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奇妙な迎え 2

 カチャンと鍵が閉まる小さな音が聞こえた。麻奈がはっとして顔を上げると、男は唇の端を上げて麻奈を見下ろしていた。


「ちょっと、それ以上入らないで! 警察を呼びますよ」


 麻奈は携帯を取り出そうとしたが、ポケットに届く前に男の手が素早く伸びてきて、震えるその手を捕らえてしまった。麻奈は恐怖で声も出ない。男は優しく諭すように囁いた。


「怖がらないで下さい。貴女に危害を加えるつもりはありません。ただ、お願いがあるのです。私と一緒に来てください」


 麻奈は首を振った。


「お、お金なら鞄の中にお財布が入ってるから、それを持って行って」


 男も困った顔で首を横に振った。


「お金が欲しい訳ではないのです」


 男が麻奈の耳元に顔を寄せて囁く。


「じゃあ、一体何が目的なの?」


「貴女が必要なんです。残念ですが、今は理由を説明している時間がありません」


「え?」


「貴女も選ばれたのだから」


 麻奈は意味深な言葉に首を捻る。男はそれを無視すると、麻奈の手を強く引いて玄関先へと下りるように促した。


「さぁ、急ぎますよ。靴を履いて下さい」


 麻奈は動揺していたが、ここで下手に騒いでは駄目だと思った。男に片手を掴まれている以上、抵抗しては危険だ。今は大人しく男に従って、外に出てから誰かに助けを求めよう。そう心に決めて、麻奈は実にしおらしく頷く。


 恐る恐る自分のブーツを引き寄せて片足を入れ、もたつきながらもチャックを閉めた。

 屈んだ拍子に男の黒い靴が目に入った。良く磨かれた上品な革靴。だがそれを見た時、やはり何か違和感を覚えた。

 麻奈はそれを見た時、初めは錯覚だと思った。拉致されようとしている異常な精神状態が作る幻、きっとそうに違いない。男の足は皮靴から上の部分が半透明に透けていた。


「透けてる」


 麻奈は思わず口に出てしまった言葉に自分で驚いた。何度瞬きしてみても、男の黒いパンツを通して玄関のタイルがくっきりと見て取れる。恐る恐る男を見上げると、悲しそうな瞳とぶつかった。

 まさか、幽霊?だろうか。


「言っておきますが、幽霊じゃありませんよ」


 麻奈の心を読んだかのように男がため息を吐いた。


「説明は後です。早く、もう時間がありません」


 男に急かされて、麻奈は震えながら片手でブーツのチャックを上げた。もう一本の手は未だ男に掴まれたままなので、酷く履きにくい。男は麻奈が靴を履くのを見届けてから、少しでも距離を保とうとしている麻奈の腰に手を回して抱き寄せた。


「ちょっと」


 抗議の声を上げる麻奈を無視して、男はそのまま部屋へと上がっていった。


「あ、土足」


「すみません。あぁ、この鏡が良さそうですね」


 男は寝室に置いてある姿見の前に立った。


 それは頭の先からつま先まで映すことが出来る大きな鏡で、麻奈が実家から持ってきた物だった。今は恋人のように寄り添う二人が映っていて、その姿はとても誘拐犯とその被害者には見えなかった。

 男は、鼻がくっ付きそうなほど近づいて鏡を覗き込むと、勢い良く振り向いた。


「しっかり私に掴まって、舌を噛まないように気をつけて下さい」


「は?」


 要領を得ない麻奈を置いてけぼりにして、男はそのまま鏡に向かって大きく一歩踏み出した。引きずられるようにして麻奈も続く。

 鏡に激突する衝撃を予想して、麻奈は思わずギュッと目を閉じた。しかし、予想に反して冷たい感触が全身を覆っただけだった。二人はそのまま、まるで水の中へと入って行くように、鏡面を波立たせて鏡の中へと入っていった。

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