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死ぬ直前だけ発動する時間停止能力を手に入れた俺、知恵だけで異世界を生き抜く  作者: tsugumi.


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16/16

音もなく

その日も、澄んだ空気が街を包み、ルミナール戦闘演習場には今日も規則正しい音が響いていた。

剣の打ち合う音。

足音。

短く鋭い掛け声。

その一角でーー

ソウマは、静かに立っていた。


目を閉じる。

息を吸う。

吐く。

(……掬う)

空間へ意識を向ける。

昨日よりも、明確に感じ取れる“光”。


「フラルクス」

小さく呟く。

閃光が、弾けた。

以前よりも速く。

鋭く。

無駄がない。

「……悪くない」

小さく独り言のように呟く。


続けて、意識を流す。

「ノクスル」

淡い光が、訓練用の杭に宿る。

揺れない。

安定している。

(……維持も問題ない)

一度、意識を少し逸らす。

それでも消えない。

わずかに、息を吐く。


そしてーー

「ルクスレイド」

光が収束する。

細く、高密度に。

棒状の光が、手の中に現れる。

(……昨日より、軽いな)

振る。

空気が裂ける。

もう一度。


今度は少し速く振る。

光は、崩れない。

(……よし)

さらに踏み込もうとした、その時ーー


ざわり。

(……)

一瞬だけ、意識の奥が揺れた。

手の中の光が、わずかに揺れる。

(……またか)


すぐに立て直す。

一度落ち着こうと、光を消す。

「……はあ」

小さく息を吐いた。

(……頻度、上がってるな)

昨日よりも、明らかに。

だがーー


(干渉はない)

今のところは、だが。

とりあえず、それ以上考えるのをやめる。

視線を上げる。

周囲は、いつも通りの訓練風景。

何も変わらない。


ーーはずだった。

(……妙な感覚だ)

胸の奥に、わずかな引っかかりが残る。

だが、それの正体は掴めない。

「……」

一度、空を見上げる。

晴れている。

何もない。

(……気のせい、か)

そう切り捨てる。

そしてーー

もう一度、光を掬おうとした。

だが、その手はすぐに止まる。

「……無事でいてくれよ」

自然と、森の方角に視線が向いていた。


リリアたちは北側の森林地帯に到着していた。

空気は重く、湿っていた。

木々が空を覆い、光はほとんど差し込まない。

静かだ。

ーーいや。

静か“すぎる”。

「……妙ね」

リリアが小さく呟く。

周囲には、数人の冒険者と騎士団員が三人。そのうち一人は生還者の騎士団員だ。

全員、緊急クエストに招集がかけられた者たち。

「気配が、薄い……?」

冒険者の一人、魔術師のルディアスが言う。

「いや、違うな」

これまた別の冒険者、軽装剣士のカルファが首を振る。

「ないんじゃない。“消えてる”」

その言葉に、空気がわずかに重くなる。

リリアは黙ったまま、周囲を見渡していた。

(確かにそうね)

気配が、不自然に途切れている。

魔物の気配も。

人の痕跡も。

何かが“削り取った”みたいに。

「……ここで合ってるのよね?」

リリアが騎士団員へ視線を向ける。

「はい……間違いありません」

答えたのは、あの生還者。

声に、わずかな震えが混じる。

「この先で……」

言葉が、続かない。

リリアは一瞬だけ目を細める。

(……無理もないわ)

ただ、仕方のないことだ。

「進むわよ」


落ち葉を踏む音だけが、やけに大きく響いた。

進むごとに、違和感は強くなる。

「……何もいないわね」

本当に、何もいない。

魔物も、小動物も。

風もない。

(……あら?)

「ねえ」

リリアが小さく言う。

「さっきから、音が減ってない?」

「言われてみれば……確かに」

さっきまで聞こえていたはずの、わずかな葉擦れ。

遠くの鳴き声。

それすら、消えている。

「……ちょっと待て」

カルファが足を止める。

「今、誰か……」

その瞬間。


……フュワン


風が揺れた。

しかし、ただの風ではないことは明らかだ。

「っ——!?」

全員が、同時に構える。

だがーー

何も、いない。

「……気のせい、ではないだろうな」

最後の冒険者、双剣使いのレイピアが言う。

リリアは、ゆっくりと周囲を見渡す。

(……違う)

確実に、“何か”が触れた。

だが、見えない。

気配も、掴めない。

存在が分からない。

「全員、間隔を詰めてくれる?」

リリアが低く指示を出す。

「単独行動は絶対にしないこと」

空気が張り詰める。

誰も、軽口を叩かない。

ただ、静かに頷いた。

その時ーー


「……あれ?」

レイピアが声を漏らした。

「どうした?」

「さっき、後ろにルディアスがいなかったか?」

振り返る。

ーー誰もいない。

「……いたと思ーー」

言い終わる前に、

“それ”は起きた。


……フュワン


レイピアが消えた。

音もなく。

気配もなく。

まるで最初から存在しなかったかのように。


「……は?」

誰かが、間の抜けた声を出す。

理解が、追いつかない。


「……いま、何が」

リリアの目が、見開かれる。

(消えた?)

