光の深化
次の日。
澄んだ空気の中、ルミナール戦闘演習場にはすでに数人の冒険者の姿がある。
ソウマは光魔法を練習していた。
剣の音。
足音。
短い掛け声。
その中でーー
「また来たのか」
フィアの声が静かに落ちる。
「一応な」
ソウマは軽く肩を回しながら答える。
隣ではリリアが小さく息を吐いた。
「朝から付き合うのも大変なんだからね」
「ついてきてるのはリリアだろ」
「だって、迷子になったら大変でしょ?」
「子供かよ」
「子供でしょ」
軽く言い合いをする空気は、昨日より軽い。
「じゃあ、昨日の続きからいこうか」
フィアはすぐに本題へ入る。
「フラルクス、ノクスル、ルクスレイド」
三つの名前を順に並べる。
「順番にやってみて」
「ああ」
ソウマは一歩前へ出る。
深く息を吸う。
吐く。
(……掬う)
空間へ意識を向ける。
昨日よりも、はっきりと“そこにある”と分かる。
手を伸ばす。
「フラルクス」
閃光が弾ける。
昨日より、明らかに強い。
収束も速い。
「いいじゃないか」
高評価をもらえた。
「次」
ソウマは頷く。
視線を杭へ。
(……流す)
「ノクスル」
光が、杭へと移る。
淡く。
だが、安定している。
少し意識を逸らす。
ーー消えない。
「……維持できてるわね」
リリアが言う。
「昨日よりいいじゃない」
ソウマは軽く頷く。
(問題ないな)
流れは掴んでいる。
「最後」
フィアの声。
空気が、わずかに引き締まる。
「ルクスレイドだ」
ソウマは目を閉じる。
(……整える)
掬う。
圧縮する。
逃がさない。
一点に集める。
「ルクスレイド」
光が収束する。
細く。
鋭く。
ーーだが。
まだ、完全な剣ではない。
棒。
だが、昨日より明らかに密度は高い。
「……」
ソウマはそれを握る。
重さ。
感触。
“存在がある”。
軽く振る。
空気が裂ける。
「……っ」
リリアが小さく頷いている。
だがーー
崩れない。
(いける)
そのまま、もう一度振る。
今度は強く。
光の軌跡が残る。
それでも、崩れない。
「……いいね」
フィアの声が、わずかに柔らかくなる。
「安定してるじゃないか」
ソウマは無言で頷く。
だがーー
(……まだ足りない)
自分で分かる。
完成には程遠い。
「形は……まだ棒だね」
「そうだな」
フィアは一歩近づく。
「でも、それでいい」
短く言い切る。
「最初から剣にしようとするな」
「……?」
「形は後からついてくる」
その言葉は、妙に重みがあった。
ソウマは光を維持したまま、ゆっくりと息を吐く。
(……形に拘るな)
一度、意識を変える。
“武器”ではなく、
ただの“密度の塊”。
そう認識する。
その瞬間。
光の揺らぎが、ほんのわずかに減った。
「……いい反応だ」
フィアが呟く。
「今の感覚を忘れないで」
ソウマは小さく頷く。
そのまま、数秒維持する。
だがーー
じわり、と負荷が増す。
(……くるな)
限界。
無理はしない。
魔力を抜く。
光が、静かに消えた。
「はあ……」
息を吐く。
「いい感じよ」
リリアが言う。
「昨日と比べたら別人よ」
「そこまでか?」
「そこまでよ」
即答、断定だった。
フィアも、わずかに頷く。
「今日は応用に入る」
「応用?」
「そう」
フィアは手を上げる。
光が、指先に集まる。
「操作する」
そのまま、光が滑るように移動した。
直線。
曲線。
円。
自由に、軌道を描く。
「……」
ソウマは目を細める。
(……操作か)
「固定するだけじゃない」
フィアは続ける。
「流す、曲げる、留める」
その言葉と同時に、光が複雑な軌道を描いた。
「全部できて、初めて“使える”」
「なるほどな」
ソウマは小さく息を吐く。
(やるか)
再び、手を上げる。
光を空間から掬う。
「フラルクス」
小さく発動。
光を残す。
その光をーー
動かす。
(……動け)
ゆっくりと。
意識で押す。
光が、わずかに揺れる。
ーー動いた。
確かに、動かせる。
もう一度。
今度は少し強く。
