表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sランクパーティを追放された魔術師は、不殺だけど最強の復讐者です~獣人少女と行く復讐旅~  作者: 功刀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

添い寝

「ほら、着いたぞ。ここが今夜の宿『白銀の月』だ」

「わぁ……お城みたい……」

「流石に城は言い過ぎだが、まともな警備とふかふかのベッドがあることだけは保証する」


 あの後、俺たちは騒ぎになった路地裏を離れ、少し高ランクの宿屋に部屋を取った。

 ごろつきから巻き上げた金があるおかげで、懐は少し暖かい。

 通された部屋はツインルームで、清潔なシーツがかけられたベッドが二つ並んでいた。

 野宿続きだった身には、天国のような環境だ。


「よしっ、と!」


 俺は革靴を脱ぎ捨て、手近なベッドにダイブした。

 放浪の旅で硬い地面に慣れきっていた背中が、驚きと喜びの声を上げているようだ。


「最高だな。奮発して正解だった」

「すごい……ベッド柔らかい!」

「今日はもう遅いし、いろいろあって疲れただろ? 泥のように眠るといい」

「うん!」


 アリサも俺の真似をして、もう片方のベッドにちょこんと腰掛けた。

 ふわりと銀色の髪が揺れ、嬉しそうに感触を確かめている。

 俺は手袋を外し、サイドテーブルに置いた。

 部屋の鍵はかけたし、ここなら誰に見られる心配もない。

 左手の奴隷紋と右手の魔物紋。忌々しい呪いの印だが、今はただの黒い模様だ。


「んじゃ、俺は先に寝るぞ。明日は早起きして市場でも見て回ろうぜ」

「…………」

「アリサ?」

「……うん。おやすみなさい、クリスお兄さん」


 俺は枕に頭を沈め、天井を見上げたまま目を閉じた。

 静寂が部屋を満たす。

 聞こえるのは窓の外の微かな喧騒と、自分の呼吸音だけ。

 ……いや、違うな。


 カサ、カサ、という衣擦れの音が聞こえる。

 それも俺のベッドのすぐ近くで。


 薄目を開けて横を見ると、そこには枕を抱えたアリサが立っていた。

 オッドアイの瞳が、暗がりの中で不安げに揺れている。


「……どうした? トイレか? 場所なら廊下の突き当たりだぞ」

「ち、違うの……」

「じゃあ水か? テーブルに水差しがあるだろ」

「ううん……そうじゃなくて……」

「喉も渇いてない、トイレでもない。ならなんだって言うんだ」


 アリサは抱きしめた枕に顔を埋め、もじもじと体を揺らしている。

 銀色の尻尾が力なく垂れ下がっていた。


「あのね……その……」

「ん?」

「……一緒に……寝ても、いい?」

「は?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を出して起き上がった。


「一緒に寝るって、このベッドでか?」

「う、うん……」

「おいおい待てよ。部屋を見渡してみろ。あっちに立派なベッドがあるだろ? しかも俺のベッドと同じサイズで、同じふかふか具合のやつが」

「うん、あるけど……」

「だったらそっちで寝ればいいじゃないか。狭いベッドで二人で寝る理由がない。せっかく高い金払ってツインの部屋を取った意味がなくなるだろ」

「そ、それはそうだけどぉ……」


 俺の至極真っ当なツッコミに、アリサは言葉を詰まらせる。

 だが、自分のベッドに戻ろうとはせず、その場に立ち尽くしたままだ。


「もしかしてあれか? あっちのベッドにはノミでも居たか?」

「違うよぅ」

「じゃあ枕が硬すぎたとか?」

「ううん」

「ならなんでだ。俺の寝相が悪くて蹴飛ばされても文句は言えないぞ?」

「……さみしいの」


 消え入るような、小さな声だった。


「え?」

「1人だと……さみしいの……」


 アリサは俯き、枕をぎゅっと握りしめた。

 その華奢な肩が、わずかに震えているのが見て取れた。


「…………」


 俺は口をつぐみ、頭をガシガシとかいた。

 ……馬鹿か俺は。

