大虚け
佐登の大うつけこと佐登清継は、鬱屈とした日々を過ごしていた。
元服し、父である守護代(守護大名から一部の権限を委任された重臣)佐登清孝から城を与えられたのはいいが、周辺の戦は小康状態になっていた。
これでは自ら集め、鍛えてきた郎党たちと自身の能力を活かす場はない。
遠乗りや水泳、槍を用いた訓練なども行うも気分は晴れない。
そこで清継は気晴らしに鷹狩に出ることにした。
遠乗りでは、行き過ぎるだけの森や林に分け入り、獲物を狩るのは鬱憤晴らしにはちょうどよさそうに思えたのだ。
通常の鷹狩は、本人は指示こそ出すが、勢子が追い立てた獲物に鷹匠が鷹を放つのを見ているだけだ。
それではおもしろくない。
清継は自分自身が鷹を放ちつつ、手勢を鍛えられるように鷹狩を改良した。
今回それを試すつもりだった。
よさそうな場所を見つけると清継は「鳥見の衆」と名付けた二名一組で獲物を探しに行く役目の部下を何班か出した。
彼らが獲物を見つけるまではここで待つことになる。
「頭」
その時、鑓を担いだ若武者が清継を呼んだ。
「どうした、吉家」
清継はその若武者に仏頂面を向けて応えた。
「なんで勢子をあんな風にこそこそさせるんだ。俺は派手な方が好きだぜ?」
三浦吉家、清継の郎党の中でも鑓の扱いが抜群に上手く、勇気にも不足ない。それでいて周囲をよく見ている男で、清継は彼を気に入っていた。
尤もその勇敢さは野犬めいた粗暴さから来るものでもあることを清継は理解していた。
将には不向きな性分と言える。
率いる軍勢の規模が小さい内はまだいいが、将来を考えると近いうちに改めさせねばならないとも考えていた。
それはともかく、吉家は大勢で獲物を追い立てる勢子ではなく「鳥見の衆」──二人一組で獲物を見つけたら片方だけ連絡をしに戻ってくる──で獲物の位置を確かめることを言っていた。
「鳥見の衆は戻ってくるとどうする?」
「そりゃ見つけた獲物の種類とか大きさとかを報せるんだろ」
清継はあと位置だな、と言うと
「つまり物見よ」
物見、偵察部隊が得た情報を指揮官に報告をする際の訓練になると言っていた。
偵察部隊は古今、洋の東西を問わず軍勢の目であることには変わりない。
彼らがもたらす情報があればこそ、策や軍略……戦闘計画を立てることができる。
清継はこれはと見込んだものを鷹狩に同行させ、物見としての訓練をさせるつもりだった。
自身が報告をする側を体験すると、報告を受ける側、将になった際にも役に立つ。
報告された情報に足りていないものや、おかしいところなどの勘所がわかるからだ。
「なるほどな……」
吉家は本当に分かったのか不安になる声音で頷いた。
その様子に清継はなにか言おうかと口を開きかけた時に、鳥見の衆の一人が戻ってきた。
「頭」
「おお、与一」
与一と呼ばれた鳥見の衆の報告を受けた清継はその鶴らしい獲物を狩ることとした。
他の鳥見の衆が戻ってから判断してもよかったが、与一曰くその鶴は大きく、美しいらしい。
もちろん与一が功績を大きくするために見つけた獲物を大げさに言っている可能性もあるが、その際は与一を叱ればよい。これも訓練だ。
何人かに指示を出しながら、与一が報告した場所に向かう。
見張り役としてその場に残っていたもう一人の鳥見の衆の傍にいく。
見張り役は黙ったまま、指で獲物を示した。
なるほど、確かに見事な鶴がいた。
虫でも探しているのか草むらを突いている。
清継は、周辺に目を走らせた。鶴を挟んだ反対側に農民風の恰好をした男が隠れている。清継の視線に気付き、小さく顎を引いた。
彼は「向かい待ち」。鷹が飛び掛かった鶴を押さえつける役目が与えられている。
清継は背後に向かって頷くと、馬に乗った男が鶴に向けてゆっくりと歩き出した。
藁を振り回し始める。
こうして注意を引いている間に馬の陰に隠れて、清継自身が獲物に近づくのだ。
清継は鷹匠から鷹を受け取ると鶴の視界に入らないように、馬を盾にしながら近づく。
彼は思った以上に、この鷹狩のやり方が愉しい、そう思っている自分に気が付いた。
獲物を見つけさせ、指示を出し、自身が獲物に向けてこうやって忍び寄っている。
そして自分で鷹を放つのだ。
こうでなくては!そう思いながらじわじわ鶴に近づく。
もう少し、さぁ、あと数歩、……今!と清継は馬の影から飛び出し、鷹を放った。
その時、猛烈な速度で何かが突っ込んできた。
清継は呆気にとられながらもそれを観察し、分析していた。
女だ。まだ年若い。自分よりもいくつかは年下だろう。
目鼻はこの国の人間にしてはくっきりとしている。
紫水晶を思わせる色の色がやや薄い瞳は、それでいてどこか夜空のような深さを感じた。
後ろで一つに纏められた黒髪も艶やかで、急停止のせいで大きく広がった様は美しい烏を思わせた。
着物もそれなりに上等なものを着ている。町娘ではあるまい。
なによりその速度。常人が出せる速度ではない。間違いなく身体強化を用いている。
妙な少女だった。不審人物と言っていい。
鶴は少女の存在に驚き、飛び去ってしまった。
その少女はつんのめって転びそうになっていた。
清継が放った鷹は、獲物を逃がされた怒りを込めるかのように少女に襲い掛かった。
清継は、少女の謝罪を笑いながら受け入れた。
笑ったのは可笑しかったからだけではない。笑うことですべてを冗談として片付けるつもりだった。
見慣れない文字が書かれた札が少し気になったが、女子がやる呪いかと頭の隅に追いやった。
それから起きたことは、清継にとって愉快なことの連続だった。
中々顔の好い、そして自分以上に破天荒に見える少女に付き合いつつ適度に困らせてやるのは良い気分転換になっていた。
その少女が丘の上で、自分に真剣な目を向けている。
なにかが始まりそうな予感がした。