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商人と山脈  作者: 安藤礼
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第4話


粗末な石畳の上をごとごとと馬車にゆられながら進むエウゲンの目はさっきから見開かれっぱなしだった。となりで手綱を握っていたデューマがくつくつと声を出して笑う。彼が声を出して笑ったことにエウゲンはますます驚いた。


「エウゲン、目、開き過ぎ。落ちる」

「だって素晴らしいじゃないか?見ろよあの景色!」


そう言ってエウゲンが指を指したのは、遠くに見えるいくつもの線を描いてそびえている山脈だった。濃い緑色に染まっている麓が山頂に近づくにつれ柔らかな灰色を帯びた緑になっていき、やがては灰色がかかった白になっていく様子をエウゲンは夢中になって眺めていた。


「山、いつもああ。慣れる」

「慣れる?慣れるだって________?」


アーストライアの岩塩坑の中でも特に大きい入り口の横を通り過ぎたところからエウゲンはずっとこの調子だった。遠くの景色を眺めるのをやめたかと思えば今度は石畳の両脇を縁取る木々や茂み、花々に感嘆する。まるで陶器で作って釉薬をかけたかのようにとろりとした光沢を放つ緑色のかさを持つきのこや、艶やかな紫色の星形の花の何と愛らしいことだろう。


「イレクスではあんなもの、目に出来ないからな。きのこだって乾燥してるし」

「あれ、食べ過ぎると腹壊す。おまけに幻見る」


タラゼドは栗毛の小さな馬に乗り、先導を勤めていた。途中何人かの旅人のグループや馬車の隊列とすれ違うが、その度に先導を勤めているハイエルフ族と会釈を交わす。ハイエルフ族はみな髪が金色だったが、その金色も色合いが赤みが強かったり白に近かったり色々ある様だった。付けている矢筒や服の色も様々な色に富んでいた。エウゲンが彼らを注意深く観察していると、デューマがぼそりとつぶやいた。


「そろそろ寒くなる、服着ろ」

「え、でもこんなにいいお天気なんだぞ?」

「エルネタリア、アーストライアより少し厳しい。服着ろ」


気のせいかデューマの奴、少し饒舌になっているなとエウゲンは考えてから、彼の忠告通りにするべく荷台に移って荷物から毛皮の裏地が付いたマントを二枚、取り出した。一枚はデューマの肩にかけ、もう一枚で自分の身体を包む。着てしばらく経つと汗が噴き出して来た。


「俺使用人。マントいらない」

「僕が着るんだからお前も着ろよ」


本当にマントがいるのかエウゲンはデューマの考えを疑ったが、やがて太陽の光が山々に遮られるようになると汗は瞬く間にひっこみ、寒さが少々足下から登って来た。タラゼドは馬を操ってエウゲンの隣に並び、「国境がもうすぐ見えて来ますよ」と言った。その通り、街道の脇に石造りの建物が一つ立っていて、数人のハイエルフ族が馬車や旅人を調べていた。渋滞にはなっていないところを見るとどうやらその取り調べも簡単なもので済むらしい。エウゲンたちの番が来ると、ハイエルフ族が2人やって来て尋問を始めた。エウゲンは話に聞いていた通り、ハイエルフたちに機嫌良く挨拶をした。


「どうもこんにちは。僕はイレクスの町でささやかな商売を営んでおりますアギアスの息子でエウゲンというものです。これから父の言いつけでエルネタリアへ行くところです」

「荷は何だ、若者よ」

「上物の塩と香辛料と薬草でございます。極めて繊細なものですので、どうぞお手を触れぬようお願いいたします」

「隣にいる男は誰だ」

「僕の店で働いておりますデューマと言う男です。力持ちですが心の優しい男で、虫一匹殺せません」

「ハイエルフ族の案内人はいるか?」


タラゼドが素早くやって来て、ハイエルフ族の尋問役とエウゲンにはわからない言葉で会話を始めた。どうやら尋問役の方が年上らしく、タラゼドの頭を最後、ぽんぽんと撫ぜてからさっきから待ちぼうけを喰らっていた別の旅人のグループのところへ行って尋問を始めた。いささか緊張していた面持ちのタラゼドがふっと肩の力を抜いた。


「彼らの話だと、ここから少し行ったところに広場があって、テントを張って休むことが出来るそうですよ。そこにたどり着いたらそこで一泊しましょう。この調子なら明日の夜にはエルネタリアの商館へ着きます」

「道案内は初めてなんだろ?慣れてるな」

「ねえちゃんと一緒に何度も行き来したんです、僕1人の道案内は初めてだけど道は覚えてます」


その時騒ぎが起きた。脇道から3人ほど慌てた様子の旅人らしき男たちが飛び出して来たのである。その後を追って姿を現したのは2人のハイエルフ族で、2人とも手に弓矢やナイフを持っていた。逃げようとしている男たちにハイエルフ族はあっという間に追いついたが、それでも逃走しようとする彼らの前に国境警備をしていたハイエルフ族たちが立ちふさがった。男たちは脇に手挟んでいた剣を抜こうとして鞘に手をかけたがそれよりも早くあちらこちらから矢が飛んで来て彼らの足下に突き刺さった。エウゲンの隣からも矢が飛んだので見てみれば、いつの間にか弓を手にしているタラゼドがごく満足げな表情をしている。


「あ、ああああ・・・・」


悲鳴を上げる男たちにハイエルフ族の1人が何語かわからない言葉を叫び、それを合図に彼らを追いかけて来たハイエルフ族と国境警備をしていたハイエルフ族が彼らに素早く縄をかけ、石造りの建物の中へと連れ去った。全てはあっという間の出来事だった。


「ちゃんと金を払えばいいのに」


事も無げにタラゼドがさらりとそういい、弓矢を担ぎ直して馬に戻った。呆然としているデューマとエウゲンに出立を促す。


「ほら、早くしないと夜になってしまいますよ」

「あ、はい・・・・・・」


かろうじて答えられたのはエウゲンだけ。デューマがやっと口を開いたのは、広場についてテントを張り始めてからだった。


「エウゲン」

「何だよ」

「俺、虫殺せる」


その言葉にエウゲンは笑い出した。



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