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命を与える少年

昔々、あるところに一人の美しいお姫様がおりました。


真っ白な肌に映える大きな青い瞳。

風の蒼になびくその金色(こんじき)の髪。

まるでこの世に舞い降りた天使のようでした。


姫は皆に愛され、大切に育てられました。


光をとらえて放さないその瞳は多くを語りました。

しかし、彼女の形の良い桃色の唇は何も語ることはありませんでした。


そう、彼女は耳が聞こえず話すことができないのです。


しかし、姫は決して悲観することはありませんでした。

彼女を馬鹿にして笑う者も、可哀想だと同情する者もいなかったからです。

そのため、彼女は自分の生まれ持った運命を呪うことはありませんでした。

むしろ姫としてのこの人生を恵まれたものとして受け入れていました。


それに、彼女は詩を書くことが好きなのです。

だから、伝えたいことがあれば詩にのせて紙に書けばよかったのです。


彼女は来る日も来る日も詩を書き続けました。


少女の感性を繊細に表した詩はどこまでも美しく、

その生命力溢れる詩は人々の心を奪って放しませんでした。

やがて、彼女の詩は国中で評判になり、それを綴った詩集まで出回る次第です。


ある時、その詩集を読んだ一人の少年が恋をしました。

どうしても姫に会いたくて田舎から国の中心、城までやってきたのです。


そして、姫もその少年に一目ぼれをしました。


姫に見初められた少年は城中に一家そろって住むこととなりました。

姫と少年は毎日会って楽しく遊びました。


そんなある日、少年は姫に提案を持ちかけてきました。

それは姫の書いた素晴らしい詩に少年が音楽を付けるというものです。

姫はそれに大賛成でした。


自分の書いた詩に、自分の好きな人が音楽(メロディー)を付けてくれるのです。

これ以上に嬉しい事はありませんでした。


何日も、何週間もかけてやっと歌が完成しました。

その話を聞き、王様は次に開かれる舞踏会で少年に歌の発表をする時間を与えました。


少年は当日まで姫に完成した歌を聞かせることはしませんでした。

彼は姫を驚かせたかったのです。


そして、当日。

姫の詩は言うまでもなく素晴らしかったのですが、

少年の付けた音楽もまた、人々の心を打ったのです。

美しい音楽は()をより一層美しくしました。


その歌を聞いたとき、会場は一気に静まり返り、誰一人として口を開きませんでした。

皆、穏やかな顔になり、涙を流す人もいました。


姫はそれを目にして大変に驚きました。

姫もまたその大きな目から涙を流しました。

少年は姫が感動するのを見て嬉しくなりました。

姫と少年、二人で作り上げたものが皆に認められたのです。


しかし、それから姫は()を書くことはありませんでした。

もし書き始めても途中までしか筆が進まないのです。


()が書けなくなってから姫は日に日に部屋に閉じこもりがちになりました。

少年が顔を見に行ってもいつも眠っているのです。


どうにか姫を元気づける方法はないものかと少年は悩みました。

そして、思い出したのです。あの日の姫の顔を。


そうだ、歌を作ろう。


少年は姫のためを思って必死に詩を書き、音楽に乗せました。

そして、姫が眠るその隣へ座り、最初は小さく、歌い始めました。


早く元気になってほしい。早く前のように遊びたい。

少年は必死に祈りながら歌いました。

いつの間にか目を覚ました姫も詩が書かれた紙を手に、にっこりとほほ笑んでいました。


「とてもすてきなしだわ」


彼女は小さく紙の隅にそう書きました。

少年も彼女の顔を見て安心しました。


しかし、この次の日、彼女は自殺したのです。





どうでしたか?


「どういう意味でしょうか? 彼女は何故、死んでしまったんですか?」


さぁ、今となっては僕にも分かりません。

しかし、一つだけ、彼女の考えた事は分かります。


「考えた事…?」


はい。彼女の詩は素晴らしく美しかった。

しかし、少年の付けた音は言葉を生かすことができた。


紙の上の言葉にも命を与えることができたのです。


「……」


命、とはそういうものです。


「……! あの…」


おっと、すみません。思ったよりも話が短かったようですね。

もう少しお待ちくださいね。


「いや、いいんです。もう、私…やっぱり」


珈琲のおかわりはいかがですか?

今、温めますよ。


「いいえ、結構です。すみません、私、やっぱり買うのやめます」


何をです?


「命、です」


いいんですか? あれだけ欲しがっていたのに。


「はい。もういいんです。珈琲おいしかったです。珈琲代、お支払いします。いくらですか?」


言ったでしょう。その珈琲、無料(ただ)なんです。


「でも…」


何も買われていないので御代は結構です。


「…ありがとうございました」


はい。またのお越しをお待ちしております。



カランカラン



実はこういうお客さん、結構いるんですよ。

本当に買っていかれる方も多くいますけどね。

ふふ、困ったものです。


…今回は命を売ることはありませんでした。

しかし、僕は永久の命を手にする方法を知っています。


気になります?

それはまた今度、じっくりと、ね。


さぁ、お客さま、誠に申し訳ないのですが、本日は閉店の時間となりました。

欲しいものは見つかりましたでしょうか?

もし、見つかったのでしたら、また後日、いらしてください。


と、言ってもいつ開いていて、いつ閉まっているかは僕の気分次第。

誰にも分かりません。


では、またお会いしましょう。

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