冬の王の旅
あるところにやむことのない雪に覆われた国がありました。そこには冬の王と呼ばれる男が1人だけ。1人ぼっちの王はいつも孤独を、寂しさを感じていました。あるとき王は旅に出ることにしました。それはこの雪に覆われた世界で一緒に暮らしてくれる仲間探しの旅。
旅が始まりまさに王が国から出ようとしたちょうどその時、一人の女性と出会いました。
「これは冬の王ではありませんか。こんな辺境の地にどうしたのですか?」
「少々国を出て旅をしようと思ってな」
「まあそうでございますか。しかしお一人でですか?」
「そうなるな。何せこの国には……私以外に誰もいない」
そう言った王の顔はとても寂しそうなものであった。その寂しさが伝わったのか、女性は王にある提案をした。
「そうでございますか。ならば私も一緒に旅をしてもいいでしょうか?」
「しかし……お前にはお前の都合があるのでは?それにいつまで旅を続けるのかもわからないのだぞ」
「大丈夫でございます。私もちょうど旅がしたくなったところですから。ですから王様は気にすることはございません。それに一人で旅をしてもつまらないではないですか。旅は道連れですよ」
そう言って女は勝手に歩き出す。その姿に王はしばし呆然としていたがあわてて女の後を追いかける。その表情はほんの少し緩んでいたように思う。こうして王は二人で旅をすることとなった。
二人での旅の始まり。二人はまず自分たちのことについて話すことにした。
「そう言えば、お前は私のことを知っているようだが私はお前のことを知らない。私はお前のことをなんと呼べばいいのだ?」
「私が王様を知っているのは王様がは有名だからですよ。それで呼び方でしたね。それならユキと呼んでください」
「そうか。わかったユキ」
「ところで王様はどうして旅をしようと思ったのですか?」
「ああそれはな、私の国に新しく移り住んでくれそうなものたちを探そうと思ってだな」
「つまりは新しい住人探しですね」
「まあそんなところだ」
「でもなぜ今突然?」
「……」
ここで王はしばし言いよどむ。
「王様?」
「…………からだ」
「ええと、今なんておっしゃいましたか?」
「だから!」
王は顔をかすかに赤く染めてその言葉を口にする。
「……さびしいじゃないか。何もないというのは」
「……そうでございますね」
その言葉を最後に二人はしばし黙って歩を進める。
それからしばらくたってからのことである。
「ところで王様?私たちは今どこに向かっているのですか?」
ユキがそう尋ねてみると王様はそれに答える。
「ここからもうしばらく行ったところに春の女王の国があってな、そこにたくさんの花たちがいるところがある。そこに行こうと思っている」
そうしてしばらく歩いていると一面中美しい花たちが咲き誇っている場所に出た。
「きれいですね、王様!」
「そうだな」
そうしてしばし二人で美しい花々を眺めていると不意に後ろのほうから声がした。
「ここで何をなさっているのですか?」
二人は声のした方に振り返るとそこには一人の小さな女の子がいました。
「きれいな花たちだなって見とれていたんです。そういうあなたはどちら様でしょうか?」
ユキがそう女の子に尋ねた。
「これは申し遅れました。私は花の姫です」
「おお。あなたが花の姫でしたか」
それに答えるのは冬の王。
「はい。そういうあなたはもしや冬の王でしょうか?」
「その通りだ」
花の姫の確認に肯定する冬の王。
「それで今日はどういったご用件でここに来られたのでしょうか?ここは春の女王の国です。まさか花を見に来ただけという訳でもないでしょう?」
今度は別の問いを投げかける花の姫。
「ああ。今日は一つ相談があって来た」
「相談ですか?」
「そうだ。実は今私は私の国に新しく住んでくれるものを探して旅をしている」
「はい」
「そこで花の姫に折り入って相談なのだが、どなたか私の国に新しく住んでくれるというものはいないだろうか?」
「……確認しますがそれは冬の王の国にということですよね?」
「それで間違いない」
花の姫はしばし考える素振りを見せた後、冬の王に返答する。
「残念ながら冬の王の国に住めるようなものはここにはいませんね」
それは否定の言葉であった。
「……理由をお聞きしてもいいだろうか?」
「勿論です。まず理由の一つとして冬の王の国が寒すぎる事があります。残念ながら私たちの中にその寒さを生きられるものはおりません」
「……」
「加えて、聞くところによりますと冬の王の国は常に雪で覆われているとか」
「その通りだ」
「寒さもそうですが、雪で覆われたところでは日の光が届きません。しかし私たちは日の光がなければ生きられません」
「……」
「これらの事情から残念ながら冬の王の希望に私たちは答えられません」
「……そうか。残念ながら今回は諦めるとしよう」
