いらっしゃいませ
不定期連載していく予定です。
毎話、1500字程度と短めです。
楽しんでいただけたら幸いです。
海の見える町の端、星輝く丘にある小さな店。
目印は、赤い屋根と"天つ屋"と書かれた看板です。
ようこそいらっしゃいませ。天つ屋へ。
初見のお客さまですね。
うちはカウンターしかないんですよ。小さな店ですので。
どうぞ、お好きな席へ。
珈琲にしますか? それとも、紅茶?
値段…? あぁ、御代はいただいておりません。飲み物代は、ね。
だって、あなたはどうしても手に入れたいものがあってここに来たのでしょう?
うちなら他の何処にもないものを売れますよ。特殊な方法があるんです。
ただし、一つだけ、条件があります。
決して触れられぬもの。それしか僕には売ることができないのです。
あなたが手にしたいと願い、触れられぬが故に諦めかけたもの、売ります。
決して高額ではありません。良心的な値段で提供いたしましょう。
さぁ、あなたの望むものは何ですか?
…まだ、何を手にしたいのか自分でも分かっていないようですね。
それとも、欲しいものが多すぎて選ぶことができませんか?
では、自己紹介から始めましょう。
僕は天つ屋のエーテル・エチル。一人でこの店を営んでいます。
ここで毎日、珈琲を淹れてあなたのご来店をお待ちしていますよ。
おや、誰か来たようです。
お客さま、まだお時間はございますか?
他のお客が何を望み、どう手に入れるのか、見ていかれるのはいかがでしょうか。
あなたの欲するものが明確になるかもしれません。
きっと、小さな少女ですよ。年の頃は13…、いや、14でしょう。
長く伸ばした髪は茶色、白い服を着ています。
彼女は珈琲を好むでしょうから、もう淹れてしまいましょうね。
ほら、今この瞬間、彼女は店の戸に手をかけていますよ。
カランカラン
ね? 僕の言った通りでしょう?
ようこそいらっしゃいませ。天つ屋へ。
どうぞ、お好きな席へ。
珈琲か紅茶、どちらがよろしいですか?
「珈琲で」
はい、かしこまりました。
丁度、今入ったばかりなんですよ。
「この店の噂を聞いてきました」
そうでしたか。
では、あなたも何か望むものがあるのですね?
「はい。どれだけでもお支払いします。だから、どうかお願いします」
もちろんです。僕に不可能はありません。
ただし、"触れられぬもの"に限りますが。
「それはちゃんと承知しています」
では、あなたの望みをどうぞ。
「私に、命をください」
命…ですか?
「はい。何でも売れるんでしょ? できるわよね?
お願い、もうどうしようもないの。私の病気、もう治らないんです」
ご安心を。売れないなどとは申しておりません。
在庫はばっちりございます。
しかし、起動まで30分程、お時間をいただきます。
「本当に? 本当に命を?」
そのためにいらしたのでしょう。
「えぇ、もちろんです。ありがとうございます。私…」
いいんですよ。
命、ですね。一つで構いませんか?
覚書だけさせてくださいね。
何がどれだけ売れたのか月末に集計したいので。
「あの…、本当にそんなもの買えるんですか?
何だか不安になってきました」
そんなもの? 命でしょう、あなたの。
お値段は、ざっと計算したところ、28507円税抜きです。
よろしいでしょうか?
「そんなに安くですか?!」
安いですか?
僕はもう少しお求めやすい値段にした方がいいと思うのですが。
ここだけの話、原価が高いんです。
一割は店の利益のために頂いております。
「いいえ、とっても安いです! 是非買わせてください!」
店主の僕が言うのもおかしな話ですが、
こちらの商品、少し気を付けてくださいね。
あなた、ぼったくられているかもしれません。
「どうして?」
だって、考えてみてください。
あなたの今のその命、おいくらですか?
「うーん…。値段なんてありません」
そうでしょう。0円なんです。
ね? 高いでしょ? 本当は無料なのに。
「そうですね…。でも、やっぱり買います。
だって、生きていればそれくらいのお金、すぐに稼げますから」
生きていれば…。
そうですか。では、こちらの書類にご署名を。
命が起動するまで今しばらくお待ちください。
「……はい」
その間、暇つぶしと言ってはなんですが、お話を一つよろしいですか?
最近、面白い話を耳にしたもので。
「…はい、お願いします」
この話は初めて人にするので何だか緊張しますね。
では。30分以内に終わると良いのですが…。