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遭遇 1

 校舎に入ると、ジュリアンは麻奈の一歩前を歩いて中を案内した。

 不思議な事に、それはジュリアン自身も初めて来る場所を確かめているような、拙い案内の仕方だった。おまけに、此処は学校としてはかなり不思議な造りになっているので、麻奈にはさっぱり理解できなかった。


 玄関にたくさんの下駄箱が並んでいたり、廊下の真ん中に白線が引いてある様子は学校そのままなのだが、廊下の照明が華美なシャンデリアになったり、麻奈の腰の辺りまである高級そうな壷が飾ってあったり、崩れ落ちた瓦礫で通れない階段などがあったりする。なんとも違和感たっぷりの学校だ。


「慣れるまでは常に私と行動して下さい。危険な場所もありますから」


 そう言うと、ジュリアンはひびの入った廊下に転がる瓦礫を器用に避けた。今、ふたりは三階の廊下を歩いているところだった。


「此処はどうして、こんなにわけの分からない造りになってるの」


 麻奈はジュリアンに手を引かれながら瓦礫の山を越えていく。


「私も詳しくは分かりませんが、住人の馴染みの深い場所に建物がどんどん変化していくようです。ちょうど増改築を繰り返しているような感じですかね。だから、住人が増えれば新しいイメージがどんどん追加されてしまい、今ではこのようにおかしな造りになったんです」


「だからこんなに統一感がないのね。でも、誰がそんなことしてるのかな。住人に馴染みの深い場所ってどうやって分かるの?」


「さぁ。それは私にも分かりません。いつの間にか建物の造形が変わってしまいますから。今回も、私が麻奈を迎えに行って帰ってきたらこの形になっていました。どうやら、麻奈が来てから『学校』という要素が加わったようですね。見たところ、今はそれがメインになっています……あぁ、そこ崩れそうなので気をつけて下さい」


 足を乗せた廊下が崩れ始めたのを見て、麻奈は慌てて足をどかせた。二人は天井と壁が吹き飛ばされた様に(えぐ)れている廊下を、蟹歩きで進んでいた。

 まるで、崖の中腹にへばり付いているのかと錯覚するほど危険な廊下。最早そこは廊下と呼べないような道だったが、麻奈は一歩ずつ慎重に足を進めていた。

 ほとんど外に剥き出しのこの廊下は、眺めが無駄に良すぎる。うっかり下を見てしまい、麻奈は血液がすぅっと下がって行くような気がした。

 麻奈は命を懸けた蟹歩きで、ジュリアンの足元だけを見て彼に付いて行った。


「こんな危険な所に何があるの」


「此処で暮らしている人たちを麻奈に紹介しようと思いまして。まずは比較的安全なサルーンの所へ」


 事も無げにそう言うジュリアンを、麻奈は涙目で睨みつける。とりあえず前進するものの、麻奈は自分の指先が徐々に冷えていくのを感じた。その癖、手のひらは汗でじっとりと濡れている。緊張は既にピークに達していた。


「この状況のどこが安全なの? 一歩踏み外したら即死なんだけどっ」


 麻奈の必死の叫びにもジュリアンは全く動じない。


「あぁ、サルーンの所へは此処を通らないと行けないんです。向こうの階段は通れなくなっているでしょう? だからこの廊下を通るしかないんですよ。大丈夫、そのうち慣れますよ。それよりも、本当に注意するべきは此処に暮らす人達の方です」


「え」


「私以外の人間は完全に姿形が変わってしまっています。つまりどういう事かというと――」


 ジュリアンは意味深な間を空ける。


「皆、正気じゃないという事です」


「正気じゃ、ない――」


 麻奈は無意識に生唾を飲み込んだ。ゴクリと大きく鳴る喉に自分で驚く。


「どうしてそんな人たちに会わせようとするの?」


「知らないままでいる方が危険だからです。どんな人物なのか、あらかじめ知っておくほうが後々対処しやすくなります。あぁ、ですがこれから会うサルーンは比較的穏やかな性格なので心配要りませんよ。中には会話すら成立しない人もいますからね。そういう危険な人にはあまり近寄らずに遠巻きに紹介します。それから、悲鳴は上げないで下さいね。悪戯に刺激するのは非常に危険ですから」


 そこまで危険な存在を人と言えるのだろうか。

 喉まで出掛かった言葉は、麻奈の口から発せられる事は無かった。何故なら、脆くなった廊下が麻奈の重みで崩れ、支えを失った彼女の右足ががくんと落ちていたのだ。


「っきゃぁぁぁ!」


 バランスを崩して落下する麻奈。必死に伸ばした手はジュリアンには届かず、空しく宙を掻いた。呆然とするジュリアンの顔。

 落下する視界の中で、麻奈の目はジュリアンの後ろから不意に伸びてきた浅黒い何かを捉えた。

 一瞬の出来事だったが、麻奈には全てがスローモーションのように感じられていた。それは日に焼けたたくましい腕だった。比喩でも何でも無く、突然ジュリアンの後ろから伸びてきた腕が、落下し続ける麻奈の手を間一髪で掴んでいた。

 自分の体重が手首にかかり、衝撃と強い痛みに襲われたが、麻奈は安堵の息をそっと吐き出した。


「そっちの手も寄越せ」


 低い声が上から降ってきて、麻奈は声のした方へと顔を上げた。逆光で黒い影になって見えるが、かなり上の方に人がいる。随分下まで落ちてしまったようだ。

 麻奈は自分を掴んでいる手の長さを不思議に思いながら、もう片方の手も差し出した。すると、同じような腕が上から三本下りてきて、それぞれ麻奈の手と手首をがっちりと掴んだ。

 引き上げられながら、麻奈は奇妙な事に気が付いた。追加で腕が三本伸びてきたのに、上に見える人影は相変わらず一つだけだということに。

 麻奈が静かに鳥肌を立てている間も、合計四本の腕は安定して麻奈の体を引っ張り上げていく。


 徐々に露になる人物を見て、麻奈は何とか悲鳴を喉の奥へと飲み込んだ。悲鳴は危険。さっきジュリアンにそう教わったことを思い出したからだった。

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