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死ぬ直前だけ発動する時間停止能力を手に入れた俺、知恵だけで異世界を生き抜く  作者: tsugumi.


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10/16

跪くものたち

少し長ーくなりました。

最後までお付き合いください。

夜明け前の空は、深く沈んだ群青色をしていた。


東の空の端だけが、ほんのわずかに白み始めている。

星はまだ残っているが、その光はどこか弱々しく、やがて訪れる朝に押し流されていく途中だった。

空気は冷たい。

肌に触れると、眠気など一瞬で消し飛ぶような鋭さを持っている。

息を吐けば白くなり、すぐに消えた。


ガルネスの町は静まり返っていた。


普段なら夜更かしの客や、夜番の衛兵の足音がどこかから聞こえる時間だ。

だが、今日は違う。

不自然なほどの静寂。

それはまるで、町全体が息を潜めているかのようだった。

――その中心にあるのが、冒険者ギルドだった。

建物の前には、すでに数十人の冒険者が集まっている。

松明の火がいくつも焚かれ、揺れる橙色の光が彼らの装備を照らしていた。

鎧の金属光沢が鈍く輝き、剣や槍の刃がちらりと光を返す。

静かだ。

たが、無音ではない。

装備を調整する小さな音。

防具の革が擦れる音。

金属が触れ合う微かな音。

押し殺した声で交わされる短い会話。


そのすべてが混ざり合い、張り詰めた空気を形作っている。

ソウマはその中に立っていた。

腕を軽く組み、周囲を観察する。

「……多いな」

思わず口に出た。

予想していたよりも、明らかに人数が多い。

リリアが隣で頷く。

「三十……いや、四十近い数がいるわね」

「調査って規模じゃないな」

「相手が支配竜だからね」

その名前を口にした瞬間、胸の奥がわずかに重くなる。

ソウマは視線を巡らせる。

そこにいるのは、ただの冒険者ではない。

一目で分かる。

“強い”。

背丈ほどもある大剣を背負った男は、微動だにせず立っている。

全身を鋼の鎧で覆った騎士は、呼吸すら一定だ。

ローブの魔術師は、目を閉じたまま小声で詠唱を繰り返している。

軽装の斥候は、いつの間にか位置を変えていた。

誰一人として浮ついていない。

それが逆に、この場の異様さを際立たせていた。

(……場違いだな)

