跳躍突撃
遂に来た。
正純は雑兵たちを押しのけるようにして現れた鎧武者の集団を見た。
まず視界に現れた敵は三人。
武器は様々だった。大太刀を構える者、槍を構える者、金がないのか短い太刀を構える者。
一瞬の後、彼らは正純へ向けて跳躍した。
跳躍突撃。
武士の常套戦術であるそれは、身体強化を用いて飛び掛かるだけの単純なものだ。
しかし地面を走るただの突撃と比べ、空中から猛禽のように襲い来るそれは受ける側にとっては誠に相手がしづらいものだった。
正純は跳躍の瞬間に鑓を持った武士に鑓を突き込んだ。
そのまま鑓を上に持ち上げ振り回す。
大太刀を構えた男をはたき落とす。
だが、それが限界だった。
最後の太刀を持った武者が正純に飛び掛かる。
長い鑓を持っていた正純は抵抗できずに押し倒された。
その衝撃に正純はうめき声を漏らす。
視界に空がいっぱいになる。
雲もなくきれいな青空だった。
なんでこんなことをしているんだ、と場違いなことを想う。
その光景を太刀を構えた武者が遮った。
「畜生」
丘の上から千秋家の指物旗を刺した武士が倒れ、見えなくなった。
戦の光景に圧倒されていた私は我を取り戻した。
ここまでは事前の計画通りだった。
狙い通り、大膳は武士を投入した。森側の丘に向けて。
つまり清継の隠れている場所に背を向けて、前しか見ていない状態だ。
そのために倒れた指物旗のことは考えてはいけない。少なくとも今は。
そう自分に言い聞かせる。
衝動的に視線を森に向けた。
私は清継から隠れていると聞いている場所を見つめる。
突撃を開始した10名程度の武士たちは、もう丘を駆けのぼり出していた。
才蔵以下私の護衛として残っていた3人の武士は、それぞれの武器を構えた。
「本当にいるんでしょうね、伏兵ってのは」
私は才蔵の言葉に答えられなかった。
答える必要がなかったからだ。
私の視界には、森から飛び出した鎧武者たちが見えていた。
先頭には赤く輝く剣を掲げた武者がいた。
潜んでいた森から飛び出した清継は叫んだ。
「わかっているな吉家!」
魔導器でもある刀、緋断を大きく振り、遠くに見える輿に座った漢を指す。
吉家は槍を掲げて答えると半数の武士を率いて駆け出した。
清継は残りの先頭に立ち、吉家とは別の方向に向かう。
狩りは吉家に任せればよい。
彼には助けなければならない者がいた。
清継が飛び出した瞬間に敵勢が壊乱……しなかった。
突撃を開始した彼らには後ろが見えていない。
つまり、彼らには自力で対処しないといけない。
事前の計画では義父の護衛がこちらと合流する手はずだったけど、敵のほうが速い。
……マズいかも。
突撃してきた猪俣勢の武士と才蔵たちがぶつかり合い、あっという間に乱戦になった。
そのうちの一人が私に向かってくる。
3人では敵全員を抑えられるわけがないのだった。
だけど私はトロフィーのようなもの。
直接狙われることはない。
猪俣勢の武士は太刀を構えた。
向かってくる。
待って。
ちょっと待って。
そのまま雄叫びをあげながら斬りかかってきた。
私は咄嗟に身体強化を使いながら鉄扇で刀の根本を受け止める。
両手で支えるけど、相手は体重をかけつつ押し切ろうとしてくる。
「大将首じゃぁ!」
「大将ではないんだけど!?」
女を斬るのは武士の恥とかそういうのはないの!?
鉄扇の半ばまで敵の太刀が食い込んでくる。
このままだと殺される。
もしもの時に逃げるために四肢に貼っていた『御札』。
そのうち左腕の【力】の札に魔力を流し込む。
この瞬間、私の左腕だけが相手の力を上回った。
結果として相手のまっすぐ押し込もうとしていた力のベクトルが狂う。
相手は勢いよく私の横の地面に叩きつけられた。
咄嗟に右脚の札に魔力を流し込む。
【蹴】の術が私の蹴りの速度を増す。
その勢いのまま相手の顎を蹴り上げた。
サッカーボールキックのような形になる。
蹴り足に何かが砕ける感触が伝わった。
漫画のように相手の首が飛ぶようなことはなかったけど、明らかに曲がってはいけない方向に相手の首が……頭が向いていた。
大きく肩で息をする。
足に感覚が残っていてそれが気持ち悪かった。
地面に擦り付けるようにしたけど、それでも消えない。
「やはりお前はおもしろい女だ」
その声に振り返る。
赤い刀を担ぐようにしている清継がそこにいた。
「それって褒めてます?」
私の言葉に清継は肩をすくめながら答えた。
「当然だ」
改めて清継に目を向ける。
清継の周辺には、鎧ごと両断された武士の死体が転がっていた。
なぜか焦げ臭いにおいがする。
どうやら清継が護っていてくれたらしい。
だけどなんとなくお礼を言う気にはなれなくて、そのまま周りを見た。
父と清継の手勢が参加したため、数の上でも猪俣勢の武士は逆転されていた。
才蔵たちは、残った敵を囲んでいる。
遠くを見ると大膳の本陣も崩れているようだ。
……勝った、のかな。
猪俣大善は、自らの手勢が突撃を開始した直後に森から飛び出してきた集団を見た。
指物旗は彼らが佐登家の者であることを示していた。
(なぜ佐登家が?)
彼らが関わってくる予兆はなかったはずだ。
謀か?
その思考は、戦闘の武者が掲げた赤い太刀を見た瞬間消し飛んだ。
佐登清継が持つ魔剣『緋断』。
つまりあの大虚けがどういう理由かはわからないが介入したのだ。
こちらに向かってくるのは、15人程度か。
大膳は即座に逃げることを決断した。
自分の手元に残した武士は精々5人しかいない。
護衛の武士たちに時間を稼ぐよう指示すると同時に輿を担いでいる者たちに後方に向かうように命じた。
とにもかくにも逃げる。
大膳に武士らしい恥の概念はなかった。
ただ、あの琴平の娘を手に入れられなかったことは口惜しかった。
だがそれも、いい。
今は生き延びてそのあとに手に入れる算段を考えればよい。
(古土に匿わせるか)
自身の領土は琴平か佐登に接収されるだろう。
ならば古土は正当な領主である自分による領土奪還を大義名分に侵攻を行える。
(つまり互いに利用価値があるということよな)
大膳が方針を固めたその時、矢が飛来した。
身体強化を用いて引き絞られた矢は、輿を担いでいた郎党の一人の首を飛ばした。
一人分の支えを失い、輿は転倒する。
大膳は宙に投げ出された。
大膳は地面に叩きつけられる際になんとか受け身を取り、素早く起き上がった。
そして身体強化を用いて走り出す。
逃げる。生き延びる。そして力を取り戻す。
女と金を手に入れ、欲望を満たす。
その執着、生汚さは彼が一代で猪俣を有力豪族に押し上げただけのものがあった。
だが、それにも限界はあった。
背中になにかが突き刺さった感触と共に、激痛を感じ身体が前に進まなくなる。
なにかが飛来して、大膳を貫いて地面と縫い留めていた。
大膳を縫い留めているのは槍だった。
「おのれ……ッ!この儂が!」
抜こうと足掻きながら大膳は振り返る。
腋差しを抜き放ちながら迫ってくる若武者が獰猛な笑みを浮かべたのが見えた。
「大将だよなぁ!?この俺、三浦吉家がその首ィ、もらうぜ!」