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松下坂の戦い(前)

御持たせしました。

ようやく合戦シーンです。

清正は松下坂で古土勢と決戦することを決断した。

理由としては、ここを超えられてしまうと道が分岐し、古土勢の進路の予測が難しくなること。

松林で軍勢が展開できる幅が狭まるこのあたりならまだ数の差を補えると判断したこと。

そして、なによりも


「右手の林には廃道があるのは本当なのだろうな」

清正は傍らにいた馬瀬久英に尋ねた。

「ええ。商人が通ることはもうありませんがこの辺の連中はまだ使っていますから、多少は荒れているでしょうが使えます」


敵が知らないだろう迂回路の存在だった。


清正勢の作戦構想は、主力の3千で敵勢を抑え、迂回した約千の別動隊で敵後方を襲撃。

混乱を起こし、そこに主力が突撃を加え壊乱させる、というものだった。


ありふれた手ではあるが、それゆえに成功すれば効果は大きい。

想像もしない方向から攻撃された時、どんな軍であっても混乱は避けられない。

そして大軍であればあるほど、混乱から回復するにはひどく時間がかかる。

その間にさらに打撃を与えられたら、混乱から、壊乱、壊走と悪化することが望める。


「良し!行け!」

「ハッ!」


久英が手勢を連れて離脱していく。

松下坂まではもう少しの距離だった。

清正は軍勢の陣形を、行軍に適した縦隊から戦闘隊形……横隊に変えるように命じた。






私は、眼下を通過しようとする縦隊を見下ろしていた。

荷物を満載にした馬、駄馬。

それを引く者、さらには米俵を背負った人夫、彼らを指揮する徒の(さむらい)


古土家の小荷駄隊だ。数は200名程度。


護衛はあまり多くない。短槍を持った足軽か雑兵が50いないかぐらい。

このあたりに佐登側の勢力はもういないと考えているのだろう。


この程度の数なら問題なくいける。


私は近くにいる槍男こと吉家に頷いた。

吉家は20名程度の小勢に合図をした。


小勢……すべて武士で構成された一団は鬨の声を上げた。

「ウォォオオオオオ!!!」


それはどこか私にオオカミの遠吠えを連想させた。


吉家勢はその勢いのまま、まさに狼の群れが獲物に襲い掛かるように、小荷駄隊に襲い掛かった。

護衛の一部(大半は鬨の声を聞いた時点で逃げ散っていた)が立ち向かおうとするも、身体強化のできる武士と足軽では実力に差がありすぎた。

あっという間に蹴散らされる。

それを見た小荷駄の人夫たちは荷を放り投げるなりして逃げだした。


ほんの短時間の戦闘のあと、私は、吉家たちによって一か所に集められた兵糧、米俵などに火の札で火をつけた。


「なぁ、勿体なくねぇか?」

火が付き、次々と燃え移る米を見ながら吉家がつぶやいた。

「この後逃げるんだから、持っていけるわけないでしょ」

それはそうだけどよぉ、と呟く吉家を横目に見ながら撤退を指示する。


私は清継に許可をもらったうえで、このような武士だけで構成した小集団を5つほど敵後方に忍び込ませた。

これらの小勢は、敵の小荷駄隊だけを襲撃してその輸送物資を焼くかして使えなくしていく。

そうすれば、いつかは数が多い古土勢は撤退せざるを得なくなるだろう。


格好良く言えば、特殊部隊による浸透攻撃だ。

清継が常設化した武士の部隊(たった500名とは言え)を持っていたからこそできたことだ。

現代風の部隊名をつけるなら、特殊親衛遊撃隊スペシャルガーズコマンドユニットと言ったところだろうか。

単なる嫌がらせ部隊なんだけど。


逃げるために小走りで移動しながら吉家が話しかけてくる。

(こんなことができるのも身体強化ができるからだ)


