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始まる前の夜

 妖怪だとか悪霊だとか、そういった和風ファンタジーに出てくる怪物が何か出て来そうな雰囲気。人語を介する龍はいるらしいのだから、もしかしたらそういったのが本当にそこらにいるかもしれない。

 その夜に、義父……このあたりの村をいくつか支配する豪族の長である琴平重正……は眉間に皺を寄せて、蝋燭のゆらゆら揺れる心細い灯の元、20畳程度の畳敷きの部屋で、十人程度の家臣たちと大雑把な地図の前でぼそぼそと深刻そうに話している。


 ここまでの語り口で勘のいいひとはわかってしまったかもしれないけど、私……琴平由衣は所謂転生者だ。そう、あのWEB小説界隈(なろうとか)大量生産(毎日作品が公開)されている感じの。

 転生前はただの女子高生だった。運動も勉強も芸術も平均の前後に収まっていた。趣味がミリタリーオタクなこと以外は、令和日本の女子高生の平均だったのではないか。令和の女子高生の平均はまったくわからないけど。

 ちなみに死んだ(のだろう)時の記憶はない。だから残念ながらトラックに轢かれたのかはわからない。よくある転生させてくれる神との対話もなかった。だからチートももらえていない。悲しい。


 この世界……戦国時代の日本に近い……での私は、いくつかの村を支配する豪族である琴平家の養女として育てられた。どうも実の両親はわけありだったらしい。何某かの貸しがあった義父に私を預けてそれっきりで一度も会ったことはない。……と義父は言っている。嘘だとしても私にはわからないけど。

 豪族の元で育てられた私は、この世界では恵まれた環境で育てられた。

 前提として飢えないし、様々な教育を受けることができた。

 淑女としての礼儀作法や言葉使い、周辺の国事情、そして何より文筆だ。

 オタクという生き物は、自分の趣味嗜好に合った分野の知識に飢えており、その機会を見逃さない。

 それを自称する私ももちろん例外ではない。

 文字が読めるようになると義父の書斎に忍び込んで、書物……特に兵法書や軍紀物を読みふけったのだ。ちなみに忍び込んだことより、ごろごろと、という形容が似合う姿勢で読んでいたことをしこたま怒られた。

 佐登の大うつけでもあるまいに、との叱られ方をしたのをよく覚えている。

 この国を治める守護代の川瀬氏配下の佐登氏にいる、いくつか年上の子供が大うつけ(すげぇバカ)と言われているのだ。



「戦わずご息女を差し出せと言うかっ!」

 私の思考をしわがれた怒声が遮った。

 琴平家に仕えて半世紀にはなる老臣、千秋純悦が目の前に座る若武者を睨みつけていた。

「猪俣は雑兵が500、武士が30は動員できるんですぜ?こっちの倍ぐらいです。どう考えてもまともにやりあったら負けですぜ?」

 怒声に全く動じなかった細長い顔の若武者、須賀才蔵が顎を撫でながら皮肉っぽく返した。

「俺は勝ち目のない戦は好きじゃァないです」

「主ァっ!!」

才蔵の言葉に純悦は反射的に立ち上がった。腰の物に手を伸ばす。

 才蔵は座ったまま純悦をまっすぐ睨みつけた。


 才蔵の言う通り、琴平家はとてつもなくピンチなのだった。

 領地を接するより兵力も経済力も大きい豪族……猪俣家から事実上の最終通告を受けている。

 条件は、娘(つまり私)を側室として差し出せ……事実上の支配下になれというものだった。琴平家には私以外養子を含めて跡継ぎはいないから猶更だ。

 猪俣家の主、猪俣大膳は丸くて視線も言動もなにもかもねちっこいタイプのおっさんだから、その側室(しかも立場の弱い!)になんかになると間違いなく薄くて高い本でよくある展開になるに違いない。はっきり言うと滅茶苦茶嫌だ。

 育ててもらった恩を忘れて逐電(トンズラ)してもいいぐらいには厭だ。なので私は内心純悦を応援していた。頑張れ爺。



 二人の一触即発のにらみ合いを、周囲は黙って見つめていた。

 大半の内心は才蔵と同じなのだろう。勝ち目のない戦いでの無駄死には御免被る。それなら自分だけでも降るか逃げるかしたほうがよい。できるなら主を高く売りつけて。

 この世界は戦国、下剋上の世なのだ。

 才蔵は本音をこうやって口に出しているだけ、まだ忠心があると評価するべきなのかもしれない。ないものは黙って売りつけるだろうから。



 歯軋りをした純悦が刀を抜こうとする。義父はそれを抑え、才蔵に、家臣一同に視線を向けた。

「才蔵が言うことも尤もなれぞ、猪俣なんぞに由衣は差し出せん」

 この言葉に才蔵は不満げに鼻を鳴らした。私は心の中でガッツポーズ。

 他の家臣たちは不満気なのが半分、不安を隠せていないのが少し、残りの極少数が覚悟を決めた顔をしていた。

「勝ち目が少ないのは承知の上。故に軍議を行っている。……が、今夜はこれ以上行っても善き案は浮かばんだろう」

 義父は家臣を改めて見回して、最後に私に視線を据えて言った。

「各々、明日一日策を考え、もう一度軍議を行う……よいな?」


 どこか白けた雰囲気で部屋から出ていく家臣たちを見送りながら私は冷や汗を流す。

 つまり……このままだと私大ピンチ?


 義父は私の肩をぽんと叩いてから部屋を出て行った。

 ……もしかして私に策を考えろと?

 私がやたらと戦術書やら軍記物語やらを読み漁ったことを父は覚えていたらしい。あるいは私にそっち方面の才能か知識があるとおもっているのかもしれない。思い返すとカンネーの戦いとか有名な戦いの戦況図を庭に描いて遊んでいたところを見られていた。



 ……確かに、私は令和のミリオタかもしれませんが、ただの女子高生だったんですけど!?

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