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死ぬ直前だけ発動する時間停止能力を手に入れた俺、知恵だけで異世界を生き抜く  作者: tsugumi.


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8/16

嵐の前の日常

朝。


窓の隙間から差し込む光が、ゆっくりと部屋の中を照らしていた。

柔らかな朝日が木の床に落ち、薄いカーテンを通して揺れている。

ソウマは布団の中で目を開けた。

「……」

しばらく天井を見つめる。

昨夜のことを思い出していた。


森の奥から現れた巨大な影。

黒い鱗と赤い目。

森を支配する竜。

あの圧倒的な存在感は、今思い出しても背筋が冷たくなる。

「……本当に戦ったんだよな」

夢ではない。

確かに見た。

確かに聞いた。

あの咆哮と空気の震えを。


ソウマはゆっくり体を起こした。

窓の外を見る。

町はいつも通りだった。

商人が荷車を押している。

店の準備をする声。

通りを歩く人はまだ少ない。

昨日、竜が現れたとは思えないほど平和な光景だった。

「……不思議なもんだな」

町の外では大事件が起きているのに、町の中は何も変わらない。


音がする。

コンコン。

扉が叩かれる。


「ソウマ。起きてる?」

リリアの声だった。

「起きてる」

入るわよ、と声がしてから扉が開く。

リリアが顔を出した。

朝の光が銀色の髪を照らしている。

「朝よ」

「分かってる」

「顔が眠そう」

「まだ起きたばっかだからな」

ソウマは軽く伸びをする。

リリアはソウマをじっと見る。

「体は?」

「大丈夫」

昨日の戦いの疲れは、ほとんど残っていない。

「今日はどうするの?」

リリアが聞く。

「まずはギルド行かないとだろ」

「そうね」

昨日、ネグラディアの報告は終わった。

だが、それで終わりではない。

ギルドがどう動くかはまだ分からない。

「その前に」

リリアは言った。

「朝食に行かないと」

「……」

ソウマは呆れて黙る。

リリアは恥ずかしがりながらも誤魔化すように、

「行くわよ」

とせかせかと食堂に向かうのだった。


食堂はすでに賑わっていた。

旅人や商人。

そして数人の冒険者。

焼いたパンの香りが広がっている。

リリアのお腹が鳴った。

「お腹減った」

「また言うんですか」

「本当に減ってるの」

席に座る。

しばらくして料理が運ばれてきた。

焼きたてのパン。

野菜のスープ。

ソウマはパンをちぎって口に入れる。

「うまい」

「ここの料理は評判がいいの」

リリアはスープを飲む。


静かな朝の時間だった。

窓の外では、人々が通りを行き交うようになっている。

子供の笑い声も聞こえた。

「……町は普通だな」

ソウマが言う。

「普通?」

「昨日あんなの見たのに」

リリアは少しだけ外を見る。

「街の人は知らないわよ」

