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虎が去るとき

「戻っていたか、お転婆」


肩を掴まれて振り返ると、そこにいたのは清継だった。

眉間にしわを寄せて深刻そうな顔をしている。


「なにがあったの?」

「時間がない。歩きながら話す」

それだけ言うと清継は、大股で歩き出した。

私は置いて行かれないようになんとか後に続く。


「古土の様子はどうだった」

「小荷駄の守りは少なかったよ。武士もほとんどいなかったからこっちは被害なしでやれてると思う」

唐突な清継の言葉に慌てて答えた。

「そうか。物見からの連絡では古土主力は動きが止まったようだ。お前たちのお陰かもな」

どこか平坦な、心あらずな声音だった。

「清継?」

私はその様子に思わず聞き返していた。

だけど清継は応えず、しばらく無言のまま歩いた。

私はその後ろについて行くだけだった。

兵たちの声がどこか遠くに聞こえた。


清継はある襖の前で急に立ち止まると、ここで待っていろ、とだけ言い残して部屋の中に入っていった。




清継は襖を後ろ手に閉じると、部屋の奥へと踏み込んだ。

その締め切られた部屋は昼間でも薄暗かった。

唯一の光源である蝋燭の小さな灯だけが、部屋の中央を照らし出していた。

その中央には布団が一組だけ敷かれており、その傍には二人の男が姿勢を正して座っていた。

重臣である立林守明と、清継の傅役である平井政信だった。

清継が近づくと二人は小さく会釈をし、少しだけ身を引いた。


清継は布団へ近づき、そこに寝かされた男を覗き込んだ。

その顔は、微かな灯でもわかるほどに青白かった。

「親父」

その声に、清正はうっすら目を開けた。

「遅いわ、うつけ」

その声は、虎と恐れられた漢のそれにしては、ひどく弱弱しく聞こえた。


「どこかの誰かが大負けしちまうから、こっちは飯を食う暇もないんだ」

「……生意気言いおって」

それだけ言うと清正は天井を見上げた。

蝋燭の火が揺れる中、外の喧騒が聞こえる以外は沈黙が部屋を支配していた。


清正は唐突に口を開いた。

「儂は隠居して出家する。今からお前が当主だ、清継」

「殿、しかし」

「聞かんぞ政信。この傷ではどうせそう長くはないしな」

「どうしろと言うんだ、莫迦親父」

「うつけめ。わかっとるだろう。お前の思うようにやれ」

清正は目だけを清継に向けた。その視線には大きな力が籠っていた。

「色々考えておるんだろう?だがそのためには」

「燈鷲を手に入れなければならない」

「ならそうせい」

「……わかった」


清正は再び天井に視線を据えると、

「お前たちも清継を支えてやってくれ。退屈はせんだろうよ、なにか面白いことをしでかすからな」

政信と守明は平伏した。

「御意」

清正は目を閉じると

「疲れた。儂は寝る」

とだけ言った。


数秒だけ何かに耐えるように目を閉じた後、清継は立ち上がった。

清正に背を向け、部屋の外に向かおうとする。


「ああ、清継。儂の死に目に会いに来る必要はないぞ」

清正は目を閉じたまま言葉を重ねた。

「好きにやれ、莫迦息子」

「……ああ、そうするよ、親父」




襖が開くと清継が一人だけで出てきた。

その目には、部屋に入るまであったどこかやけっぱちな色がなくなっていたように思えた。

「行くぞ、お転婆」

それだけ言うと私の手を引いて歩き出す。


「ちょっと……なにがあったの?」

「今から俺が佐登家の当主になった」

「え?」

それだけ言うと私を無視するように、近くにいた自分の小姓(主君の傍に仕える世話役)に命じた。

「主だった者を集めろ。これからのことを話す」

小姓は頷くと駆け去った。


「わ、私も?」

「当たり前だ」

清継は私の顔を覗き込むと、悪戯っぽく微笑んだ。

私は頬が熱を持つのを感じた。


「お前は俺の軍師だろう?」





「殿」

領内に戻る途中、古土元康は陥落させた小野木瀬城内で陣を張っていた。

「清正は、重症のようです。後は嫡男の清継が継いだとのことで」

岡上信元の報告に元康は、のんびりした声で尋ねた。

「清継はどういった人物かわかるかい?」


「評判はあまり良くありませんな」

「具体的には?」

「柄の悪い若者を郎党として召し抱え、(かぶ)いた格好で女子を連れて遊び歩いているとか、鷹狩や遠駆でほとんど屋敷にいないとか。大うつけとまで言われているようです」

信元の報告に元康は黙り込んだ。


主君の機嫌を損ねたか、と信元がなにかを言い募ろうとした時、元康は口を開いた。

「すまない。いや、難しいと思ってね」

「清継がですか?」

「ああ。聞いているだけだと確かにうつけだろうけど、別の見方もできる」

「と、言いますと?」

「郎党の件は、治安悪化の要因を戦力へと変えたともいえるし、鷹狩や遠駆は領内を見て回る名分かもしれない。訓練の可能性もある」

そこまで言うと元康は再び沈黙した。


「うつけ振りは演技だと?」

「わからない。だが有能か無能かそのどちらかで、間はないね」

信元は主君が求めるだろうことを進言した。

素破(すっぱ)を増やしておきましょう」


素破とは、この世界での忍び……諜報要員(ヒューミント)のことだった。

情報収集の密度を上げることを提案していた。


うん、と元康は頷いた。

「清正より行動が読みづらいのは面倒だからね」

「しかし、殿。我らが相手をするまでもないかもしれませんよ」

その言葉に、元康は微笑んだ。


「佐登兼清か。期待外れでなければいいけど」

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