素直な感想だった。

だが同時に思う。

ここにいる以上、同じ場所に立つしかない。

ソウマは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

その時。


「お前たち」

低く、よく通る声が横からかかった。

振り向く。


そこに立っていたのは、巨体の男だった。

分厚い首。

岩のように盛り上がった筋肉。

背中には巨大な戦斧。

リリアが小さく呟く。

「……ラドック」


男――ラドックと呼ばれた人物は二人を見下ろした。

「竜を見たってのは、お前たちで間違いないな」

「まぁな」

ソウマは肩をすくめる。

ラドックはしばらく黙って二人を見つめた。

値踏みするような視線。

視線だけで圧を感じる。

「生きて戻ったのは運だ」

「それは分かってる」

「なら、もう一つ覚えておけ」


一歩、距離を詰める。

「森の奥には入るな」

言葉は短いが、重い。

ソウマは眉をわずかに上げる。

「調査だろ?」

「調査するのはわしらだ」

即答だった。

「お前たちは案内役。それ以上は役割外だ」

「……」

「踏み込めば死ぬ」

断言された。

一切の迷いがない。

経験から来る言葉だと分かる。

ソウマは数秒、ラドックの目を見返し――頷いた。

「分かった」

ラドックはそれ以上何も言わず、前方へ戻る。

リリアが小さく息を吐く。


「あれでも普段は優しいのよ」

「優しいっていうか……今の話は現実的すぎる」

「それだけ危険ってことね」


ソウマは森の方向へ視線を向けた。

まだ見えない。

だが確実にそこにいる。

その時だった。


ギルドの扉が開いた。

重い音。

同時に、場の空気が一瞬で引き締まる。

現れたのは町長だった。

無駄のない動き。鋭い目。

その後ろにギルドマスター。

場にいる全員の視線が自然とそちらへ向く。

町長が一歩前に出る。

「揃っているな」

低く通る声。

それだけで場が支配される。

「これより、ネグラディア調査隊を編成する」

短い宣言だが、言葉の重さが違う。

「対象は支配竜ネグラディア」

「危険度――厄災級」

「行きたくないもの、命が惜しいものはこの場で申し出よ。命の保証はできんのだから、行きたくないものは連れては行きたくない」

誰も退かない。

頷いて、町長は続ける。

「今回の目的は討伐ではない。調査だ」

一拍置く。

「群れの位置、行動範囲、支配魔物の規模。それを確認次第、撤退する」

さらに一拍。

「深入りするな」

そして――

「死ぬな」

短い言葉。

だが、それ以上の説明は必要なかった。


ギルドマスターが前に出る。

「編成を伝える」

低く響く声。

前衛、中衛、後衛、斥候、支援――

無駄のない配置が次々と告げられていく。

「ソウマ」

「おう」

「前方案内」

「了解」

「リリア」

「うん」

「中衛、戦闘支援」

リリアは頷く。

「この中にいても遜色ない実力だ」

「ありがとう」

「そろそろ行くぞ」

ラドックの言葉で外に出る。

一団は歩き続け、高い城壁のある門まで来た。

「開けるぞ」

門がゆっくりと開く。

重い音と共に、朝日が差し込む。

薄暗かった世界に、淡い光が流れ込む。

その先にあるのは――森。


調査隊は、歩き出した。


ソウマの案内で、一行はネグラディアと遭遇したあの場所へと近づいていく。

森に入った瞬間――空気が変わった。


冷たい。


だがそれは、朝の冷気とは違う。

肌に触れると、じわりとまとわりつくような重さがある。

呼吸をするたびに、肺の奥に何かが沈んでいくような感覚。

ソウマは無意識に足を止めそうになり、すぐに踏みとどまった。

(……やっぱり違うな)

あの時と同じだ。

ネグラディアと遭遇した時の森。

だが、今回はその内側に入っている。

「気を抜くな」

後方からラドックの声が飛ぶ。

低く、短い。

だがそれだけで全員の意識が引き締まる。

隊列は維持されたまま、ゆっくりと進んでいく。

前方に斥候が四人。

その後ろに前衛。

中衛、後衛と続く。


ソウマは前方寄りに位置し、地形や道の構造を考え進行方向を示していた。

「この先で少し開けるだろう」

小声で伝える。

前の斥候が軽く手を上げ、合図を返した。

言葉は最小限。

それでも意思疎通は成立している。


進む。


枝を踏まないように。

音を立てないように。

気配を消すように。

だが、それでも分かる。


“何か”に見られているということを。

ソウマは何度か振り返りそうになり、堪えた。

(……いる)

気配ではない。

視線でもない。

もっと曖昧なもの。

だが確実に感じる。

その違和感は、進むほどに強くなっていった。

やがて、張り詰めた空気を裂くように――

「止まれ」

斥候の声。


全員が即座に足を止める。

一切の無駄がない。


「前方、三方向に反応」

小声。

ラドックが前に出る。

「数は?」

「十……いや、もっといる。隠れてやがる」

沈黙。

空気が張り詰める。


次の瞬間。

――来た。

茂みが弾ける。

黒い影が飛び出す。


一体、二体、三体――

次々と。

狼型の魔物。

だが、明らかに異常だった。


体格が大きい。

筋肉が膨れ上がり、皮膚の下で蠢いている。

牙は異様に長く、涎が糸を引く。

そして――目。


赤い。

理性の欠片もない光。


「支配個体だ!」

誰かが叫ぶ。

「前衛!」

ラドックの声。

同時に、前衛が前に出る。


衝突。

金属と肉がぶつかる音。

ラドックの戦斧が振るわれる。


一撃だ。


狼の胴体が歪み、地面に叩きつけられる。

骨が砕ける音。

別の個体が飛びかかる。

だが、支援の盾が受け止める。

「今だ!」

横から剣が入り、首を断つ。

連携は、

完璧に近い。


だが――数が多い。

左右から回り込む狼。

後衛を狙う動き。

「来るぞ!」

リリアが前に出る。

「ゼルガリア!」

不可視の刃が走る。

三体の両足を同時に断つ。

動きが止まる。


「今!」


前衛が仕留める。

だが一体、先に跳んでいた。

ソウマの方へ。

「――!」

反射的に剣を抜く。


振る。

駄目だ。

浅い。

止まらない。

噛みつかれる――

直前。


横から槍が突き出された。

魔物の頭部を貫く。

血が飛ぶ。


「下がれ!」

中衛の男。


ソウマは一歩下がる。

呼吸が乱れる。

(……遅い)