「竜のこと?」

「そうよ。竜のことを知ってるのは冒険者だけなの」

ソウマはパンをかじりながら聞いていた。

「広まったら大騒ぎだからね。この町の日常が壊れちゃうわよ。間違いなく」

ネグラディアはただの魔獣ではない。

魔獣を従える魔獣。

そんなものが近くにいると知れば、街は混乱する。

「だから、ギルドが情報を止めてるの」

「そうなのか」

ソウマはスープを飲む。

温かい味が体に広がる。

その温かさに、昨日の緊張が少しずつ溶かされていく気がした。


朝食を終え、二人は宿を出た。

朝の町は活気に満ちている。

屋台が並び、商人が声を上げていた。

「新鮮な果物だよ!」

「パン焼きたてだよ!」

石畳の道を人々が行き交う。

犬が吠え、子供が走り回る。

ソウマはその様子を見ながら歩いた。

「いい町だな」

思わず呟く。

リリアが上目遣いにソウマを見る。

「気に入った?」

「まあな」

異世界の街だが、どこか懐かしい雰囲気があった。

市場。

鍛冶屋。

パン屋。

人の生活の匂いがする。


やがて冒険者ギルドが見えてきた。

石造りの大きな建物。

扉を開ける。


中はすでに賑やかだった。

「おお」

ソウマが呟く。

「人多いな」

テーブルでは冒険者たちが話している。

依頼掲示板の前には人だかり。

そして会話の内容は、ほとんど同じだった。

「ネグラディアらしいな」

「マジかよ」

「しかも森の奥じゃねえのかよ」

冒険者たちが口々に話している。


ソウマとリリアは掲示板へ向かう。

依頼がびっしり貼られていた。

「読めねぇ……」

「勉強しなさい」

「先生かよリリア」

仕方ないわね、と言いながら、

「討伐がほとんどだけど、薬草採集や偉人の護衛、中には移動の手伝いまであるわよ」

「教えてくれてありがとうございますリリア先生」

「怒るわよ」

そういうリリアはすでに軽く怒っていたが、その表情は全く怖くなかった。むしろ可愛いくらいだ。

ソウマはリリアから渡された一枚の依頼を見る。

「何て書いてあるの?」

「薬草ルミナ草の採集願」

リリアが言う。

「俺みたいな初心者向けか」

「そう」

ソウマは何枚も貼り付けてある別の依頼を手に取る。

「これは?」

「上級者向けよ。ソウマには到底無理ね」

「なんで書いてあんだよ」

「ネグラディアの調査隊募集」

「これが……」


その時、近くの冒険者が他の仲間に言った。

「調査隊が出るらしい」

「本当か?」

「ギルドマスターが言ってた」

ソウマとリリアはそちらを見る。

「ネグラディアを確認するって」

「危ないな」

「でも。放置もできないでしょ」

リリアが小さく呟いた。

「予想通り調査か」

「多分近いうちに上位者には声がかかるだろ」


ギルドの中は、普段より少しだけ緊張した空気だった。

だが、それでも日常は続いている。

冒険者たちは依頼を取り、笑い、食事をしている。

ソウマはその様子を見ながら思った。

(こういうもんなのか)

