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無理難題 6

「此処からだと私の部屋の方が近いですね。一度そこに寄って手当てをしましょう」


 ジュリアンの部屋はサルーンと同じ三階にある。サルーンの部屋はL字型の校舎の長い方の先端部分にあるが、ジュリアンの部屋はその対角である短い部分の先端に位置していた。

 二階にある麻奈の部屋へ行くよりは近くにあるが、それでもここからだと少し距離があった。


 麻奈はふらつく足取りで、ジュリアンに抱えられるようにして歩いた。ゆっくりと歩くだけでも、わき腹はずきずきと痛み、崖を通るときには激痛に耐えながらやっとのことで二人は進んだ。    


 ジュリアンの部屋に近づくにつれて瓦礫の数も減り、赤い絨毯が引かれた廊下に変わっていった。今は明かりが灯っていないが、クリスタルのシャンデリアのような華美な照明が、夕日をきらきらと反射していた。

 手入れの行き届いた廊下を見て、麻奈は安堵のため息を吐いた。ここはもう安全なのだと実感できる。


 どうぞ。と促されてジュリアンの部屋に入ると、そこは麻奈の部屋と良く似た造りになっていた。

 白く上品な床と壁。落ち着いた家具。しかし、ジュリアンの部屋は麻奈の所よりも一部屋多いらしく、部屋の奥には大きな扉が付いていた。どこを見てもベッドが無いので、ベッドルームなのかもしれない。


「そこで休んで下さい。今、救急箱を取ってきます」



 ジュリアンに言われるまま、麻奈は倒れ込むようにソファーに横たわった。ふわふわのソファーに横になると、少し痛みが和らいだ気がした。途端、深いため息が溢れてくる。体に走る鈍い痛みよりも、サルーンに何もしてあげられなかった自分の不甲斐なさに落ち込んでしまう。

 おまけに、リーズガルドとした約束も果たせなかったのだ。これでは、一体何をしにいったのか分らない。ジュリアンに迷惑をかけただけのような気がする。


「ねぇ、ジュリアン。どうしてあの時サルーンさんの部屋に来てくれたの?」


 小さな木箱を持って隣室から出てきたジュリアンは、麻奈に向かってにっこりと微笑んだ。


「勿論、麻奈が危険だと分かったからですよ。さぁ、まずは腕を出して下さい」


 麻奈は横たわったままおとなしく腕を差し出した。


「確かに危ないところだったけど、私が危険だってどうして分かったの? もしかして、後をつけてきたの」


 麻奈は腕に消毒スプレーをかけられながら聞いてみる。

 ぴりぴりとした痛みと冷たさに一瞬体が跳ねる。ジュリアンは麻奈の二の腕に顔を近づけると、ふぅと息を吹きかけて患部を乾燥させた。


「まさか。ほら、あれが教えてくれたんですよ」


 そう言って扉の近くを示す。ジュリアンの指差した床の上には、濃い緑色の蔦が一本這っていた。見覚えのある、毒々しいまでに赤い斑点のある葉が、まるで手を振るように震えた。


「これ、リーズガルドの」


「そう。彼が麻奈の後を追って、何があったのか逐一私に報告してくれていたんです」


「そうだったの、全然気が付かなかった――。え、逐一?」


 えぇ逐一。と頷いて、ジュリアンはシルバーリングが光る長い指でゼリー状の薬を掬い、麻奈の切り傷にそっと塗布した。


「っつ」


 つんと染みる痛みに、自然と眉の間を狭めてしまう。


「リーズガルドの蔦は視覚も聴覚も備わっていますから、麻奈が誰に会って何を話したのか、どんな事があったのか、それはそれは事細かに教えてくれました」


 麻奈は自分でも、顔が引きつってゆくのが分かった。

 ジュリアンは麻奈の腕に透明なテープを貼って、おしまいとばかりに軽く叩いた。


「次は脇腹を見せて下さい」


「えぇ! こっちはいい」


「駄目です。そっちの方が酷い怪我なんですから。サルーンの力で殴られたら、痣だけでは済まないはずです。それとも……」


 言葉を一旦区切ると、ジュリアンは大げさにため息を吐いて見せた。


「ユエには好きにさせるのに、私が触れようとすると拒むんですか」


「なっ」


 何でそれを? と言いかけて、リーズガルドが告げ口したのだと思い出した。なんて厄介な植物だろう。麻奈はジュリアンの顔を直視できずに、そろそろと視線を逸らす。熱を持つ耳と頬。


「脇腹、見せてくれますよね」


 にこにこと微笑むジュリアンに、麻奈は首を縦に振るしかなかった。後ろの方から何かの気配を感じて振り返ると、風も無いのにリーズガルドの蔦がカサカサと音を立てて揺れていた。


 それは、どう見ても笑っていりうように見えた。

 麻奈は腹立たし気にリーズガルドの蔦をにらみ付けたが、蔦はどこ吹く風で小さく揺れている。

 そんなふたりのやり取りを全く無視して、ジュリアンが軟膏を片手に麻奈の腹に顔を寄せた。


「さぁ、服を捲くって下さい」


 なぜか妙に嬉しそうに見える。


「う……はい」


 抵抗するのは時間の無駄だと観念して、麻奈はおずおずと上着の裾をたくし上げた。

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