……いや、

()()()()()!下がって!」

リリアは即座に指示を出す。

その同時に、

「ヴェルディア!」

周囲を薙ぐように、風を発生させる。

だがーー

何も、当たらない。

「姿を見せなさい……!」

声に、わずかな苛立ちと焦りが混じる。

だが返ってくるのはーー

静寂。

そして。


……フュワン


また、風が揺れた。

「っ……!」

次は、誰が……?

そう思った瞬間ーー


隣にいたカルファが、消えた。


「——っ!!」

息が詰まる。

(速い——いや、違う)

“速い”んじゃない。

そもそもーー

認識できていない。

「……っ、冒険者メンバーは全員ーー」

言葉が、続かない。

背筋に、冷たいものが走る。

(何よ、これ……)

見えない。

感じない。

なのにーー


確実に、“奪われている”。

(……ふざけないで)

リリアの視線が、鋭くなる。

風が、周囲に渦巻く。

警戒を最大まで引き上げる。

だが——


それでも。

“何もいない”。

なのに。

——確実に、近くにいる。

風が、唸る。

リリアの周囲を中心に、見えない刃が幾重にも重なり、空間そのものを削るように広がっていた。

「……っ」

騎士団員たちが息を呑む。

それは防御でもあり、探知でもあった。

触れれば、何かしらの“反応”が返るはず。

ーーだが。


「……当たらない」

リリアが低く呟く。

風は確かに空間を薙いでいる。

木々を揺らし、落ち葉を巻き上げ、空気の流れを強制的に変えている。

なのに、

“何もない”。

(……ありえない)

存在しているのは分かる。

消えている人間がいる以上、何もないはずがない。

なのにーー


(触れられない……)

その事実が、何より異常だった。

「どういうことなの……?」

「リリア様……どういたしましょうか」

騎士団員の一人が、声を抑えて問いかける。

「……範囲を絞るわ」

即答だった。

「広げても意味がないと思うの。密度を上げるわ」

風が、収束する。

広がっていた流れが、一点へ。

周囲数メートルに圧縮される。

空気が、軋む。

「これで……」

“何か”がいればーー

必ず引っかかる。

そのはずだった。


……フュワン


「っ!」

反応。

確かに、あった。

「……後ろ!!」

叫びながら振り向く。

振り向く。

誰も、いない。

「……は?」

一瞬、理解が遅れる。

さっきまで、そこにいた。

確かにいたはずのーー

騎士団員が、一人消えている。

「……っ、またなの……!?」

リリアの声に、初めて明確な苛立ちが滲む。

(今、反応したのに……!)

風はそこを捉えたはずだった。

なのに。

“いない”。

背筋が冷たくなる。

「全員、もっと寄って!」

リリアが指示を飛ばす。

「離れたら終わるわよ!」

残ったメンバーが、急いで距離を詰める。

だがーー

その動きすら、どこかぎこちない。

恐怖が、確実に広がっている。

「くそ……何なんですか、これ……」

騎士の一人が呟く。

答える者はいない。

分かるはずがない。

こんな現象のことをーー

「……視界にとらわれない方がいいわね」

リリアが低い声で言う。

「見えてるものは、当てにならないわ」

全員の視線が、わずかに揺れる。

「感覚を研ぎ澄ませて」

そう言いながら、自分自身も集中を極限まで高める。


風の流れ。

温度の変化。

微細な圧の歪み。

全てを拾う。

(……来るなら、感じるわ)

その瞬間。

——“それ”は来た。


……フュワン。


今度は、はっきりと。

空気が、歪む。

「そこ!!」

風を叩き込む。

一点へ、叩きつけるように。

だが、手応えはない。

「っ、また……!」

直後。

一人が、何かに引かれるように——

消えた。


途中で、腕が。

胴が。

段階的に“切り取られる”ように。

「——っ!?」

息が詰まる。

(見えた……?)

いや。

“見えた気がした”だけだ。

確信はない。

だがーー

(触れてる……!)

完全に無ではない。

“何か”は、そこにある。

ただ、認識が追いつかないだけ。

「……っ、なら——!」

リリアの魔力が、一気に膨れ上がる。

風が、さらに圧縮される。

密度を上げる。

範囲を削る。

逃げ場を、なくす。

「逃がさない……!」

低く、吐き捨てる。

その瞬間——


……フュワン。


今度は、近い。

すぐ、そこだ。

(——いる!)


確信する。

だがーー

次の瞬間。


「……え?」

声が漏れた。

視界が、ズレる。

足元が、揺れる。

(……何?)