危険な話があっても、人は普通に生活を続ける。

それがこの世界の日常なのかもしれない。


ギルドを出ると、昼の光が町を照らしていた。

石畳の通りには人が多い。朝よりもさらに賑やかになっている。

商人の呼び声。

荷車の音。

鍛冶屋の金槌の響き。

町はいつも通りの活気に満ちていた。

ソウマは周囲を見回す。

「人多いな」

「昼前だからね」

リリアが言う。

「この時間が一番動くのよ」

「動く……?」

市場の前に来ていた。

果物が山のように積まれている。

色の濃い野菜や干し肉。

魚。

薬草類。

店主たちが声を上げて客を呼んでいた。

「これからどうするんだ?」

ソウマが聞く。

「今日は依頼受けなかっただろ?」

「昨日疲れたのよ。あれだけ魔力を使ったから消耗したの」

リリアは軽く答える。

「それに」

「それに?」

リリアはソウマの腰を見る。

そこにあるのは短剣。

明らかに質の悪い武器だ。

「ソウマの装備よ。あまりにも質が悪すぎる。整えた方がいいわね」

ソウマは苦笑する。

「それはわかってるんだけど。金がないんだよ」

それが現実だった。

ソウマはこの世界に来た時、何も持っていなかった。

最低限のものすら持っていなかった。

「……はぁ」

「どうした」

「もう、何回も言わせないでよ!」

「は?」

「放っておけないって何回言わせんのよ!」

「あぁ……。すまん、ありがとう」

もう、と言いながらそっぽを向くリリア。

歩き出したリリアの隣に並びながら聞く。

「どこに行くんだ?」

「鍛冶屋よ。装備を整えるならあそこが一番」

「よし、じゃあ行くか」

「ちょっとその前に」

「ん?」

「属性を調べさせて」

ソウマは首を傾げる。

「属性?」

「まだ調べてないじゃない」

「それって必要?」

「冒険者なら必須よ」

リリアは通りの端へ移動した。

人通りの少ない場所だ。

「手、貸して」

ソウマは手を出す。

「こう?」

リリアはその手を軽く取った。

「少し魔力を流すわよ」

「痛くない?」

「大丈夫よ」

ソウマは目を閉じる。


数秒、ほんのわずかな温かさを感じた。

やがてソウマが目を開く。

「どうだ?」

リリアは少し驚いた顔をしていた。

「……珍しい」

「何が?」

「属性が」

リリアは言う。

「属性の通常種類は五つ」

「五つ?」

「水、火、風、土、草」

ソウマは頷く。

「自然系だな」

「そうね。私は風なんだけど、でも」

リリアは少し言葉を選ぶ。

「その上にあるレア属性が」

「何それ」

「光と闇の二種類あるの」

ソウマは目を瞬かせる。

「かなり強いのでは?」

「かなりね。使うのが難しいけど、使いこなせれば強いわよ」

リリアはソウマを見る。

「ソウマは」


一瞬、沈黙する。


「光属性」


ソウマは少し驚いた。

「レアか」

「そうなるわね」

リリアはさらに言う。

「あと」

「あと?」

「もう一つ」

ソウマは首を傾げる。

「一つじゃないのか?」

「普通は一つよ。ごく稀に二つ持った存在が現れるのだけど」

「俺は二つあるのか?」

「あるわ」

リリアは短く言った。

「おお」

「さっき言った光と」

ソウマは頷く。

「……叡」

「えい?」

「そう」

ソウマは腕を組む。

「意味分からんな」

「私も分からない。そんな属性ないわよ」

リリアは正直に言った。

「聞いたことない」

「レア?」

「多分だけどソウマだけ持ってるんだと思う」

ソウマは少し笑った。

「なんかすごそうだな」

「使えれば、ね。叡属性に関しては、何の情報もないから困ったものなんだけど」

「そうか……」

リリアは言った。

「練習、今は無理ね」

「分かってる」

魔法も、すぐに使えるものではないらしい。

「装備整えに行くわよ」


二人は通りを歩き始めた。

少し進むと、金属を打つ音が聞こえてくる。

カン、カン、カン。

鍛冶屋だ。

店の前には剣や槍が並んでいる。

「ここが最適ね」

リリアが言う。

二人は店に入った。

中は熱気に満ちている。

炉の熱。

鉄の匂い。

奥では大柄な男が金槌を振っていた。

筋肉質の腕。

濃い髭。

典型的な鍛冶屋だ。

「おう」

男が顔を上げる。

「客か」

「装備をお願い。この人の」

男はソウマを見る。

腰の短剣を見る。

「……完っ全に初心者だな」

ソウマは苦笑した。

「分かるか?」

「そりゃ見りゃ分かるさ」

男は棚から剣を一本取る。

「これ持ってみろ」

ソウマは受け取る。

少し重い。

「振ってみろ」

言われた通りに振る。

空気を切る音。

「どうだ」

「これより全然いいな」

「当然だろ」

男は笑った。

「銀貨三枚」