自覚する。


自分の弱さに。

自分の立ち位置。

ここは前線ではない。


「後ろにいて」

リリアの優しい声。

ソウマは頷き、位置を少し下げる。


戦闘は続く。

一体ずつ確実に処理されていく。

だが。

「……また来た」

斥候の声。

次の瞬間。


第二波。

さらに多い。

「ちっ、キリがねぇな!」

ラドックが舌打ちする。


狼の動きが変わる。

何と、連携している。


前から圧をかけ、横から回り込み、隙を狙う。

ただの獣の動きではない。


「統率されてる……!」

リリアが歯を食いしばる。

ソウマの背筋が冷える。


(これ……ネグラディアだな)

直接ではない。

だが確実に影響している。


戦闘が激化する。

魔法が飛び交う。

剣がぶつかる。

血が飛び散る。


時間が長く感じる。

実際には数分。

だが、密度が違う。

「左押されてる!」

「援護入る!」

「前衛、ライン維持!」

声が飛ぶ。

それでも崩れない。


強い。

この隊は、確実に精鋭だ。

やがて。

最後の一体が倒れる。


だが誰も気を抜かない。


「……はぁ」

誰かが息を吐く。


「被害は?」

「軽傷三」

「問題なし」

だが――空気は軽くならない。

ソウマは膝に手をつき、呼吸を整える。


その時。


ざわっ……


頭の奥。

永続性特有の「理覚」の反応だ。

今までよりも、はっきりとした反応。

方向。

距離。

そして――

“意思”。

つまり、ーー叡智。

(……なんだ、これ)

ただの感覚じゃない。

何かが“いる”。


それを理解しようとしている。

森の奥。

もっと深い場所。

「ソウマ?」

リリアが声をかける。

「……いや、なんでもない」


だが視線は奥に向いたままだった。

その時。

斥候が戻ってくる。

「前方、さらに魔物の痕跡」

ラドックが舌打ちする。

「引き返すか?」

一人が言う。

だがギルドマスターが首を振る。

「まだ浅い。ネグラディアの情報はほぼ無しだ。収穫ゼロでは帰れんぞ」


すぐに判断する。

「進む」

再び隊が動く。

だが、全員が理解していた。

ここから先は――

さっきよりも危険だと。

ソウマの頭の奥が、再びざわつく。


理覚。

それは、はっきりと頭に示していた。

“近づいている”と。


森の奥へ進むほどに、空気は重くなっていった。

ただ冷たいだけではない。

何かに押さえつけられているような圧迫感。

呼吸をするたびに、肺の奥に沈殿していく異物感。

誰も口には出さない。

だが、全員が感じていた。


ここはもう“普通の森”ではない。

ネグラディアの支配圏。

その中枢へと、確実に近づいている。


「……妙だな」

前方を進むラドックが低く呟く。

「何がだ?」

近くの冒険者が返す。

「さっきの群れだ。数が多すぎる」

「確かに……あの密度は異常だ」

会話は短い。


だが、そこに含まれる意味は重い。

ソウマも同じことを感じていた。

(あれだけじゃない……まだいる)

気配は感じない。

だが、確信があった。

森の奥には、まだ“何か”が控えている。


理覚がざわつく。

さっきよりも強く。

はっきりと。

方向を示すように。

「……」

ソウマは無意識にその方向を見ていた。

視線の先。

木々の奥。

暗い影が見える気がした。

そのさらに向こう。

(近い……)

