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硝煙の向こう側

 短時間の矢合わせの後、石黒源介は槍足軽の横隊を前進させた。


 ちょっとした丘の上で愛馬に跨った彼は敵を観察した。

 敵勢はやはり小勢。こちらの半数もいない。

 これならあっさりと蹴散らせるだろう。

「……?」

 敵の一部が槍にしては短すぎる何かを持って横隊を組んだのが見えた。

 そのちっぽけな横隊の横に一人の少女が進み出てきたのが見えた。




 敵勢は整然と、というほどではないどこか雑然とした横隊で前進してきた。


 私の右には、鉄砲を構えた足軽50名が鉄砲を構えていた。

 今回鉄砲隊は私が直接指揮することにした。

 けっこう射撃のタイミングがシビアだし、作戦上吉家には武士の一部を率いて別行動をしてもらっている。

 そうなると武士隊主力を纏めてもらう人がいなくなるので、才蔵にはそっちに回ってもらうしかなかったのだ。


 既に火皿には火薬が盛られ、射撃準備は完了していた。

 後は引鉄を引くだけで、火縄が火蓋に落ち弾丸が飛び出す……はずだ。不発じゃなければだけど。


 私は深呼吸をして、敵を見つめる。

 目測距離は約100m。既に有効射程距離。届くという意味で命中はしないけど。

 実際射撃練習の際は、50m付近でないと命中率は50%を超えなかった。


 75m。


 なんでこんな役回りを私がやらないといけないのか。私が決めたんだけど。

 なんか笑えてきた。

 ちらりと横を見る。

 不安そうにこちらを見ていた足軽たちと目が合う。


 敵に視線を戻す。

 60mを切った。

 切ったかな……?切ったでしょ……?

 軍配代わりの鉄扇を振りかぶって……息を大きく吸い、振り下ろしながら叫んだ。


「はにゃてぇっ!!」


 ……噛んじゃった。




 源介は少女が手を振り下ろすのを見た。

 次の瞬間、轟音と共に敵が見えなくなるほどの白煙が立ち上る。

 轟音に愛馬が怯えて暴れ出したため、源介がまともに認識できたことはこれだけだった。


 槍足軽横隊は、200名の横隊が5列で前進していた。

 その最前列の足軽たちは轟音が響き渡ったと共に風切り音を聞いた。

 そして、16名が突如として力を失い、斃れた。

 その一瞬後、7名が手足や腹を抑えながら絶叫を上げつつのた打ち回り始めた。


 足軽たちは思わず足を止め、顔を見合わせた。

 何が起きたのか。

 ()()()()()()()()()

 爆発の概念もない無学な足軽たちに、この国ではまだほとんど知られていない黒色火薬の爆音と、鉄の玉を撃ち出す鉄砲と言う新兵器は想像がつくものではなかった。


 自らの職務を思い出した足軽小頭たちが、大声を張り上げた。

 足軽たちは戸惑いながら、欠けた隊列を後列の者が埋めつつ、前進を再開した。

 その足取りははっきりと重く、遅くなっていた。



 硝煙が晴れる頃には、装填作業は完了していた。

 ほとんど訓練の時と同じくらいの速度で、思っていたより速かった。

 硝煙が敵を隠したことがみんなを落ち着いて作業ができる心理状態にしたようだった。

 ……号令を噛んだからではないと信じたい。


 敵は不思議なことに、一射目のときとほとんど同じ距離にいた。

 あと一回だけかと思っていた射撃が追加でもう一回はできそうだ。

 なんでだろう。まぁいいや。ありがたいことだ。


 私は再び大声をあげた。

「放てぇッ!!」

 今度は噛まずにいえた。


 再度の轟音。

 耳が麻痺しているのか先ほどよりは小さく聞こえた気がした。

 風向きが変わったのか今度は硝煙に遮られずに敵勢の状態がよく見えた。


 一挙に20名ぐらいが倒れるのが見えた。


 うん。さすが鉄砲。弓矢だとこうはいかない。

 よっぽど当りどころがよくないと鎧に弾かれてしまう。

 武士が射るんなら別だけど。


 次の射撃の後に突撃してもらうため、私は後方50m程度の距離にいた才蔵に合図を出す。


 みんなが装填するのを眺める。

 はやくはやくと急かしたいのをなんとか抑えながら待つ。

 漸く全員が鉄砲を構えるのを確認。

 すぐに叫んだ。


「ってぇっ!!」


 三度の斉射。

 再び敵の内20名程度が倒れた。

 敵の足軽たちが明らかに戸惑っているのが見えた。


「突撃!」


 先頭に才蔵がいる武士の一団、150名が雄叫びをあげながら敵横隊に文字通り飛び掛かった。




 石黒勢の足軽たちは、2度目の斉射を受けた時点でほぼ戦意を喪失していた。

 彼らは鉄砲を魔導器だと考えていた。

 あの轟音と共になにかを飛ばしてきている()()()()()()()()()()と。


 彼らは魔導器を武士たちが使う魔法の道具という大雑把な理解しかしていなかった。

 つまりあの魔導器を構えているのは武士で、武士がなにか魔法で自分たちを殺している。

 そこに1000人で隊列を組んで()()()()()向かう。


 そう、武士に近づいていくのだ。

 たった1000人で。

 殺されながら。


 まだ鉄砲が広まっていないこの時期、直接槍を交えるまでにほとんど死傷者は出ない。

 たった50丁の鉄砲横隊が、足軽たちを新時代の戦場に叩き込んだのだった。

(実際には鉄砲の射程や命中率、連射速度、槍足軽側の移動速度を考えると、精々数射したところで突撃を受けるのが限界なのでほとんど死傷者が出ないことには変わらない。この戦闘でも石黒勢の損害は5%前後だ。ただ従来の倍以上にはなっている)



 新兵器による技術的な奇襲。

 石黒勢の足軽たちが混乱するのも無理はなかった。


 そして三度目の斉射と150名の武士の跳躍突撃。

 足軽たちの戦意は完全に打ち砕かれた。


 小頭たちの声を無視して、槍を捨てて逃げ惑う。

 彼らはもはや足軽ではなく、なんとか生き延びようとするひとりの人間だった。



 源介は、呆然とした。

 なんだかわからないうちに自分の軍勢が崩れている。

 こちらが絶対的に有利な戦だったはずなのに。


 だが戦馴れした漢である源介はすぐに我に返り、状況を把握しようと努力した。

 あの音が出る何か(源介も鉄砲を見たことがなかった)は棚上げしていい。

 原因はともかく槍足軽が崩れたところに武士が突っ込んできたことには変わらない。


 なら対処法は難しくない。

 こちらも武士を投入する。


 源介は予備として待機させていた武士たち150名に逆襲を命じた。

 さすがに戦を生業としている彼ら武士の士気は挫けてはいなかった。

 ただ彼を含んだ騎乗した者、約50名は馬が落ち着かないので突撃には参加できなかったが。


 すぐに敵陣から法螺貝が鳴り響いた。するとあっさりと敵の武士たちは逃げ出した。

 拍子抜けではあったが、ともかく深追いをしないよう命令を出した。

 あの妙な武器の前に武士たちを晒したくはなかったからだ。


 勝てはしなかったが手の内はわかった。

 軍勢を立て直し次第、すぐに……。

 近習の警告の叫びが聞こえた。


 長槍を構えた武士を先頭にした50名ほどの一団がこちらに突撃して来るのが見えた。


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