遭遇 3
廊下を歩きながら、ジュリアンがぽつりぽつりとこの場所の説明をし始めた。その時には、もういつものジュリアンに戻っていたので、麻奈は密かにほっと胸を撫で下ろした。しかし、彼の突然の破壊行動の理由を聞くに聞けず、悶々としながら説明を受け続けた。
どうやら、此処ではいつも夕暮れの風景が広がっているらしい。そう言われて窓の外を見ると、地平線すれすれに居座っている、紅く潰れた夕陽が見えた。なぜずっと夕暮れなのか。麻奈が疑問をぶつけると、ジュリアンは自分の腕時計を示した。
「私の推測ですが、此処では時間が狂っているようなのです。私の時計は半永久的に動くものなのですが、此処に来たとたん止まってしまいました。麻奈の時計も止まっているでしょう?」
「そういわれると。でも、私の腕時計が止まったのは此処に連れて来られる前だったはず」
「それはきっと、先ほど此処を通り抜けた時に止まってしまったんですよ。恐らく麻奈が校門をくぐった瞬間、この場所に片足を突っ込んでいたのでしょうね。でなければ、あの時走っていく麻奈を私が見ることは出来なかったはずです」
「そうなの?」
「あの時はまだ此処に完全に囚われる前だったので、易々と抜ける事が出来たようですが、時間の狂っている空間を通った為に、麻奈の時計はそのまま止まってしまったんだと思います。まぁ、それを目印に私は麻奈を追うことが出来たんですけどね」
「でも、狂ってるってどういうこと?」
「うぅ――ん、何と説明すればいいのか……。これはあくまでも私の推測の域を出ないのですが、此処では時間がある程度過ぎると、そこから巻き戻っているようなんです」
「意味が分からないんだけど」
「分かりやすく説明しましょう。以前此処で怪我をした事があるのですが、しばらくするとその怪我は跡形も無く消えてしまいました。自然に完治したとか、そんな事ではありません。文字通り消えたんです。肉体の時間に関して言えば、その出来事は巻き戻っているといえると思います。もっと例を挙げてみましょう。激しい運動をして筋肉痛になったとします。その痛みも此処ではほんのひと時経つと、何も無かったように一瞬で消えてしまうのです」
「そんな事が――」
「あるのです。現に、私は自分でも正確には分らないほど長い間此処に閉じ込められていますが、一度も食事をした事がありません。流石に、美味しいものを食べたいという欲求は募りますが、此処には食べ物が何も無いので我慢するしかありません」
麻奈はあまりのことに絶句してしまった。
ジュリアンは皮肉気に笑って、足元に視線を落とす。
「私達を閉じ込めている誰かは、よっぽど私達を此処に置いておきたいんでしょうね。年を取らせて、そのまま死なせることも、餓死させることも許さないんですから」
「どうしてなのかな?」
「え」
急に足を止めた麻奈に気が付いて、ジュリアンは振り返った。
「こんなおかしな事、普通出来る? ジュリアンの所ではあり得る? 私の世界の科学では絶対無理だよ。こんなにまでして、此処に私達を閉じ込めて、人の形まで変えてしまうなんて……。一体何が目的なんだろう」
麻奈は先ほど会ったサルーンの姿を思い出して身震いした。
彼はあんな姿になってしまって、どれほどショックだったろう。その時のサルーンのことを考えると、麻奈は胸が痛くなるようだ。自分ならば、きっと耐えられないに違いない。
それに、このままずっと帰る事が出来なければ、明日は我が身なのだ。
パシャン。
またどこかで水音が聞こえた気がした。