初クエストに波乱は付きものだ
朝食を終えた二人は、宿を出た。
朝の街は、昨日の夜とはまた違う活気に満ちていた。
商人たちが店を開き始め、荷車が通りを行き交う。焼きたてのパンの匂いが漂い、子供たちの声がどこからか聞こえてくる。
石畳の道には、すでに多くの人が歩いていた。
「やっぱり朝の街は賑やかね」
リリアが周囲を見回す。
「夜より人多いな」
「商人が多いからよ。この街、街道の拠点だもの」
ホルマン街道。
昨日聞いた名前だ。
この辺りでは一番大きな街道らしい。
二人はそのまま街の南門へ向かう。
門の近くには、武装した兵士が数人立っていた。鎧と槍を装備し、出入りする人を軽く確認している。
ソウマは思わず見上げた。
「城壁、でかいな」
石で作られた壁は、三階建ての建物より高い。ずっと向こうまで続いている。
「モンスターが入ってこないようにするためよ」
「なるほど」
確かに、外には普通にモンスターがいる世界だ。壁が必要なのも当然か。
門を抜ける。
街の外に出た瞬間、景色が一気に開けた。
広い空。
遠くまで続く草原と森。
そして、一本の大きな道。
石畳ではなく、固く踏み固められた土の道だった。
「これがホルマン街道?」
「そうよ」
リリアが頷く。
「この道を行くと、隣の街まで続いてる」
「へえ」
道の両側には畑が広がっていた。農民たちが作業をしている。
遠くには深い緑の塊のような森が広がっている。
あそこがモンスターの出る場所だろう。
「スライムはどこにいるんだ?」
「だいたいあの辺」
リリアが森の手前を指差す。
「街道の近くに出るのよ」
ソウマは少し安心した。
森の奥に入るわけではないらしい。
初心者クエストだし、当然か。
二人は街道を歩く。
時々、馬車がすれ違う。
商人の荷車や、旅人らしい人影も見える。もちろん、冒険者も。
「思ったより平和だな」
「この辺はね」
リリアは頷く。
「街の近くだもの」
「奥は?」
「危険だよ」
はっきりと言ったリリアは、どこか遠い目をしていた。
(……?)
追及はしなかった。ただ、何かあったということは分かった。
しばらく歩くと、畑が途切れた。
代わりに、草原が広がる。
背の低い草が風に揺れていた。
「スライムが出るのはこの辺ね」
リリアが立ち止まる。
ソウマは周囲を見る。
……何もいない。
「どこに?」
「そのうち出るわよ。準備しておきなさい」
リリアは剣を抜いた。
細身の剣。
光を反射してきらりと光る。
「戦える?」
「まあ」
ソウマも短剣を握る。
少し緊張する。
狼のモンスターのことを思い出していた。
ただ、あれは明らかに初心者向けではなかった。
今回はスライム。
ゲームの定番モンスター。
正直、あまり強そうなイメージはない。
むしろ弱そう。
その時だった。
草が揺れた。
プルン。
青い物体が草の中から現れる。
半透明の体。
ゼリーのような形。
「……」
「……」
「これがスライム」
リリアが言った。
想像していた通りの姿だった。
丸い。
青い。
ぷるぷるしている。
スライムはゆっくりこちらに近づいてくる。
プルン。
プルン。
「遅いな」
「遅いわね」
正直、あまり怖くない。
リリアがソウマを見る。
「試しに倒してみる?」
「いいのか?」
「このクエストは誰のものでしょーか」
「おれのものだな」
「じゃあソウマが倒すべきなんじゃない?」
確かに。
ソウマは短剣を握り直す。
スライムが近づく。
プルン。
……。
近くで見ると、少し気持ち悪い。
「よし」
