依頼探し
小鳥のさえずりと共に目覚めた朝は、この3年間で最も清々しいものだった。
隣のベッドですやすやと眠る銀色の髪の少女の寝顔を確認し、俺は静かに身支度を整える。
1階の食堂でアリサと共に朝食を平らげた後、俺は今日の方針を伝えることにした。
「いいかアリサ。今日はここで留守番だ」
「えっ……?」
最後の一口を頬張っていたアリサの動きがピタリと止まる。
パン屑を口元につけたまま、オッドアイが不安げに揺れ動いた。
「ど、どうして? 私も行くよ! クリスお兄さんと一緒にいたい!」
「だめだ。これから行く場所は子供には早すぎる」
「むぅ……子供扱いしないでよぉ。私だって……私だって走れば速いんだから!」
「そういう問題じゃないんだ。俺が行くのは冒険者ギルドだ。酒と汗と血の匂いが充満する、荒くれ者どもの巣窟だぞ?」
「う……」
冒険者ギルド。それは魔物退治や素材採取を生業とする者たちが集う場所。
当然、そこにいるのは柄の悪い連中ばかりだ。昨夜の路地裏のような輩が何十人もたむろしている場所と言えば分かりやすいか。
そんな場所に、訳ありの銀狼族の少女を連れて行くわけにはいかない。無用なトラブルを招くだけだ。
「昨日のような怖いおじさんたちが沢山いるんだぞ? それでも行きたいか?」
「そ、それは……やだ……」
「だろ? だからここで大人しく待ってるんだ。部屋から出なければ安全だ」
「でも……一人ぼっちは……」
アリサは俯き、スカートの裾をギュッと握りしめる。
昨晩の寂しさが蘇ってきたのだろう。尻尾が力なく垂れ下がっている。
無理もない。だが、ここで甘やかすわけにはいかない。俺の今日の仕事は、今後の俺たちの生活費を稼ぐための大事な一歩なのだから。
「すぐに戻るさ。昼過ぎには帰ってくる予定だ」
「ほんと……?」
「ああ。それに、いい子にしてたら帰りに市場で甘いお菓子を買ってきてやる」
「お菓子!?」
現金なもので、アリサの耳がピクリと反応した。
「聞いた話じゃ、ラトリアの名物は蜂蜜をたっぷりかけた焼き菓子らしいぞ? 外はサクサク、中はとろーり甘い蜂蜜が……」
「た、食べる! 私、いい子にしてる!」
「よし、いい返事だ」
俺はアリサの頭をワシャワシャと撫でてやる。
サラサラとした銀髪の感触が心地よい。アリサも目を細めて嬉しそうに撫でられている。
「鍵はしっかりかけておけよ。誰も部屋に入れるな」
「うん! いってらっしゃい、お兄さん!」
元気に手を振るアリサに見送られ、俺は宿を後にした。
さて、パパとしての仕事も板についてきたが、本業の方も片付けなければな。
◇
宿から歩いて数ブロック。
剣と盾が交差した看板を掲げた大きな建物が、ラトリアの冒険者ギルドだ。
重厚な両開きの扉を押し開けると、予想通りの喧騒と熱気が俺を出迎えた。
「おい聞いたかよ、昨日のオーク討伐の話……」
「次の遠征はどうする? ポーションが足りねぇぞ」
「ガハハハ! その話は傑作だな!」
昼間から酒を煽る者、パーティメンバーと作戦会議をする者、受付嬢に無駄がらみをする者。
かつてSランクパーティに居た頃と変わらない、むさ苦しくも懐かしい光景だ。
俺は極力目立たないように、フードを目深に被ったまま掲示板へと向かった。
「さてと……稼げそうな依頼はあるか……?」
壁一面に貼り出された羊皮紙の数々。
そこには様々なランクの依頼が記載されている。
Eランクの『薬草採取』や、Dランクの『下水道の掃除』。
地味で安全だが、報酬は雀の涙だ。これでは宿代と食費を稼ぐだけで精一杯だろう。
アリサにもっと美味いものを食わせてやるには、もう少し実入りがいい仕事が必要だ。
だが、ここで問題になるのが俺の体質だ。
『ゴブリンの群れの討伐 報酬:銀貨5枚』
『キングスネークの討伐 報酬:金貨1枚』
高報酬の依頼は、すべからく『討伐』、つまり対象を殺すことが条件となっている。
しかし俺の両手には呪いの紋が刻まれている。
左手の『奴隷紋』は人を殺せず、右手の『魔物紋』は魔物を殺せない。
つまり、俺は如何なる生物の命も奪うことが出来ないのだ。
トドメを刺そうとした瞬間、紋が発動して俺の心臓を止めてしまうだろう。
「厄介な体になったもんだ……」
討伐依頼は受けられない。
となると、採取系か護衛任務ぐらいしか選択肢がないのだが……
俺の視線が、掲示板の端に貼られた一枚の依頼書に留まった。
『グリフォンの討伐 ランク:B』
『場所:ラトリア南方岩山地帯』
『依頼主:ラグーン商会』
『報酬:金貨10枚』
Bランクの討伐依頼。
グリフォンと言えば、鷲の上半身とライオンの下半身を持つ獰猛な魔獣だ。空を飛び、鋭い爪と嘴で獲物を襲う。中級冒険者では束になっても敵わない強敵である。
「普通ならパスだが……」
備考欄に書かれた小さな文字に目を走らせた。
『※当商会はグリフォンの素材、特に〝羽〟の入手を主目的としている。
グリフォンの羽は高級装飾品の素材となるため、可能な限り損傷を与えずに持ち帰ること。火魔法による焼損、斬撃による切れ込み等が酷い場合は、報酬を減額する場合がある』
なるほど。
依頼主はグリフォンの死骸そのものではなく、そこから採れる綺麗な素材を求めているわけか。
魔物の素材というのは、倒し方によって価値が大きく変わる。
滅多切りにして倒せば革や羽はボロボロになり、価値は暴落する。
逆に、傷ひとつ付けずに倒せば高値で取引される。
「……これなら、いけるか?」
俺の脳内で一つの作戦が組み上がる。
殺すことは出来ない。だが、無力化することなら可能だ。
そして依頼主が求めているのは「綺麗な素材」。
ならば、死体である必要はない。
むしろ『生け捕り』にすれば、最も鮮度が良く、傷のない素材を提供できるのではないか?
「ふっ……抜け道ってのは探せばあるもんだな」
俺はその依頼書を剥がし取ると、受付カウンターへと向かった。




