はじめてのパーティークエスト
俺の名はダイ。勇者ではないただの冒険者だ。目指してもいない。
十歳の頃、火を吐くウサギに全身を焼かれた。そこらじゅうをうろついている愛玩魔物であり、怒らせなければ子供でも倒せるのだが、虫の居所が悪かったらしく出合頭に火を吐かれた。小さな村だったため高位回復魔法を使える人間がおらず死ぬ寸前だったところを、たまたま通りがかった錬金術師によって焼け爛れた皮膚を何故かヒヒイロカネで置き換えられた。
この世界に於けるヒヒイロカネは柔軟性を持ちながら強い衝撃を受けると硬化する茶色い金属で、俺の身体は歩行等の動作を支障なく行なえる最強の金属鎧と化した。ただ、途中で材料が無くなったという理由で左腕と右脚は彼の皮膚を移植したため、生身である。何故全身に普通の皮膚を移植しなかったのか問い詰めたが、彼は一切の回答を拒んだ。
このような異常な皮膚に加え、頭髪は緑色の髪っぽい何か(これも何なのかは教えてくれなかった)を植えられたため、魔族に間違われる事は日常茶飯事。突然殴りかかって来たガチムチ世紀末ヒャッハー系兄ちゃんは肘から先が吹き飛び、酔っ払いのおっさんにチョコレートと間違われて腕を齧られるという踏んだり蹴ったりの毎日。先日異世界から召喚されたという女の子勇者には指を差されて大笑いされた。阪○電車が何なのかはわからなかったが、間違いなく悪口だろう。つか人を指さすな。
服装に気を遣えば普通の人間に見えなくはないため、その身体を生かして冒険者になった。身体の成長が止まってしまっているため、ドワーフと間違えられたが、こんな貧弱な男ドワーフはいないと言ったらあっさり納得された。こっちはあまり納得がいかなかったが。
まだFランクなので、一人で薬草を集める日々が続いている。ある日ヒヒイロカネを皮膚に変換する薬はないかとギルド職員に尋ねたらすごい顔をされた。こっちの苦労も知らずに…ただ、皮膚をヒヒイロカネに置き換える薬は存在するらしい。世の中思い通りには行かないものだ。
神に呪詛を吐きつつギルドを出ると、三人の冒険者に囲まれた。三人ともニコニコ笑っている。あからさまに怪しい。こういう時は逃げるに限る。
「あ、これから国王に会うんだった」
無難な言葉でその場を乗り切ろうとしたが、ガッチリ腕を捕まれた。くそう。
「やあ、君がダイ君だね?」
線が細く、あまり強そうには見えない。ついでに目も細い。目の代わりに糸が貼り付いてるのかもしれない。
「僕はライ。どこにでもいるただの冒険者さ」
お前みたいな怪しい冒険者がどこにでもいてたまるかと思ったが言わないことにした。この場を穏便に乗り切るためにはそれがベストだろう。
「そうですか。では、死んだばあちゃんと河原で待ち合わせていますので、これで失礼します」
そう言って歩き出そうとしたがやっぱり捕まった。この兄ちゃん結構力あるな。
「まあそう言わずに僕たちの話を聞いてよ。何もしないから」
何もしないと強調されるとますます怪しく聞こえる事に気が付かないのかこいつは。もしかすると俺の身体が目当てかもしれない。振りほどいて逃げるしかないな。そう思って、意表をついてダッシュしようとするが身体が硬直して動かない。ヒヒイロカネの特性だ。つくづく使えない身体だ。人攫いだと叫べば助かるだろうか。
この場をどう乗り切るか思案していると、捕まれていた腕の力が抜けた。
「僕の話を聞いてくれる気になったんだね。嬉しいよ」
そんなわけあるか。だが逃げ出すチャンスはできた。右腕を突き出してケンケンすればこの兄ちゃんを押し倒して突破できるはず。早速実行に移した所、女性冒険者に回り込まれた。こいつら、もしかしてこの街のボスなのか?