ソウマは踏み込んだ。
短剣を振る。
ぐにゃ。
刃がスライムの体に入る。
だが。
「……あれ?」
手応えが変だった。
スライムの体は柔らかく、刃がすぐに滑る。
スライムは少し形を崩しただけで、すぐに元に戻った。
「効いてない?」
「表面はあまり意味ないわ」
リリアが言う。
「核を狙うの」
「核?」
「体の中にある光って見えるものよ」
スライムが体当たりしてきた。
ソウマは慌てて避ける。
「うわ」
地味に速い。
もう一度、短剣を突く。
ぐにゃ。
やっぱり効かない。
「……」
ソウマは眉をひそめた。
(核)
体の中。
その瞬間。
視界の奥で、何かが揺れた。
――線。
細い光の線。
スライムの体の奥。
一本の線が走っていた。
「……」
ソウマの動きが止まる。
構造線が、見える。
壁や武器で見たものと同じ。
なぜ見えるのか、それはあとで考えることにした。
線は体の中心に繋がっていた。
そこに、わずかな光の塊。
(あれだな)
ソウマは一歩踏み込む。
短剣を突き出す。
線の先へ。
ぐさり。
刃がスライムの奥まで入る。
次の瞬間。
プシュ。
スライムの体が一気に崩れた。
青い液体が地面に広がったまま、動かない。
「よく頑張りました」
リリアが褒める。
「倒せた?」
「そうよ」
ソウマは短剣を抜いた。
スライムはもう動かない。
リリアはスライムの残骸を見る。
「ちゃんと核を刺してる」
プルン。プルン。
さらに二体のスライムが現れる。
「追加ね、ここは私に任せて」
リリアが剣を振る。
速い。
一歩で距離を詰める。
剣が閃く。
スライムが真っ二つに割れた。
さらにもう一体。
回り込み、斜めに斬る。
プシャ。
スライムが崩れる。
ほんの数秒だった。
「……」
ソウマは思う。
(やっぱり強い)
どう見ても動きが慣れている。
剣も速い。
迷いがない。
「リリア」
「なに?」
「剣の経験はあるのか?」
リリアは少し目を逸らした。
「……まあ」
少しだけ間が空く。
「ちょっとは経験ある」
「ちょっと?」
「ちょっとよ」
絶対嘘だ。
だが、これ以上聞いても答えなさそうだった。
リリアは剣を鞘に戻す。
「あと一体倒せば依頼達成ね」
「四体?」
「そう」
簡単な依頼だった。
ソウマは周囲を見る。
草原。
青空。
風が吹き、草が揺れる。
平和だ、と感じた。
だが。
その時だった。
遠くの森で、鳥が一斉に飛び立った。
「……ん?」
ソウマは森を見る。
何かが動いた気がした。
だが距離が遠く、よく見えない。
リリアもそちらを見ていた。
「……今の」
「鳥?」
「うん」
少しだけ沈黙。
風が草を揺らす。
その時森の奥から、低い唸り声が聞こえた気がした。
ソウマは眉をひそめる。
(気のせいか?)
だが、リリアの表情が変わっていた。
「……おかしい」
「何が?」
「この辺に、あんな音出すモンスターいない」
その瞬間。
濃い緑の森の奥で。
何か巨大な影が、ゆっくり動いた。
ほんの一瞬。
だが確かに、巨大な影が揺れた。
「……見えた?」
リリアが小さく聞く。
「影」
ソウマは答える。
「大きい」
「……よね」
リリアの表情がわずかに硬くなる。
遠くの森は、相変わらず静かだった。
だが。
何かがおかしい。
ソウマは無意識に短剣を握り直す。
「この辺って」
「うん」
言いたいことを察したリリアが先に頷く。
「スライムくらいしか出ない」
「だよな」
初心者クエストの場所なのだ。
危険なモンスターが出る場所のはずがない。
なのに、さっきの影。
