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対価

 手伝ってやる?条件次第で?

 大うつけの申し出は確かにとてつもなくありがたい話だった。

 佐登の軍勢が参加してくれるなら……なにもかもが変わってくる。

 変わってくるけど……。


「……まさか佐登の軍勢が参加してくれるのですか?」

「うつけめ。そんなわけがないだろう」

 呆れた顔でそんなことを言う。

 うつけにうつけ言われたくないんですけど?


「俺の郎党だけよ。それもすべては無理だな。というよりお前の策に合わせるなら20か30もいれば充分だろう」

「もっと出してくれたらそもそもあんな策で戦わずに済みます」

 その私の言葉に呵々と笑う大うつけ。

「それを引き出せる対価などあるまい」

 それはそうですけど


 でも……どっちにせよ琴平家から出せるモノ、ある?

 特に金銭的な蓄えがあるわけではないし、名刀、名画、名馬のような名物も特にない、はずだ。

 土地も献上できるほどはない。しても佐登からすると大したことはないだろう。

 元々佐登家の上役である川瀬家の支配下にあるのだから臣従を誓うのは大きな意味はない……か?いや川瀬家の指導力はほとんどなく、この燈鷲(とうしゅう)国内部は、佐登家をはじめとした守護代たちが権力争いをしているから彼個人に臣従することに意味はあるか。

 だけど私が勝手に決めていいものか。


 じゃあ私個人から出せるものを考えてみよう。


 とはいえ、私も当然何か持っているわけではない。

 御札も私の魔力を流さないと使えないし。


 ……身体?いやー大膳に差し出したくないから頑張ってるのに大うつけに差し出すのも厭だ (権力とか見た目とかには圧倒的な差があるけど)。

 それに彼の立場で女性に不足しているとは思えない。



 そもそも彼は私のなにに興味を持ったのか。

 そこが彼への交渉材料になるだろう。

 彼は私の考えをしきりに聞きたがった。

 つまり女としての私ではなく、軍師 (ということにしておいて)の私に興味があるのだ。


 私個人が彼に臣従し、郎党になる。


 彼が望んでいるのはこれだろうか。

 本当にそうか。本当にそれでいいのだろうか。


 ……嫌だけどほかに手もない。

 義父が納得するかは心配だけど……。


「私、琴平由衣があなた様の臣下にならせていただく……というのはいかがでしょうか」

 佐登清継(大うつけ)は苦笑しながら頷いた。

「それほど厭そうに言うな」

 む……

「厭か」

「まぁ……のんびりした人生は難しそうですしね」


「たわけ。この乱世、上も下も、人里を離れようとそのような暮らしはできん」

「それはそうかもしれませんが」

 転生したらやっぱり|のんびり工作したりするの《スローライフもの》が主流でしょ?


「ああ、それと勝ったら猪俣の領地は俺がもらうからな」

 …………あ

「そっかそれを条件に出せば……!」

 私郎党になり損じゃん!?

「もう取り消せんからな」

 ぐぬぬぬぬ……!

「だが約束しよう、お転婆」

 そういうと本当に子どものようにまた笑った。

「絶対に退屈はさせん」




 ともかく (私の将来と引き換えに)策は決まった。

 手筈も打ち合わせた。

 清継直率の武士隊は、その存在を秘匿するためこちらとは一切合流せずに森に潜んでおき、状況が整えば背後から猪俣勢を奇襲することになった。

 他にも清継から提案のあった鑓を5mにそろえるなど、いくつかの戦術的なことを決めた。


 あとは義父へ説明するだけだ……。ああ気が重い。


「ああ、それとなお転婆」

 帰り際、大うつけ主はさらりと言った。

「敵情を報告した奴、詳しすぎる。猪俣に通じているに違いない。捕らえておけ」


 ……はい?






「そうか」

 琴平重正は義理の娘から偶然出会った佐登の若殿の残した言葉を聞くと、苦り切った顔でそれだけ言った。

 すぐに近くにいた近習に純悦を捕らえよ、と命じた。


義父(とう)様?」


 信じるのか?と責めるような目で見る娘を無視する。

 今は義理の娘が主家筋の郎党になった、だのに構っている余裕はない。


 重正もまた純悦の振舞には奇妙と感じる点があった。


 猪俣勢のあまりにも詳細な情報。これをどのように得たのか。千秋の家は特にそのようなことが得意な家ではない。

 そしてその情報を得た張本人でありながら、なぜ徹底抗戦を唱える?

 立ち向かう愚かしさを最も理解しているのは純悦のはずなのだ。


 つまり、純悦は最も猪俣に近く、徹底抗戦を主張することで得られるモノが多いと結論される。

 その立場は?内通していると考えるほうが自然だ。

 長年仕えた忠義?武士にそのようなものは無い。

 大大名家ならともかくこのような小さな家に固執して自分たちの一族が途絶えては名誉も何もない。


 ここまでわかっていながら見逃していたのは証拠がなかったからだ。

 証拠もなしに重臣を捕らえれば、他の家臣たちが逐電しかねない。



 だが清継が──大うつけと呼ばれてはいるが、直接見たことがある重正は彼に将器を感じていた──言うならばやはり間違いないだろう。


 そして娘が得た援軍の情報は、けして猪俣に流されてはならない。

 ならば今この時以外に、機はないのだ。


 考えを自ら否定するようだが……証拠など、口を割らせ本人から引き出せばよい。


 重正もまた乱世の漢であった。

 覚悟を決めたならば、その行動に容赦も躊躇いもない。

 その能面のような顔には、長年仕えてきた家臣への親愛の情など欠片も見受けられなかった。






 純悦爺が連れられて……連行されてしばらくした後に義父が私を呼んだ。


「口を割った。奴一人でやったらしい。跡継ぎは助けてほしいと言っておったわ」

 義父の声には普段の柔らかさはなかった。

 まるで別人のように感じられた。


「猪俣の後ろには古土家がいる。純悦は奴らに抱き込まれたようだ」

 そこまで言うといつもの声音に戻ってこういった。

「佐登の若殿への手土産が出来たな」


 まったく喜ぶ気にならないんですけど……。

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