プロローグ
プロローグ
――――8年前――――
幼い少女は老人に手を引かれながら森の中を走っていた。背後からは人間とも獣とも思えぬ者たちの声が聞こえる。
「もはや・・・ここまでか・・・」
「おじじさま・・」
おじじさまと呼ばれた老人と少女は森の中にいた。その日は少女の7つの誕生日だった。
その日は朝から雨が降っていて、何とも言えないようなどんよりとした天気。
それでも少女は自分の誕生日ということがうれしくて、朝からはしゃいでいた。
そんな幸せが崩れたのは、昼を少し過ぎた午後2時頃だった。
ズドーーンッッ
という、激しい破壊音とともに、大量の魔物たちが老人と少女の住む町に攻めてきた。
町民たちは逃げ惑い、魔法が使えるものは魔物との戦闘に応戦した。
しかし、数が違い過ぎた。
魔物は何万という大群で攻めてきて、少女たち村を襲った。老人と少女の一族は魔法に秀でていると言われているが、やはり多勢に無勢では勝ち目もなく、一刻をまたに間に町は火の海とかし壊滅してしまった。
そんな中、老人は少女の手を引き、森へ入った。二人のことを知っている大人たちは命を張って二人を森まで逃がした。この二人を逃がすためにどれだけ多くの人の命が失われたかわからない。
「エル、よく聞くのじゃ。」
老人はエルと呼んだ少女の肩をつかみ目を合わせた。
「今からお前に空間魔法をかける。先方には話をつけてある。」
老人の瞳が一瞬揺らぐ。エルは不安から老人の手を握った。
「エル、おぬしは特別な子供じゃ。神が愛した娘じゃ。決して魔物の手に落
ちてはならん。たとえどんなに犠牲が出ようとも・・」
老人は町の方に目を向けた。そこにはすでに村は無かった。
「おじじさま・・」
エルはできる力いっぱい老人に抱きついた。
「離れたくないよ・・・おじじさま・・・」
「エル・・・。大丈夫じゃ。おぬしなら必ずその奠を打ち破って
くれると信じておるぞ。」
老人はゆっくりと、でも、確かめるようにエルの頭を撫でた。そして、エル
の両肩を持ち後ろに押す。私はできる限り抵抗した。
「いやっ! イヤッ!」
「エル・・・。エル、わしを見るのじゃ。」
エルは老人のおなかに付けていた顔を少し上げた。
「よいかエル、おぬしにはとても特別な力が眠っておる。その力は7歳の誕生日、つまり今日目覚めるのじゃ。あの魔物は、覚醒したおぬしを狙っておる。」
「でも、私いつもと変わらないよ・・」
エルは老人に言った。
「それはまだ覚醒の儀式を行っておらぬからじゃ。じゃから、今からその儀式を行う。この儀式で、おぬしの眠れる力は一気に覚醒する。覚醒したら、もう止めることはできん。」
老人はエルの目をしっかりと見据える。
「エル、わしが昔渡したペンダントを出してごらん。」
言われるままに、エルは首に下げていたペンダントを外し、老人に手渡す。黒い宝石を金のふちが飾り、黒い宝石を光でかざすと中に赤い模様が浮き上がる特殊で、とてもきれいなペンダントだ。
「このペンダントは、お前の母親がお前に封印をかけた時のものじゃ。」
エルは目を見開く。
「お・・かあさ・ま・・」
エルには母の記憶がない。正確には両親の記憶がない。エルはずっと今話している老人、祖父に育ててもらっていた。
「お前の母はとても素晴らしい魔法師だった。もともと膨大な魔力を持っていたのに加え、魔法のセンスもあった。」
老人はどこか遠くを見ながら語る。今までエルの両親の話をしたことはなかった。
「この世界でおぬしの母の名『ジュリエル』を知らない者はいないほど、お前の母の魔法は素晴らしかった。」
老人は、一息つくとこちらを見た。
「そんな偉大な魔法師はある大陸で魔物討伐中にアクシデントが起きて重傷を負った。何とかその場からは逃げ出せたが。体力も魔力も限界が近かった。洞窟の中で身を潜めていると、魔物たちの声が聞こえた。彼女はもはやここまでだと思ったそうだ。」
初めて知る母親のことにエルは驚いた。
「そこに現れたのが、後に英雄の名を欲しいままにしたお主の父親『ミラン』じゃ。お主の父は遠征からの帰還の途中でお主の母親を発見し、救出したのじゃ。そして二人は恋に落ちた。そして生まれたのがお主じゃエル。」
老人の強い瞳にエルは瞠目する。
「私の、パパとママは・・・」
エルはその先が聴きたかった。何故、その二人は今エルの前に居ないのか。どうして私には二人の記憶がないのか。疑問はたくさんあった。でも、初めて知る事実に何も聞くことができない。
「エル、お主の命を狙っておるのは現国王のクライスじゃ。クライスはエルを利用して大国に戦を仕掛け、最後には魔の森さえも手に入れようと考えておるのじゃ。それを阻止するために、ジュリエルは一時的にエルの力を封印したのじゃ。しかし、それも今日まで。クライスにお主のことが知られた以上ここにはいられない。だから・・・」
老人は押し黙った。そして、そっとエルを抱きしめた。
「最後までエルを守ってやれないことがエルの成長を見られないことが残念じゃ・・・」
そう呟いた。瞬間、エルの体は空に舞い上がった。
「おじじさまぁぁ!」
エルは必死に老人に手を伸ばす。しかし、老人は涙を浮かべるだけで動かない。
「エル、強くなるのじゃ。エルを狙うものに負けぬように、エルの大切な人を守れるように。強く生きるのじゃ!」
老人は体の前で手を組み、呪文を唱える。
「時を司りし神クロノスよ、我が魂と引き換えにこの願いを叶えたまえ。」
老人の呪文が言い終わるとエルの体は発光し始めた。
「さよならじゃ、エル。転移魔法。」
「いやっ!いやぁぁ!おじじさまぁ!!」
必死で手を伸ばすが、それは届かず、儚く空を切る。
次の瞬間にはエルの姿は跡形もなく消えた。
ゴホッッ
咳き込んだと同時に倒れこむ老人。咳き込んだ老人の口からはおびただしい量の血が出る。
「エル・・・強く、強く生きるのじゃ・・・。わしらの・・・クラーン一族の最後の希望。エ・・・ル・・・。」
老人はそこで最後に希望を持った瞳で目を閉じた。