どう見てもスライムのサイズではない。
その時だった。
ガサッ。
森の手前の草が揺れる。
ソウマとリリアは同時にそこを向く。
何かが出てくる。
ゆっくりと、重い足音を立てながら。
そして、草を押し分けて現れたのは――
「……竜」
明らかに大きい。
体高はソウマの二倍ほど。
黒い鱗。
鋭い牙。
そして、赤い目。
ソウマの背中に冷たい汗が流れる。
昨日の記憶が蘇る。
あの巨体、あの牙。
だが今回は次元が違う。
「……初心者エリアはともかく、奥の森にもいないはずでしょ」
冷静に、だが緊張気味にリリアがつぶやいた。
「なぜここにいる」
剣を構えながら叫ぶ。
「黒森の支配竜、ネグラディア!」
竜は低く唸った。
ガルルルル……
威嚇、そして明確な敵意。
赤い目が、ソウマを見ている。
完全に狙っていた。
「なんでこっち来るんだよ」
「分からない」
リリアが小さく言う。
竜が一歩踏み出す。
土を踏む音がした。距離は十メートル。
ソウマは短剣を構え直す。
(落ち着け)
昨日より状況はマシだ。
怪我も少ない。
それに、リリアがいる。
「一度斬ってみるわ」
「了解」
竜が動いた。
地面を蹴り、空を舞う。
一直線にソウマへ迫る。
巨体とは思えない速さだった。
「速っ!」
ソウマは横に飛ぶ。
竜の牙が空を切る。
リリアがすぐに動いた。
横から斬り込む。
剣が竜の肩をかすめる。
だが、ーー浅い。
竜はすぐに体勢を戻した。
「硬い!」
リリアが叫ぶ。
普通のモンスターより明らかに頑丈だった。
竜が振り向く。
今度はリリアへ。
飛びかかる。
だが、ソウマが動いた。
横から短剣を突き出す。
キィンーー
しかし、それも弾かれる。
「硬すぎだろ……」
ソウマは弾き飛ばされた。
「くっ……!」
地面に転がる。
足が少し痛む。
竜は再びソウマを睨む。完全に敵として認識していた。
ゆっくり歩く。
一歩。
また一歩。
(まずい)
距離が詰まる。
ソウマは短剣を構える。
その瞬間。
精力を抜かれた時ような疲れと激痛が襲いかかる。
立っていられない。その場にへたれる。
もはや目を開けておくことすら危うかった。
(……は?)
「何でこんなものが、急になんで」
目を開ける。
視界の奥で。
――線が見えた。
(世界が止まった…?)
否。
ーー世界は、止まっていなかった。
草が風に揺らいでいるし、空に浮かぶ雲も、確実に動いていた。
「ーーなんで?」
線を見る。前日のような壮大なものではなく、物体だけを構造していた。
ただ、やはりというべきか目でも追えなかった。
そんなことをしているからだ。
ーー攻撃に対処できなかった。
「アルゼリア!」
前に非物体の壁が出現する。
「なっ……!」
竜の一撃は弾かれた。
あの魔法は誰が、というのは愚問だろう。
「リリア!」
「なにしてんの!」
「ちょっと考えごとしてた!」
「考えてばっかじゃ何もできないわよ!」
それはそうだ。
「仰る通りです、申し訳ない」
「いいから、とりあえずそいつから離れなさい!」
少しガードに驚いたのか他方向に火を吹いていたが、割と簡単に距離が取れた。
(火吹くのかよ)
そう思って警戒はしたが。
「さっきのって……」
「あれは防御魔法」
「それは分かるけど」
「詳細はあとで」
竜が赤い目をこちらに向けて光らせていた。
思わず足がすくむ。
「しゃんとしなさい!」
「あだっ」
リリアに肩を叩かれる。
ただ竜は一向にこちらに向かってこない。
「これは何を……?」
ーー須臾。
鼓膜が破れるかと思った。
グァァァァァ!