一瞬、

世界が、歪んだ気がした。

「リリア様!」

誰かの声。

だが、遠い。

(……今、何が——)

思考が、追いつかない。

だが、本能が叫ぶ。

——危険だ。

直後。


風が、弾けた。

無理やり、風を放出する。

「っ……!!」

暴風が走る。

何かを“弾いた”感覚はない。

しかし、消されていない。

「……はあ……っ、はあ……っ」

息が荒くなる。

(今の……当たった……?)

どちらとも言えなかった。

だがーー


一つだけ、はっきりしている。

(……いる)

見えないだけで、

確実に、“この場所にいる”。

そしてーー


(狙われてる)

私が。

リリアの視線が、鋭く細まる。

風が、唸る。

だがーー

その奥で、ほんのわずかに。

恐怖が、揺れていた。

耳の奥で、自分の鼓動がやけに大きく響いている。

(……落ち着け)

リリアはゆっくりと息を整える。

まだ、崩れてはいない。

冷静さも、保てている。

だが。


(状況は最悪ね)

視線を巡らせる。

残っているのは、わずか三人。

最初の半分以下。

それもーー

「……」

誰も、まともに動けていない。

冷静だが、混乱している。

無理もない。

見えない、触れられない。

なのに、確実に“消される”。

(……情報がなさすぎる)

だが。


完全な無ではない。

そこに“いる”。

ただ——

(認識が追いついてないだけ)

そこまで思考を整理する。


「……聞いて」

リリアが低く言う。

全員の視線が、集まる。

「相手は見えない。でも、この場所に存在はしてる」

事実をはっきりと伝える。

「…….本当ですか」

「ええ」

即答。

「完全には無理でも、あいつを弾くことならできるはず」

それだけで、わずかに空気が変わる。

微かな希望が生まれる。

「じゃあ……どうすれば」

「やることは一つよ」

普段は柔らかいリリアの目が、鋭く細まる。

「範囲を潰せばいい」

風が、再び集まる。

今度は先ほどよりも、さらに極端に。

半径数メートル。

その内側だけを、徹底的に制圧する。

「この中に入ってきたら——終わり」

静かに言い切る。

全員が、息を呑む。

「……やるしかない、ですか」

騎士が呟く。

もう、逃げ場はない。

森の奥。

帰還も不可能。

ならーー

ここで、耐えるしかない。


「警戒」

リリアが小さく言う。

その瞬間。


……フュワン。


空気が、歪む。

今までで、一番はっきりと。

(来た——!)

風を叩き込む。

圧縮された刃が、空間を削る。

ーー“何か”に触れる。

「っ!」

確かな手応え。

弾く。

「そこにいるでしょ!!」

声と風を叩きつける。

だがーー

次の瞬間。


「——っ!?」

視界が、ブレた。

さっきと同じ。

一瞬、世界がズレる。

(……これが……!?)

その“ズレ”の直後。


「がっ——!?」

横にいた騎士の体が——

途中で、消えた。


「っ……!」

歯を食いしばる。

(同時とか反則じゃない……!)

見えないのではない。

“認識を外されている”。

その一瞬でーー

持っていかれている。


「……舐めないで」

魔力を、さらに引き上げる。

風が、悲鳴を上げる。

制御の限界に近い。

だがーー

止めない。

「……全部、削り取る」

存在ごと。

風が、荒れ狂う。

もはや防御ではない。

殲滅。

“そこにある可能性”すべてを。


「偉大なる風の精霊よ。力をお貸しください。」

「——っ、シルヴァフェリオンディア!!」


解放する。

風が、爆ぜる。

周囲の木々が大きな音を立てて削り取られ、枝が粉になり、地面が抉れる。

その中心でーー


リリアは立っていた。

荒い呼吸。


「……はあ……っ、はあ……っ」

(今のは——)

確かに、“何か”を削った。

手応えが、あった。

それでも——


「……まだ、いる……」

消えていない。

終わっていない。

むしろ、

(……近づいてる)


ぞわり、と。

背筋に、悪寒が走る。

すぐ、後ろ。

振り向く。


——何もいない。

(……いるのは、いる)

確信だけが、ある。

「っ……!」

ーー前から来た。

風を、振り向いたそのままの勢いで叩き込む。

だが——


遅い。

(——来る!)

本能が叫ぶ。

その瞬間。


世界が——

わずかに、ズレた。

(……まずい——)

動こうとする。

だが、間に合わない。


(ここで——)

終わるの……?


そう思った、その時。

——ズレが、止まった。

「……え?」

体が動く。

確かに来ていたはずの“何か”が、

リリアの前から消えている。


「何、が……?」

空気が、変わる。

さっきまでの重圧が——

途切れた。

(……何が起きて——)

その混乱の中。

リリアは、ゆっくりと顔を上げる。

そして。

前を見る。


——そこに。


見覚えのある“誰か”が、立っていた。


「無理すんなって言ったろ。リリア」

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