消を望みし者
いらっしゃいませ、天つ屋へ。
またいらしてくださったのですね。
どうぞお好きな席へ。
お飲み物はいかがですか?
おや? なんだか浮かない顔をしていますね。
まだ自分が何を求めるのか分からないのですね。
大丈夫ですよ。
飲み物だけでも飲んでいってくださいね。
…そう言っている間に、今日もお客が来たようです。
彼はきっとこの春新しい環境に置かれた大学生。
背の高い青年ですよ。
カランカラン
ね? 僕の予想通りでしょう?
いらっしゃいませ。
お好きな席へお掛けください。
珈琲、それとも紅茶にしますか?
「飲み物は結構だ」
そうですか。失礼致しました。
「ここは…天つ屋は、何でも屋と聞いたんだが」
その通りでございます。
基本、お客さまのお望みは何でも叶えますよ。
何でも売る、というのが専らの仕事でございますが。
ただし…
「ただし、条件があるのだろう。知っている」
はい。決して触れられぬもの、のみです。
それだけがここでの不自由です。
「分かった。俺の欲しいものは、ある能力だ」
能力、ですか…。
「透明になれる能力が欲しい。売れるか?」
はい、可能でございます。
透明になれる能力、ですね。承知致しました。
「本当に噂通りなんだな」
もちろんでございます。
僕はある人に噂を売りましたから、これに間違いがあることはございません。
「いくらで売ってくれるんだ?」
そうですね…。そちらの能力、でしたら玉石ですね。
1000円から200万円までございます。
「何が違うんだ?」
同じですよ。全く違いはございません。
「それなら、1000円のものをいただこう」
はい。1000円でよろしいですね。
少々お待ちくださいね。覚書をしないとすぐに忘れてしまうので。
今、商品をお包みいたします。
その間、何故こちらの商品をお求めになったのかお聞きしてもよろしいでしょうか?
「…いいだろう。
俺は今年、大学生になった。
大学に通うために、今まで住んでいた田舎から上京してきた。
全く新しい景色、全く新しい環境。
友達も出来ず、頼れる人もおらず、ただ無機質に流れる日々。
こんな日々、もう止めたいんだ。
周りは友達ができ始めている。
俺だけが一人だ。
周囲の冷たい目が心に刺さる。
それだけでその場にいることが嫌になるんだ。
だから、俺は自分の意志で姿を消して透明になってしまいたいと考えたんだ」
…なるほど。
自分というものを透明にしたい、と。
いいでしょう。
僕に不可能はございません。
あなたの望み、叶えてみせましょう。
さぁ、どうぞ。
商品を包み終わりました。
中に入っている説明書を良く読んでからご使用ください。
「あぁ、ありがとう」
今この瞬間、あなたは"透明人間の能力"を手にしました。
どうか、あなたの未来がこれによって輝くことを祈っております。
…またのお越しをお待ちしております。
カランカラン
どうなると思いますか?
え? 何を売ったのかって?
それは秘密です。
でも、一つだけ言えるのはこれから面白い事が起こるということでしょうか。
ふふ、焦らしてしまってすみません。
でも、あなたはもうすぐ目にしますよ。
"透明人間の能力"を。