光が、横へ滑る。
「いい」
フィアの声。
ソウマはそのまま集中を続ける。
押す。
引く。
曲げる。
ぎこちない。
だが、確実に動く。
(……できるな)
光へ意識を移す。
動かす。
制御する。
「……慣れてきたね」
フィアの声。
ソウマは光を維持したまま、ゆっくりと頷いた。
昨日より、確実に。
一段、深い場所に踏み込んでいる。
「……今日はこの辺にしよく」
フィアの一言で、訓練は区切られた。
「無理に続けると、疲労が溜まって倒れるからね」
「倒れるのかよ」
ソウマは軽く息を吐く。
体の奥に残る、独特の疲労。
筋肉ではない。
だが確かに、消耗している。
「それにーー」
フィアは少しだけ視線を外す。
「実戦も必要だ」
「実戦、か」
リリアが腕を組む。
「ちょうどいいのがあるわよ」
そう言って、ソウマの方を見る。
「簡単な討伐クエスト。大体いつもある」
「どんなのだ?」
「低級モンスターの群れ。数はそこそこだけど、強くはない」
「……なら丁度いいな」
フィアが頷く。
「行ってきなよ」
「いいのか?」
「基礎はもう掴んでいるからね。あとは使って覚えるだけだ」
短く、だがはっきりとした言葉。
ソウマは小さく頷いた。
「分かった」
ギルドに戻ると、朝よりも人が増え、ざわめきが強くなっていた。
掲示板の前には、何人もの冒険者が集まっている。
「これね」
リリアが一枚の紙を指さす。
“草原地帯・ピスカルト討伐(小群)”
「ピスカルト……?」
「兎型の魔獣よ。見た目は可愛いけどね」
リリアが先生モードになっている。
「牙があって、群れで来る。まあでもーー」
「危険度は低い、と?リリア先生」
「先生って呼ばないでよ、もう」
口を膨らませるリリアを見て笑う。
しかし、次の言葉でその笑みも消える。
「そんなこと言うなら、教えてあげないから」
「ごめんなさい、許してください」
もう、と言いながら、リリアは依頼を剥がし、受付へ向かう。
手続きはすぐに終わった。
「じゃ、行きましょうか」
「そうだな」
街の外。
門を抜け、少し歩いた先に広がる草原。
風が草を揺らす。
視界は開けている。
「この辺りね」
リリアが周囲を見渡す。
「気配は」
その時。
ざわ、と草が揺れた。
「来たかな」
ソウマが小さく呟く。
次の瞬間。
草の中から、小型の魔物が飛び出してきた。
赤い目。
鋭い牙。
ピスカルトだと分かる。
一体、二体ーー
「……六体か」
「まあまあね」
リリアが軽く構える。
だがーー
「ちょっと試す。任せろ」
ソウマが一歩前に出た。
(……使う)
意識を切り替える。
空間から、光を掬う。
「フラルクス!」
ソウマが唱える。
閃光が走る。
一瞬で、視界が白に染まる。
「キィッ!?」
ピスカルトの動きが止まる。
目をくらませた。
「今だ」
そのまま、次へいく。
掬った光を流すイメージ。
「ノクスル」
生命に流すのは初めてだったが、難なく付与。
淡く発光する。
「いいじゃない」
リリアが褒める。
「位置が分かるわね」
「我ながらよくできた、と思う」
ソウマは一気に踏み込む。
(……形は気にするな)
意識を集中。
光の密度を上げる。
「ルクスレイド!」
詠唱する。
光が収束しーー
棒状になる。
十分だ。
光の棒を振る。
一体に向けて、棒を振るった。
手応えがある。
確かに、“当たった”。
「……っ」
自分でもわずかに驚く。
だが、止まらない。
二体目が飛びかかる。
横へ。
避ける。
そのままーー振る。
光が軌跡を描く。
ピスカルトは切り裂かれ、光の粒となって消えた。
「いい動きよ!」
リリアの声。
残りは四体。
だがーー
すでに統制は崩れている。
「散らしましょう」
「了解」
散らして一体ずつということだろう。
「ルフェリア」
リリアが魔法を唱える。
風が操られ、ピスカルトの位置がばらける。
「ノクスル」
二体目に印。
位置を把握する。
(……見える)
動きが、読める。
理覚ではない。
だが、それに近い感覚。
