序
私が四つのとき、父は死んだ。正確に発音することすらできない名の土地で、敵の兵の銃弾を浴びて死んだのだという。骨は無く、帰ってきたのはガラスの割れた分厚い眼鏡と、一枚の戦死を告げる紙。同じように丙種合格だったお隣のおじさんは帰ってきたというのに。
死んだ父の顔を私は知らない。私が生まれたとき、すでに父は赤紙を受けて兵隊にとられていた。写真映りのよくない人だったようで、残されたものは父とはほとんど別人のようだと、皆が口をそろえて言う。
私がそれ以外に知っていることといえば、眼鏡を掛けていて、私と同じ色の白い細面だということ、絵を描くのがとても上手だったということだけである。すべては、母や祖母、近所の大人たちのうわさで知ったことだから本当かどうかは知らない。
絵といえば、約束のことがある。
出征前に、膨れた母の腹をなでて、父は腹の中の私に約束をしたそうだ。
「帰ってきたら、いっしょに絵を描こう。」
不器用にひょろ長い体を折り曲げて、子供の頭をなでるようにそういったのだと言う。
結局その約束は果たされることは無かった。父は死に、幼かった私はその事実を言葉だけで受け止めていた。私が父の死を心から納得できたのは、もっと後のことだ。
あれは五つの年の、お盆だったろうか。赤とんぼが空虚に美しい青空を飛んでいた。影絵のようにくっきりと、地上のものを浮かび上がらせる空を、父は同じように美しいと思ってくれたろうか。