「いいのか?こんな勝手なことして」

「殿様の言う通り、清継は上牧にいるじゃない」

「そういうの屁理屈って言うんだろうがよ」


その言葉に視線を逸らした。

確かにその通りだけど、こっちだって荒れてるアイツを見ていたくなかったんだし、しょうがないじゃない。


そう思いながら次の待ち伏せポイントに向けて駆けた。





佐登勢と古土勢は、松の木々に囲まれた街路上で互いを視認した。

古土勢が坂の高所側に横隊を展開して待ち構えていた格好だった。


清正は馬上で周辺に目を配った。

街路上以外は非常に見通しが悪い。

これなら迂回している馬瀬勢が、敵本陣から見えることはないだろう。

清正は迂回部隊が奇襲できることを確信した。



いつの時代でもまず戦闘を開始するのは火力部隊である。

この時代、それは弓兵だった。

和弓を構えた兵が、板で出来た置き盾に隠れながら弓を射かける。

大半の足軽たちの矢は盾で防がれてしまうため、あまり効果は得られない。

時たま身体強化を使って武士が引いた矢が、盾ごと隠れていた兵を射貫く。


槍足軽たちの横隊が近づくにつれ、弓兵たちは彼らを支援するように横隊の左右に展開した。

槍足軽たちは、進みながら4mもの長鑓を高く構える。


互いの最前列まで4m。

槍が届く距離。


それぞれの先手勢大将が声を張り上げた。


「「たたけェ!!」」


振り下ろされる鑓。

互いの横隊で上がる悲鳴。

倒れた足軽たちの分だけ横隊に穴が開く。


「埋めよ!」


足軽小頭たちの指示を聞いた後列の者が前に出て列を埋める。

そうこうしているうちに再び槍が振り下ろされ、同じ光景が繰り返された。

これがどちらかが堪えられなくなるまで、延々と繰り返される。

清正勢と古土勢は、本格的な交戦に入った。



主力同士は、長鑓による殴り合いを続けて二時間(一刻)

全体の戦況は一進一退。

数に劣るはずの清正勢がやや押している、といった塩梅だった。

2倍以上の敵、それも高所にいる敵と殴り合っていてやや押している。

予想外の光景だった。


「何故だ」

清正の思わず口をついて出た疑問に、傍に控えていた近習が答えた。

「奴らの先手、最近降った青山勢のようです」

降ったばかりの信用がない将の軍勢が先頭に立って信用の証を立てねばならない。

残酷なようだが、後方に置いて裏切り、挟撃されてはかなわない。

また、降将に武功を立てさせることで取り立てることもできる。

そういった事情で一般化していたこの時代の習いだった。


「ならば役に立つところを見せようと奮起するはず。その逆ではないか」

黙ってしまった近習に代わって側近である立林守明が答えた。

「足軽にとっても守り戦ですからな。古土は重税を課すとも聞きますし」

兵の士気がこちらのほうが高いからではないか、ということだった。

確かに馬上からは足軽たちがいつもより勢いよく槍を上げ下げしている様がよく見えた。

清正は守明に頷いた。


清正は、陽の位置を確認した。

「そろそろか」


その時、敵の後方から雄叫びが響いた。

松林の中を迂回してきた馬瀬勢が、敵の横腹に食らいついたのだ。


古土勢に動揺がさざ波のように広がっていくのを清正は感じた。

前列の敵は自分たちの後ろでなにが起きているのかわからず、不安になっている。

槍を振り下ろす速度も落ちている。


今だ。


確信と同時になにか言い知れぬ不安が背筋を走る。

家を出る時になにかを見落としているような、あの感覚。


だが、勝機は今しかない。

ないのだ。ここを逃せば確実に勝利を逃す。


清正は刀を引き抜くと振り下ろし、叫んだ。

「押せぇッ!敵勢を押し破れェ!!」

傍らに控えていた軍太鼓足軽が太鼓を連打する。

突撃の合図。


清正勢は雄叫びをあげながら槍を前に向けて敵陣向けて駆け出した。

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