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うつけの狼藉

 清正様の葬儀は、万照寺という寺で行われた。

 なんでも生前に建てさせていたのだとか。

 こう言った時のために建てていたわけではないのだろうけど……。


 清正様が亡くなって悲しいのかと問われたら、正直あまり悲しくはない、かもしれない。

 関わったのは本当に少しだけだったし、私の意識は別のことに向いていたからだった。


 葬儀が始まっているのに、清継がまだ来ていないのだ。

 傅役である平井様は、胃が痛むのか胸のあたりを押さえている。

 さっきから他の重臣たちや綾の方に小言を言われ続けているのが見えた。

 ご愁傷様です……。

 ちなみに正行くんは折り目正しい正装を着て、毅然とした佇まいで座っている。

 いい子だなぁ……。

 だからこそますます平井様が色々言われるわけなんだけど……。


 家督を継いだ嫡男が不在でも葬儀は粛々と進み、焼香をする所まで来てしまった。

 中教のお坊さんが唱える御経の声が響く中、正妻の綾の方が焼香をしようとしたその時。


 外に面した障子が勢いよく開かれた。


 そこにいたのは清継だった。


 着崩した湯帷子に茶筅髷。太刀を荒縄かなにかでひっかけているだけの、あまりにもいつもの()()()の姿だった。

 うつけは草履を脱ぎ捨てるとそのまま部屋へと踏み込んだ。


「若殿!今まで何を...!いえその御姿は何をお考えですか!?」

 掴みかかりそうな勢いで平井様が清継に詰め寄った。

 だけど、清継はそれを無視し、仏前へと歩いていく。


 このバカ何を考えてるの……?


 呆気にとられた周りが見守る中、綾の方の前にある焼香を奪うようにして取る。

 数秒だけ仏壇を睨むと、抹香を片手一杯に掴み、勢いよく仏前に投げた。

 そして振り返ることなく、外に飛び出していった。


 数分経ってなにが起きたのか漸く理解した参列者たちが、怒声を張り上げ始めた。

「あのうつけめ!」「まさかここまでとは!」「あのようなうつけが世継では佐登は……」「正行様をご当主にするべきなのでは?」


 我に返った私はその騒ぎを無視して清継を追いかけるために駆け出した。




 結局清継に追いつけたのは、身体強化込みで10分は走って上牧城に戻ってからだった。

 本気で走りすぎでしょコイツ……。


 なんとか本丸の庭に……射撃場にいた清継を見た時には、肩で息をしてすぐに喋られない状態だった。


「どうしたお転婆。おい、水を持ってきてやれ」

 当の清継はけろっとした顔で、ちらりとだけこちらを見た後に小姓にそんなことを言う。

 このやろう……誰を心配したと思って……。


 小姓の男の子が差し出した椀を受け取ってぐびぐび水を飲んで息を整える。

 小姓の子がうわ……この人女としてどうなの……という顔で見ているが気にしないことにする。


 清継はなにかを弓道場でよく見るあの円状の的に向けて構えていた。

 構えている物は筒のようだった。

 だけどただの筒でもなさそうだ。その根本になにか複雑な形が見えた。


 清継が人差指で下方向に出ていた突起を引いた。

 何かの絡繰りが動くのが見え……。


 轟音。


 筒先から火となにかが飛び出たのとほとんど同時に、丸い的の端の方に穴が開いた。

 その結果に清継は眉を顰めながら筒を傍に控えていた別の小姓に渡した。


 耳を抑えながら私は混乱しつつある単語を思い出していた。

 え?もしかして火縄銃(種子島)?この世界にもあるの?

 この世界には種子島はないから別の呼び名なんだろうけど。


「それどうしたの?」

 私は思わず清継のあの狼藉のことを棚に上げて聞いてしまっていた。

「商人が持ち込んでな。試しに買ってみた」

「偉い!」

 鉄砲。武士や騎士の世を終わらせた武器だ。

 ……いや日本の場合江戸時代になるんだから武士の世はめちゃくちゃ続いたんだけども。


「だが撃つまで時間がかかる上に、狙ったところに飛ばん。なにより高い」

 いくら?と聞くと私一人なら10年は遊んですごせそうな値段を言ってきた。

 そんなものを言われるがまま買ったの……?


