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無理難題 1

 それまで黙って見ていたジュリアンが待ってましたとばかりに口を開いた。


「そうですね。それではお邪魔しました。麻奈、行きましょう」


「え、こんなにあっさり終わっていいの? サルーンさんの時もそうだったけど、もっとこう、あるでしょう紹介する事が。これじゃあ、お互いの名前ぐらいしか分からないよ」


「彼が生意気だという事も理解して頂けたと思うのですが」


 ジュリアンの言葉にリーズガルドが顔を歪めた。


「相変わらず、すげぇ毒吐くなぁジュリアン。ねぇ、アンタ麻奈だっけ。此処ではさぁ、馴れ合いたい奴なんて誰もいないんだよね。まして、こんな姿になったら尚更ね。アンタだって本当は気持悪いと思ってるんだろう」


 リーズガルドの言葉にどきりとした。確かに、彼の異形な姿は目を逸らしてしまいたくなるほど恐ろしい。しかし、それを彼に悟られたくはなかった。


「全然、そんな事ないよ。そりゃあ、初めて見たときはびっくりしたよ。でも、そんなもの第一印象に過ぎないもの。大事なのはその後。それに、私たち此処に閉じ込められている仲間じゃない! みんなで協力して出口を見つけようよ」


「ふーん。でも口ではさぁ、何とでも言えるよね」


 興奮気味にまくし立てる麻奈に、リーズガルドは疑わしそうな視線を送る。可愛らしい顔で人を値踏みするような目をするリーズガルドは、悪戯を思いついた子供のような顔をしていた。


「あ、じゃあこうしよう。他の奴らにも会ったんだったら、これからオレの言う奴の所に行って来て、そいつから何かもらって来てよ。化け物じみた相手でも仲良く出来ます。って証拠にさぁ」


「待ちなさい、なぜ麻奈がそんな事に付き合わなければいけないんですか。私たちはリーズガルドのお遊びに付き合っている時間は無いんですよ」


 リーズガルドは一瞬顔を背けたくなるような、にたりとした笑いを浮かべた。


「時間が無いのはアンタだけだろ、ジュリアン。姿が変わる前に、コイツに出口を見つけてもらおうと必死だもんな。アンタが校庭で肩震わせて泣いてるの見て、オレ思わず笑っちゃったよ」


 ジュリアンの目がすっと細まった。構わずリーズガルドは続ける。


「本当、大爆笑! アンタそんなタマじゃないだろう。麻奈さぁ、ジュリアンに何を言われたか知らないけど、真に受けるの止めたほうが身のためだよ。この男は自分以外――」


「黙れ」


 リーズガルドの言葉を、ジュリアンの唸るような低い声が遮った。その静かな恫喝に、肉食獣のような鋭さを感じて、麻奈は背筋が冷たくなった。

 おぁ怖! とリーズガルドが肩をすくめてみせた。


「麻奈、もう行きましょう。時間の無駄です」


 振り返るジュリアンの顔は、いつもの穏やかな顔に戻っている。

 麻奈は彼に従おうか迷った。窓際の少年が軽蔑したような眼差しを向けてきたのを見て、胸がざわめいた。

 詰まらない奴。リーズガルドの目はそう語っていた。子供の心を掴むには、一緒に遊んでやらなければならない。子供にとって、遊びに付き合えない大人は軽蔑の対象にしかなら無いのだと、6歳年下の弟がいる麻奈には良く分っていた。


「私、こんな所に来たくなかった。みんな酷い姿だし、はっきり言ってお化け屋敷よりもよっぽど怖い。でも、来ちゃったものはしょうがないじゃない。今はやるべき事をやるしかない。絶対みんなで此処から抜け出してみせる。だから――さっきの条件をクリア出来たら、リーズガルドも出口を探すのを手伝って」


「麻奈っ」


 苛立ちを含んだ声。ジュリアンの制止を麻奈は振り切った。


「ごめんなさい。時間が無いのは分かってるの。でもこのまま黙ってるなんて悔しいじゃない。それに、此処から出るにはリーズガルドにも協力してもらった方が良いと思う。姿が変わった人には出口が見つけられなくても、みんなで探せば何か手がかりが分かるかもしれない」