そう思った瞬間だった。

「止まれ」

斥候の声。

全員が止まる。

張り詰めた空気。

「前方――異常確認」


その言葉に、ラドックが前に出る。

「何事だ」

「……分からん」

斥候の声がわずかに硬い。

「だが、嫌な感じがする」

数秒の沈黙。

その時。

――地面が、わずかに震えた。

ソウマは目を見開く。

「……今の」

「聞こえたぞ」

ラドックの声。


次の瞬間。

茂みが一斉に揺れた。

だが、飛び出してくる気配はない。


静かだ。

あまりにも静かすぎる。


「……囲まれてる」


誰かが呟いた。

その直後。

一斉に現れた。

前方、左右、後方。

あらゆる方向から。

魔物。

数が違う。

さっきとは比べ物にならない。

二十、三十――いや、それ以上。


狼型だけではない。

大型の獣型。

甲殻を持つ異形。

四足ではない、不自然な形のもの。

そして共通しているのは――


赤い目。

「……来るぞ」

ラドックが低く言う。

次の瞬間。

魔物たちが一斉に動いた。


――――――


戦闘は、さっきとは別物だった。

圧倒的な数。

同時多方向からの攻撃。

連携。

完全に統率されている。

「前衛、円形陣!」

ギルドマスターの声が響く。

即座に隊形が変わる。

前衛が外周を固める。

中衛と後衛を内側に、防御陣形。

「来るぞ!」

衝突。

四方から魔物が押し寄せる。

ラドックの斧が振るわれる。

だが、数が多すぎる。


数体倒しても、次が来る。

盾が軋む。

剣が弾かれる。

「右、押されてる!」

「援護!」

魔術が炸裂する。


炎が広がり、数体を焼く。

だが止まらない。

「くそっ……!」

誰かが叫ぶ。


疲労が見え始める。

呼吸が荒くなる。

動きがわずかに遅れる。

そこを狙われる。


「ぐっ……!」


一人が弾き飛ばされる。

すぐに別の者がカバーに入る。

余裕がない。

ソウマは内側で状況を見ていた。

(……多すぎる)

これ以上長引けば、崩れる。

その時。

リリアが叫ぶ。


「ソウマ!」


振り向く。

一体が内側に入り込んでいた。

一直線に突っ込んでくる。

ソウマは剣を構える。

だが――速い。

間に合わない。

その瞬間。


――ざわっ……


頭の奥が強く揺れた。


理覚。

今までとは違う。

“反応”ではない。

“警告”。

(――左)

直感。

体が動く。

半歩、横へ。

次の瞬間。


魔物の牙が、さっきまで自分がいた場所を噛み砕いた。

「……っ!」

息が止まる。

だが同時に。

(見えた)

動きが分かる。

次の瞬間の動きが。

ソウマは剣を振るう。

正確に。

魔物の首を断つ。

血が噴き出す。


倒れる。

ソウマはそのまま動きを止めた。

(今の……)

考える暇はない。


次が来る。

だが、さっきと違う。

分かる。

動きが読める。

「読めるだけじゃ意味ねぇっつーの!」


しかも、頭の奥が軋む。

痛み。

情報が流れ込む。

(多い……多すぎる……)

感じる。


魔物の位置。

動き。

だが、それ以上に、“奥”。

森のさらに奥。

巨大な存在。

それが――


「……っ」

ソウマは思わず膝をつきかける。

「ソウマ!?」

リリアが支える。

「大丈夫……?」

「……ああ」


だがやはり視線は奥に向いたままだった。

その瞬間。


――静寂。


不意に、戦闘音が途切れた。


魔物の動きが止まる。

全員が息を呑む。

次の瞬間。

響いた。

咆哮。

低く、重く、圧倒的な音。

空気が震える。

森が揺れる。

本能が理解する。

これは――

「……竜だ」

誰かが呟く。

ラドックですら顔をしかめる。

「撤退準備だ!」

ギルドマスターの声が飛ぶ。

だが、その声さえもかき消されそうになる。


圧。

存在。

そのすべてが、別格だった。

ソウマの頭の奥が爆発するようにざわつく。

理覚。

はっきりと分かる。

“そこにいる”。


そして――

“見ている”。

ソウマは確信した。

ネグラディアは今。

この場の全員を。


完全に認識した。

視線が、合った気がした。

森の奥。

見えないはずの距離。

それでも、確実に。

ーー見られている。

背筋を冷たいものが走る。

その瞬間。

魔物たちが一斉に後退した。

道を開けるように。

そして一斉に跪く。


静寂がこの場を支配する。

誰も動けない。

ソウマは震える指を握りしめる。

理解していた。

これは――

「……警告だ」


誰かが呟いた。

ネグラディアは。

この場を、支配している。

そして。


必要なら、いつでも――

全てを終わらせられる。


(……勝てるわけがない)

ソウマは、初めてそう思った。

圧倒的な差。

絶望的な存在。


それでも、目を逸らすことはできなかった。

(……あれは、敵じゃない)

理覚が、そう告げていた。

だが――

それは、もっと危険な意味だった。

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