 私の視線を無視するように、清継は小姓に装填させた鉄砲を構えた。

 そして引き金を引いた。


 二度目の轟音。

 今度は火花があちこちに飛び散るのも見えた。

 肝心の弾丸は的の先ほどと反対側の隅に穴をあけた。


 確かに命中率……正確には集弾率は悪い。まぁライフリングがない滑腔銃なら当然かもしれない。となると数を集めて一斉射撃をしないとあまり大きな効果は得られないだろう。

 異世界なのにリアル火縄銃と同じ欠点かぁ……。


 ため息をついた清継は鉄砲を小姓に渡すと縁側に腰かけて私を見上げた。

「それでどうしたお転婆。まだ葬儀は終わっていないだろう?」

 なにかありました?って言いたげな顔をしている。

 大きなため息をついて見せて、腰に手を当てて胸を反らして見下ろして言ってやる。

「なんであんなことしたの」

 清継は一瞬呆気にとられたかのような顔をした後、耐えきれないかのように笑いだした。


「ちょ、なんで笑うの」

「ククク……いや、いい。ああ、ああした理由だな」

 清継は立ち上がると私を小突いた。

「たわけ、自分で考えろ」

 お前は軍師だろう?と言い残してそのまま立ち去っていく後ろ姿に私はつぶやいていた。


「……おおうつけめ」




 江原城。

 元々は佐登清正の居城だったが、古土家との戦で敗れた後、守護である川瀬義景を名目上の主としつつ、佐登兼清の拠点となっていた。


 その兼清は、荒々しく足音を立てながら、襖を開け放った。

「彦左衛門!彦左衛門はいるか!?」

 その声に小太りの一人の男がすぐに駆け寄った。

酒匂(さかわ)彦左衛門、兼清の重臣の一人である。

 元々は没落した武家がやっている酒屋の次男でしかなかったが、頭の回りが早く、それでいてそれに奢るところがなく、自らの立場をわきまえる男だったため、兼清が傍仕えに取り立てた男だった。

 今では兼清の謀臣として政軍問わず頼られている。


「そのような大声でどうされましたか、兼清様」

 主君の前で平伏しながら、彦左衛門は尋ねた。最も内容は当たりが付いている。

「あの噂よ!ワシが清正を謀殺したなどというあのたわけた噂よ!」

 確かに。彦左衛門は頷いた。


 今回の暗殺はこちらが仕組んだことではない。

 おそらく自らの命まで使った謀略だろう。

 こちらの名声を下げ、息子に仇討の名目を与えて見せた。

 しかし古土家との戦に負けるまでは自分に()()を指示していたことを忘れたような態度の主君に苦笑しながら、彦左衛門は口を開いた。

その噂がどうされました御当主」

「義景様にまで疑われたわ!このままではワシの評判は落ちる一方よ!」

「それは一大事ですな」

 どこか他人事のような態度で彦左衛門は言った。


 兼清は、しゃがみ、彦左衛門と視線を合わせると先ほどまでと打って変わった静かな声で囁いた。

「彦左衛門。あのうつけを除くぞ」

 その言葉に鼻白む思いを味わいながら彦左衛門は声を絞り出した。

「御手段は……?」

「戦よ。清正はもうおらぬ。ならば負けるはずもあるまい?」

「名分は如何……」

「それを考えるのがお主じゃ」

 立ち上がり、再び彦左衛門を見下ろしながら兼清は言った。

「あの憎き弟は死に、残ったのはうつけだけ。アレを取り除けばこの国はワシの物よ」

 口許をゆがめながら、兼清は命じた。


「あのうつけは賊として討伐し、ワシの名声の一助とする。よいな?」

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