「まあまあ。悪い話じゃないのよ。私たちとパーティーを組まない?っていうお話。あ、私はルイ。よろしくね」
ちくしょう。美人にニッコリされたら話を聞くしかないではないか。というか最初からそうしろよ。
「なんですか突然。俺みたいな低ランク冒険者と組んでもお互いメリットがないと思いますが。あと何で俺の名前を知ってるんですか」
「あ、こっちの子はレイ。エルフの子なの」
「ワシの名はレイじゃ。覚えておくとお得なのじゃ」
質問に答えろ。そして何がお得なのか。その言葉を無理矢理飲み込みつつ、レイというエルフの子を見てみた。十歳ぐらいの女の子だが、喋り方は年寄りのそれ。胡散臭い喋り方だが。これが流行りのロリババアという奴だろうか。とりあえず幼女を出しておけば点が貰えるかもという風潮とそれに乗るこのお話の作者に憤りを感じつつも、とにかく気になったことを聞いてみる事にした。どうせスルーされるから問題はないだろう。
「あの…胸は取り換えっこされたんですごはぁ!」
いきなり無言で股間を蹴り上げられた。地雷を全力で踏んだらしい。仕方ないではないか。絶壁美女とロリ巨乳だぞ。何らかの魔術で交換したとしか思えんじゃないか。それにしてもなんて蹴りだ。ヒヒイロカネの身体じゃなかったらもげてたぞ。
「あはは!思ったことをアッサリ口にしちゃいけなゴファア!」
あ、ライも蹴られた。これはもげたな。ざまぁ。笑いを堪えていると、ライは何事もなかったかのように腰のポーチから新品のファウルカップを取り出してへしゃげたファウルカップと交換した。ボコボコになったオリハルコンのファウルカップを見て戦慄した。どんな蹴りだよ。というかオリハルコンのファウルカップとかどんな金の使い方してんだ。だが彼女をパーティーに加えるなら必須アイテムなのか。金のかかる女だ。
「どう?すごい蹴りだろう。いつ喰らってもいいように常時二十個キープしてるんだ」
馬鹿か。ああ馬鹿だ。あれが二十個も入るという事は間違いなくマジックポーチだ。高額なマジックポーチに大量のファウルカップ。貴族か。貴族なのかこいつは。それにしても…
「このファウルカップはでかすぎでは?あんまり見栄をはらない方がいいギャー!」
マジックポーチを押し付けられた途端、雷属性魔法を喰らったような衝撃が走り、その場で蹲る。物理攻撃には滅法強いが魔法には弱いんだぞ。おかげでルイの股間蹴りより強烈だ。うーむ、思ったことをうっかり口にする癖は直さないと死ぬな。
「どうだい。このポーチは強盗対策として、予め充填しておいた魔法を発動させる術式がボタンに刻まれているんだ」
確かに、魔力充填式の魔石を削って作ったと思われるボタンがついている。強盗対策としては有効だな。強引に奪っても開けようとしたらビリビリか。
「本来は上級魔法十回分充填できるんだけど、どっちも昨日使ったばかりでね。今のは一回分だよ」
上級魔法かよ。下手したら死ぬぞ。
「はぁ。十回盗まれても大丈夫って事ですか」
「いや、これは十回分を収束して一気に発動させるタイプだよ」
待て待て。そんなもん喰らったら辺り一面消し飛んで死体も残らんじゃないか。
「後始末しなくていいから便利だよねー」
さらっと怖いこと言うな。
「ただ問題もあってね。僕も開けられないんだ」
馬鹿確定。所有者識別の術式ケチんな。つか強盗対策なら所有者識別術式だけで十分だろ。こいつの金の使い方が理解できん。
「で、そのためにレイを雇ったんだよ」
何の関係があるのか。レイなら開けられるとでも?
