話を始めた。



結局翌日の攻撃では輸送船3隻にそれぞれ魚雷1本ずつを命中させて撃沈する。


その後も春日少佐は「呂ー25」を率いてインド洋で通商破壊作戦を続け、10万トンを越える輸送船を海の藻屑とし、日本海軍一の潜水艦乗りと評されるようにまでなる。


また、彼は潜水艦史上に残る大戦果を挙げるがそれはまた今度ということで……。

いつになるか分からないけど。





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