「彼はただ難題をふっかけて遊んでいるだけです。例えそれをクリアしたところで、彼は私たちに協力する気なんて更々ありませんよ」


「それでも、このまま嘘吐き呼ばわりされるのは嫌」


 麻奈とジュリアンのやり取りをリーズガルドは楽しそうに目をくるくるさせながら見ていた。


「ねぇ、もしも麻奈が条件をクリア出来たら、アンタ達に協力してやってもいいよ」


「約束よ、絶対ね」


 麻奈はリーズガルドに歩み寄る。途中、彼の葉っぱを踏まないようにかなり気をつけた。


「約束」


 リーズガルドはへらへらと笑いながら小指を突き出してきた。麻奈も小指を出すと、リーズガルドの細い指がするりと巻きついてきた。

 麻奈はジュリアンに目を向けると、彼は不機嫌な顔で、麻奈のお好きなように。と言って腕を組んだ


「じゃ、早速行ってもらおうかな。アンタが一番苦手なのって誰? 見た目のグロさからいってサルーンかな。あ、それともオレ?」


 リーズガルドは目を輝かせている。本当に楽しそうだ。


「一番は……アノ人」


 麻奈はついさっき彼に襲われた事を思い出し、苦いものを吐き出すように答えた。その時の恐怖も拭い難いが、ぬるぬるした粘液の感触を思い出すと、自然と眉間が狭くなってくる。麻奈の答えにリーズガルドは、成る程。と頷いた。


「でもアノ人相手じゃ言葉は通じないし、流石に無理かなぁ。それじゃ、サルーンの所に行って貰おうかな」


 リーズガルドは一人で頷くと、その顔に満面の笑みを浮かべた。


「そういう訳で、これからサルーンの所に行って、アイツの物だって分かる物をもらって来てね」


 心底楽しそうに笑いながらひらひらと手を振るリーズガルドを尻目に、麻奈は不安な面持ちで歩き出した。ジュリアンの制止を振り切った手前、一緒に来てとは言えないが、やはり一人で廊下を歩くのはまだ怖い。


 壁に寄りかかったままのジュリアンに縋るような視線を向けてみたが、彼は無表情な顔で肩を竦めただけで、一緒に行くと申し出てはくれなかった。その態度は普段の彼とは違い、とても余所余所しい。

 何となく駄目だと分かってはいるのだが、独り言を装って弱々しく呟いてみる。


「もしも、途中でアノ人に会ったらどうしよう――」


「教えたでしょう、水かけて下さい」


 間髪入れずに冷たい答えが返って来て、麻奈は震え上がった。

 どうやらかなり怒ってるようだ。


「い、行ってきます……」


「行ってらっしゃーい」


 陽気なリーズガルドの声を背にして、麻奈は辺りを警戒しながら歩き出した。

 リーズガルドの部屋に残ったジュリアンは、冷めた表情で顔に掛かる前髪をかき上げた。それを見てリーズガルドがおかしそうにクックと笑う。


「そんなに面白くないなら、アンタも付いて行ってやればいいのに」


 リーズガルドを横目で見ながら、ジュリアンはフンと鼻を鳴らした。


「それより、ちゃんと後を追っているんでしょうねぇ」


「勿論! こんな面白い事滅多に無いもん」


 リーズガルドの蔦が一斉にざわりと揺らいだ。


「それなら結構です」


 不機嫌な顔で麻奈の出て行った後を見ると、リーズガルドの蔦がするすると伸びて、薄く開いている扉から廊下へと出て行くところだった。


「麻奈に何かあったら教えて下さい」


 有無を言わさぬ響きに、蔦の主は苦笑した。


「……やっぱり一緒に行ってやれよ」


 ジュリアンはそれには答えずに、端整な顔に不機嫌な表情を貼り付けたままだった。

 その腹の中では、散々麻奈に毒づいていた。自分の言う事が聞けないのなら、少し怖い目に遭ってくればいい。彼はそう思っていた。


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