「フラルクス!」
再び閃光を出す。
動きが止まる。
その隙にーー
踏み込む。
光の棒を振る。
一体。
もう一体。
光が弾け、魔物が消える。
残り二体。
ピスカルトは逃げの体制に入る。
「逃がさない」
リリアが風で進路を塞ぐ。
ソウマは距離を詰める。
「ルクスレイド!」
光が収束する。
振る。
一体。
最後の一体もーー
そのまま仕留めた。
風が草を揺らす。
「……終わりね」
リリアが息を吐く。
「……ああ」
ソウマは光を消す。
手を見つめる。
(……使えたな)
確かな実感。
戦闘の中で、問題なく。
「初実戦でこれは上出来すぎるわね」
リリアが半ば呆れたように言う。
「そうか?」
「そうよ」
即答。
「普通もっと手こずるわ」
ソウマは小さく息を吐く。
(……足りないな)
勝てた。
だがーー
余裕ではない。
まだ粗い。
まだ甘い。
「でも」
リリアが少しだけ真面目な顔になる。
「ちゃんと“戦えてた”」
その一言は、軽くはなかった。
ソウマは小さく頷く。
「ああ」
空を見上げる。
光が、草原を照らしている。
(……届くか)
まだ遠い。
だがーー
確実に、前には進んでいる。
「帰るか」
「そうね」
二人は、街へと戻り始めた。
街へ戻る道。
夕方の光が、ゆっくりと傾き始めていた。
草原の風は少しだけ冷たく、昼間の熱を静かに押し流していく。
「思ったより早く終わったわね」
リリアが軽く伸びをする。
「まあ、あの程度ならな」
ソウマは短く答える。
実際、手応えはあった。
フラルクス、ノクスル、ルクスレイド。
どれも、実戦で問題なく使えた。
(まだ粗いが)
それでもーー
(確実に使える)
その事実は大きい。
「でも、ちょっとびっくりした」
リリアが横目で見る。
「何がだ?」
「ソウマ、戦い方がもう“慣れてる”のよ」
「……そうか?」
「そうよ。初めてとは思えないわ」
ソウマは少しだけ考える。
(……理覚、か)
無意識の補助。
動きの先読み。
それが、戦闘の質を底上げしている。
(それか、現世の記憶か)
「まあ、向いてるんじゃないか」
軽く流す。
リリアは少しだけ目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。
やがて——
町の門が見えてくる。
ソウマも頷く。
ーーその時。
ほんのわずかに。
ざわり、と。
(……)
頭の奥が、揺れた。
一瞬だけ。
だが確かに、“何か”が触れた感覚。
(……遠いな)
昨日のような強い干渉ではない。
ただの“気配”。
(……問題ない)
思考を切る。
今はーー
それ以上、踏み込まない。
門をくぐる。
街の空気が、体に馴染む。
人の声。
生活の音。
生活が、動いている。
——はずだった。
「……なんか、騒がしくない?」
リリアが足を止める。
「確かにな」
いつもより、人の動きが速い。
ざわめきが、強い。
「ギルドの方か……?」
視線を向ける。
人の流れが、明らかに一方向へ向かっている。
「行くか」
「ああ」
二人はその流れに乗るように、ギルドへ向かった。
ギルドに着いた。
扉を開けた瞬間ーー
空気が違った。
ざわめき。
緊張。
焦燥。
いつもの喧騒とは、明らかに質が違う。
「なんだこれ……」
ソウマが小さく呟く。
掲示板の前に人だかりができている。
だが、誰も軽口を叩いていない。
「緊急、っぽいわね」
リリアの声のトーンが低くなる。
その時。
「リリア様!」
声が飛んだ。
振り向くと、ギルドの職員がこちらへ駆け寄ってくる。
「ちょうど良かった!探してたんです」
「何?」
リリアの表情が一瞬で変わる。
仕事の顔。
「緊急クエストです。貴女に、招集がかかっています」
「内容は?」
即答。
「……それが、まだ詳細は出てないんです」
「え?」
リリアが眉をひそめる。
「どういうこと?」
「分からないんです。ただーー」
職員は一瞬だけ言葉を詰まらせる。
その表情に、わずかな恐怖が滲む。
「……複数のパーティが……帰りません」