こうして、王の最初の交渉は失敗に終わった。それからしばらくした後、王は再び旅を再開することとした。
「……あまり気を落とさないでくださいね、王様」
目に見えてがっかりした感じの王様にユキは思わず声をかける。
「そもそもの話です。そんな簡単に見つかるなら旅に出る必要なんてなかったですよ」
「……ああ、その通りだな」
「それにです。せっかくの旅です。早々に終わってしまってはつまらないではないですか」
そう言うユキは少しいたずらっぽい顔をする。王はこの言葉に一瞬ポカンとする。
「せっかくの旅です。長く楽しみませんと」
「……そうだな」
気落ちしていた王の顔に少し元気が戻る。王は一人で旅をせずによかったなと少し思うのだった。
それから王は二人で旅を続けた。ある時は夏の王の国で動物たちの王に会い、またある時は秋の女王の国で鉱物たちの王に会ったりした。しかしどの国のどのようなものたちに相談しても誰一人冬の王の国に来てくれるものはいなかった。そしてとうとう王は旅を続けることに疲れ、自分の国に帰るのだった。
「……結局誰一人として来てくれるものはいなかったな」
王は悲しみの感情とともにつぶやく。
「……ごめんなさい王様。結局期待させるだけになってしまって」
旅も終わり、国に帰ることになってもこのユキという女は付いて来た。旅の中でユキは何度も王を励まし、次こそはと明るく言い続けた。
「いやユキのせいではない。そもそもユキがいたからこそここまでやってこれたのだから」
この言葉は王の嘘偽りない本心である。実際、王はユキがいなければもっと早く、そしてもっと失意のままに旅をやめていただろう。それを支え続けたのは紛れもなくユキである。
「……」
「……」
一瞬の静寂の後、王はあることをたずねることにする。
「ところで……旅も終わってしまったわけなのだが……ユキはこれからどうするのだ?」
それは旅の終わる少し前から気になっていたこと。
「やはり自分の国に帰ってしまうのか?」
「ええ、そうなりますね」
それにユキはすぐに返答する。
その予想通りの答えに王はよりいっそうさびしさを募らせながらも言う。
「そうか……、お前にはずいぶん世話になったな。国に戻っても元気でいるんだぞ」
「……」
しかしその場で無言のまま動こうとしないユキ。
「どうしたのだ?」
王はそれを不振に思い声をかける。
「本当に……」
「ん?」
「本当にいいんですか?」
「いいとは?」
「本当に帰ってもいいんですか?」
「……」
「……」
そして数秒の間静寂が辺りを包んだ後―。
「……だ」
「?」
「……めだ」
「……」
「だめだ!」
それは王の心からの言葉。
「ユキにはユキの帰るべき場所があるのはわかっている。でも……」
「……」
「それでも一緒にいてほしい。また一人に戻るのは……嫌なんだ」
旅をすることで二人でいるということを知った王。 そしてそれがいつしか当たり前になってしまった王。そんな王はもう昔に戻ることができなかった。いや、昔に戻ることが耐えられなかった。
そしてそんな王に対してユキは―。
「はい。わかりました」
とまったく考えることなく即答するのだった。
「え?」
これにはさすがの王もほうけてしまう。しかしそれは一瞬のことで、すぐにユキに再度聞き返す。
「本当にいいのか?」
「はい」
「本当の本当にか?」
「はい」
「しかし……旅の中で散々わかったと思うがここは外のものが生きていけるような場所ではないのだぞ」
「はい、存じています」
「だったらなぜ……」
「それはですね、王様が心配だからです。それに―」
ここでユキはしばしの間言葉を止める。
「それに私はユキですから」
そして一息ににそういった。
「それはどういう―」
「はい、私は雪ですから」
その繰り返された言葉を王について王は考える。
考える。
考える。
考える。
そして―。
「ああなんだ。そういうことか」
そうつぶやいた。
実際考えれば簡単なことであった。ここはやむことのない雪()・に覆われた国。そこには降り積もる雪以外に何もなく、ただただ冷たい世界が広がるだけ。
「はい、そういうことです」
ユキは王の言葉を肯定する。その顔に微笑を携えて。
「何もないと思っていた。私一人だけだと思っていた。でも違ったな。ただ見えていないだけだった。思い違いをしていただけだった。探そうということを最初からやめていただけだった」
それは王の独白。
「すまなかったな。今までまったく見ようともしなくて」
そして懺悔の言葉。
「では改めて自己紹介をしましょう。私はユキ。雪の姫です」
「そうか。では私からも。私は冬の王。この国の王だ」
こうして王は一人ではなかったことを知った。
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