第3話
途中で寄った酒屋でエウゲンはワインを一樽店主から受け取り、デューマに担がせて店まで帰って来た。小振りになったとは言え結局やまなかった雨のおかげでマントはぐっしょりと湿っている。エウゲンは部屋に戻って女中を呼び、暖炉の前にマントを吊るして乾かすよう頼んだ。
「ずいぶんと遅かったな」
「ただいま、兄さん」
ドアが開いて兄のデニスがひょっこりと顔を出した。ベッドの上に怠惰そうに寝転んでいる弟を見て苦笑する。彼もまた彼で一仕事済ませて来たところらしく、手にはインクの染みがあちこちについてしまっていた。
「そんなに大変だったのか?シュヴァイスラント商人との交渉は」
「連中は妥協というものを知らない」
それは言い過ぎだろうとデニスは笑った。アーストライアの人間だって、よく笑ってぺらぺらとおしゃべりはするが肝心なことは何一つ言い出そうとしないし平気で人からぼったくろうとするし狡猾だと言われているのをデニスは知っていたからだ。
本来ならば今日の商談は彼が行くはずだったのだが、父親の命令で急に弟が行くことになったのである。
「そういえば店先にタラゼドが来てたぞ。とうとう成人として認められたらしくてな、新調した矢筒を大喜びで店中に見せびらかしてる」
「タラゼドが?」
塩や香辛料をルキフェニアやエルネタリア等へ売りだし、その代わりアーストライアでは作れないような布製品や採れない鉱石等を買い入れることを主な商売としているアギアスの店は、国境警備や山中案内人を勤めるハイエルフ族に必然的に関わらざるを得ず、結果としてハイエルフ族に何人か「馴染みの顔」が出来ていた。タラゼドは「馴染みの顔」のうちの1人であるハイエルフ族の女性、ケラエノの弟で昔からしょっちゅう姉にくっついては、アギアスの店にやって来ていたのでデニスやエウゲンとも仲が良かった。
「ああ。植物の葉を彫り込んだ見事な革製の矢筒でな、まだ傷一つない新品だ」
「そうか。じゃあ何か祝いをしてやらないとな」
下に降りると茶色に近い金色の髪をした小柄な青年が、ぐるぐると踊る様に回っている。使用人たちがその周りを取り囲んで、仕事を放り出して大笑いしていた。
「いようタラゼド。成人したんだって?」
「あ、エウゲンさんデニスさん。こんにちわ!」
主人の息子二人の姿を目にした使用人たちが、笑うのをやめて慌てて仕事に戻る。ハイエルフ族の青年、タラゼドはにこにこと笑いながらステップを踏むかの様な足取りで二人に歩み寄った。
「どうです?この矢筒にこの服。姉ちゃんのお古なんかじゃないんですよ!」
「そうか、あの黄色い服もなかなか似合ってて可愛かったんだがな」
そうデニスがからかうと、タラゼドはそばかすの散った顔をうっすらと朱に染めて「やめてくださいよう」と応じた。綺麗な顔立ちだが童顔なので笑うと女の子の様に見える。体型も店の使用人たちの間にいると華奢で今にも折れてしまいそうに見えた。エウゲンは頭をくしゃくしゃとなで回してやった。
「何か祝いをやらなくっちゃな、何がいい?」
「あ、大丈夫です!僕もうアギアスさんから頂きましたから!」
嬉しそうに言ったタラゼドの言葉に兄弟たちは顔を見合わせた。父親はハイエルフ族と付き合ってはいるものの、それはあくまで商売上のことであって個人に贈り物をするなどという親密な行為はしたことが無かったからだ。
「そりゃ・・・良かったな。で、何を貰ったんだ?」
「え?まだアギアスさんから聞いてないんですか?」
タラゼドは目を瞬いてエウゲンのことを見た。エウゲンは戸惑いながらも見つめ返す。
「とっくに聞いてると思ったんですけど。僕、貴方と_______」
「エウゲン」
噂をすればなんとやらで、店の主人がゆっくりと3人の会話に割って入った。
「お前にエルネタリアへ行ってもらうことにした」