山の天気は変わりやすい
山登り、皆さんはお好きだろうか?
私は嫌いです。
しんどい。
遠足とか林間学校とかも嫌いでした。
なぜ人は山に登るのだろうか……。
そこに山があるから、らしいけど正気の沙汰じゃないと思うの。
そうです。
私たちは山を登っています。
山道を登っています。
特に安全対策は取られていないので、右手側は転落しそうな急斜面です。
怖いです。
「お前が言い出したことだろう」
そうでした。
でも愚痴るぐらい許せ、このノンデリ鷹男。
たしかに私が言いだしたのです。
あの山登れば、汐坂との国境を見渡せそうだと。
でもね、登山用の靴どころかウォーキングシューズもないんですよ?
しんどい。
「義姉様大丈夫ですか」
気を使ってくれる正行君に、大丈夫大丈夫と返した。
もちろん大丈夫ではない。やせ我慢だ。
清継ノンデリはともかく、他の連中には舐められてはいけないのだ。
呆れた顔をしている槍男と目が合った。視線をそらされる。
……今更遅いかもしれないけど。
木々の間から風が吹き込んできた。
涼風に気分が癒される……こともない。
この国の夏はじめじめした湿度たっぷりの夏なのだ。
こんなところまで日本風でなくてもいいのに。
カラッとしているらしい地中海沿岸に憧れるなぁ!
あーあ、せめて晴れじゃなければまだマシだっただろうに。
いっそのこと雨が降らないだろうか。
汗を誤魔化せそう。
そう思った瞬間、ぽたり、と水滴が上から落ちてきた。
「え」
上を見上げる。
いつの間にか黒々とした雲が空を覆っていた。
すぐにたくさんの雨粒が降り始める。
……フラグ回収早すぎない?
山の天気は変わりやすいというけど、こんなにピンポイントで起こるものだろうか。
いや起きたんだからしょうがないけど。
私たちは慌てて手分けして雨宿りができる場所が無いかを探したけど、都合よく建物はない。山中だから。
そもそも手分けして探すほど道も広くない。
ただそんなことしたのは、それだけ私たちがパニックに近い状態だったってことなんだと思う。
それほど雨は唐突に降ってきたのだった。
大きな木の下から清継が呼びかけてくる。
そこなら多少は雨足を防げそうだった。
登るか降りるかどうするかを決めるために話し合いたいらしい。
そちらに駆け寄ろうとしたときに、あの地面をうまく蹴れなかった時の嫌な感覚が足の裏からした。
私は急斜面へと身体が倒れていくのを立て直せず、悲鳴をあげながら転落した。
咄嗟に身体強化と忍ばせていた【硬】の御札を使うのが精いっぱいだった。
転げ落ちている間、誰かさんの叫び声が聞こえた気がした。
「……っ……ぅ」
私は、気を失っていたみたいだった。
地面に横たわっているらしい。
私は痛む頭に顔をしかめながら起き上がろうとした。
『無理に起きない方がいいですよ、頭をぶつけたようですから』
そんな若い女性の声が頭に響いた。
思わずあたりを見回した。
雨はいつの間にか上がっているらしい。
雨上がりのあの清浄な空気の中、それを視界に捉えた私は、それがなにかはじめ理解できなかった。
5mぐらいの距離だろうか。そこには
大きななにかが蠢いていた。
円状にとぐろを巻いて。
それはこちらを見ていた。
そのことに気が付いたとき、私は思わず悲鳴をあげていた。
「きゃあああ!」
そのとき、先ほどの女性の声で、困ったような、それでいてどこか諦めに近い感情が含まれた声が頭に響いた。
『落ち着いてください。大丈夫です。私は貴女に危害を加えません』
私はもう一度周囲を見回した。
だけど声の主を見つけられなかった。
『私は目の前にいます。人の子よ』
また響いた声に導かれるように目の前のそれを見つめた。
それは、とてつもなく大きな蛇に見えた。
全長は……何メートルだろう。
うずまき状にとぐろを巻いているせいで想像もつかない。
ただその胴体の太さは私ぐらいは丸のみにできることを想像させた。
そして、その蛇は地面から数十cm浮いて、なぜか気の毒そうな、申し訳なさそうな顔 (なぜかそうわかった)でこちらを見ていた。
浮遊する巨大な蛇。
その姿は混乱する頭にさえ、一つの単語を浮かばせた。
天龍。
龍族の支配種。
天照勃興前から列島に君臨する、人とは異なる霊長。
この国の土着宗教では神として扱われている存在。
私がさっきまでとは違う意味で息を吞んだことを察したのだろう、天龍は優し気に語りかけた。
『私の名は、五十鈴と言います。この度は私の不手際でこのような始末になってしまい、申し訳なく思います』
五十鈴と名乗った龍の口は動いていなかった。龍族は、相手の頭に自身の意思を直接語りかける魔法(要はテレパシーだ)でコミュニケーションを行うとは、書物で読んだことはあったけど……。
彼女(でいいだろう、たぶん)の伝えてきた意思の意味はよくわからなかったけれど、とりあえず取って食われることはなさそう、ということはわかった。
「……私は琴平結衣と言います。まずは助けていただいたことに感謝を」
私の言葉に、五十鈴は申し訳なさそうな思惟を返した。
『先ほども申しましたとおり、此度の貴女の不幸は私の至らなさによるものなのです』
その思惟に私は首を傾げた。
どう考えても私のドジが原因だと思うのだけど……。
『貴女が滑落した原因となった雨、あれは私が降らせたのです』
どういうこと?
傾げた首の角度をさらに大きくした私を見た五十鈴がなにかを思おうとした時、叫び声が遮った。
「由衣!無事か!」
漸く龍族が登場しました。
天龍は基本的には人間に友好的な種族です。