「この子は周囲の魔力を根こそぎ奪いとる能力持ちでね。この子に開けてもらうんだ。開ける度に充填し直しだけど」
ただの馬鹿じゃなかった。とんでもない馬鹿だった。どうやらファウルカップを取り出す時レイが近づき、貴族かどうか思案している最中にこっそり再充填していたらしい。こいつは魔法使いか。上級魔法を無詠唱で行使できる程高レベルの。でも馬鹿。充填する暇があったら直接叩き込めよ。ポーチを自慢したいだけか。いつか俺も買って仕返ししてやる。所有者識別術式付きのやつ。
「魔力を根こそぎ奪いとるというのはすごい能力持ちなんですね」
「ふふん、すごいじゃろう。もっと褒めてよいのじゃぞ」
「自分の発動した魔法も吸い上げるから事実上魔法が使えないんだけどね」
くおお。希少なエルフがポーチ開ける係か。どこを褒めればいいんだ。こいつら、なんて残念なパーティーだ。こんなパーティー入ってたまるか。
「素晴らしいパーティーですね。では、俺はこれから天界で草むしりするクエストに行きますのでこれで」
踵を返した瞬間、今度は背後からガッツリ組みつかれた。くそ。こんな無難な理由じゃなくもっとトンデモクエストでっち上げてしらけさせる方がよかったか。
「逃がさないわよ~。やっと理想の子に出会えたんだから」
蹴りだけじゃなかった。とんでもない馬鹿力だ。全身筋肉の塊。それで胸の脂肪もないのか。ぺったんこの胸を押し付けられてもちっとも嬉しくない。ロリエルフは百年後に期待だ。
「全く…俺のどこが理想なんですか。俺を加えなくても三人いればどこでもいけるでしょうに」
「それがそうでもないんだよね。僕は攻撃魔法専門、ルイは近接格闘専門、レイは魔法防御専門でさ」
なるほど、タンクが足りないということか。
「あとは君が肉か…物理防御役をやってくれれば最強パーティー完成というわけさ」
肉壁って言いかけた。確かに役割としては向いてるが肉壁扱いされて素直に入る馬鹿がいるか。
「日当は金貨一枚だよ」
「さあさあ、ぼさっとつっ立ってないでとっとと行きましょう」
俺も馬鹿だった。
「で、最初はどんなクエストを?」
「その前に、あなたの防御能力を再確認したいわ。今度は全力で蹴るから耐えてみてね」
あれが全力じゃないとかふざけんな。化け物じゃねえか。
「お断りします。あれが全力じゃなかったなら次は確実にもげますので」
「はっはっは、君はもう少し自分の能力を信じた方がいいね」
「そうよ。ね?(足の)先っちょ(股間に)ちょっと入れるだけだからぁ」
何がちょっとだ。全力で(蹴りを)捻じ込むって言っただろうが。つか、このネタ通るのか?くっそ…こんな馬鹿共とつるむ羽目になるとは…
「先ほども言いましたが全力でお断り致します。で、どのようなクエストを?先ほど申し上げた通り俺は低ランクですので、まずは立ち回りの確認も兼ねて小手調べ程度のクエストがいいのですが」
「うむ、最近調子こいてる魔王にヤキを入れに行くのじゃ」
「では俺はこの辺で失礼致します。河原で石を積むクエストがありますので」
また捕まった。もうやだ。初めてのパーティークエストが最終決戦て。お花摘みに行くノリで魔王の首を摘みに行くな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
月日は流れ、日当の金貨が三百枚を超えた頃。
レイに抱きつかれて魔力を根こそぎ奪われ、ライのフル充填ポーチ攻撃をまともに受けた挙句ルイの蹴りを散々喰らった魔王は泣きながら土下座。オリハルコンのファウルカップ十枚と引き換えに、二度と人間界に攻め込まない事を約束させた。平和、やっす。まぁ一飜だしそんなもんか。
微妙な取引を眺めながら、俺は部屋の隅でせんべいを食っていた。まぁ採取クエスト限定のFランク冒険者だから派手な戦闘などできっこない。だがしかし。どさくさで採取した魔王の角を納品すれば念願のEランク。受注解禁となる討伐クエストに想いを馳せつつ、次の饅頭に手を伸ばした。
そして…聖剣を手に単身魔王城に乗り込んだ女の子勇者は、全身にファウルカップを纏った魔王を見た瞬間指を差して大爆笑。魔王は二度目の涙を流したという。