「……」
空気が、止まった。
「なぜそう分かるの?」
「あの方が。パーティのメンバーです……」
ソウマは無言でその言葉を聞く。
「分かったわ。あとであの人のところに行く。場所は?」
リリアの声は冷静だった。
「北側の森林地帯……ネグラディアの領域に近い場所です」
その一言で、すべてが繋がる。
「上位メンバーが優先招集されています」
職員が続ける。
「リリア、貴女も対象です。どうか同行を」
「分かった」
即答だった。
迷いはない。
「とりあえず、あの人に話を聞くわ。ソウマ!」
「俺も?」
「行けないけど、話は聞いておきたいんじゃないの?」
「そうだけど」
「じゃあ来なさい」
その人の前に立った。
その生還者は話し始める。
「私は、このガルネスのヴァルストラ騎士団の団員です。名前は、事情により名乗れません」
「いいわ。それなりに事情があるだろうから。続けて」
「お気遣い感謝します。私はあるパーティに助人として呼ばれていました。私の呼ばれたパーティは、ギルド内でも屈指の実力を持つ、ラドックのパーティと、北側の森へ向かいました」
……は?
「ラドックって、あのラドックか……?」
「残念ながら、先の支配竜調査隊の団長の、ラドックです……」
「嘘だろ、おい……嘘だと言ってくれ!」
「……」
「言わないのか……」
いや。
「言えないんだ……」
大きな喪失感がソウマを襲う。
(あいつが、あの強いラドックが死んだ……?)
「あいつが、死ぬなって言ったんだろ、くそ!」
「……話を続けて」
「良いのですか?」
「良くないけど!良くないけど、聞かなきゃいけないじゃない……」
静寂が流れる。
間が空いて、騎士団員は話し始める。
「では、話の続きをさせていただきます。北側の森に着いた私たちは、しばらくその場を捜索していました。日が暮れたら、このキャンプに戻ってこよう、と話してから、ラドックたちと別れました。私たちのパーティは問題なく全員戻って来ました。私たちは……。」
ここで一旦間を置く。
「ラドックたちのパーティは、一人しか戻って来ませんでした。もちろん、私たちはその人に何があったか聞いていました。話している最中に、ふと言葉が途切れたかと思うと、ーーその人は消えていました。周りを見渡すと、私たちのパーティもーー。私しか、その場にいませんでした……。申し訳ございません」
「謝ることは、ないわ。あなたのせいで失ったわけじゃないもの」
「ですが……」
「ただ、その消えた人たちは?奪ったのは?」
「それが、全く正体が分からないのです……。急に消えていたものですから、目に入れることすら叶わず……」
「分かったわ。話してくれてありがとう。準備してくるわね」
そう言って、リリアは踵を返す。
だがーー
一歩だけ進んで、止まる。
そして、振り返る。
「ソウマ」
その視線は、真っ直ぐだった。
「今日は休んでおきなさい。魔力も使って、肉体的にも精神的にも疲れてるはずよ」
「……」
言葉が詰まる。
だがーー
「これは俺が関わるべきじゃないってことぐらいは分かる」
はっきりと言い切る。
「話が早くて助かるわ」
「無理するな。必ず、帰って来いよ」
リリアは小さく頷き、そのまま人混みの中へ消えていく。
残されたソウマ。
ざわめきの中。
一人、立ち尽くす。
ざわり。
また、来た。
今度は、ほんのわずかに強い。
(……)
意識を向ける。
ほんの一瞬だけ。
ーー触れる。
遠く。
だが確かに。
“何か”がある。
そしてーー
それは、森の方角。
(……やっぱりか)
ネグラディア。
ーーだけでは、ない。
そんな“気配”。
頭の奥に、あの感覚がよぎる。
“観測”
(……またかよ)
苛立ちが滲む。
だが——
同時に。
わずかな、確信。
(……近いな)
あれは。
まだ、そこにいる。
そしてーー
“こっち”も見ている。
確実に。
何かが、動き出していた。
夜は、まだ来ていない。
それでもーー
“何か”は、すでに始まっている。




