はじめての軍議
「私は、琴平結衣といいます」
私は鷹男の目を見ながら名乗った。
今更だが、協力を要請する以上、身分は明かさないとダメだろう。
アイサツは実際大事だ。古事記にも書いてあるらしい。ちゃんと読んだことないけど。
急な名乗りに驚いたのか、そのまま見つめ返してくるだけだった。
「あなたをなんとお呼びすればいいでしょうか」
鷹男は頷くと
「俺は佐登清継だ。好きに呼べ」
そう名乗った。
佐登さん家の清継さんかー。どっかで聞いたような名前だなー。
……って佐登の大うつけじゃん!!よりにもよって!?
だけど、最早後戻りはできない。というよりほかの手段もない。
「では、清継様。相談させていただきたいことがあります」
「ああ。銭のかからないことなら聞かせてもらおう、琴平のお転婆姫」
……そんな仇名ついてたの!というか佐登家の人がなんで私なんかを知ってるの!?
あとケチだなこいつ。
「大丈夫です。簡単な想定戦に付き合っていただきたいのです」
鷹男は苦笑しながら頷いた。
「策は浮かばなかったか」
こっちは策士初日なんですけど!大うつけめ!
「あちらから」私は南側を指した。
「雑兵493名、武士28名の軍勢が向かってきます」
ふむ、と清継とお付きたちが頷くのを見ながら
「こちらは雑兵202名。武士16名。装備は同程度、双方弓もほとんどありません」
さて、どう戦いますか?と私は佐登清継にそう尋ねた。
「琴平の娘。大事なことが抜けている」
「……なんでしょうか」
「《《どうなったら勝ち》》なのだ」
確かにそれが抜けていたら何を考えても無駄だ。
極端な話、会戦のつもりで考えていたら、実は撤退戦の話をしていた、となる可能性すらあるのだから。
「失礼しました。敵勢の攻勢の意思をなくせば勝ちです」
「敵の条件は?」
槍男が口を挟んできた。
「こちらの殲滅か、大将の捕縛……でしょうか」
うーん、と皆が唸った。
槍男が、北側の丘に挟まれた道を示した。
「この道を抜けたところに軍勢を配置したらどうだ?」
道はそれほど広くないから横隊は小さくなる。
出てきたところで横隊を伸ばそうとしても、隊形を変える時と言うのが軍隊は一番弱い。
隊形が整っていなければ、例えば鑓の密度が薄くなったりしてしまうし、兵たちは隊形を整えるということと、戦うという二つのことを同時にしなくてはならない。
結果として本来の戦闘能力は発揮できなくなる。
この発想は前世で言うところの隘路を前にした防御、というものだった。
代表例は、スパルタ王がペルシア軍を食い止めたテルモピュライの戦いが有名だろう。映画の『300』の元になったアレだ。
確かに、これなら数の差をある程度覆せる。
だが
「ダメだな」
清継は首を振った。
「この丘を乗り越えるのは大して苦労はないし、回り込むことも容易だ」
そう。敵がお行儀よく道の上しか進まないわけではない。
ここは草原で道の外を歩くのに苦労はしないから丘を回り込むことは難しくない。丘も大した高さもないから別にどうとでもなってしまう。
お付きの方々がそれぞれ自由にあーでもないこーでもないと議論しだした。
その光景に驚きを覚える。
「どうした、お転婆」
その私の様子に気が付いたのか、大うつけが声をかけてきた。
あとその呼び方ヤメロ。
「由衣で構いません」
《《にこり》》と笑いながら答えてやった。
うつけは顎をしゃくって促してくる。
「いえ、皆さん自由に話されるのですね」
身分の違いが絶対的な差になる時代である。本来下の者は上の者の許可を得てから話すものだ。
「俺の郎党しかいない時だけだがな。自由に喋らせた方が面白い思案が出てくるものだ」
どこか自慢げな口調で答えてくる。確かに革新的な考えだけど。
「それでなにか思いついたか?」
「……なぜそう思ったのですか?」
「周りを見る余裕ができているからな」
なるほど、たしかに懸命に自分の中で考えているのはやめていた。
私は小さな声で言った。
「……負けにくくなる案なら」
「それでよい。お前の戦は勝つのではなくまず負けないことが肝心だ」
頼っておいてなんだけど偉そうだなこいつ……。
「それで?どんな思案だ。早く話せ」
子供のような笑顔でそう急かしてくる。
そのような態度の彼は、先ほどまでとは随分と違う印象を与えてきた。
小さく息を吐いてから説明する。
拾った枝を用いて地面に線を横に2本、少し離して平衡に5本引く。
「こちらは横に線を広げようとすると縦が薄くなり、押し負けます」
つまり100×2VS100×5だ。勝てない。
今度は短く五本引く。
これだと40×5 VS 100×5。
「かといって縦を厚くしようとすると横に回り込まれ横からも叩かれます」
前に敵がいない部分がそのまま前進してきて囲まれる。
「なので、こうします」
より短い線を空白を開けていくつも横に並べ、それぞれ5本引く。
「間隙を設けて長くする?」
私は頷いた。
槍男は呆れ切った顔で
「その隙間から押し込まれるだろ」
「はい。ですからこうします」
隙間に丸を描く。これは武士の意味だ。
「武士で隙間に潜り込まれるのを防ぎます」
武士なら一人で雑兵10人ぐらいはいなせなくはない。
突き崩すことはできなくても時間を稼ぐことはできるはずだ。
これなら、初めの想定よりは負けない……はず。
「たしかに長持ちはするだろうけどよ……」
槍男は奥歯になにか挟まったような言い方をした。
そして清継のほうを見る。
清継は頷いて見せた。
「相手が武士を突っ込ませてきたらどうすんだよ」
ぐぬぬ。
その通りだった。
いや、一応それをさせにくくすることはできる。
間隙に武士を投入するにはその部分の横隊に(人が通れるだけの)隙間を開ける必要がある。そのために下がろうとする雑兵に武士を食らいつかせて混乱させるとか。
だがどこかでこちらが限界を迎えるはずだ。いくら武士で常時10人(5列なので実質50人)の相手をずっとしていると疲れ果てていずれは討ち取られるだろう。
「だが、その状況は好機でもある。前しか見えなくなるからな」
そういうと清継は敵の横隊の後ろに丸をいくつか描き始める。
「武士を投入しようとした時に後ろから襲ってやるのだ」
「いや頭、そんな武士どこに……」
そこで槍男は、何かに気が付いた顔で清継を見た。
私もそれに気付いた。ただありえないと思っていた申し出だった。
大うつけは、にやりと笑ってこう言った。
「条件次第では手伝ってやるぞ、お転婆?」