急に竜が咆哮を上げる。
その声は、森を抜け山に届き、空に響いていた。
耳鳴りがうるさい。音が少しの間聞こえづらかった。
「うるせぇよ!」
通じるはずもないのに声が出る。
「そうね、うるさい」
リリアも不機嫌そうだ。
ただ、違和感に気づいたのはこの時だった。
咆哮に反応する声が聞こえた。なんだか嫌な聞き覚えのある声だった。
ーー森から狼が出てくる。
それも、数十匹。
「ん?いや無理だろ」
思わず状況にツッコむ。
しかし、狼たちはこちらに向かってこなかった。
その代わりに。
ーー竜に頭を垂れていた。
その異様な光景に、自らの目を疑う。
「これって……」
「さいっあく」
リリアが珍しく強めに不満を現す。
「呼ばれたか」
「呼ばれた?」
「そうね。ネグラディアには能力があって、その能力は」
近くのモンスターを呼び出すこと。
リリアの言葉に、ソウマはゾッとした。
「それって、つまり」
「私たちじゃ無理ってことね」
リリアが代弁する。
そうなれば、やることは一つだ。
「どうやって逃げる。あいつ飛ぶからスピード勝負では勝ち目がないぞ」
「こればっかりは仕方ない。能力を使うわ」
「能力……?」
「あとで説明する。少し集中するから、話しかけないで」
「分かった」
「風の精霊よ。力をお貸しください。」
リリアの声に応えるように、空気が震えた。
風が渦を巻く。
草原が大きく揺れる。
「シルヴァフェリオンディア!」
ーーほんの一瞬、風が止まる。
次の瞬間、風が一点に集まる。
空気が唸る。
ゴォォォォォォッ!
ーー爆風が解き放たれた。
「今よ!」
「オーケー!」
先に走り出す。
だが、すぐに追いつかれる。
「遅い!」
「いやリリアが速いだけだろ!」
「とりあえず行くよ!」
「どうやって!」
「ファルシア!」
ドォン!
足元から爆音が聞こえ、反射的に目を閉じる。
目を開けると、そこは上空であった。
「うわぁぁぁぁ!」
「そんな焦らないの」
「何が起きたんだよ!」
「私の魔法。風と一体化したみたいで気持ちいいでしょ?」
そう言って笑う。
まあ気持ちいいけどさ、と言いながら後ろを向くと、モンスターたちが見えた。
いや、正確にはモンスターであったものだ。
「どうやったらああなるんだよ……」
モンスターの狼は全滅、竜も気絶したまま動いていなかった。
狼はもはや限界を留めておらず、少しグロかった。
「あれも私の魔法」
リリアが胸を張る。
「だけど、ちょっと種類が違うかな。ああなったのは、風の精霊の力を借りたからね」
「え」
「なによ」
「リリアって精霊も使えんの?」
「使う、とは少し精霊に失礼ね。私は精霊の力を借りているだけ。精霊と通じることができるのは、珍しいんだけど」
生まれつきね、と意味深な言葉を口にする。
いつもだったら、詳しく聞くところだ。
だが、聞いてはいけない雰囲気があった。
(まあ、いっか)
やはり気になったが触れなかった。
「何で最初から魔法を使わなかったんだ?」
普通に疑問に思ったのだが、リリアは少しムッとしたような顔をしている。
「いや、普通に疑問に思っただけ」
「そりゃ、使いたくなかったからよ。魔法を使うのって、すっごく疲れるんだから」
「そうか、ごめんな」
「謝ることないわよ。私もちょっと不意を突かれたから」
(苦しい正当化だな)
そう思いながらも、
(あとは、能力の発動条件だな)
それも気になった。
確かに死にそうではあったものの、死ぬ直前ではなかったのだから。
(……?)
「さて、そろそろ着くわよ」
「もう着くのか」
「着いたらギルドに行って報告しなくちゃ。スライムと、ネグラディアのこと」
「そういえば、なんでトドメを刺さなかったんだ?」
「あの子、まだ子供よ。あんなに小さいのに、もう死ぬなんて可哀想じゃない」
(……は?)
本当に理解ができなかった。
殺されそうになったモンスターに、情けを掛ける?
あり得ないだろ。
(ここまで来ると、怖いまであるな。リリアの優しさ)
そう内心思いながら、ソウマとリリアは城壁の下に降り立った。
(あとは、能力の発動条件だな)
それが気になった。
確かに死にそうではあったものの、死ぬ直前ではなかったのだから。
「あれを倒すとは、なかなかやるじゃないか」
そう呟き不敵に笑う彼を、まだソウマは知らない。
投稿が遅れてしまい申し訳ありません。