 少し考えれば分かることじゃないか。


 この子はまだ子供だ。

 生まれ育った村で「呪われた子」と罵られ、石を投げられ、挙句の果てに追い出された。

 頼れる親も、友人も、帰る場所さえもない。

 たった一人で森を彷徨い、魔物に食われかけ、俺に拾われたかと思えば、今度は街のごろつきに囲まれて暴力に晒されたのだ。


 気丈に振る舞ってはいたが、心は限界ギリギリだったに違いない。

 美味しいご飯を食べて、温かい部屋に来て、張り詰めていた気が緩んだ瞬間に襲ってくるもの。


 それは猛烈な孤独と不安だ。


 暗闇の中で一人、目をつぶった時に浮かぶのは、自分を拒絶した村人たちの冷たい視線か、それとも襲いかかってきたオークの牙か。

 この広い世界で、自分を守ってくれる存在がすぐそばにいないと確認できない恐怖。

 それがどれほど心細いものか、俺だって知っているはずなのに。


「……あ、あの……ご、ごめんなさい……迷惑だよね……私、向こうで寝る……」


 俺が黙り込んでしまったのを見て、拒絶されたと思ったのだろう。

 アリサは悲しげに眉を下げ、踵を返そうとする。

 その背中はあまりにも小さく、今にも消えてしまいそうだった。


「……待て」

「え?」

「あー……なんだ。今は夜で冷えるしな。湯たんぽ代わりなら許可してやらんこともない」


 俺はため息交じりにそう言うと、掛布団をめくり、ベッドの端に寄ってスペースを作った。


「……ほら、入るならさっさとしろ。風邪ひくぞ」

「! い、いいの……!?」

「蹴飛ばされても泣かないならな」

「泣かない! 蹴飛ばされても起きないもん!」


 さっきまでの沈んだ表情が嘘のように、アリサの顔がパッと輝いた。

 アリサは自分の枕を放り投げ、嬉々として俺のベッドに潜り込んでくる。


「えへへ……お邪魔しまーす……」

「はいはい」

「わぁ……あったかい……」


 布団の中に入ってきた小さな体は、驚くほど温かかった。

 子犬のように身を丸め、俺の背中にぴったりとくっついてくる。

 規則正しい寝息と、トクトクと脈打つ鼓動が背中越しに伝わってくる。


「ねぇ、クリスお兄さん」

「なんだよ」

「手……繋いでもいい?」

「……好きにしろ」


 俺が左手を差し出すと、アリサは両手でそれを包み込むように握った。

 そこにあるのは奴隷紋が刻まれた、呪われた手だ。

 普通の人間なら気味悪がって避けるような代物を、この子は愛おしそうに頬に擦り付けてくる。


「クリスお兄さんの匂いがする……安心する……」

「変な匂いって言うなよ。風呂には入ったんだからな」

「ううん。すっごくいい匂い。優しい匂いだよ」

「…………」


 くすぐったいような、むず痒いような感情が胸の奥に広がる。

 3年前に全てを失い、復讐だけに生きてきた俺の心に、こんな柔らかな感情が入り込む隙間があったなんてな。

 信頼して身を委ねてくる重みが、心地よい枷となって俺をこの場に繋ぎ止めている。


 ……娘が居たら、こんな感じなのかねぇ。


 ふと、そんな柄にもない感想が脳裏をよぎる。

 かつてパーティに居た頃、結婚だの子供だのという話は遠い未来の他人事だと思っていた。

 だが、こうして守るべき小さな命が腕の中にあるという現実は、思ったよりも悪くない。


「……ありがと……お兄さん……」

「ああ」

「ずっと……一緒だよ……むにゃ……」


 安心したのか、アリサの意識は急速に夢の世界へと落ちていったようだ。

 寝息が深くなり、握っていた手の力がふわりと抜ける。

 俺は空いた右手で、布団から出ていたアリサの肩をそっと覆い直してやった。

 銀色の髪を一度だけ撫でると、サラサラとした感触が指先をくすぐる。


「おやすみ、アリサ。いい夢見ろよ」


 俺はアリサを起こさないように小さく呟き、改めて目を閉じた。

 背中に感じる温もりのおかげか、あるいは久しぶりに誰かに必要とされた充足感のせいか、その夜は穏やかな眠りにつくことができたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