ソウマは固まる。

「……無理だな」

正直に言った。

「金がない」

男はリリアを見る。

リリアはため息をついた。

「私が払う」

いいのか、と言いそうだったがさっきの会話を思い出し、何も言わなかった。

「必要なものだからね」

リリアは銀貨を出した。

男は頷く。

「いい判断だ」

剣を渡す。

ソウマは腰に差した。

重みが少し安心感をくれる。

「防具は?」

男が聞く。

「それもお願いするわ」

リリアはそう答える。

男は言った。

「鎧じゃなくて軽装の方がいいな」

鍛冶屋は棚から革の防具を出した。

「初心者ならこれだ」

ソウマは着てみる。

軽い。

「動きやすいな」

「銀貨二枚」

ソウマは黙る。

リリアがまた銀貨を出した。

「ソウマの未来に投資するわ」

リリアは言った。

「死なれると困るからね」

「物騒だな」

「事実でしょ」


店を出る。

太陽は少し傾いていた。

午後の光が町を照らしている。

ソウマは腰の剣を軽く触る。

「装備整ったな」

「前よりは、ね。少しは生存率上がったんじゃない」

ソウマは笑った。

町は相変わらず賑やかだった。

だが、町の外、森の奥では。

ネグラディアが、確かに存在している。

石畳の通りにはまだ多くの人がいる。

市場の店は相変わらず賑わっていた。

果物を買う客。

値段交渉をする主婦。

荷物を運ぶ商人。

町は平和そのものだった。


町は、だ。


ソウマは新しく手に入れた剣を軽く触る。

腰にある重みが、まだ少しだけ不思議だった。

「剣、慣れた?」

リリアが聞く。

「まだ、慣れないな」

ソウマは正直に答える。

「でも前より安心感があるな」

「それはいいことね」

リリアは言った。

二人はゆっくり通りを歩く。

町の風景はどこか穏やかだった。

鍛冶屋の前では、弟子らしき少年が鉄を運んでいる。

遠くでは子供たちが走り回っていた。

「……平和だな」

ソウマがぽつりと言う。

「そう」

リリアは頷く。

「でも」

少しだけ言葉を止める。

「冒険者は違う」

ソウマは笑った。

「森のことか」

リリアは何も言わなかった。

笑いすらしなかった。

ネグラディア。

その存在は、町の人間は知らない。

知っているのは冒険者だけだ。

だからこそ、町は平和に見える。

二人はしばらく歩いた。

通りの角を曲がる。


すると、少し騒がしい場所が見えた。

酒場だ。

昼間から酒を飲んでいる冒険者も多い。

入口の前では数人の冒険者が話していた。

「調査隊どうする?」

「俺は行かねぇ」

「あのネグラディアだぞ」

「命がいくつあっても足んねぇよ」

そんな声が聞こえる。

ソウマは少し眉を上げた。

「やっぱり話題になってるな」

「当然よ。並大抵の冒険者じゃ瞬殺だもの」

リリアが言う。

「竜、だからね」

その一言だけだった。

ネグラディアは竜。

普通の魔物とはまったく違う。

討伐ではなく、調査ですら危険だ。


二人はそのまま酒場の横を通り過ぎる。

ソウマはちらりと中を見た。

中には多くの冒険者がいた。

酒を飲んでいる者。

地図を広げている者。

剣の手入れをしている者。

それぞれが自分の時間を過ごしている。


二人はさらに歩く。

町の中心から少し離れる。

通りの人の数は少しずつ減っていた。

夕方が近づいている。

空の色が少し変わり始めていた。

オレンジ色の光が町を染める。

ソウマは空を見上げた。

「綺麗だな」

リリアも少しだけ空を見る。

「……そう」

短い返事だった。

しばらく二人は黙って歩いた。

風が少しだけ吹く。

町の匂いが流れてくる。

焼いた肉。

パン。

香辛料。

夕方の町は、昼とはまた違う雰囲気だった。

仕事を終えた人々が歩いている。

商人が店を閉め始める。

子供たちが家へ帰る。

穏やかな時間だった。


「今日は本当に平和だな」

リリアは少しだけ空を見る。

「……今はね」

その言葉は静かだった。

だからこそ、その呟きにソウマは気づかなかった。



町の外、遠い森の奥。

深い影の中で巨大な影が動いた。

黒い鱗と赤い眼。


ネグラディアだ。


竜は静かに森を歩いていた。

枝が折れる音。

地面がわずかに揺れる。

だが、それを聞く者はいない。

町の人々は知らない。

冒険者たちもまだ知らない。

ソウマとリリアも、まだ知らない。


竜は確かに近づいている。

だが町では――

笑い声が響いていた。

夕焼けが町を包む。

穏やかな一日が終わろうとしていた。

嵐の前の、静かな時間だった。





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